キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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暑いです。 夏本番。

せっかく会津若松にいるから、鶴ヶ城を見ることに。

10年7月20日 (1)  10年7月20日 (2)  10年7月20日 (4)

この城は、戊辰戦争の時、幕府軍と明治政府軍とが戦った。 丈夫な城だった。

石垣の隙間に、薄い石がある。

10年7月20日 (3)

太鼓門から入った。

10年7月20日 (5)

石垣に変わった階段があった。 武者走りとあった。 太鼓門に登る。

10年7月20日 (6)

鶴ヶ城稲荷神社。 この城の守護神。

10年7月20日 (7)

瓦を、新しいのにしていた。 ここの城は、1965年に復元されたものだった。

10年7月20日 (8)

石垣は、昔のまま。 ここは、塩蔵。 会津に海は無いから、塩は貴重。

10年7月20日 (9)

城の中は、資料館。 鉄筋コンクリート。

少し前に、あったのかな。

10年7月20日 (10)

10年7月20日 (11)

鉄砲を持つことができた。 重い。 日本刀は、鉄砲よりは大分軽い。

10年7月20日 (12)

昔の城と、今の城。

10年7月20日 (13)  10年7月20日 (14)

寺の建物を復元する時、鉄筋コンクリートにはならない。 城は、どうしてかな。

熊本城は、木造での復元に切り替えましたね。
本丸御殿は、素晴らしいものだった。 新しいけど、見応えがあった。
熊本城の人気の秘密は、この辺にあるように思う。

結論を言うと、鶴ヶ城は、何かが足りない。 見所が見つからない。 

外を歩いた。

10年7月20日 (15)  10年7月20日 (16)

茶室麟閣を見た。 千利休の子の、少庵が作ったとあった。

10年7月20日 (17)

10年7月20日 (18)

ここが、茶室。

10年7月20日 (19)

茶と言うのを、ちゃんと飲んだことはない。

10年7月20日 (20)

10年7月20日 (21)

感じのいい庭だった。

10年7月20日 (22)

荒城の月の碑。

10年7月20日 (23)

「荒城の月」の詩は、土井晩翠が、取り壊された鶴ヶ城をモデルに書いたと言われている。 ※ 他に、青葉城も。
瀧廉太郎がイメージしたのは、岡城址。  ※ 関連ブログ 岡城址

10年7月20日 (24)

飯盛山。 打ち水をしていた。

10年7月20日 (25)

ちょっとの石段なのに、エスカレーターがあった。 250円。 高い。

10年7月20日 (26)

山を人巡りすることに。

10年7月20日 (27)

上の写真の、左の像。 重そう。

10年7月20日 (28)

山にトンネルがあって、水が来ていた。
今から400年前に、掘った。 長さ150㍍。 1日平均50人働いて、3年かかった。  
猪苗代湖の水を引いた。 白虎隊も通ったとあった。

10年7月20日 (29)

この上に、さざえ堂が。

10年7月20日 (30)

雰囲気が違う。

10年7月20日 (31)

拝観料400円。 入ってみた。

10年7月20日 (34)

時計回りで、スロープ。

10年7月20日 (35)

頂上。 反対回りで下りる。

10年7月20日 (36)

こう。

10年7月20日 (37)

真中は、このように。

10年7月20日 (38)

出口。 同じ道を通っていない。 不思議な建物。

10年7月20日 (39)

一番下は、上り。 その上は、下り。 その上は、上り。 その上は、下り。

10年7月20日 (41)

こんな建物。  江戸時代に建てられ、明治に入って修理。

10年7月20日 (33)

当時日本に伝わっていた、このような図。 ※ 2重螺旋(らせん)と言うそう。

10年7月20日 (32)

宇賀神堂。

10年7月20日 (40)

10年7月20日 (42)

白虎隊の像があった。 服装は洋服。

10年7月20日 (43)

会津若松の町並み。

10年7月20日 (44)

少し歩いたら、白虎隊の墓があった。

10年7月20日 (45)

1868年、この山で自刃した。 19人。 16歳から17歳の若者。
 
10年7月20日 (46)

向こうに下りる。

10年7月20日 (47)

小さな広場が、自刃した場所。

10年7月20日 (48)

像と碑があった。

10年7月20日 (49)

真ん中辺りに、鶴ヶ城が。

10年7月20日 (50)

鶴ヶ城を見ている。 この表情は、どういう意味だろう。

10年7月20日 (51)

登山口に向かった。 高い所なので、涼しいだろうと期待も。

途中に会った、小野川温泉。 ここも、小町と関係がある。 近々歩いてみようと思う。
ここの温泉は、黒川温泉を学び、再開発を行っている。  ※ 黒川温泉

10年7月20日 (52)

ロープウェー乗場が見える。

10年7月20日 (53)

近くに白布観音があったので見た。 古い。

10年7月20日 (55)

10年7月20日 (54)

ここは、ネットの繋がりが悪かったので、この後、100㍍程下に動く。
この場所は、直江兼続が、鉄砲を作った場所とあった。

10年7月20日 (56)

さざえ堂が、面白い建物だったでしょうか。

ここへ来る時、草木塔の古里を通って来た。 去年取材した。


【停泊場所】      白布温泉の、ロープウェーの近く。  ここです

【明日の予定】     吾妻山へ

【今日の歌】      愛しき日々(YouTube)  

              白虎隊(YouTube)   流れる曲は、荒川静香がメダルを取った時の、エキシビションの曲。

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小野町は、雄勝のように熱心ではなかった。
でも、他とは違う伝説だった。 墓に、菊の紋が入っていた。

あぶくま洞は、感動ものだった。
鍾乳石、石筍が、山ほどあり、地底に広がる幻想世界だった。


道の駅ばんだいに、フリースッポトがあり、ネットが使えるとあったので来た。
でも、パソコンの設定がうまくいかず、諦めた。(方法は、ネットで調べたが)
※ 使用する場所が、道の駅の中だったので、車が離れすぎていたかも。

どうしようもなくて、10㌔ほど走って、会津若松のネットカフェへ。
4日分あるので、記事は簡単に。 (19日夕方)


【追記】 20日の朝です。 FC2と繋がりました。 一安心です。
     昨夜書けなかった所は、書いていきます。



この滝は、乙字ヶ滝。

10年 7月19日 (21)

滝の形が、乙の字だという。 幅100㍍。 落差6㍍。 川は、阿武隈川。

10年 7月19日 (22)

芭蕉の句碑が。  1689年6月16日に来ている。

  五月雨の 滝降りうずむ 水かさなり     ※ うずむ~うずめる

10年 7月19日 (23)

橋から。

10年 7月19日 (24)

小野町の通り。  小町の生誕の地としての伝説がある。

10年 7月19日 (25)

都から来た小野篁(たけむら)と、地元の愛子(めずらこ)の間に、小町は生まれたという。
鬼石を見に行った。

10年 7月19日 (16)

途中で会った人が、愛子の墓を教えてくれた。  五輪塔が墓。

10年 7月19日 (17)

墓に、菊の紋があるのは、珍しいといった。

10年 7月19日 (18)

鬼石は山の上の方。

10年 7月19日 (19)

小野篁は、子供の小町を連れて、都に行った。

愛子神社。

10年 7月19日 (20)

鬼石。 この石の上に立って、見送った。 また、帰りを待った。

10年 7月19日 (11)

小野篁の館跡。 駅のそばに。

10年 7月19日 (12)

伝説については、ここに

おのにいまち(小野新町)駅。

10年 7月19日 (13)

小町温泉。

10年 7月19日 (15)

ここで生まれたとあった。 ※ もちろん、すべて伝説。 資料は無い。

10年 7月19日 (14)

小野町から10㌔ほどの所に、あぶくま洞はあった。 昔、石灰岩を掘った。 洞窟が見つかって、掘るのはお終い。

10年 7月19日 (7)

夏休みに入っているので、観光客が多い。

10年 7月19日 (6)

ここから入る。

10年 7月19日 (8)

人で、渋滞した。

10年 7月19日 (9)

ストロボをたくと、こうなる。 こんなには、明るくない。

10年 7月19日 (10)

広い空間に出た。

10年 7月19日 (1)

こんなの見たことあったろうか。

10年 7月19日 (2)

圧倒される量の、鍾乳石。

10年 7月19日 (3)

ストロボ使用。

10年 7月19日 (4)

こうですからね。

10年 7月19日 (5)

軽く、ライトアップしている。 写真より、少し薄い。

10年 7月19日 (26)

ここの鍾乳洞の長さは、600m。(人がはいれる部分)

10年 7月19日 (27)

何かに、見えてくる。

10年 7月19日 (28)

別の場所。

10年 7月19日 (29)

満足して、道の駅ばんだいに。 遠い。 郡山市内。 以前の職場に、この町から来た人がいた。

10年 7月19日 (30)

磐梯山。 昨年の秋に登った。   ※ 関連ブログ 磐梯山

10年 7月19日 (31)

※ ネットカフェの狭い所で、こんな感じで作業。 私のパソコンは、FC2以外は繋がる。

DSC009nnbbvv43.jpg


【停泊場所】    ネットカフェの駐車場になると思う。

【明日の予定】   鶴ヶ城かな。  去年通ったけど、寄らなかったから。
          近々、吾妻山に登る予定。

          ※ 次回の記事の更新は、3日後くらいでしょうか。 もっと、北の町で。

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会津西街道は、会津若松から南に下がる街道だ。
その道は、会津鉄道と国道の通っているところだと思っていた。
どうして、大内宿がそこから離れているかが、分からなかった。
行ってみたら、いろいろ分かりました。


喜多方の近くを南に下った。 ナビは、国道でない道を案内した。
見覚えのある所を通った。
下の写真。 左に行ったら、昨日のブログに書いた、雄国沼だ。

09年10月14日 (23)

会津の街を過ぎた。 国道121号線だが、ここが会津西街道だと思っていた。

09年10月14日 (24)

途中から国道を離れて、県道131を走って大内宿に向かった。
後で知ったが、ここが会津西街道だった。

小さな宿場町かと思ったら違った。 昼過ぎに着いた。   場所はここ
平日なのに、駐車場の整理をする人が、10人くらいいた。

人がたくさんいた。 道が広い。

09年10月14日 (25)

駐車場はいっぱいあって、近いところは300円。 離れたら無料のようだ。
春と秋の連休は、交通渋滞を起こすそう。 それが、ずっと離れた国道までも。

昔から道の広さはこう。

09年10月14日 (26)

両側は、全部お店屋さん。 そば屋が多い。

09年10月14日 (27)

店の前には、水が流れている。
綺麗な水だ。 昔はここで洗い物などもしたそうだ。

09年10月14日 (28)

ここは、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
昭和56年のことで、日本で3番目。
最初に指定された所は、妻籠(つまご)宿。   関連ブログ

09年10月14日 (29)

建物だけでなく、通り全体の雰囲気がよかった。
今の人達のセンスも取り入れて。
すべて昔のままにするのは難しいから、それでいいと思った。

09年10月14日 (30)

向こうから、ゆるい坂を上ってきた。
保存されてる所の長さは、450㍍。 全体の規模が、妻籠宿より大きい。

09年10月14日 (31)

店は覗かないで、写真を撮りながら歩いた。
突き当たったところに、説明板があった。

09年10月14日

上の方に神社があったので行ってみた。 近くから、下の方全体が見渡せた。

09年10月14日 (2)

この宿場の向こうは、狭い谷が続き、次の宿場まで遠かった。
反対側の後の方は、峠が続く。
会津西街道の交通の難所に、ここはあった。

ここだけ、少し大きな谷が合流しているため、土地が開けていた。
峠に向かう人、峠を下りた人誰もが、この宿場で休んだ。 重要な宿場だった。

屋根の形は、みんないっしょ。  人、人、人だ。

09年10月14日 (3)

こんなに広い道が、どうして必要だったのか。

09年10月14日 (4)

店は奥が深く、店と店との間は、小路のように中に入っていける。

09年10月14日 (5)

全体の写真は撮り終わったので、この店で蕎麦を食べることにした。

09年10月14日 (6)

となりに客がいた。 写真を撮らせてくれた。 
こうやって食べるんだと、教えてくれた。

09年10月14日 (7)

ネギ蕎麦。 このネギで食べる。
ネギをどこに置いて写真を撮ろうかと考えていた。
隣の客が、箸を置くつもりで置けばいいと言った。 なるほどと思った。
それで、ここに。

ネギの箸はだんだん短くなった。 そして、苦くなっていった。
平たい麺で、美味しかった。 

09年10月14日 (8)

つゆまで飲んでしまった。 
※ それがまずかった。 この後、水をしょっちゅう飲んだ。(そして、晩に調子が悪くなった)

09年10月14日 (9)

上の写真にも写っている、店の主人。 この人が、たくさん教えてくれた。

09年10月14日 (10)

鉄道や国号は向こうなのに、どうして街道はこっちなのかを聞いた。 こう言った。
昔は、今の国道の方に、道を造る技術がなかったと。 なるほどと思った。

よく昔の家が残ったねと言ったら、説明してくれた。
その内容は、私には予想がついていた。(妻籠宿と似ていると思った)

ここは、取り残されていた。
経済の発展が始まった時代、他の宿場は、みんな家を建て替えた。
大内宿の人達は、それが出来なかった。
家を新しくしたり、屋根をトタンにしたのは一部だけだった。 

昭和50年代に入って、古い家を残そうとなった。
意見は分かれたが、何とか今のようにできた。
反対だった人達も、家を昔に戻した。

そんなことを話してくれた。 
※ この他、街道を造るときに、農民に大きな負担がかかった。 
  そのため、喜多方事件(福島事件)がおきた。 これについても説明してくれた。

この後は、面白い物がないか見て歩いた。 観光だ。
どこも、店の雰囲気がいい。 ここもいい。 黄色の丸のが気になった。

09年10月14日 (11)

ホオヅキを薬品で、繊維だけにして、中に小さな電球をつけた。
こんな雰囲気。(写真を暗くしてみた)

09年10月14日 (12)

愛嬌があった。 リンドウもいい。

09年10月14日 (13)

南蛮は、赤か緑のどっちかだ。
店の人に、赤いのと緑があるのですか、と聞いたら、青から赤になると言った。考えれば当然だ。
でも、中間が無いのが不思議だ。 急に赤になるのか。

09年10月14日 (14)

こんなのもいい。 何の実だったかな。

09年10月14日 (15)

これもいい。

09年10月14日 (16)

こんなカエルが売っていた。 一番小さいこれを買った。 1200円。
この値段なら買えるので、買って帰ることにした。

また問題です。 このカエルは面白いです。 どうしてでしょう。 答えは、最後に。

09年10月14日 (17)

じゅうねん味噌がどこでも売ってる。
十年寝せるんですかと聞いたら、十年は「エゴマ」のことだと言った。

09年10月14日 (18)

じゅうねんあんパンがあった。

09年10月14日 (19)

10年長生きできると書いてあったので、買ってしまった。

09年10月14日 (20)

いろいろ見て、甘酒を飲んだりして、楽しくすごした。

大内宿を出たら、道はすぐ狭い谷に入って行く。

09年10月14日 (21)

国道に出たら、会津線の列車が来た。

09年10月14日 (22)

大内宿はいいところでした。 
昔の様子が残っているだけでなく、楽しむこともできました。
近くには、昔の街道も残っているので、今度来たら歩いて見ます。

問題の答え
棒を引き抜いて、太い方でカエルの背中をなで上げると、カエルの鳴く声がします。
気持ちいいから鳴くのか、その辺は分かりません。


【道の駅】    たじま    場所はここ

【明日の予定】    日光に行ってみます。 (時間があれば)

※ 時間がないので、歌は省略。

※ このブログの細かな修正は、まだ。 誤字脱字がありそう。


南下を急ごうと思っているが、日光までどう行くかが決まらない。
面白そうな所が見つからない。
こういう時は山だ。

ということで、磐梯山の登山ルートと、天気を調べた。
大変な山でないことは、分かった。 3時間みたら、行けそうだ。
天気は、晴れるが午後から下り坂。

朝5時半に起きた。 片付けたり、ブログのコメントを書いていたら、6時半。
安達太良山の駐車場を、急いで出た。

有料のゴールドラインを最後に通る。 宝の山だから、ゴールドラインだ。
途中食べ物を買って、8時前に、八方台登山口に着いた。 人は少ない。  場所はここ

これは、案内板。 6月に行った、雄国沼が見える。   地図の上が南。

09年10月13日

熊に注意の看板があったので、スプレーを持った。 人が少なそうなので、ナビも。

ここから入っていく。 8時30分出発。

09年10月13日 (2)

25分ほど、こんな所を歩いた。 ぱらぱらと、人はいた。

09年10月13日 (3)

林を抜けたら、ここに出た。 中ノ湯。 磐梯山が見えた。 8時55分。
ここには、昔、温泉があった。

09年10月13日 (4)

上を過ぎたら、登り始めた。 時々見晴らしがよくなった。
これは、檜原湖。 磐梯山が爆発して川を堰き止めた。 だから、ダム湖ではない。

09年10月13日 (5)

いつものことだが、石の多いこんな道を登った。 上の人とは、しばらく一緒だった。

09年10月13日 (6)

1時間ほど歩いたら、視界が開けた。 頂上は見えてない。 すこし奥。
丸の所に、弘法清水小屋がある。

寒くはなく、そよ風に誘われるように歩いた。

09年10月13日 (7)

小屋は、もうすぐ。 

09年10月13日 (8)

10時10分過ぎに、弘法清水小屋に着いた。 疲れはない。
飲み物や、食べ物も売っていた。
朝ご飯は食べていなかったので、ここで食事をした。 豚汁を300円で食べた。

ここにある全ての物は、店の主人が毎朝、担いで登るそうだ。 
荷物の重さは30キロくらい。 毎日、登山だ。

09年10月13日 (9)

10時40分出発。 あと30分だ。 
道は急になり、こんな状態。 この写真の数分後に、頂上に着く。
足が疲れたら、30秒くらい休めばいい。 写真を撮ってもいいし。

09年10月13日 (10)

頂上に着いた。 11時10分。 休みを入れて、2時間40分。
小屋があるが閉まっていた。  
頂上の標識は、小屋の横に。  写真中央の少し右に、会津若松市が霞んで見える。

09年10月13日 (11)

09年10月13日 (12)

頂上には、石が積まさっていた。  北に檜原湖が見える。

09年10月13日 (13)

南の方に、猪苗代湖が見えた。 日本で4番目の広さ。 大きい。

09年10月13日 (14)

昨日登った安達太良山が見えた。 真ん中より少し右。 ぽつんと、出てる。

09年10月13日 (15)

この山。 左の方に下りて行った。

09年10月13日 (16)

西より、少し北の方向。 雄国沼が見える。 ニッコウキスゲを見に行った。
その向こうは、喜多方市。 

09年10月13日 (17)

こんな感じ。 丸の所まで、小さなバスで上った。

09年10月13日 (18)

丸の右の方に、道が見える。 左の方から下りた。 花は、満開だった。  関係ブログ

09年10月13日 (19)

北より、少し東に、小野川湖と秋元湖が見える。

09年10月13日 (20)

写真を撮り終わって、知人に電話をしたりしていた。
周りが急ににぎやかになった。
登山家の田部井淳子さんが来ているという。

そっちの方に行ってみた。
人に、田部井さんはどの方ですか、と聞いたら、この方ですよ、と言った。
私のそばにいた。 その声にこっちをふり向いた。
写真をお願いしたら、快く撮らせてくれた。

田部井さんは、現在70歳。
世界最高峰エベレストに、女性世界初の登頂に成功したことで知られている。

09年10月13日 (21)

田部井さんと一緒に登る、団体の登山の様だった。 この後下山した。(食事は、弘法清水小屋の広場で)

09年10月13日 (22)

私も、少しして下山開始。 11時50分。

少し下ったら、テレビ局の取材班が登ってきた。
止まって、下山する人達を撮影していた。 
私もそこに近づいた。 カメラは、こっちに向いている。
私は、アナウンサーの雰囲気の人に、「田部井さんを取材してるのではないのですか」と聞いた。
違うんですよ」と言った。 そして、こう付け加えた。
私も、もっと知られた人だったらな~」と言った。
※ 意味は、田部井さんには人がいっぱい集まったが、自分はそうでなかったから。

どこのテレビ局ですか」と聞いたら、
テレビ新潟ですよ」と言った。

話しが雑談ぽくなったので、途中から、取材カメラは下の方を撮っていた。

いつまでも話せないから、写真のお願いをした。 撮らせてくれた。
それが、この写真。 明るい雰囲気の方だった。

09年10月13日 (23)

こんな道を下った。

09年10月13日 (24)

山の紅葉は、山場を過ぎていた。

09年10月13日 (25)

昔あった温泉が見えてきた。(中ノ湯)  もうすぐだ。
お湯が湧き出ている所があった。 手を入れてみたら、40度くらい。 源泉でこれなら低い。

09年10月13日 (26)

ゴールが見えた。 着いたのは、13時40分。 往復、4時間ちょっとだった。

09年10月13日 (27)

すぐ、五色沼に向かった。 場所はここ

空は暗い。 雨が降りそうな雲行きだ。
せっかくの沼が、いい色にはならない。  正面右の山が、磐梯山。

09年10月13日 (28)no3

雰囲気はいい。

09年10月13日 (29)

実際は、これよりもっともっと暗いが、それで評価するのは悪いので、明るく撮ってみた。
こんな風に写った。
鮮やかさには欠けるが、柔らかい、いいブルーだ。

09年10月13日 (30)

木の隙間から撮ることが多かった。
場所によって、色が違った。

09年10月13日 (31)

ミルキーブルーという感じか。 (これを見た後、雨が降ってきて戻った。見たのは2つかな)

09年10月13日 (32)

感動のブルーだったかですね。
きっと晴れてたら、写真のよう見えると思います。
でも、この写真は、いい所を探して撮りました。

倒れた木が、だらしなく沼に入っていたり、何かの建造物が沼の中で壊れたままになっていたり、問題がありました。
木が育ちすぎて、見えないのも考え物です。
周りの環境は、絵の額のようなものですから。

結論は、環境が整ったら、感動のブルーの可能性がある。
そんなとこでしょうか。 


磐梯山が、宝の山かどうかについて

まず調べてみました。

磐梯山の民謡の歌詞に、こういうのがあります。
「会津磐梯山は宝の山よ。笹に黄金かエ~なり下がる

磐梯山には、どこにでも笹が生えている。
昔、この地方で飢餓があった。その時、この笹に黄金色の実がなり、それを食べて飢えを凌いだという言い伝えがあるそうだ。
笹は数十年に一度しか実を付けないので、その時の笹の実は、人々にとってだったということでしょうか。

今も宝の山かというと、そのようです。
観光客がたくさん来て、お金を落としますから。
私も、普通に見える道を走るのに、730円払った。

また、磐梯山から流れるが、周りを潤し豊かにしている。そう言う意味でも宝の山。

ということで、磐梯山は宝の山でした。

※ その宝の山を大事にしているのか、と言うことだけど、そうとは言い切れない。
  スキー場の造成によって、山肌はたくさん剥がされた。 観光開発も進んでいる。


【道の駅】       裏磐梯    近くに温泉もあった。 少しぬるい。

【明日の予定】    大内宿に行きます。 


《今日の歌》     会津磐梯山(You Tube)

             もう一つ。   いいですよ。 外国の子供達が歌っている。

智恵子抄の智恵子が、「この上の空が、ほんとの空です」と言うから、その山に登って見ました。
ハイキングの感じで登ることが出来ました。
見下ろした風景が良いため、たくさんの人がいました。

※ 今日は少し急いでいます。
  明日早く起きれたら、磐梯山に行こうと思っています。
  ほんとうに宝の山か確かめたい。 
  また、近くに、自慢している五色沼がある。 感動のブルーか、それも確かめたい。


上りは、ゴンドラに乗った。 6人乗り。 片道900円。
昨日、麓のガソリンスタンドで100円割引の券をもらったので、800円。

9年10月12日

ゴンドラの終点駅出発は、8時23分。 少し歩いたら、展望台があった。
そこに、これがあった。 
昨日のブログの、智恵子抄の歌に出てきた画像は、ここでの写真だった。

9年10月12日 (2)

その展望台から、遠くに駐車場が見えた。 私の車は、○の中。
実は、今もそこにいる。 明日からのコースが決まらなかったので、動けなかった。
ネットの調子がいいので、パソコンは快調
楽な時だけ張り切っても、実力は認めてもらえないのに。

手前に並んでいる人は、券を買うために。 向こうは、乗るために。 観光地だ。

9年10月12日 (3)

ササとシャクナゲのトンネルの様な道を歩いたら、こんな感じの道になった。

9年10月12日 (4)

人は、数珠つなぎの様だった。 
お年寄りも多い。 
人のことは言えないが、他に行くとこはないのか。
そのことを聞いたら、「川の向こうに行くのはまだはやいので」と、言われそうだ。

9年10月12日 (5)

なんぼも歩いていないのに、頂上が見えてきた。

9年10月12日 (6)

この人の数です。 頂上に上がるために並んだ。

9年10月12日 (7)

ここが、安達太良山の頂上。 1700㍍。 
10時ちょうどだった。 1時間半ちょっとで来た。
これで、100名山、7つ目。
さっきまで雲はなかったのに、周りは見えなかった。

9年10月12日 (8)

下の様子。

9年10月12日 (9)

風が冷たいので、別の方からすぐ下りた。 

9年10月12日 (10)

下山は、くろがね小屋を通るコースにした。 下の駐車場に着く。
写真に見える道。 来るときは、右の方から。

9年10月12日 (11)

分岐点に来た。 くろがね小屋を通らない近道があった。
今日は、分岐点が4つあったが、全部遠回りをした。

頂上が見える。

9年10月12日 (12)

秋が深まってきたので、風は冷たい。 ずっと上着を着ていた。
小さな雲のかたまりが、駆け足で通り過ぎていく。
陽が差してくると温かい。 そんな時、太陽の有り難さを、直に感じる。

この場所で、食事をした。 

9年10月12日 (13)

今日はどうだい、って足に聞いてみた。 そうしたら、
「ふだんと、いっしょじゃん」って、生意気なことを言った。 鳥海山では、泣きごとを言ったくせに。

9年10月12日 (14)

紅葉が始まっているが、完璧ではない。 (追記 訂正 始まっているのではなく、終わりかけていた)
それを、綺麗に撮るのは大変だ。 ここでは、カメラの設定をいろいろ変えて撮った。全自動も含めて。
※ この写真の情報は、ISO640。 シャッター速度は、400分の1。
もっと何とかなりそうだが、分からない。

9年10月12日 (15)

下に見えるのは福島市。

9年10月12日 (16)

この辺りで温泉が湧いているのか。 硫黄の匂いがした。

9年10月12日 (17)

こんなところを降りて行った。 まあまあ綺麗ですね。

9年10月12日 (18)

くろがね小屋に着いた。 11時23分。 ここで、温泉に入ることもできる。

9年10月12日 (19)

さらに下山した。 くろがね小屋が見える。

9年10月12日 (20)

分岐点があったので、こっちの道を。 遠回りのぶん、急な下りはない。

9年10月12日 (21)

報道のヘリと思う。 紅葉が始まったことと、人出が多いので。

9年10月12日 (22)

コップが置いてあった。 飲めるのかな。 今日は、ほとんど水は飲まなかった。

9年10月12日 (23)

ゴンドラの乗り場が見えてきた。

9年10月12日 (24)

道は、また分岐していた。
あだたら渓谷自然遊歩道があったので、そっちを通った。

若い男の人が、何かを見ていた。 何見ているんですかと聞いた。
この木を見ていた。 別々に生えた木が、途中でくっついていた
どうしてこうなるか考えた。 今日は、すぐ分かった。

いつものことですが、ここで問題です。
どうして、この木はくっついたのでしょう。 答えは、写真の下に。

9年10月12日 (25)

答えは、気が合ったから。
真面目に考えていても、こんなことばっかり思いつく。 
ほんとうは、そういう自分が、好きではないんですよ。

9年10月12日 (26)

山に登らないで、ここを見に来る人もいた。

9年10月12日 (27)

小さな滝が、いくつもあった。

9年10月12日 (28)

13時40分に、駐車場に着いた。 のんびり、5時間ほど歩いた。


今日は、智恵子が毎日見て育った、安達太良山に登りました。
その空は、抜けるように青い、ほんとの空でした。


【停泊場所】   昨晩と同じ。 少し寒い。 時々、ヒーターを入れます。 
          山から下りて、すぐここの温泉に入りました。 少し熱めで、それがいい。

【明日の予定】  ブログが早く終わりました。 
           明日は、早く起きて、磐梯山に向かいます。 五色沼に何とか寄りたい。


【今日の歌】   昨晩と同じ。  智恵子抄(You Tube)  菊人形の会場では、この歌がずっと流れていた。       

akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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