キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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     ※
美幌出身の方と、話していました。
ビールをご馳走になりました。(8時30分)

ネットの状態が、良くありません。
待ってる間に、お酒を飲みました。 眠たくなってきました。
記事を簡単に書いて、続きは、明日にします。

山刀伐峠にこだわる理由も、あとで。

【追記】 山刀伐峠は、芭蕉の奥の細道の旅の中で、一番苦労したところだと、分かりました。 そして、この峠の道は、奥の細道の名前の通り、山奥の細道でした。 
※ ところで、奥の細道の奥とは、どういう意味なのかな?  

峠に向かった。 田んぼが減ってきました。

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今の県道と、旧県道と分かれます。
旧県道の近くを、昔の道があります。

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こんな感じです。

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頂上に近いパーキングから、昔の道を歩いた。
昔は、木が大きかった。

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山刀伐峠の頂上が見えてきた。

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頂上には、祠が。

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芭蕉の碑が。

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こんな道。 私が歩いたのは、逆コース。

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説明板。

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これも。 峠の下は、見えなかった。 木があって。

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赤倉温泉。
【追記】 峠を下りたら、すぐのところに。 芭蕉は入らないで、通り過ぎた。

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誰もいなかったので撮影。 混浴。
下は、岩盤。  お湯が出てくる所がある。

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蓮の花。

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封人の家。 ここに2泊。

【追記】 封人(ほうじん)の家とは、国境を守る役人の家。 雨が降っていたので、ここに二泊します。
この建物は、300年以上経っていると、推定されています。 解体復旧工事で今のようになっています。  

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馬もいる。 ここでの句が、
   蚤虱 馬の尿(ばり)する 枕もと  

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左の和室で寝た。 手前に、馬が。

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資料を撮った。

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尿前の関。 この名前に、義経が関わっている。

【追記】 義経の子が、初めてここで、おしっこをしたと言われている。
ちなみに、鳴子温泉の名前は、宮城県の広報にこう書いてある。

-出羽の亀割(かめわり)山(現在の山形県最上町)あたりで誕生した義経の若君を、弁慶は人目を避けるために懐に隠して歩いたが、不思議なことにこの赤子は、それから3日間、1度も泣かなかった。義経一行が尿前(しとまえ)の関を過ぎて現在の鳴子温泉にたどりつくと、生まれてから産声一つあげず皆を心配させていた若君が、温泉につかったとたんに初めて産声をあげた。このことから里人はこの湯を「啼子(なきこ)の湯」と呼び、後に「鳴子」の地名の由来となったともいわれる-。

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こんな道。

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桑の実があった。 50個くらい食べた。 舌が真っ赤。

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   桑の実


道の駅 あ・ら・伊達な道の駅にきた。 こんなのが。 説明はなかった。

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今日は、ここまで。

※追記

【今日の道の駅】    あ・ら・伊達な道の駅   ここ

【温泉】    赤湯   湯守の宿 三之丞   500円 
       ※ コメントで、書いてくれていましたね。

【明日の予定】   中尊寺は、明日でしょうか。 今日は・・・。


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     ※
義経の500年後が、芭蕉。 芭蕉の300年後が、私たち
私たちは、芭蕉が面白いと思うし、影響される。
同じことが、芭蕉にも義経に対してありました。
それを知ったのが、今日の収穫です。

尾花沢奥の細道について知ってたことは、松尾芭蕉が山刀伐(なたぎり)峠を越えて尾花沢に来たことだけ。
奥の細道を読んだのも、ずっと昔。
知らないことが、分かるかと思って、芭蕉・清風歴史資料館に行ってみた。

まず、清風って誰だ、っていうことです。 

芭蕉と曾良は、尾花沢に10泊した。
一カ所に留まった中で、最長。
その世話をしたのが、この地域の豪商、清風。
10柏のうち、3泊が清風の家。 7泊が近くの養泉寺。

下の写真は、清風の家を、近くに再現したもの。 今は、資料館。

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上の写真にも小さくあるが、芭蕉像。
表情は、何を参考にして作っているか分からないが、芭蕉像は様々だ。

いい表情かどうかは、分からない。
人間性が読み取れるようなのが、いいのかな。
そう言う面では、この像は完璧でない。

私も、芭蕉像は持ってますが、いいですよ。
上渚滑の家にいるときは、ステレオの上に置いていました。
音楽をかけると、私と一緒に耳を澄まして聞いている、そんな表情でもありました。

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中の撮影は禁止。
資料を読んだだけでは、覚えきれない。
本を買った。

事務所の人に、山刀伐峠に行く道の状況を聞いた。
大丈夫、行けると分かった。
芭蕉に関わっての、たくさんの資料をいただいた。

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芭蕉は、中尊寺に行った。
どうして行ったかは、考えたことがなかった。
義経に会いに行っていた。
そこで作った俳句は、これですね。
   夏草や 兵どもが 夢の後

資料館から養泉寺まで歩いた。 500㍍。
資料館の近くに、清風邸跡があった。

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芭蕉が義経に関心があったというのは、元々かも知れないが、この地方に住む人達が慕っていると言うことがあって、強くなったようだ。 

小さなお寺。 神社の雰囲気もする。
お参りするときは手をたたかないように、という標示があった。
建物は、火事で再建されている。

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芭蕉が、中尊寺から尾花沢に来る道は、変更になった。
義経が通った道 にした。 中山峠、山刀伐峠を抜けた。
※ 500年前は、正確には、山刀伐峠については、近くを。

下の写真は、お寺にあった、涼塚。
中に、芭蕉の句碑が。

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話しはそれるが、芭蕉は山寺に行く予定はなかった。 
清風らの勧めで、行くことになった。

山寺に行った。 朝出て夕方着いた。
閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声 と歌った。
どうして、蝉が登場するかと言うことですが。
今日、分かりました。
芭蕉にも、師と言われる人がいました。
その人の名前に、蝉の字がありました。 (蝉吟
今日買った本に、「閑かさや・・・」の句は、師である蝉吟への追悼の句であると、ありました。

中尊寺でも、山寺でも、思いつきで作ったのではないことを知りました。

句碑には、「涼しさを 我が宿にして ねまる也」、とありました。

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今日、大石田というとこにある温泉に入った。
芭蕉は、ここから最上川を下った。
どうして、最上川か。 義経が、ここを上って来たからです。

船に乗る前、尾花沢で作ったのが、
五月雨を あつめて涼し 最上川

船に乗ったら、前日の雨で、水かさが増し、流れが急だった。
だから
五月雨を あつめて早し 最上川」 に直した。

資料館の写真は撮れなかったので、本にあったのを。

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山刀伐峠を通るときの様子。

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尾花沢では、山寺に行く途中、次の句も作っています。
まゆはきを 俤にして 紅粉の花 」  

   紅花

 ※ 俤はおもかげ。  紅粉は、べに。
紅の花が、まゆはき のように見えたんですね。
 ※ まゆはき は、化粧したときに、まゆに付いた粉を掃くもそのだそう。
この句、好きですね。

今日、温泉に行く途中、大きなスーパーがありました。
コインランドリーもありました。
買い物の後、洗濯をしました。
待っている間、今日買った本を読みました。 洗濯の店で。
すぐ寝てしまいました。

夕べは、朝の3時半まで起きていました。
夜は涼しいから快適です。

義経の大きさを、今日再び知りました。


【今日の道の駅】   尾花沢   ここ

【温泉】       大石田温泉 あったまりランド 深堀  350円。  ここ

【明日の予定】   山刀伐峠です。 その後、東に。
          ※ 追記(30日朝) 今日は雨。 どうしようか・・。


《今日の歌》     白い花(YouTube)  紅花の歌を探したが、見つけれなかった。 紅い紅花で始まる歌があるんだが。  こんなのなら、あるけど。(YouTube)

     ※
たくさんの人が、来ていました。

今から320年前、松尾芭蕉がここに来た。
そして、「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」 の俳句を作った。
もし、それがなかったら、今日のように人はない、と思いました。

寺の名前は、山寺。 正式には、立石寺(りっしゃくじ)
平安時代の初めに、円仁(慈覚大師)という人がつくったと、言われている。

これは、本堂。
ここを過ぎて、少し行ったら、登り始める。

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松尾芭蕉です。 右の石に、「閑かさや・・・」の句が。

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せみ塚。
芭蕉の句碑を書いた短冊が、埋めてあるという。

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弥陀洞(みだほら)という。
中央上の方が、雨で削れた。
それが、仏に見える人には、幸福が訪れると言う。
はっきり分からなかった。 

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石段は、1000段以上ある。
一歩一歩登ると、その人の煩悩が消滅され、幸福になれるとあった。

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登っている人の中から、「半分は来たかな」とか、そんな会話が多く聞かれた。
私が下っていたら、もう少しですか、とおばあちゃんが聞いてきた。
もうすぐ。 あの建物を過ぎたら、3分だよ、って励ましておいた。
みんな大変だ。

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もう少し。

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ここが、頂上。
右が、奥の院。 左は、大仏殿。

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大仏。 高さ、5㍍。

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こんなのが。

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あるお堂の中に、貼ってあった。

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長寿を授けるとあったから、賽銭を入れて、手を合わせた。

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こんな感じ。 人が多い。

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崖の上に、修行場が。
ここに行くのが大変。 道はない。
どうにかして行くんだが、昔は、落ちて死んだ人が多くいた、とあった。

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右は、開山堂。 円仁の像が安置されている。
左の小さいのは、納経堂。 この寺で、一番古いそう。

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今日も暑い。
時より、風が狭い谷を吹き抜ける。
それが、心地よい。

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穴の中には、骨があるという。

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仁王。 邪心を持つ者は登ってはいけないと、睨みつけてる。
思わず、目をそらしそうになった。
邪心と煩悩は、違うのかな。
※ 写真は、格子の隙間から、やっと撮影。

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ジグザグに登っていく。

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仏に見えるかという岩です。
帰りに、もう一度寄った。
真ん中の凹んだ部分です。
見えますか? 見えたら、幸福になれるそうですよ。

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道から離れた草の陰に。
見られることも、撮られることも少ない。
やっと隙間を見つけて、望遠で。

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こんなのも。 

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これは、何だったか?

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力こんにゃく。

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お土産屋にあったので、買いました。
毎朝、3回ずつ読み上げる。 

山頭火が、ここに来たかは、確認していません。
※ 追記 近くの鳴子温泉まで来ていますが、ここには来てない。

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寺の案内に、登山のいう言葉を使っていました。
まさに、山登りでした。
下を見ても、上を見ても、風景が変わるので、退屈しませんでした。


【道の駅】   むらやま    ここ

【温泉】    べに花温泉 ひなの湯  250円   ここ。 この温泉の近くに道の駅はあったんですが、せまかったんで、こっちに。

【明日の予定】  尾花沢に何かないか探してみます。 この町は、花いちもんめの歌が生まれた町ですね。 花というのは、紅花のこと。


《今日の歌》    故郷(エムズの片割れ)  手仕事屋きち兵衛さんです。

     ※
今日も暑い一日でした。 やっと風が涼しくなった。
夕鶴の里の見学の後、山形のジャスコで買い物をした。
そこに、車を置いて、床屋にも行った。 
暑いので、涼しいとこに、逃げ込んだ。

今は、天童の道の駅に。  ここ

朝、情報誌をながめていた。
小さく、夕鶴の里とある。
夕鶴は、佐渡の鶴女房を元にしたと言われているのに、どうしてここなんだ。
よし、行ってみるか、となった。 場所は、ここ

行ったら、まず鶴の恩返しの映画を見た。(スライドの感じ)
のぞかなければ良かったのにと、最後に思う内容。

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お話しの世界の、家を再現していた。

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自動的に、障子がしまって、こうなった。

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映画で使った人形。

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木下順二の夕鶴は、1037回、舞台で演じられたという。
つうの役は、山本安英。
この人が、生きている間は、ずっとこの人。

下の写真の着物は、実際に舞台で着たもの。
人形は、つうをイメージして作ったものかな。

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いい表情ですよ。

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どうして、「夕鶴」 という名前にしたかは、この文で分かりました。
今日、全文は読んでいないのですが、最後の場面は、夕焼け空だったのかな。
忘れてしまった。 (分かったら、追記で)
資料館の人は、分からないと言った。

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この人が、木下順二。

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真ん中が、山本安英。

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今日のメインの、どうしてここが、夕鶴の里なのか、について。
それが、下の写真に書いてあります。 
※ これは、その下にある、お寺の説明板に。
  資料館も、同じ説明。

根拠① 江戸時代に調査した文書に、この地域の「鶴の恩返し」が載っている。
      (ここまで詳しいのは、他の地域にはない)
根拠② この地域にある寺の名前が、「鶴布山珍蔵寺」という名前。
     鶴布は、鶴が織った布のこと。
     珍蔵は、金蔵が変化したと。
     ※ この地域の「鶴の恩返し」に出てくる、男の名前は、金蔵。
     このことも、上の文書にある。
根拠③ この地域に、織機(おりはた)川、鶴巻田、羽付、などの地名が残っている。

そんなことで、ここを夕鶴の里としたそうです。

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このお寺です。

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鐘にも、鶴の絵が。 (この鐘は、新しい)

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最後に一つ。
「夕鶴の里」って名乗って、大丈夫なのか、ということ。
「夕鶴」の名前の使用は、木下順二さんから、許可をいただいたとのことでした。

語り部の人が、方言で、鶴の恩返しを聞かせてくれました。

話しの中で、こんな表現をしました。
金蔵は、正直と貧乏をしょって生きていました
※ これを、方言で。
また、最後に、こんなことも。
「民話は、美しい心を持った人間が、バカをみない内容になっている」と。

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この地域の人達は、昔からある「鶴の恩返し」と、木下順二さんの「夕鶴」を、日本の中で、もっとも大事にしているように感じたかな。
だから、夕鶴の里と名乗っても、いいように思いました。

木下順二という人は、「鶴の恩返し(鶴女房)」を「夕鶴」にすることによって、内容を文芸の域に高めたと言うことでしょうか。
このことについては、以前のブログに書きました。 「山も野原もみんな・・・」に。


【道の駅】  天童温泉
     ※ どこの温泉が安いかは、分からない。 ここに遅く着いたので、今晩は車の。 東北の日帰り入浴の本が手に入ったので、明日から苦労しない。

【明日の予定】  山寺に行きます。 いい写真を撮りたい。


《今日の歌》    生活の柄(YouTube) 高田渡です。 いいですよ。

     ※
山形に入りました。
今は、道の駅、いいで。  米沢市に近い。  ここ。 

暑い一日でした。 今年一番です。  33度。
今も25度あるけど、車の中を風が通るので、涼しい。
蚊取り線香の効果抜群。 虫は入らない。


朝、道の駅喜多の郷から、米沢に向かった。
途中、道の駅 田沢 に寄った。  ここ
説明板を見ると、「草木塔」が、どうだとか書いてある。

何だこれは、と思った。
聞いたことのあるような、ないような。
米沢に行くより、こっちの方が面白そうだ。

草木塔は、こういうものだそう。(説明板から)
草木にも霊魂がやどり、その草木から得られる恩恵に感謝し、伐り倒した草木の魂を供養する心が、草木塔を建てさせた」 とあった。
草木にも、命があると考えたんですね。

この田沢地区に、12ある。
この辺りにたくさんあることと、一番古いのがあるので、ここが発祥で、草木塔のふるさと、と言っている。 (ネットで調べてみました。 大丈夫です)

地図を、小さな公民館でいただいて、3カ所見に行った。

最初は、ここ。 国道の横。
祠があって、いろんな石碑が、雑多な感じで並んでる。

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右から3番目が、草木塔。

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草木供養塔、と書いてある。
古いのは、こうだそう。 200年程前のもの。

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この石碑を、よく見た。
同じ時代に作られている。
このことから、修験者が、草木塔の考えを広めたのでは、と考えられている。

これは、百度参りするために使われたそう。(調べたが、詳しく分からない。 分かったら、追記します)

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こんなのも。 どれもこれも古い。 
これは、文政2年と読めるから、1819年になります。

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月夜燈とあった。 安政5年のもの。(1858年)
何なのかは、分からない。

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他にも石碑はあるのに、なぜ、草木塔が注目されるかです。
それは、自然保護の考えがこの時代からあったということで、これから学ぶことが出来るからですね。
最近、自然保護のシンボルとして、新しく作られてるそうです。

下のは、別の場所です。 一番左端。

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これも、草木供養塔と書いてありますね。
説明板に、寛政12年(1800年)とありました。

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別の場所です。

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これは、草木塔になっています。
供養塔でないから、上の二つより新しい。

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まとめですが、草木塔の考えは、大事にしなければならない考え方のように思いました。
詳しく知りたい方は、ここを。 (広報米沢より)

夕方、調べました。
そうしたら、あることが分かりました。
山頭火句集の名前が、「草木塔」でした。
私は、それを持っていました。
その中にあったのが、

「分け入っても 分け入っても 青い山」
「まっすぐな道で さみしい」
「ふくろうは ふくろうで わたしは わたしで ねむれない」


これらについては、以前ブログで書きました。 ここに。  フクロウの句については、ここにも

今日のような、観光情報誌にないものが、面白いなって思います。
また見つかるといいです。


【今日の道の駅】  いいで   場所は、上に。 いいですよ。 夕方、1時間ほど、他の旅の人と話しました。 夕涼みをしながら。 4人で。

【明日の予定】   山形、天童の方かな。 山寺は、必ず寄ります。


《今日の歌》   マイケルジャクソンが亡くなったので、それを。(YouTube)   

               久しぶりに、きみまろ(YouTube)   観客の中に、飯島愛がいます。

     ※
今後のコースは、山形、中尊寺、遠野と、中の方を通ることにしました。
喜多方で、ラーメンを食べないわけにはいかないので、行った。

昔、坂内食堂で食べたことある。 残した。   喜多方は、ここ
調べて、味の濃厚なあべ食堂にした。
ほぼ、満席だった。

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まあまあ、美味しかったかな。
スープには、少し、背油っぽいのが浮かんでる。
麺は、多加水麺といって、少し透明の感じ。 
多少、ぷるんぷるんという感じなので、こうでない方が、本当は好き。
太い。 もっと細い方が、スープが麺に絡まりやすいように思う。

ほんのりと、昆布と魚だしの味がする。
基本の部分で勝負するから、おかしな味がしない。
北海道の普通のラーメンは、我流で個性を出そうとして失敗しているのかな。

私は、旭川の蜂屋が好きだから、味が弱いように思う。
富公のような、強烈な感動はないかな。
全体的には、蜂谷や富公の方が、だいぶ上に思います。
ただ、喜多方ラーメンは、しょっぱくなく、油っぽくなく、体に優しい感じがしました。
      ※ 富公について、もし知りたかったら、ここです。 長いかな。
         蜂屋は、あっちこっちに。(ブログ内検索で)
         高山も、ありますよ。  美味しかった。

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テーブルの上にが置いてあった。
聞いたら、かける人がいるから、という。
油が、サラッとなるんですね。 乳化して。

※ ラーメンと関係ないが、私は毎朝、変なドリンクを作っている。
きな粉、ゴマ、青汁の粉、蜂蜜など、6種類を水で混ぜる。
ここに、黒酢を入れるが、入れなかったら、サラッと混ざらない。
酢には、不思議な力があるようだ。

喜多方は、蔵の街。 こんなのが、あっちこっちにあった。

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今、きち兵衛の歌を聞いているが、「幸せが薄い」という表現を使っている。 悲しい表し方だな。

道の駅、喜多の郷、に向かった。    ここ
そこで、道の駅の案内の人に、何かないかい、と聞いた。
ニッコウキスゲが、雄国沼で満開という。
私は、その話に飛びついた。
10数キロ走ったら、駐車場があって、シャトルバスが出てるという。

山の上にある沼だった。 尾瀬の感じ。   ここ
バスは、駐車場から、上まで、標高差500メートル弱を一気に上った。
細い道。 バスのタイヤが、道からはみ出しそう。

1時間ほど歩いた。 木道の上を。 
ヒオウギアヤメの名前は分かったが、知らない花もあった。
※ クリックしたら、大きくなります。

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見終わってから、バスの運転手と話した。
この辺には、熊がいるという。
早くみんな帰らないかなあって、どこからかのぞいていると言った。
少し前、そこに出てきたって。
こっちは、ツキノワグマだな。

昔から、雄国沼の水は、下の塩川町の田んぼに使っているそうだ。
毎日、水の管理に、地元の人が上ってくる。
昔は、歩いた来たと言う。

あと、この辺りの水は、阿賀野川につながり、日本海に行く。
福島県だから、太平洋に流れそうなもんだが。

戻って、道の駅の温泉に行った。
受付の人が、少し待ってね、と言った。 意味が分からなかった。
少ししたら、5時になった。
5時から、風呂代が、500円から、300円になった。 ありがたい。

久しぶりに、外で食べた。
京都から出て、初めて。 全部で、1950円。 
ビールは、大ジョッキ。

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変わったものがあったので、外食した。
手前の真ん中は、えご、と言って、エゴグサという海草から作ったものだそう。
ぬるっと、くだけた。 野菜でなく、海草の香り。

スルメのてんぷら。
それから、まんじゅうのてんぷら。 下の写真。
昭和の初期からあるそう。
何でもてんぷらに出来るんだなって、思った。

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鰊の鉢まぶし定食の他に、馬刺しも食べた。 
久しぶりの、ぜいたくでした。

店から出るとき、展覧会のポスターが。
異様な雰囲気の絵だったので、撮った。
斉藤栄って書いてあったかな。

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食事の後、池があったので、そばの石のベンチに座って休んだ。
少し向こうに、カモが2羽、浮かんでいた。

なにやってんのよ~、って話しかけた。
そうしたら、こっちに来た。
人に慣れてるみたいだ。
水を時々飲んでる。
お前たちは、飲みたいとき、いつでも飲めていいなあ、って言った。

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晩御飯くったのか、とか話しているうちに、水から上がってきた。

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おまえたちに、あげるもの無いんだよな、て言った。
離れないから、ちょっと待ってれ、と言って車に戻った。
冷凍庫から、食パンを1枚持ってきた。

ちぎってやった。
のどが詰まりそうなのか、長い首をひねりながら、飲み込んだ。
のどが詰まるんなら、水飲んできたらいいべや、とか言いながら、その後、小さくしてやって。

左のは、私の手から食べた。 右は、用心深い。 私みたいだ。

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もうパン無い、帰れ、と言ったら、池に戻った。
2羽して、水を飲んでた。

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昨日、高原に行きたいと書いたら、本当に行けた。

※ 中指が長いのは、涙を拭くからだと、言ってる。
   だから、中指は悲しみを連れているんだと。 (きち兵衛の歌で)
   考えて見たら、涙は中指でふくかな。


【今日の道の駅】    喜多の郷   場所は、上に。

【温泉】          蔵の湯   300円(5時を過ぎたので)  道の駅に中に。

【明日の予定】      米沢に何かありそう。


《今日の歌》       愛の終着駅(You tube)  本田美奈子です。 みのや雅彦の歌が、You Tubeにたくさん載った。でも、「あの日に帰れる汽車があるなら は、ない。 詩だけでも知りたいな~。

やっと涼しくなりました。(9時少し前)
暑い一日でした。
食欲が少し無いが、ビールは美味しい。

となりの道の駅、みかわ に寄った。  場所は、ここ
日本一の大杉があるという。

でも、日本一の大杉は、前に見た。
四国で。

この杉です。 大豊町に。
そばに、美空ひばりの歌碑があった所です。
そう言えばね、さっきラジオで言ってたんだけど、今日はひばりの命日だそうです。

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大杉は、この中に。

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こんな感じです。
確かに根元は太いが、細い杉が集まっただけでないのか、そう見えました。
四国の、ひばりが祈願した大杉が勝ちだった。

今朝、道の駅を出発するとき、昨日の野菜を買った母さんに、挨拶した。
大杉を見に行くと言った。 
母さんは首をひねった。 たいしたことはないと。
その通りだった。

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そばに、薬師堂があった。

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昔、上杉謙信が亡くなった後、勢力争いがあった。
御館の乱と言うそうだ。
敗走したものが、ここのお堂に逃げ込んだ。
落書きをした。 
それが、下の写真だそう。
こちらのお堂は、良かった。

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心が、和む。

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アジサイだが、花びらに見えるのは、ガクなんだそうだ。
真ん中の小さいのが花ということか。

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今は、石垣は、こんな風に作るんだ。

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にしあいづの道の駅に来た。 そこで、ラーメンを食べた。
喜多方に近いので、美味しいかもしれないと思って。
良かったですね。 和風。 
こんなのが、体に優しいラーメンかな。
白いキクラゲとクコの実が、のっていた。(名前は、聞いた)

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会津の情報誌を持っていなかった。
ラーメンを食べたとき、本屋の場所を聞いた。
こんな感じの道を歩いた。 駅のほうに。

途中で、盆栽に水をやってる、おばあちゃんに会った。
暑いねと言ったら。
雨ばらしの天気」だと、言った。
雨を晴らすという意味かな。 初めて聞いた。

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野沢駅。 (野沢菜の野沢は、信州、長野)

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小さな本屋さんに入った。
温泉の本がほしかったが、無かった。
東北の情報誌を買った。

店を留守番していた、おじいちゃんに、
今日は、温泉見つけれないと言った。
そうしたら、温泉は近くにあると言った。 教えてくれた。

まず、左に行って・・・、から説明は始まった。
でも、父さんの体と指を右を指していた。
そっち右だけど、と言ったが、それ以上は言わなかった。
左・右はどうでもいいことで、指差した方が大事だ。

名前は忘れたが、温泉はあった。 
さゆり公園にあった。
吉永小百合と関係あるのかい、と受け付けの人に聞いたら、無いといわれた。
山のほうに、きれいな百合が咲くそうだ。

※追記 こんな花でした。 名前はヒメサユリ。 

   ひめさゆり 
 
暑くなってきた。
昼間、自転車で動くには、根性がいる。
どっかの高原に行きたくなってきた。

※追記 さゆり温泉ロータスイン でした。


【今日の道の駅】  にしあいづ   場所は、ここ。   福島県です。

【温泉】    名前は、思い出せない。  400円。

【25日の予定】  会津に城がありますね。 検討します。

  
《今日の歌》    騒がれてる歌がありますね。 ジャスミンという人が歌ってる。
           この歌(You Tube)


     ※
夕べは、道の駅とちお でした。
強いは、朝まで止みませんでした。
土砂崩れがあったら困るので、山道を走るのはやめようかと、考えていました。

道の駅では、油揚げの宣伝をしてるので、食べてみました。
他と何も変わらない。
後で分かったことだが、ここのは大きいそうだ。
まったく、と思ったが、美味しかったし安かったから、まあいいか、ということにしました。

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栃尾城跡があって、上杉謙信が若い頃、この城で多くを学んだとありました。

道の駅に、こんな話があったので、写真に撮りました。
栃尾城秘話。
事実かどうか分からないが、もしかしたらあったかもしれない。

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クリックしたら、大きくなります。

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昼までは、車の中をいろいろやった。
バンクベッド以外は、使いやすく片付いた。

行きたい所が見つからないので、山の少ない阿賀野川の方に向かった。

今日は、特に変わったことは無かったから、人と話したことを書きますね。

五泉市 馬下(まおろし)保養センターの温泉に入った。
阿賀野川が目の前。

湯船には、私より年配の人がいた。
私は聞いた。
ねえ、この川は、どこの町で海に出るんだろうね、と。

はっきりした答えが、返ってこない。
こう言ってきた。
下から、信濃川が流れてくるんだよな、と。

私は、こう言った。
と言うことは、信濃川よりは、上に出るんだ。
こう言ってきた。
そうだな、川は、道の交差点のようにはならんからな

こんな会話をして、楽しみましたね。


道の駅、阿賀の里に着きました。  場所は、ここ

野菜を買いに行った。
下の写真の右の建物の前で、50くらいのおばさんが売っていた。
  〈※10歳若かったら、なかなかか。そんな感じ)

カボチャを食べたいんだよね、って言った。
こっちにやってきて、カボチャを手にした。
これは色が悪いから買わないほうがいいね、って言った。
 
水密二つと、にんじんと、たまねぎと、キャベツと、キュウリを買った。 810円。
キャベツが、50円。 水密1個、110円。  ※追記 サツマイモも。

おばさん、阿賀野川を見たいんだけど、どこから行ったら見れるの、って聞いた。
車で、あっちに行ったら、赤い橋がある、そこで見れるよ、って言った。
私は、道の駅の裏流れてるの、阿賀野川でないのかい、と。

あ、そうだそうだ、裏だ、と。
おばさん、何年ここで働いてるのさ。

こんな会話をしましたね。

私が、野菜を車に置いて、元いた方に歩き出したら、さっきのおばさん、こっちにやってきた。
川へ行く道を教えてくれた。
つまり、お土産屋を通らないと、行けないから、教えに来てくれた。

私は人と話すとき、まじめに話すことは、少ない。
話しが面白くならないかと、いつも思っている。
そのせいもあって、少し親しくなると、すぐ話は変になる。

こんな話もした。
私は言った。
おばさん、どうしてこんな山の中で、魚をいっぱい売ってるの、って。
おばさんは言った。
ここは海に近い。 山の中なんて、もっとあっちだよ、って言った。
どう見たって、ここは山の中でしょ、って私。

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阿賀野川は、朝までの雨で、大河になっていた。

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夜、車を前から見ると、こう見える。
フクロウが、浮き上がる。
このままの時もあれば、遮光カーテンをすることも。
昼間は、真ん中の暖簾だけ。

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夜、小さな虫が、網戸をすり抜けてくる。
夕べ、5箇所くらい刺された。
今は、蚊取り線香をたいてる。

虫は、いない。
車の中はせまいから、お寺にいるようだ。


【今日の道の駅】   阿賀の里   場所は、上に。

【温泉】        馬下保養センター  400円  場所は、この辺り

【明日の予定】   会津若松に向かいます。 でも、この辺に何かあったら、分からない。


《今日の歌》    眠れない夜を抱いて(You Tube)  坂井泉水です。

     ※
以前、「消せない思い出」というのを書いた
    このブログ
昨日、「道の駅 いりひろせ」 に行くと書いたのは、そこを通るためでした。
住所は、新潟県魚沼市長鳥 (昔は、北魚沼郡守門村長鳥) 場所は、ここ

守門岳が見えると、書いてあった。
長鳥に近づいたら、見えてきた。 まだ、雪が残っている。
この辺りは、日本で一、二を争う豪雪地帯だ。

通り過ぎるだけ。 もちろん、そうでした。
国道から、中に入りました。
上の写真の所で、守門岳の全体が見えました。
写真を撮りました。

この地のどこかで、暮らしていたんだ、と思いました。
このまま行ったら国道に出る。
今日行く道の駅に向かいました。

家並みが途切れて、坂を下り始めました。
その時、道路脇に、一人の年配の男の人がいました。 
この地域に入って、家はたくさんあるが、人には会っていなかった。

車を左に停めた。
思い切って言ってみた。
「昔、この長鳥に、多田○子さんと言う人はいませんでしたか」と。

こんなことが、あるんでしょうか。
その人は、「ここだ」って、私の車の横を指さしました。
私は、多田さんの家の前に、車を停めていました。
    (※ この地域には、100件以上の家があります。)

車から降りました。
その時、道路をはさんだ納屋から、お年寄りの方がこちらに来ました。
手紙を書いた方の お父さんでした。

ずっと昔のことですが、と前置きして、話しました。
今は、ここには住んではいませんでしたが、元気にしているとのことでした。
お孫さんもいると。
守門岳のことが書いてありましたというと、あの山ですよと教えてくれました。
私が、これしかないと撮影した山でした。

今度、○子さんが戻られたとき、中学時代文通した、北海道の者がここを通った、とお伝えくださいと話して、その場を離れました。

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お父さんが、美瑛ですね、とか聞かれ記憶にとどめようとしていたことを、少し走ってから思い出しました。
車を停め、○子さんあてに、手紙を書きました。
書いたブログも印刷して。
封筒に入れ、戻って、それを置いてきました。
その時いたのは、お兄さんでしょうか、確かめなかったのですが、お渡ししました。

たまたま、そこのお家の前で車を停めました。
こんな偶然ってあるんだろうかって思いながら、道の駅に向かいました。


途中、守門温泉があったので、入りました。
温泉は、私だけでした。
帰りがけ、私の車を見たご主人が話しかけてきました。
かんたんに、長鳥に来た事情を話しました。
探してあげると言ってくれました。

お家は、偶然分かったんですよと、話しました。
その人は、事務所から、守門岳の名前の入ったお守りを私にくれました。
私は、守門岳の絵がある置物を買いました。
今、ふくろうの写真の下に、飾ってあります。

入広瀬の道の駅は、寂しかったのと、夜バイクの人が駐車場の中を乗ることを教えてくれました。
20㎞離れた、道の駅、とちお に移動しました。 場所は、ここです
途中、左に入ったら山古志村の案内がありました。 
   (現在は村ではないが。 地震で知られた)


一日が終わって、失礼でなかったかなと、少し心配しています。

今日は、ずっと雨でした。
少しの食器を買いました。
今まで、野菜炒めとかは、ラーメンどんぶりに入れてました。
気に入ったカップがあったので、それも。

こんなカップです。

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【今日の日の駅】  R290 とちお   場所は、上に。

【今日の温泉】   守門温泉(すもんおんせん)  長鳥の近く。

【明日の予定】   会津若松に」向かう予定です。 こっちに来たので少し検討中。


《今日の歌》    ねがい星(エムズの片割れ) 手仕事屋きち兵衛さんです。 今日も、ずっと聞きました。 一匹ぽっちのコオロギを読みました。 初めて考えたことが、いっぱいありました。



     ※
朧月夜は、童謡の中で一番好きです。
だから、ブログにもたまに載せます。
作詞者は、高野辰之。
故郷の作詞も、この人。
歌が生まれた風景を見に、その人の生まれ育った町に行ってきました。

     ※
朝いた道の駅で、高野辰之の故郷が近いことを知りました。

朧月夜の生まれた風景はここです、というのが知れたらいいなと思って、記念館に向かいました。
   記念館の場所は、中野市永江。  この辺り。 長野市まで、30㎞くらい。

小学校の跡地に建てた。

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展示室では分からないので、事務室の人に聞いてみました。
二人いたが、分かりませんでした。

このことだけ、分かりました。
朧月夜の2番の歌詞は、こうです。

    里わの火影(ほかげ)も、森の色も、
    田中の小路をたどる人も、
    蛙(かはづ)のなくねも、鐘の音も、
    さながら霞める朧月夜。

鐘の音は、この町の「真宝寺」の鐘と言われていることが、分かりました。

下の写真は、資料館の2階からです。
赤い屋根が、そのお寺の屋根です。

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故郷に出てくる、かの山は、上の写真の山をイメージしたと説明にありました。
※ かの山と言う山はなく、一般的な意味ですね。

ここ永江地区は、周りが、低い山で囲まれていました。
上の写真の、熊坂山(左)と大平山が、少し高く。
その中を、斑川という小さな川が流れています。 (斑川は、何て読むんだろう)
土地は、川に向かって、変化のある緩い斜面になっていました。

高野辰之は、自分の育ったこの土地をイメージして、故郷の詩を書いたと言われています。
上に書いたように、里山の感じ。
誰が住んでも好きになるような、そんな、高野辰之の「ふるさと」でした。

鐘のある、真宝寺に向かって歩きました。
途中に、生家がありました。
庭先にどなたかいたら、話しかけることはできますが。

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お寺の近くに、斑川が流れていました。

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橋の欄干に、鉄琴のようなのがありました。
順にたたくと、故郷のメロディーになります。

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これが、斑川。
春の小川の川は、東京の河骨川(こうぼねがわ)と言われています。 一般的には。
でも、高野辰之の心の中には、故郷のこの川の情景があったという考えが、一方にはあるようです。
サラサラ」と川のたてる音が、橋の上まで届いてきました。

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真宝寺の鐘です。
説明板に、朧月夜の鐘、とありました。
どんな音がするんでしょう。
和尚さんがいたら、聞きましたね。

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一番知りたかったことは、分かりませんでした。
資料館の駐車場にもどって、次に行く道の駅を、カーナビに入れようと、地図を見ました。
そうしたら、「朧月夜の郷」というと所がある。
花の駅千曲川という道の駅の近くだ。 通り道だ。

行ってみたら、この辺、春は菜の花が満開になるそうでした。
更に、新しいことが分かった。
そこから8㎞ほどの山の中に、野沢温泉があって、そこに「朧月夜の館」がありました。

すぐ行きました。 この建物です。
朧月夜の風景を聞きました。 事務の人に。
知っていました。

高野辰之は、中学校は、7㎞ほど歩いて、信濃川の方にある飯山に通いました。
その途中は、毎年春、一面の菜の花畑になっていました。
これで、分かりました。

このことが、先に分かっていたら、今日、その道を走っていましたね。

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帰り、事務の人に、温泉を聞いてみました。
目の前に、無料の温泉があるという。 車は、置いといていいよと、とも。
きっと熱いよ、と教えてくれました。

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誰もいませんでした。 すぐ、一人来ますが。
熱くて入れない。 水を入れた。
大きな板で、まぜた。
何とか入った。 お湯に攻められてる感じだった。

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道の駅、信越さかえ、に来ました。 場所は、ここ
タケノコ汁があったので食べました。
さっき風呂に入ったばかりなのに、汗がふきでた。

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夕方も暑くなってきました。
車の中で、半袖をまくっています。


【今日の道の駅】   信越さかえ すぐそばに、新潟県との境界がある。

【温泉】         野沢温泉  無料  こういうのを、外湯と呼んでいた。 他にもあるそうだ。
                場所は、ここ。

【明日の予定】    道の駅 いりひろせ に行きます。  ここです

        
《今日の歌》   朧月夜(YouTube)  倍賞千恵子

     ※
鬼無里は、山深い谷にありました。
遙か昔、この地にを、という伝説が残っているだけたって、どこを写真に撮っても絵になる、そんな山里でした。
紅葉(もみじ)は、この地で暮らしました。

京の都を懐かしく思って、東京(ひがしきょう)、西京、二条、三条、加茂神社、加茂川 など、京の地名をここに残しました。  (この辺りです
紅葉のお墓もありました。 
加茂神社社の隣のお家で、お茶をごちそうになりました。 (7時41分)

     ※
今日一番知りたかったことは、紅葉がどうして鬼にされたのか、ということ。
また、いつから鬼で、原因はあるのかということでした。

鬼無里のふるさと資料館を目指しました。
町に入っても、紅葉伝説とかどこにも書いてない。
不安を感じた。

資料館に入った。 何もない。
館長さんと思われる人に聞いてみた。
そうしたら、紅葉伝説の絵が階段の壁にあった。
詳しく説明してくれました。

伝説の場所が、どこにあるかも、教えてくれました。
近くのお寺に行ったら「谷の京物語」という本が売っていることも。

何とかなるかなと思いました。

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行ってみてびっくり。
このお寺は、紅葉と深い関わりのある寺でした。
名前は、松巖寺です。  ここ。

住職さんは、境内も本堂の中も自由に見ていいという。
本堂に本があるので、買うときは、お金をそこに置いたらいいと言う。
もし私が泥棒なら、困らないのかなと思いました。

紅葉の墓が伝わっていました。 家来の墓も。

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ところで、紅葉って何者なのかですね。  1月19日のブログから、載せます。


紅葉(みみじ)伝説というのが、残っている。 紅葉は名前。 鬼の。  (追記  鬼でないときも、紅葉)
この伝説は、架空の話しではなく、具体的な人物がモデルになっている。
※時代は、藤原道長が活躍する少し前の時代。 900年代の中頃。 平安時代。
伝説の、概略を書きますね。

937年、会津にいた夫婦(笹丸・菊世)に子供が生まれた。 名を呉葉(くれは)とした。

※ 会津は、東北の最南部。 当時、東北は、中央に十分には支配されていなかった。 この夫婦は特別の地位にはない。 ある事情があって、この辺境の地にいる。 都への憧れを捨てていない。

呉葉は才色兼備。 美しく賢い。 呉葉と両親は京に上る。 呉葉は名を紅葉と改めた。 琴を教えていたが、源経基(つねもと)の目にとまり、仕えることになる。 紅葉は経基の子供を産む。そのころ、経基の正妻が病に倒れる。 その原因は、紅葉が妖術を使ったとされ、水無瀬と呼ばれていた「鬼無里」に追放された。

紅葉は、水無瀬の里で村人に、色んなことを教えた。妖術により病を直すなどしたので、村人の信望を得ていった。 一方で、都を懐かしみ、都の地名をこの地に付けたりした。 でも、都に上りたい気持ちは強くなり、その資金を得るため、盗賊集団と関わりを持ち、戸隠を拠点に一党を率いるようになる。 紅葉の名は、戸隠の鬼女として、都にまで響き渡った。 

紅葉の討伐を朝廷から命じられたのは、平維茂(これもち)。 紅葉の妖術に悩まされるが、最後は、紅葉の首をはねる。 紅葉(呉葉)33歳の秋だった。


本堂の中は広く、紅葉に関する物がありました。

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上の写真の、左の壁に、紅葉伝説がありました。
大きくなります。 時間があれば、どうぞ。

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謡曲に、「紅葉狩」というのがあるそうです。
もちろん、鬼無里の紅葉を退治するお話しです。
紅葉狩りと言う言葉は、上から来ているという説があるんですよ。

下の絵は、鬼に変身する場面です。

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紅葉に関わる物がありました。

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戸隠の方に、紅葉の岩戸があります。 
紅葉は、そこを陣地に戦った。
洞穴の中に、守護神として地蔵尊を祀っていた。

その地蔵尊をここに持って来て祀ったのが、この寺の始まり。
その地蔵尊が、これです。
空海が作ったと伝えられている。

岩戸に行きたかったが、道が悪いのでやめました。

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谷の京物語の本をいただいて、お金を置いてきました。

最初の地図の左側の方に行きました。
加茂神社です。 京都にもあります。

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この神社で、初めての物を見ました。
二十三夜塔です。 上の写真にも小さく。
これについて、今回聞くのを忘れました。
※ 電話で資料館に聞いてみたいと思います。 これについては、ここ。
※ 二十三夜待ちのブログにある切り絵は、滝平二郎さんのです。 少し前、亡くなりましたね。

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この神社の隣のあばあさんと話しました。
お家でお茶といただきました。 蕗やタケノコの煮付けも。

この辺りは東京(ひがしきょう)で、二条と、教えてくれました。
昔は、東京に60数件家があったが、今は、30数件。 
ずっと昔は、畳に使う、紐を作ってたそう。 大麻で。
1時間ほど、おじゃましました。

こっちは、三条。

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こっちは、四条。 五条もある。  五条までが東京。
西京(にしのきょう)もある。 写真の下の方。

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この橋は、加茂川橋。 下を流れる川は、加茂川
本の名前の通り、谷の京です。

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少し離れたところに、内裏屋敷跡がありました。  ここ。
紅葉の住んでいたところです。

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こんな雰囲気なんですね。 想像図ですが。

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内裏屋敷は、道をはさんで、こっちまで。
舞台があった。 紅葉にちなんだお祭りがあるようです。
          鬼女紅葉太鼓(YouTube)  ここの舞台で。

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この絵は、目付きがこわい。

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反対から見たら、こう。  

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月夜の陵(はか)
と読みます。
紅葉の腰元の、月夜の墓という説があります。 紅葉が手厚く葬ったと。

この墓について、田中冬二という詩人が、エッセイの最後にこう書いています。(谷の京物語より)

月夜の陵  何といふ美しく また悲しい名であらう」 と。

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最後に。
知りたかったことが分かったのか、という問題ですが、一つは分かりました。
いつから鬼になったかです。

それは、生まれたときからです。
資料館の方が教えてくれました。
紅葉の両親は、子供が授かるように祈りました。
サムネイルの紅葉伝説の1に、神仏に祈ったとありますが、詳しくは、魔天(悪の天神)に祈っていました。 ここに問題がありました。(谷の京物語にも載っていました)

もう一つの、伝説で、どうして鬼にされたかということですが、証拠は見つからなかった。 
でも、想像はつきますね。
紅葉と言われる人は、この地に確かに来て、何かがあって戦った。
その才能や美貌が人並み外れていたので、人と違う物、つまり鬼にされた。
こういう展開は、よくあると思いますね。
伝説も面白くなりますし。


西島三重子の「鬼無里の道」で、この地を知りました。
来ることができました。
自分が思っていた以上のことが分かり、見ることが出来ました。
念願が叶ったということでしょうか。
よかったです。


【道の駅】   しなの  黒姫山が目の前です。  場所は、ここ

【明日の予定】  近くのどこかに。 小林一茶が、この町の出身のようです。
           昼まで寝るかも。 今日はおそくなりました。
           雨が降ってきました。

《今日の歌》   今日も、「鬼無里の道」です。YouTube)

     ※
小坂観音院は、諏訪湖を見下ろし、その向こうに高島城が正面に臨める、そんな場所ににありました。
確かに、ここに由布姫はいたと思いました。 お話しの世界だけでなく。
その根拠は、古文書ではないものでした。

手仕事屋きち兵衛のアルバムと本を全部買いました。
少ししか聞いていませんが、こんな人がいたんだ、と思いました。 (7時2分)

     ※

諏訪で、行きたいところは、3カ所。
上の二つの他に、上原城跡があった。
朝、駐車場を調べたら、上原城は狭い。 あきらめました。

上原城は、由布姫が勘助と印象的な初対面をしたところです。
勘助に対して、由布姫は、憎悪に満ちたひどいことを言いました。
それは、勘助の目の異様な輝きに、不安を感じたからかも知れません。
簡単にはだまされないという感覚は、鋭い物を持っていました。
だが、由布姫の不安は、最後に、その通りになってしまう。
その舞台が、上原城でした。
※ 上の場面の撮影の後、柴本幸は失神してしまうんですね。 それほどの場面でした。

昨日は、涼しかった。
高原にいたからだと、あとで知りました。
諏訪に向けて出発しました。 30㎞ほどかな。
旧街道の道だから、曲がってるし細い。
峠を越えたら、諏訪だ。
少ししか上らないのに、頂上に着いた。
ところが、上った数倍も降りる。 
諏訪は、山の中だけど、低い大きな盆地でした。


車は、諏訪市役所の駐車場に。
高島城は、すぐそば。  場所は、ここ。

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写真の右下に、勘助と由布姫。 ここは、顔を出して写真を撮るとこかな。
この町は、この二人を大事にしていました

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この城は、勘助が軍師を勤める武田軍に落とされる。
由布姫は、周りに自害を促される。
それを救ったのは、勘助でした。 以前のブログに、こう書きました。

「由布姫の父、諏訪頼重が城を落とされたとき、由布姫は勘助に捕まった。普通は、そういうとき、自ら死を選ぶ。 でも、由布姫は、『生きて、この世の中が、どうなるかを見たい』と言った。 」
勘助は助けました。
今考えて見ると、どうして助けたのかなと思うかな。
由布姫が気になっていたのか。
もしかして、城の中では、由布姫を捜していたかも知れない。

この演技の後、柴本幸は、こう言っています。

由布姫が、私は死ぬのはイヤだと勘助(内野聖陽)にものすごい形相で立ち向かっていくシーンがあるんですね。あのときは、自分という存在がすべて吹き飛んで、とにかく山本勘助という人間に思いを伝えることに必死でした。あの瞬間は、自分ではない、由布姫という別の人間として生きられたのかなという気はします

新人ですよ。 すごいですね。

大きくなります。
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この城の資料が展示されていました。

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由布姫ゆかりの地なので、由布姫が大きく。

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天守閣から見える諏訪湖。  全部が見えました。

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小坂観音院は、車で10分ほど走った、丘の上にありました。  場所は、ここ

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小さな建物でした。

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由布姫は体調を悪くし、ここで療養する。
こんな薄暗い建物の中で、大丈夫なのかな。

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供養の塔とありました。 墓と書いてある地図もありますが。
基本的に、墓は、高遠でしょうね。

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由布姫が、ここにいたかとか、墓があるとか、史実としては、はっきりしていない部分があります。
ところが、この地域では、おばあちゃん達が子供の頃、この供養塔の周りを、お姫様、お姫様と言って、走りまわったそうです

風林火山の作者の井上靖は、こういう言い伝えや、分かる範囲での史実を元に、由布姫が、ここで療養したと、物語を設定したと考えます。
高島城が、諏訪湖の向こうの正面に見えるのも、偶然ではないと思います。
作家の推理は、鋭いですよ。
私は、ここにいたと信じますね。

花の雰囲気が由布姫だったので、撮しました。

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由布姫は、諏訪御料人とも呼ばれる。
新田次郎の作品では、湖衣姫。
どれも根拠はない。
でも、由布姫という名前が、一番親しまれます。
そう言う意味で、井上靖の名前の付け方が、優れているように感じます。

諏訪湖は、木が育って、ちゃんと見えない。

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由布姫は、初め勘助を憎みました。 それは、一人の男として見てもそうだったかも知れない。 でも、だんだん変わっていきました。 
こうですね、初対面で会った時、いいとも悪いとも、何とも思わない相手が、一番遠い存在

ドラマの中でですが、由布姫は決して口にはしなかったが、勘助が好きだったんですね。 勘助はもともと好きでした。 勘助も言うことは出来なかった。 今日、城の前で二人並んでいた。 むこうの世界でいっしょになってるなと、思いました。

由布姫については、これでおしまいです。 
また書くことがあるでしょうか。


浅間温泉の、玉ノ湯に行ってきましたよ。
ホテルのロビーに、流れていました。 手仕事屋きち兵衛が。
ライブのがあったのですが、売り切れていました。
他のは、全部買いました。 今も、聞いています。
吟遊詩人の感じがします。

本もあったので、買いました。
いいことが書いてあったら、いつか紹介します。
しばらくは、運転するとき、こればっかりかな。

※ 追記  寝る前本を読んで知ったんですが、きち兵衛さんは木彫り職人でもあり、お店が浅間温泉にあると書いてあった。 行ってくれば良かった。
 

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【今日の道の駅】  長野市大岡特産センター  場所は、ここ。

【温泉】    遊湧自然観さざなみ  400円。  ここの手前、数キロ。

【明日の予定】   どうしてここの道の駅にいるか、分かる人は分かると思います。 いよいよ鬼無里(きなさ)です。 近いです。 明日は早く出かけます。 何があるわけではないが、楽しみです。 このように、民話とか伝説を追うのは、今回の旅で初めて。 鬼無里については、このブログに書いてあります。

※ 20日、息子は仕事で上海に行くという。 上海は建築ラッシュ。 視察で。 美味しい物を食べてきたらいい。 天気大丈夫かな。 ブログ書いてるとき電話きました。


《今日の歌》   鬼無里の道(YouTube)  何回載せたことか。

     ※
由布姫の墓に、お参りしてきました。
また、晩年勝頼と住んだという、高遠城にも行ってきました。
そこで、思いがけなく、この地が絵島(えじま)ゆかりの地であることを知りました。(7時54分)

     ※
今朝までいた道の駅に、中山道の中間地点の標示があった。
東海道が、雨で川を渡れないと予想したとき、中山道を通ることがあったようだ。 

今日は、由布姫
お墓は、伊那市高遠町の建福寺に。

もう一つ山を越えた、天竜川の上流です。
地図を見ると、峠はない。 たくさんのトンネル。
これは、走りやすい。

どうも、道路の整備状況は、県によって大きな差がある。
山の中の木曽に来てからも、今日の伊那も、家の軒先をかすめて走ることはない。
この差は、どうして生まれるのかな。
もしかして、政治家?  書きすぎるとまずいから、これ以上は・・・。

伊那市に入ったら、が降ってきた。
高遠まではあと少し。
建福寺から数キロ離れた道の駅に、まず行った。
今晩停泊できる雰囲気かの確認。 ネットの状況も。 大丈夫。
ダメだったら、今晩は諏訪湖の予定だった。

雨は止まない
ところが、この雨は止みました。
どこでだと思いますか。

建福寺の近くの駐車場に車を止めた。
雨は、まだ降っている。
ここから、寺は200㍍程。

傘を差して、車がやっと通れるような細い道を上り始めた。
カメラは、バックに入れて。
最後に左に曲がったら、建福寺が見えてきた。   場所は、ここ。
境内に入ると、左奥に、説明板のある墓が見えた

雨が止んだのは、その時です。
私は、手に花を持っていた。 
由布姫が、気を遣ってくれたと思いましたね。

これが、由布姫の墓です。
が、ありました。
私の花は、真ん中に置きました。
雨で水が溜まっていた。

長い年月が経って、文字は読めませんでした。

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左に説明板があって、下のように書いてある、とあった。
亡くなったのは、1555年の11月6日。
勝頼10歳の時、この地で。 この時25歳。
※ 16歳で、勝頼を生んでいる。

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説明板に、由布姫は勝頼の母とあった。
由布姫の紹介はいつもこうなるが、勝頼が由布姫の子供だと思うんだが、仕方ないか。
勝頼の母だから、このように注目されるんだし。

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周りは、こんな感じ。 
隣には、ここを治めた保科家の墓もあった。

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高遠町の街外れの小さな山の上に、高遠城の跡があった。
建物とかは、何も残っていなかった。
城の取り壊しにあったため。(明治5年)

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山の上は、広く平。
写真の辺りに、本丸があった。 
昔はなかった木が、今はいっぱいに。

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信玄の五男が、1831年、織田軍とここで戦った。 負けた。
風林火山の武田家は、ここで終わりを遂げる。
その五男の霊を祀っている。

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木が邪魔をして、高遠の町全体を見下ろせない。
写真の、右の方に中心街が。
由布姫や勝頼が見た風景です。 家並みは違うが。

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近くに、歴史資料館があるので、行ってみた。
由布姫や勘助については、何もなかった。 保科家についてが、ほとんど。

その隣に、「絵島囲み屋敷」があるという。
絵島って、何だか分からない。 聞いた。
この人について、私は知らなかった。
名前を聞いたことがあるだけ。

そうこうしているうちに、思い出した。
あの歌だ。
手仕事屋きち兵衛の、「風の桜衣(はなごろも)」だ。
あれは、この人を歌った歌だ。
「今日の歌」に、以前載せた。 いい歌だ。

高遠の桜は、江(絵)島の切なさと哀しみが染め上げた、と歌っている。
    これです。  風の桜衣(エムズの片割れ)
高遠城の桜は、名所となっている。

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絵島は大奥のトップにまでなった。 しかし、絵島・生島事件というので、ここに流された。 
  ※ 詳しくは、ここに。
   
この小さな家のこの部屋で、涙も涸れ果て、静かな日々を送った。

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絵島事件は、大奥の勢力争いでもあったようです。

昨日書いた、明日の予定に、何か見つけたいと書きました。
絵島に出会いました。
ネットで、絵島の浮世絵図とか探しましたが、見つけられませんでした。

由布姫については、分からないことが多い人です。
でも、私は、井上靖が書いて、内野聖陽と柴本幸が演じた風林火山が好きです。
柴本幸は、父親が柴俊夫、母親は真野響子です。 大きな目は、柴俊夫そっくり。
由布姫と柴本幸は重なります。   柴本幸についてのブログ


【今日の道の駅】   南アルプスむら長谷  場所は、ここ

【明日の予定】    諏訪市に行きます。 由布姫ゆかりの地があります。
※追記  小坂観音堂 高島城   
         浅間温泉玉の湯ホテルで、きち兵衛のCDを買う。(連絡取れた)


【今日の歌】     安曇野(エムズの片割れ)  手仕事屋きち兵衛です。 CDの売ってるホテルが分かりました。 明日連絡取って見ます。 浅間温泉です。  

     ※
木曽は、確かに山の中でした。
深く大きな谷に、町も道もありました。

妻籠(つまご)宿に行ってみました。
全国に知られてるだけあって、昔の雰囲気がいい形で残っていました。
ここは、藤村との関わりが深いところでもありました。

これから、食事。 9時頃になりそう。  7時17分。

     ※
電波が弱いので、ネットを使った写真の処理に時間がかかります。
今朝、出発するときに、妻籠宿を通ることを知った。

その前に、9時から1時間ほど、日本昭和村を見た。
入場料800円。
昭和の古い物を展示している。 そんな場所です。
良くなかったですね。 

県営ですが、県にとって、大きな負担になっていると思いました。
建物が老朽化したときに、区切りですね。
10時半頃、駐車場を出るとき、まだ、バスは1台でした。
何十台かの車はあったけど。
駐車場は、3000台分ですよ。
働いている人達は、みんな感じのいい人達だったので、少し気の毒に感じた。

このような建物が、いっぱい。

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ザクロの木。 初めてかな。

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ナデシコ。 昨日の雷雨で、花は傷んだ。 
※ 私はナデシコが好き。 遊びでいろいろ書いた。 その一つ。  

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妻籠宿ですが、テレビに出ることがあるので、知っていた。
でも、場所は知らなかった。  場所は、ここ。
 
妻籠宿に向けて、国道19号線を、木曽に向けて走った。
ずっと山はない。 
フォークジャンボリーの開かれた、中津川市を過ぎたら、山に入った。
木曽川の上流。 大きな谷が続く。
川には、直径1㍍以上の大きな石が、ゴロゴロ。 どこまでも。
川は、そのすき間を流れてる。

家は、川の近くに。
国道は、山の中腹にある。 ずっと、バイパスを走っている感じ。

妻籠宿は、中山道で、国道の東側の山の中を通ってる。

ここが、メインの通り。 写真やテレビで紹介される。

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クリックしたら、大きくなる。

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反対方向から、撮影。

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お土産屋さん。

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元々の道は、右の石畳の方。 少し行って、左に曲がり、舗装の道に出る。
家康が、西国大名が謀反を起こしたとき、少しでも、攻撃を遅らせるためという。
※ 10メートルくらいの遠回りだけど、遅れるのかな。

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木賃宿。 みんな雑魚寝をしたのかな。

ここは、重要伝統的建造物群保存地区、第1号と言う。
あれ! 第1号は、先日の三年坂でなかったかな。
答えは、第1号は、7つあるそうです。

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家の中の柵の向こうに、を入れる。

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当時の庶民の家。 農家は、掘ったて小屋だから、いいんでないかな。
※ 私なんか、もっと狭い。

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今日の中心の問題だが、中山道には、多くの宿場町があった、それなのに、どうして、残ったのは幾つかしかなく、ここがいい状態なのか。 この後行く、脇本陣で分かった。

それは、高度成長時代、どこも家を建て替えた。 でも、この地域は山の中で貧しかった。 家はそのままだった。 そうしているうち、保存の声が上がった。

ここは、大名が通った時に泊まる妻籠宿本陣
島崎氏が、勤めていた。(責任者というのかな)
島崎藤村の母親は、ここで生まれた。

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中は、広い。
どんな時代でも、だれかに富は集まっていたということか。

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こっちは、別の建物。 脇本陣奥谷の中。
本陣が使っていたとき、こちらを使う。

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この門は、大事な人しか通れない。
今の天皇や、秋篠宮家が通ったそうだ。

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ここに、島崎藤村の初恋の人、おゆふ(おゆう)さんが嫁いだ。
下のは、藤村がおゆふさんに宛てた手紙。

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おゆふさんは、今の当主のあばあさんだそう。

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大きくなります。
若いときのおゆふさんの写真はなかった。

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私は、出だししか知らなかったが、藤村の初恋の歌のモデルは、おゆふさん。
この歌です。 全文載せますね。

      初 恋

   まだあげ初めし前髪の
   林檎のもとに見えしとき
   前にさしたる花櫛の
   花ある君と思ひけり

   やさしく白き手をのべて
   林檎をわれにあたへしは
   薄紅の秋の実に
   人こひ初めしはじめなり

   わがこゝろなきためいきの
   その髪の毛にかゝるとき
   たのしき恋の盃を
   君が情に酌みしかな

   林檎畠の樹の下に
   おのづからなる細道は   
   誰が蹈みそめしかたみぞと
   問ひたまうこそこひしけれ


この詩に、メロディーが付いています。
昔、舟木一夫が歌った、「初恋」です。   初恋(YouTube)

※ YouTubeの歌をかくして、上の歌詞を見て聞くといいかな。 歌は3番まで。

歴史資料館に、円空の彫った仏像があった。
小さい。 高さ、10㎝位。

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今日は、行って良かったですよ。
勉強になりました。

こんな団扇(うちわ)があったので、買いました。

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【今日の道の駅】  日義木曽駒高原   場所は、ここ。

【温泉】     木曽駒天神温泉 清雲荘     道の駅の近く。

【明日の予定】   明日は、由布姫です。 他にも何か見つけたい。


《今日の歌》    門倉有希が歌う J (YouTube)  他の人のも入って入る。 そっちの方が上手。 この曲は、もともと韓国でヒット。 

     ※
駐車スペースが、3000台の道の駅があるというので、来てみた。
日本昭和村とう名前。
ところが、そう言う名前の、平和記念公園だった。 道の駅でもあるが。
ここは、岐阜市を過ぎた、美濃加茂市です。

ハプニングが二つありました。

一つ目は、雷雨
3時頃着いたが、それまでは、降ってなかった。
私が着くのを待つように、土砂降りになった。
雷が、五秒おきに落ちる。
車からは、誰も出ない。

道の駅に何かがあると思って来たけれど、昭和村も見物できなかった。
だから、写真はない。
あるのは、土砂降りの様子だけ。
ないよりはましかなと思って、載せますね。

ラジオで知ったが、大雨洪水警報が出たようだ。
2時間以上やまない。

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雷がおっかないから、出られない。

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小降りになった隙に、建物があるので行ってみた。
日本昭和村の入り口だった。
客は、誰も出てこないし、入っても行かない。

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お土産屋さんも、2~3人。 置いてある傘は、私の。

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屋根からの水。 
この後、戻ったが、ズボンの下の方は、ずぶ濡れ。
ちょっとした時に、カメラを濡らした。
すぐ拭いたが、心配した。

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パンフレットに、「日本の真ん中、岐阜」と書いてあった。
この辺りは美濃と呼ばれる。 美濃焼の美濃か。
山に囲まれていない。
ずっと、平坦な道を走ってきた。 

北の方は、飛騨で、高山があるのかな。
そうして、もう少し東に走ると、木曽ですね。

飛騨も木曽も山の中。
藤村が、「夜明け前」の中で、「木曽路はすべて山の中である」と。
明日、木曽路を走りますが、楽しみです。

また、明日の午前中、昭和村を見てみます。
下の写真は、パンフレットです。(大きくなります)

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今日は買い物をした。
食料品や、水、野菜、カセットガス、濡れティッシュなど。
万歩計も買った。
途中眠くなって、イオンの駐車場で寝た。
それで、100㎞位の道を、5時間かかった。

明日の予定ですが、諏訪湖の南にある、伊那市の高遠町に行ってみようかなと。
ここに、風林火山の由姫の墓がある。 柴本幸も行ってる。
100㎞以上あるから、明後日になるかもしれないが。
※ 山本勘助のは、長野市に。

  由布姫のお墓

明日から走るところに、勘助や由布姫のゆかりの地があったら、寄ってみます。
調べてもみます。

二つ目のハプニングを書くの、わすれてた。
パソコンで、写真のソフトがおかしくなった。
以前の同僚に電話したが、分からない。
強制終了してみた。 そうしたら、治った。
それで、ブログを書くスタートが、遅くなった。

今日のブログは、なんとなく、ダラダラ。
明日は、ちゃんと写真を撮って、いい発見をしたいと思います。


【今日の道の駅】   日本昭和村

【明日の予定】    由布姫に会いに行く。(向かう)


《今日の歌》    どうしてこんなに悲しいんだろう(YouTube)  いい画像はあるが、もう少し工夫して欲しいかな。   
           水鏡(YouTube)  鈴木一平   この人の歌では、これが一番いい。

     ※
京都を出て、道の駅 東近江あいとうマーガレットステーション に来ました。 長い名前だ。
3時頃着きましたが、この辺散歩して、のんびりしました。

京都からここまで、ずっと家並みが続いた。
ここに来て、やっと田園地帯。
もっと遠くまでの予定だったが、時間がかかったので、やめ。

感じのいい道の駅。 雰囲気が明るい。

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左にも、後にも建物がある。

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満開ではないが、花畑。 これが、マーガレットか? (調べてない)

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ラベンダーの畑。 花はまだ。
300円で、10本だったかな、摘み取ることが出来る。

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おばあちゃんが、元気に歩いてた。

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店の中をのぞいたら、鮒寿司が売っていた。
食べたことがないので、買ってみた。
小さいから、1000円ちょっと。
後で知ったが、となりの店には、高いのもあった。
子持ちのメスは、高いそうだ。

発酵させてるから、匂いがきついと聞いていたが、どってことなかった。
でも、食べれない人は、けっこういると思うかな。

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本当は食べるまでは、気が進まなかった。
鮒は子供の頃釣って遊んだ
手に付いた匂いが、なまぐさい。
また、鮒と金魚は親戚だ。 金魚は、食べれない。

食べてみた。
匂いは、すっぱい感じの発酵の匂い。
味は、しょっぱくて、すっぱい
骨は、噛めばつぶれる。

切り身を写真に撮ればよかったですね。
もう食べてしまったから、ない。
いや、途中で飽きて、少しだけ残して、捨てちゃったんだ。
見つかったら、この後写真を。

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ありました。 しっぽの方が。
せっかく皿に並べたから、あとで食べます。
まあまあの味でした。 高いのは、もっと美味しいのかな。

ドライフラワーが、たくさん売っていた。
400円のを買った。
飾ってみた。
水をやらないでいいから、楽だ。
走るたびに、花びらが、パラパラ落ちるんだろうか。

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花は、ドライフラワーや造花になった。
食器も、そのうち、使い捨てになったりして。

車の中は、使いやすくなってきた。
少しだけ紹介。

これは、傘立て。 自分で作った。
ペットボトルを切って。
上の方は、引っかけてあるので、動かない。
※ 傘は、息子が高校生の頃使っていた物。

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いつだかの、「マタギの夢」のどぶろくを入れたのを使った。
     そのブログは、ここ。(最後のほうに)

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夜は涼しいしから、布団はいる。
ドレッサーの陰には、リュックが掛かっている。
夜、車の中では、ジャージが楽。 外に出るときは、ジャージの上を着る。

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車の中の使いやすさは、まだ工夫できそうだ。

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今日は、安い温泉が見つからなかった。
車のを使った。 片付けて良かった。
温泉がないとき、何とかなると分かったら、朝の計画が楽だ。

でも、使った水を捨てるのが面倒。
洗車場では捨てられるが、どこかに捨てることになる。
車では、合成洗剤や、合成石けんというのかな、そういうのは使わないことにしている。
捨てることを考えて。

今日はブログが早く終わりました。
気持ちも楽です。
明日からのことでも、調べます。

※ 小さい写真は、ないです。

【今日の道の駅】  上に書いた通り。

【温泉】   これから、車のを使ったときは、書かないです。
      ※ 温泉の記録は、今後のためにも書いていきます。

【明日の予定】  次の道の駅が遠い。 岐阜県に入るのかな。


《今日の歌》  ほうき星(YouTube) ユンナ です。

       わすれ雪(YouTube)  手仕事屋きち兵衛  ※ この人のアルバムが、長野の方のホテルで売ってるそうだ、調べて分かったら、買ってきます。 少し前にも、載せたかな。 いいですよ。

            あじさい橋(YouTube)  城之内早苗です。  今の季節の歌でしょうか。

     ※
映画村で、楽しんできました。
結局、3時半までいて、広隆寺にも行ってきました。
今日も、歩いて歩いて。
このままだと、歩き中毒、略して、アル中になってしまう。 (8時58分)

     ※
今日は日曜ということで、映画の撮影はなかった。
コスプレの人達の撮影があって、にぎやかだった。

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建物の中や外で、いろんなイベントがあった。

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全部見たら、1日かかる広さと、内容。
昨日から暑くなってきたので、外にはずっといられない。

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撮影場所は、映画やテレビで見るより、せまい。
ここは、大岡越前や、遠山の金さんが撮影された。

この人達は、コマーシャルの撮影の打ち合わせ。

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ロケの進め方を、実際に説明して、やってくれた。
一つの場面を、幾つかに分けて、ゆっくりやってから、つなげてやった。
分かりやすい。

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15分の芝居をやって。
この男の人が、お客さんに刀を向けた。
女の人は、娘さんに手を出すな、と言った。
男の人は、この人が娘だって、確かに昔は娘だったかも知れないが、と言って客を笑わせた。

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寺小屋では、映画で使う小道具の説明をしてくれた。
千両箱や、刀や、火打ち石。
写真を撮ろうとしたら、ピースをしてくれた。

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昔のろうそくで、昔の部屋の明るさを再現した。
ホタルより明るいので、写真に撮れる。

ろうそくの光で、酒を飲んだら、どんな雰囲気かな。

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火打ち石で、実際に火をおこして見せてくれた。
下の写真は、終わってから、火花を撮影させてもらったもの。
連写で10枚ほど撮ったら、3枚ほど写った。

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上の手順は、火花をまず、火口(ほぐち)という綿のようなのに、小さな火を付けた。それを、口で吹いた。
それから、薄い小さな板に火を移した。 板の先には、燃えやすい何かがついてると言った。(硫黄だったか?) その板が燃えたら、蝋燭に移せる。

それから、石と石ではなく、石と金属の板をこすっていた。

映画文化館というのがあった。
いろんな映画を短く見られた。
二十四の瞳もあった。
これは、何の場面か。
将来、音楽をしたいといって、親に反対された子のか。
それとも、奉公に行った、松江か。

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映画で使った、武将の鎧。

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こんなのも。 真ん中のは、目が光った。

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徳島の人形浄瑠璃をやっていた。

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舞台でも、モラエス恋遍路、というのをやった。
でも、ストーリーが物足りなかった。 ドラマがなかった。
脚本は、瀬戸内寂聴が書いたというのだが。
※ モラエスという人は、徳島では知られているそうだ。
      モラエス(Wikipedia)

※ 紋別の海鳴りは地方の劇団といえ、五十嵐陽子さんの書く脚本は面白いですよ。
     劇団海鳴りについて

始まる前に、徳島県知事が挨拶をした。

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人形のアップの写真がうまく撮れなかったので、ポスターの写真を。

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広隆寺が近いので、行ってみた。
写真に見えるのは本堂。
この裏に、展示している新霊宝殿というのがあった。

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ここには、弥勒菩薩半跏思惟像がある。
教科書に載っている。
国宝第1号という。
素人の私が見ても、他の仏像とは違う。
繊細さというか、何かが。

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1960年、京都大学の学生が弥勒菩薩像に触れ、右手薬指を折った。
大騒ぎになった。
折れた指は拾い集めた断片をつないで復元された。
肉眼では折れた場所をを判別することは不可能という。
写真では、一番長く見える指です。

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撮影禁止だった。
仕方ないので、写真を買った。
上の写真は、写真を撮影した物。

息子とは、夕方、京都の駅で寿司を食べて別れた。
4日間、晩の食事を一緒にし、2日間は一緒に歩いた。
京都には、3年に1度しか来られなかったから、こんなの初めて。

道の駅も温泉も、昨日と同じです。
明日は、長野に向かいます。
この道の駅に、5泊しました。
この次の京都は、11月の半ば。 紅葉の時期に。

先日コメントをいただいた方の文にあった、バラ園です。
いい時期は終わったそうですが、まだきれいです。

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いろんなバラが咲いています。

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車のそばから見た道の駅、ガレリアかめおか です。
6日間お世話になりました。
おかげで、京都を楽しむことができ、ありがとうございました
出発します。(15日 午前9時40分)

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《今日の歌》    鬼無里の道(YouTube)  京都を出たら、長野の鬼無里に向かいます。 

          オリーブの首飾り(YouTube) 小豆島は、オリーブの島でもあった。

     ※
今日は、午後、息子と嵐山で遊びました。
トロッコ列車に乗りました。
観光旅行です。
京都は、明日の昼まで太秦(うずまさ)の映画村にいて、午後出ます。
また、一人の生活に戻ります。 (9時16分)

     ※
見るでなく、遊ぶなら、嵐山かなと思って行ってみました。
人が多く集まっているのは、この渡月橋の辺り。
修学旅行生はいない。

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昔、この橋の上に満月を見た、偉い人がいた。
その人が、月が橋を渡っているように見えたんで、この名前を付けた。
※ この後に乗る、船の船頭さんが教えてくれた。

満月は、そのようには動かないそうだが、そう見えたって言うんだから、仕方ないかと言うことで、話しは落ち着いた。

下の写真は、渡月橋から。
あの小さな滝の下流が、桂川。 上流は、大井川。 そのずっと先は、保津川。 めんどうだ。

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お昼は、私はニシンそば。 それと、山椒の味のちりめんじゃこ。

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息子は、湯葉そばを頼んだ。

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山椒の粒をかじったら、しぶとく味が残った。
感動するほどの味ではなかった。

トロッコ列車に乗ってみた。 初めて。
保津川沿いに、上っていく。 亀岡の近くで、引き返す。

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保津峡。 
保津川下りの船が、しょちゅう。

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途中の駅で、が乗り込んできた。
でも、子供の前では、キティちゃんのお面にした。

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サルが、顔を見せた。
写真は撮れなかった。
今日の写真は、携帯。
途中で、バッテリーがなくなる。
充電するのを買ったが、途中で調子悪くなった。

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土曜日ということもあって、満席。
この車両だけ、開放的。
列車は、ブレーキの音とかが、うるさい。

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途中の駅に吊り橋が。 タヌキの置物も。

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昔は、こんなトロッコだったそうだ。
トロッコの語源は、Truckだそう。 つまり、トラック。 初めて知りました。

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歩くのはやめて、船に乗った。
いっぱい船が浮かんでる。 ここは、大井川。

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風もなく、波もない。
川面を涼しい風が流れてる。 
今日は、梅雨に入って、一番の暑さだった。

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向こうに見えるまるい山は、小倉山
小倉百人一首 に、こんな歌があるそうだ。

小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
       今ひとたびの みゆき待たなむ

意味は
小倉山の峰の美しいもみじ葉よ、おまえにもし心があるなら、もういちどここに天皇がいらっしゃるまで、散らないで待っていてほしい。

だ、そうです。

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左側が、嵐山。 どこがてっぺんか、分かりづらい。

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少しだけ、ビールを飲みました。
船で売りに来る。

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今日は、のんびり過ごしました。

暑くなってきました。
今、車のシャワー室には、荷物が入っています。
これから、それを片付けます。
使えるようにします。


【道の駅】     同じ。

【温泉】      道の駅の温泉。  500円。

【明日の予定】  太秦の映画村


《今日の歌》   池上線(YouTube) 


     ※
銀閣寺は、解体修理をしていました。
それを見ることは、できました。
良かったのか、悪かったのか。

哲学の道を通って、琵琶湖疎水に行きました。
今日も、いっぱい歩きました。 
20㎞はある。 いい運動を越えた。

続きは明日です。 (12時7分)

     ※

東山は、京都の右の方。
昨日11日は、その下(南)半分を、動き回りました。
今日12日は、上の方です。
上の端に銀閣時があるので、そこを最初に見て、降りてきました。
着いたのは、2時過ぎ。

銀閣時の名前で呼ばれているが、ほんとうは慈照寺って言うんですね。  場所は、ここ。
解体修理をしていた。

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来年の3月完成を目指している。
大がかりなものですよ。
前回は大正3年で、100年ぶりだそうです。
滅多に見られない、いいものを見たかも知れない。

金閣寺は国宝でないけど、銀閣時は国宝
覆堂(おおいどう)のような屋根をかけないでいいのかな。

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これを作ったのは、室町幕府8代将軍義政
義政の戒名に、慈照って言葉があるので、慈照寺だそうです。(寺の人の説明)

なぜ銀閣寺というかも聞いてみた。
江戸時代のころから、呼ばれたそうだ。
3代将軍義満が作ったのが、金閣寺と呼ばれていたので、義政はなので、銀閣でいいんでないか、って感じだそうです。(予想)

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一休さんのマンガに出てくるのは、金閣寺の義満ですね。
金閣寺は、昭和25年に焼けてしまった
ある僧が、金閣寺の美しさに嫉妬して、火を付けたって聞いたことあるかな。
今のは、新しいために、国宝になっていない。
焼ける前のを見たかったですね。

枯山水というのか、砂でつくった庭。
砂の山は、山砂なので、崩れないという。
※ 砂の粒に、角があるので。
砂の像のように、スプレー糊をかけてるんでないの、と寺の人に言ったら、砂だけですと言った。
昔からあるから、そんなことしてないか。

下の写真は、工事前。 ホームページから借りました。

ぎんかくq

金閣寺のような、きらびやかさはないが、銀閣寺は人気が高いんですよ。
下の写真も、ホームページから。

銀閣

左の建物は、東求堂(とうぐどう)と言って、これも国宝。

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散策路を歩いていたら、こんな標識。
楽しみが出てきました。 
この後は、庭を見ないで、下を見て歩いた。

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銀閣は、東山の北の方の、少し高いところにありました。

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庭の手入れ。 やさしくコケの上の枯れ葉を、小さなほうきで掃いていた。

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手を休めたときに、何してるんですかと聞いた。
左の人が、答えてくれた。
剥離(はくり)したところを、元に戻していると
※ 木工ボンドなどは使いませんね。 「にかわ」だそう。
それが終わったら、漆を塗る。
反対側では、その作業をしていた。

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国の文化財保護の担当者が、毎日のように来るという。
進み具合を見て、修理方法が変わることもあるという。

哲学の道を歩いた。 ただの道

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南禅寺に着いたときは、5時を過ぎた。 閉まっていた。
いつか、ゆっくりと。

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水路閣という。 煉瓦造り。 日本最初の煉瓦だそう。
琵琶湖疎水の水の一分を、向こうに流している。
人気スポットと言うのが分かります。 いいです。

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インクライン。  インクは傾斜。 ラインは鉄道。
ここには、船が通る運河は造れなかった。
船を台車に乗せて、運んだ。
緒琵琶湖と大阪は、船で行き来できた。 明治時代のこと。

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琵琶湖疎水の水の多くは、ここに集まる。 建物は記念館。

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手前は、こんな感じ。

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サギが魚を食べていた。
釣りをした人があげた。

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その人が、下の建物が珍しいと指さした。
無燐庵。  山県有朋の別荘。
日ロ戦争前、ここに、伊藤博文たちも集まって、会議を開いたという。

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平安神宮も閉まっていた。

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ここから京都御所の右上角辺りまで、歩いた。
息子のアパートがあるので。

たくさん歩いて、足の裏が疲れました。 
だれか、思いっ切り踏んでくれないかな。

こんどは、京都の寺でないとこを見たいと思います。
※ 記事が消えて、大きく変わってしまった。


【道の駅】    同じ。

【お風呂】    同じ。

【13日の予定】   嵐山を考えています。

     ※
千姫の墓にお参りしてきました。
また、三年坂については、お店の人に話を聞くことができました。
夜、息子と食事が出来たので、遅くなりました。
続きは、明日書きます。 (11時32分)

     ※

亀岡の駅から、バスで京都駅へ。
京都駅から、循環バスで、清水寺の下まで。

土産物店の道を上ると、清水寺に。
修学旅行生や、外国人が多い。
ここ数年、京都は復活したという。

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本堂には、この仏像があるが、本尊は十一面千手観音で、見られない。

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こんな所も。 

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清水の舞台
江戸時代の飛び降りの、22年間の記録が残っている。
235件。 234人。  一人少ないのは、2度飛び降りた人がいるから。
生存率、84.5㌫。 
最近は、1995年と2006年にあった。 二人とも死亡。
下まで、12~13㍍だそう。

しばらく眺めていたが、柵をまたぐ人はいなかった。

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音羽の滝。 黄金水、延命水と呼ばれる。 私も飲んだ。
日本十大名水の筆頭と言われるくらい、有名。

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三年坂(産寧坂)。
名前の由来だが、大同三年(808年)に出来たという説と、清水寺楼門前にあった子安塔の泰産寺に通じる道であったためという説がある。

京都には、このような坂道が少ないことと、情緒たっぷりの雰囲気で、人気があるようだ。
その他の理由を言ってくれた人は、いなかった。

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三年坂の下の方に、ゆばとうふ の店があった。 そこの主人が外にいた。
いい雰囲気ですね、と声をかけた。 話してくれた。

重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。(文化財保護法で)
その、1号だとも。
電信柱はじゃまだね、と言ったら、これは12月にとると。
全ての線は地下に埋まって、準備されてるそうだ。

ここの敷石は、昭和50年、市電の石を敷いた。
店の中の配置、看板一つ、勝手に変えれない。

アメリカの9.11の後、旅行者の目が国内に向いたこと。そして、JR東京が宣伝してくれたことで、客が増えてきたと。
ここ2~3年は、特に多くなったそうだ。 
昔に戻った

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二年坂

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下の下の写真、夢二
の字が読めるでしょうか。
大正6年、竹久夢二は数ヶ月ここで過ごした。
恋人の彦乃という人がくるまで。 結婚は、父に反対されていた。
そのあと、二人は、京都で幸せに暮らす。
でも、それもつかの間で、彦野は結核で、25歳で亡くなる。
夢二の生涯で、最も愛した女性と言われている。

   彦乃

夢二に関わるものだけ売っていた。 二年坂の中ほどに。

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高台寺
秀吉が死んだ後、ねねが建てた。 家康が力を尽くした。
ねねは、加藤清正らを、徳川に味方させた。 ねねは賢いから、天下は家康がとると分かっていた。
家康は、それに報いたそうだ。
昨日の記事は、少し不正確で、ねねは、そばの化粧御殿というとこに住んでいた。
いまは、圓徳院という建物があった。

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知恩院本堂。 国宝。 大きい。
4時に閉まる、10分前に入った。
ここには、7不思議とかがあるが、見れなかった。

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警備の人に、千姫の墓に来たと言った。
場所をていねいに教えてくれた。
帰り、もし門が閉まっていたら、こっちから出られると教えてくれた。
千姫には、温かい気持ちを持っていることが伝わってきた。

石段を登った左の奥に、墓地があった。 
その奥に千姫のが。 一番大きいから、すぐ分かった。
行った時は、左側の花が倒れていた。 

下まで戻ったとき、京都の案内本を置き忘れたことに気づいた。
急いで戻った。
墓に水をかけてくるのを忘れたことに、気づいた。
忘れ物してよかった。
もしかしたら、千姫が本を忘れさせたかも知れない。(?)
を少し持ってきたら、完璧だった。

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帰り、まだ本堂が開いていた。 
外国人がお参りしていた。
もう時間が過ぎたと放送はあるが、日本語なので、伝わらない。

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2時間ほど歩き続けたので、近くの円山公園で一休み。
向かい側に、一人の女の人いた。
バッグの取っ手に、おでこを付け下を向いて、疲れた感じで休んでいた。

絵になると思った。 カメラの設定を急いだ。
撮す前に、顔を上げた。 カメラを置いた。 同じポーズを待った。
その時、一人の男が近づいた。

声は、半分ほど聞こえる。
雑誌社のスカウトだ。 写真を雑誌に載せたいという。
具体的な、以前の記事を見せている。
女の人は、笑顔で、おだやかに話すが、簡単にのってこない

話しが、どうまとまるか待った。
40分ほど見てたが、まだ続きそうなので、八坂神社に向かった。

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休んでいるとき、アヒルが親しそうにやって来た。
あげるものは、何もなかった。  声をかけたら、こっちを向いた。

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八坂神社
ここを、街に向かうと、祇園

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祇園の花見小路。

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舞妓さん。 これから、お仕事。

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※ 小さな写真は、後日。


【道の駅】   ガレリア かめおか

【お風呂】   息子の家で

【12日の予定】  11日のブログの整理に、午前中かかってしまった。
           京都に出ます。 まだ決めてない。
           今晩も、息子と食事をします。 
           ブログは?


《今日の歌》    宵待草(YouTube)  森昌子

           宵待草(YouTube)  夢二の絵は、こちらに。


     ※
ついに、梅雨に入った。
今日は、朝からずっと雨。
どこも見なかった。
徒然って感じで、旅のことや、生活のことを書きますね。

今は、道の駅 ガレリアかめおか にいます。
京都府、亀岡。  4月に来た。  場所は、ここ
京都の嵐山に近い。 
保津川下りや、トロッコ列車も、近くにある。 

ここの道の駅は、大きい。 いろんな施設が入っている。
車は、400台停められる。 自分の車は、すみっこに停めた。
建物の中は、こんな感じ。 広い。
中に、温泉もあるし。 向かいに、コインランドリーもある。
今週いっぱい、ここが拠点だ。

   DSC00664.jpg

写真は携帯で撮った。 設定の問題で、大きくならない。
横が、詰まった感じもする。

明日は、車を置いて、動きます。
京都市内に行くんだけど、決めてない。
千姫の墓が、東山の知恩院にあるというので、行って見るかなとも。
すぐ近くに、八坂神社、高台寺、清水寺がある。
高台寺は、秀吉の正室のおね(ねね)が、晩年住んだ所。

何が何でもと言う場所はないので、だれか、コメントでも、メールフォームからでも、希望の場所を言ってくれたら、どこでも行きますよ。


朝、道の駅で、を買った。 180円。
雨で、車の中の生活が多くなりそうだから。

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なかなか、気に入ったようにならない。
少し疲れる。
グミがあったので、買ってみた。 食べたことあったかな。
甘酸っぱい味。
  
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ここのところ、食事は自分で作ってる。
圧力鍋が重宝する。
パックのご飯を温めるとき、卵も入れてみた。
当然、ゆで卵になった。
ガスは、5分も使ってない。
今度、ブロッコリーか何か、野菜を入れてみる。 温野菜だ。

   _MG_1965.jpg

ガスは、ボンベも積んでいるが、カセットガスもある。
こっちの方が簡単。 
ボンベの方は、元栓を閉めれというので、少し面倒。
ガスの充填の問題もあるので。


運転していると、北海道と違うことがあるので、少し。
少し、車間距離を空けると、スルリと車が入ってくる。 まるで、スリルを味わうかのように。
北海道なら、クラクションを鳴らされる。
車が多いので、こうしなければ、入れない。

また、コンビニとかから出るとき、手で合図したら、いやな顔しないで、入れてくれる。
狭い道では、停まって待つことも多い。
お互い、お礼の気持ちを手の合図で伝える。
このように、気持ちを伝え合うことが、多い。


別の話。
道の駅には、いろんな人がやって来る。
この人、行くとこなくて、ここに居るんでないか、と思う人に会うことがある。
なぜ、道の駅に来るのか。
他のパーキングとかに停泊していたら、不審者に思われるかも知れない。
でも、道の駅は大丈夫。

一昨日、こんな人が、いた。 私より若い男の人。
車の外で、何度ももどしていた。
ぼ~と、運転席に座ったまま、動かない。
何時間もだ。 視点は定まっていない。
夜中遅く、どこかに行った。

世の中に、命を断とうと考えてる人がいる。
その人達が、車で移動する場合、居場所は道の駅しかないのでは。
上の人に声を掛けようかと迷ったが、できなかった。

昨日は、こんな父さんに会った。
夕方、外にいたら、私より少し年上の父さんがいた。
地元かい、と聞いたら、そうだと言った。
何でここにいるのと聞いた。
俺にも、いろいろあってな、そういうときは、ここに来て、山を見たりするんだ、と言った。
私が、うらやましいと言った。

ここの町の見所はないかい、と聞いた。
ぱっぱと出てこない。
大阪府の牧場って、いいとこかい、と聞いた。
そこはいい。 それはね、え~と、えーと。 
あれでないのかい、と私は、山の方を指さした。
そうだそうだ、あれだ。
地元なのに、こんな調子です。
その父さん、暗くなってきたので、家に戻った。

道の駅は、いろんな人間の、交差点の感じがします。


明日の予定は決まっていません。 誰かおねがいしますよ。


【今日の道の駅】   ガレリア かめおか

【温泉】      能勢温泉  700円   朝いた道の駅から、数㎞。 

【明日の予定】   希望で動いてみたいです。


《今日の歌》    上の文との関わりで、やさしい歌にしたいですね。

          僕の胸でおやすみ(YouTube)  古いコートは捨てて、って言ってます。

          思い出してください(YouTube)  小椋桂です。 

          Squall(YouTube)       
    

     ※
私がもぐりたかった、金山や銀山の坑道は、今日のでした。
歴史街道は、歩いて見たくなる、家屋と自然が調和したものでした。
知らない町に、何があるか分からない。
いい一日でしたよ。  (7時32分)

     ※
ホタルがいましたよ。 8時過ぎです。
小さな川があって、5匹くらい。
今もいる。

眺めてたら、一匹が寄ってきた。手を出したら、のっかった。 (つかまえた?)
車の中で写真を撮った。

うまく写らない。 
暗い中では、これがやっと。 弱いから、赤くなる。 ピントもてきとう。

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10秒ほど、シャッターを開けた。
これが、ほたるの光の色

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少し、明るくして、撮って見た。 (感度は、1600)
天井にとまってる。

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外に放すため、捕まえようとしたら、歩き出した。

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川に向かって、放しました。
川の上に行って、戻ってきました。
手の届くところまできて、あいさつをして、川下に飛んでいきました。
黄色い灯りをともしながら。

ホタルが飛ぶ光景は、幽玄の世界というか、独特だ。
浴衣を着て、うちわを持ちたくなる。

※ ネットが遅いために、時間がかかりました。 ホタルだけでなく。

今日は、写真が多い。 どうしても、省けない。

大きな期待はしていなかった
どんなんであっても、するどく感じることができればいいなと思って動いた。

初め、自転車で行った。 急な山道で、戻った。
遠回りしていこうと、自転車で向かった。
これも、3㎞ほど行って戻った。  いい運動だ。

車で向かった。
悠久の館という、資料館に寄った。
若い女性の方が、対応してくれた。

たくさんの情報をいただいた。
こんな質問をした。

多田銀銅山の名前は、多田銀に銅山が付くのですか、それとも、多田に銀銅山が付くのですかと。
もちろん後者でした。

下の写真、いい雰囲気ですよ。
自然と調和した、風景そのものがいいんですね。
新しいものもあるんだが、昔もきっとこうだったと思ってしまう、そんな感じです。
歴史街道に、全国で50番目に認定された。

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こんな感じで,鉱山はあった。
坑道(間歩 まぶ)は、2000もあった。
ピークは江戸時代。
昭和48年を最後に、今は、掘ってない。

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この街道沿いに、3000軒の家があった。
今、住んでいる家は、14軒だという。
※ これは、帰るとき、通りがかった父さんていう感じの人が、教えてくれた。
軽トラで、急に停まって、私の車のことを聞いてきた。

私は、温泉がどこにあるかを聞いた。
どこも高い。 1000円だ。
うちで良かったら、入りなと言ってくれたが、なんぼなんでもハイとは言えなかった。

この感じです。 歩きたくなる道です。
たくさんの人と、すれ違いました。

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ここを少し行くと、代官所の跡があるという。
この入り口の感じもいいですよ。

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悠久の館にあった、復元模型。

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道からそんなに離れていない、少し高いところ。

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道しるべ
。 左の石碑に、一里と読める。

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神社の入り口。 古くからのものでした。 鉱山の神様

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入ることのできる間歩(まぶ 坑道)が、あった。
青木間歩と呼ばれている。

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※ ホタルが1匹、まだ飛んでた。 彼女が見つからないのか。

坑道は、人の頭がぶつからない高さ。
涼しい。 水滴が、たまに頭に。
こんなのに入りたかったわけです。 現代の坑道でなく。

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坑道に空気を通す穴。
水も出すって、説明にあったかな。

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台所間歩とあった。
大坂城の台所(財政)をまかなうほど、銀や銅がとれた。

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昔の様子。

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瓢箪間歩。 秀吉の馬印の瓢箪を掲げることを許されたから。
産出量が多かったから。
※ 風林火山は旗だが、 旗でないのは、馬印と呼ぶようだ。

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中は、こんな感じ。

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通りがかりの人が、川トンボだと教えてくれた。
黒かったら、オハグロトンボだと。

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こんなのが。

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村上新田というのがあるので、遠くまで歩いた。 1㎞くらいか。
新田と言っても、江戸時代に。  
里山そのもの。

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御殿のような家。 奥行きがある。
鉱山を管理していた人の家だそう。

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ここの街道全体も、こういうものも、センスがいい。 そう思った。

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いい色です。

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銅鉱石だったかな。
悠久の館には、このような鉱石や、昔の資料が展示されていた。

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この街道も多田銀銅山も、猪名川町が管理している。
個人の管理はだめですね。 そういうの、たくさん見た。

悠久の館で説明してくれた人は、石見銀山にも研修で行ったそうだ。
この町には、多田銀銅山や昔の街道を、今に残す意味を深く理解している人がいるように感じました。 今日、会った人か。
そういう人がいないと、人は動けないし、いい形で整備されている今の形にはならないと思いました。

ここは、大きな規模ではないが、観光地っぽくないところが好きですね。
また、これを、一番見て欲しいのは、地元の子供たちかな。
昔を大事にしたら、いつか昔になる今も、大事にするって考え。

書き忘れたが、ここの銅は、東大寺の大仏にも使われたそうだ。
また、秀吉の時代や、江戸時代は、直轄地だった。 大事にされた。

いつか、もう一度、歩いてみたいです。

〈追記〉 歴史街道と呼んでるけど、○○街道とか名前はないのかな。
      調べてみたが、分からなかった。

_MG_1846.jpg_MG_1847.jpg_MG_1848.jpg_MG_1849.jpg_MG_1850.jpg_MG_1851.jpg_MG_1853あ_MG_1854.jpg_MG_1859.jpg_MG_1862.jpg_MG_1866.jpg_MG_1869.jpg_MG_1871.jpg_MG_1873.jpg_MG_1875.jpg_MG_1878.jpg_MG_1889.jpg_MG_1898.jpg_MG_1899.jpg_MG_1904あ 


【今日の道の駅】    能勢(くりの里)    場所は、ここ。

【温泉】      汐の湯温泉  1000円  今までで、一番高い。 

【明日の予定】   土曜日に、京都にいる息子と、どこかに行くことになった。
            それまで、どうするか。 
            京都に、もっと近づきます。


《今日の歌》    恋のバカンス(YouTube)  夏ですね。

             ユンナ「タッチ」(YouTube)  久しぶり。

          Believe(YouTube)  いつ聞いてもいい。  

     ※
野球をラジオで聞いてます。
阪神戦しか、入りません。
応援実況。
阪神の選手の名前しか、出てきません。

初めて聞く、三木市を自転車で散歩しました。
この町の何かと、関わりがあったのか。
歴史的建造物群に指定されていない、古い街道がありました。
指定されてないと、どんな状態なのか。
そんなのを見てみました。  (7時20分)

     ※
知らない町を歩いてみたい」って歌で言うので、歩いて見た。
道の駅で、地図をもらった。
情報は、街道があることと、城の跡があることの二つ。

車は、観光協会の駐車場に。
少し行くと、こうだ。 アーケード
街道の雰囲気はない。

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見えてきた。
どこも、こうではないが、半分くらいこんな感じ。

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ここは、湯の山街道。  ここ。
16世紀に、秀吉が、三木市から神戸市にある有馬温泉へ、戦傷者の治療のために整備したとあった。

保存地区でないからか、電柱が残っている。

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江戸時代には、大きな陣屋が置かれ、参勤交代の通り道として利用されたほか、各地からの湯治客の往来で賑わった。

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何で秀吉なんだ、と思った。
後で、分かった。

この建物(左側)では、藍染めが展示してあった。

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誰もいなかったが、見てきた。

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この蕎麦屋で、昔の雰囲気は、おしまい。
街道は、広い道になっていた。
ここまで、2㎞くらいかな。

雰囲気がよかったので、入った。

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蕎麦屋の横にに、こんなトイレが。

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お地蔵さん。

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建物の中は、古民家風になっていた。
全部、新しく作ったという。

細い。 美味しかった。 上品な感じ。

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日本酒の好きな人なら知っていると思うが、ここは、酒米の山田錦の産地だった。
日本では、ここが中心。

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ここは、稲見酒造といって、有名なようだ。
試飲が出来るが、入らなかった。

丸い玉があるが、杉玉といって、新酒が出来たときに、下げるそうだ。

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三木城址があるというので、行って見た。
街道のそば。
小高い丘の上。

上って、説明を読んでるうちに、思い出した。
秀吉が兵糧攻めにした城があることを。
でも、これ以上は、何も知らなかった。

ここの城主に、別所長治とう城主がいた。 
13歳でなった。 5代目当主。

22歳の時、信長・秀吉側に味方しなかったため、攻められた。
毛利氏に味方した。
2年間、この城にとどまって戦ったが、兵糧攻めで負けた

誰も、助けには来なかった。
原城といっしょだ。

長治は、家臣と領民の命を救うことを条件に、自害することを秀吉に申し入れた。
1580年1月17日、一族と共に自害した。 23歳。
一族と共にだから、子供も家族もみんなだ。

最後は、原城とは違うが、悲惨な結末。
山の上には、城の跡は何もない。

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辞世のの石碑があった。

今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば

〈追記〉 うらみというのは、毛利へのうらみだろうか。
     自分の、見通しや戦略の甘さに、気づいたのかな。

天草四郎も別所長治も、若い。  天草四郎のブログは、ここ。
何が足りなかったんだろう。

風林火山の武田信玄も若かった。
でも、軍師の山本勘助や、優秀な重臣がいた。
その辺が、違うのか。
テレビドラマの内容だが、勘助の考えた戦略は、生半可のものではなかった

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歴史的建造物群保存地区でない場合は、他の所も、三木市に近いと思う。
この三木市の湯の山街道にも、街道の標示が、いたるところにあった。
街道に思いを寄せている人が、この町にいることが、分かったかな。
でも、今の状態から、指定を受けることは、もう不可能でしょうか。

指定されてないと、保存のための補助とかを受けられない。
今日見た、三木市の街道に残ってた古い家は、個人の力で残して来たんでしょうね。
その人達の思いは、深いですよ。


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【今日の道の駅】   いながわ   兵庫県猪名川町  場所は、ここ。
             大阪に近い。

【温泉】     有馬富士温泉 山花乃湯  600円   ここ。

【明日の予定】   京都に近づきます。


《今日の歌》    生きている悲しみ(エムズの片割れ)

     ※
姫路城の美しさの理由。
誰の発想なのか、設計はだれなのか。
そんなことが知れたらいいなと思って、見てきました。

千姫が住んでいたことは、行ってから知りました。
ネットの調子が良くない(電波が弱い)ので、作業に時間がかかります。 
姫路市と神戸市の真ん中辺りの、三木市に来ました。(7時52分)

     ※
9時20分のフェリーで、小豆島を出た。
100分で、姫路港に。

城の駐車場での料金は、バスと同じだったみたいだ。 2000円。
高さが、260㎝以上だから。
バスのところに停めても、文句言われなかったのかな。
まあいい。

下の写真は、駐車場から。
これで満足して帰ってもいいくらいだ。

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どうして美しいのか
いろんな方向から、写真を撮った。

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天守閣だけが目立たないのも、いいのかな。
安定感がある。

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外から見たら、5階(層)に見える。
中は、地上6階、地下1階。

ここから、入っていく。

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この城は、変遷を経るが、今のになったのは、1609年

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美しさの理由を探して、パンフレットや、説明板を読んだ。
分からない。
天守閣の最上階で、やっと分かった。
書いてあった。

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計算されて、作られている。
① 直線と曲線の配置。
② 計算された空間。 一目見て、さびしいと思われる空間はない。
③ 1階と5階の比率は、2割1分だという。
   これは、根拠のある数字のようだ。
④ 石垣の勾配の形は、を開いたときの形だという。
   周りでなく、手元の方の形かな。
桃山時代の建築美が基本とあった。

詳しくは、下の写真に。
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下の写真は、西の丸と言って、天守閣を守るための、細長い建物の中。
左側に、鉄砲を撃つ窓や、石を落とす穴がある。
右に、控えるための部屋。

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※ 今日みたいなときは、記事が消える。 いい方法ないのかな。

千姫って、誰なんだということだが。
信長の妹に、お市の方という人がいた。
浅井長政に嫁いだ。
娘が3人いた。
浅井長政は、戦に負けるが、この3人は助け出される。
歴史ドラマで、よくある場面かな。

一番上が、茶々(淀君) 豊臣秀頼の母。
二番目は、お初。 京極高次の正室。
三番目が、お江(おごう)。 2代将軍秀忠の正室。

このお江が千姫を生む。
千姫は、上に書いた、秀頼の正室になる。
美貌と聡明さは、祖母のお市の方の血を受け継いだ

夏の陣では、家康の命で、助け出される。
家康に可愛がられていたから。

その後、この当時、ここの城主だった、本多忠刻の正室となる。
そういうことで、この姫路城で暮らす。

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今の形の城の発想は、1600年過ぎの城主、池田輝政。
設計は、伊木忠繁。   この人については、ここ
頭領は、桜井源兵衛。  この人については、ここ。 面白いですよ。 
※ 城は、少し傾いてた。 上の説明にあります。 床に、ゴルフボールをある人が置いたら、転がった。 全体が傾いているのではなく、東西が下がっている感じ。 この次の修復で直すようだ。

天守閣を出て、説明する人がいたので聞いた。
設計と、頭領は殺されなかった。 (頭領は、死んだが)
他の作業に関わった多くは殺された。
城の内部の秘密を守るため。

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天気が良かったこともあり、城は輝いていた。

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下から、天守閣と上の窓を撮影。
こっから、私もののぞいた。

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この城は、石垣の石のには、何でも利用した。
これは、石臼。

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姫路城は、世界遺産

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何階か忘れたが、昔のものを展示している。

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太い木は、遠くから運ばれてきた。

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見下ろした、風景。

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最上階は、こんな感じ。 

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千姫の住んだ、化粧櫓。

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下界の風景。

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石垣の草は、自衛隊のレンジャー部隊が取るそうだ。

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棺桶の石も、石垣に使われた。
石は、領内から調達された。
だから、小豆島の石は、ここには来ていない。

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日本には、他にもいっぱいお城がある。
他の城は、この城の前では、自分が日本一だとは言えなくなる。
姫路城は、そんな城でした。

城を見るとき、美しさだけでなく、この城に人がどう関わったかなど、そんなことが面白いのかなと感じました。 この城は、千姫。


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【道の駅】  みき  兵庫県三木市  場所は、ここ。  大きい。

【温泉】     加古川温泉みとろ荘   500円  場所は、ここ。 

【明日の予定】   東に行きます。 


《今日の歌》    手仕事屋きち兵衛のコンサート(YouTube)

     ※
姫路城が、土曜日なので駐車場混んでるかなと考えました。
せっかく、小豆島にフェリーで来たことだし、もう一日いることにしました

午前中は、掃除、暑さ対策など。
午後から、車で散歩。
食べるとこがなかったので、これから食事の準備。
8時半ころから、写真。  (7時5分)

     ※
ナスの油炒めが食べたいと、ずっと思っていた。
旅に出て、食べてない。

これで、ごはんを食べた。
味噌汁の代わりに、ビール。
美味しかった。
ご飯の後に、納豆やら、シラスを食べた。

食事は、どうやって作ってるかを少し。

ご飯は、パック。 雑穀米のを買った。
圧力鍋を使う。
フタは開けないで、蒸す。

5分もしないうちに、上のオモリが揺れる。
それで、おしまい。
フタが開けられるのを待つ。

炒め物は、滅多にしない。
油が飛び散るかと思って。
最近、炒め物専用の油を買った。
何か、アワみたいになって飛び散らない。
それでも、フタは使っているが。

ガスを使うと、車の中が暑くなる。
換気扇はあるんだが。

終わったときに、天井にある、別の換気扇を回す。
3分ほどで、暑い空気は、外に出る。
そんな仕組み。

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最近、車の中が熱くなる
車から離れるときは、特に運転席が熱くなる。
後は、ほとんどの窓のブラインドを閉める。

運転席の熱さが後に行く。
それで、今日、運転席の後に、暖簾をさげた。
昨日、映画村で買った。
今までは、レースのカーテンだった。

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他に、午前中は、片付けたり、昨日のブログを直したりした。
そして、昨日のおばあちゃんに渡す、昨日のブログを印刷した。
印刷機は、バンクベットにあって、いつもつながっている。

昼頃、渡しに行った。
他のおばあちゃんもいた。
写真の了解をもらった。

売り物の、シラスをいただいた。
おばあちゃんがくれたのでなく、いっしょにいた人が、持って行けと言った。
2回断ったんだけど、もらってしまった。

また、話しをしたんだが、一つだけ。
おばあちゃんは、小学校を卒業したら、昨日の道の駅の方にある、女学校に通った。
毎日歩いて。 2時間では、着かない。
冬は、暗いうちに出て、暗くなって帰る。

このような話しは、別の所でも聞いた。
学ぶためには、大変な時代だった


坂手に、壺井栄の文学碑があるので、行って見た。
墓地の上の方にあった。

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桃栗三年、柿八年、柚の大馬鹿十八年」と、刻まれていた。

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生田春月という人の歌碑もあった。  詳しくは、ここ

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見晴らしがいい。
車を、港に置いて、歩いてきた。

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斜面にある家は、細い道で結ばれている。
車は、どうしてるんだろう。

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こんな家が。
瓦は、古くなると、水を吸うという。
その時は、草も生え出す。

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まだ、あるんだなと、思った。
下に、同和教育推進協議会と書いてあった。

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寒霞渓(かんかけい)という、見晴らしのいいところに向かった。
途中の写真。 この島は、岩だらけ

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山には、どこにでもサルが。
ひかれそうになって、やっとよける。

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寒霞渓から。
昨日、フェリーから島を見た。
知らない大きな島があった。
それは、本州だった。 すぐに分からなかった。
※ 大きくなります。

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見晴台から、下をみていたら、すぐ近くにサルがいた。
人間に近い。

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小豆島大観音
行ったんだが、5時を過ぎてたので閉まってた。
エレベーターで上れるそうだ。

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美しいと評判のようだ。

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道の駅、大坂城残石記念公園に来た。
石を運ぶ道具があった。

大坂城を作るときも、ここから石が運ばれた。
完成して、もういらないとなって、余ったのが、たくさんあった。

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【道の駅】  大坂城残石記念公園   場所は、ここ。

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【温泉】   吉田温泉  300円   場所は、ここ。  
       ここは、オートキャンプ場。 お金がかかる。

【7日の予定】   姫路城に、午後行きます。


《今日の歌》   風の桜衣(はなごろも)(エムズの片割れ)  手仕事屋きち兵衛
          吟遊詩人と言われている。
          NHKのアニメ、雪の女王に、吟遊詩人がいた。
          もしかしたら、この人の歌、爆発するかも知れないと思うんだけど。
          予想ですけどね。
          しばらく聞いて、古さを感じたら、ダメかなあ~。         

     ※
作者の壺井栄は、何を材料に、二十四の瞳を作り上げたのか。
そんなことが知れたらいいな、と思って行きました。
壺井栄文学館では、分かりませんでした。
小さなお店のおばあちゃんと話すことができました。

分かりました。
ネットで調べてみましたが、そこまでは書いていない内容でした。
田中裕子主演の映画も見ました。 (7時38分)

     ※

10時頃、高松のフェリー乗り場に向かった。
10時40分のに、間に合った。
映画の中にも出てくる、土庄港に着いた。

道の駅、小豆島オリーブ公園に向かった。
そこは、お話しの中で、大石先生の家があったところ。

道の駅から、分教場のある田浦を見る。
中央付近だが、湾の中にあり、見えない。

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岬の分教場
最初の高峯秀子の時に、使われた。
※ ここの管理人は、その後も使われたと言った。   場所は、ここ。

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昭和46年に廃校。

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私が小学校に入学したときは、こんな机だった。
オルガンの演奏の童謡が流れていた。

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昭和29年、高峯秀子主演の映画が公開。

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昭和62年、田中裕子主演で、映画が作られた。
そのオープンセットを、映画村として残した。  (分教場から、すぐ)

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写真の両側に、まだ、建物がある。
お土産屋さんに利用しているのが多い。

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映画村にも、分教場があり、そこに写真が展示されていた。
田中裕子の表情がいい。

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これは、二十四の瞳の中の、一文。
作者は、主人公に、このように言わせた。

この言葉が、校長にとがめられることになり、悩む。
結局、続けられないと考え、やめる。

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私は、20年以上前に、二十四の瞳を読んだ。
二人の登場人物の名前が、頭にこびりついた。
一人は、琴江。 もう一人は、松江

琴江は、結核になり、いつも一人部屋に寝ていた。
家族もこない。

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松江は、家が貧しかったため、高松の食堂に売られた。
大石先生と子供達が、修学旅行に行ったとき、先生と松江は会う。
松江は、大石先生に言いたいことがあったが、何も言えず見送った。

上の写真は、その場面。
大きくなって、クラス会を開く。 
高木美保が松江を演じていた。

映画村には映画館があって、この松江が登場する場面から見た。
下の写真は、映画を撮影。

上の写真に、小さく自転車が写っているが、この映画で使われた自転車が、教室に展示されていた。

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壺井栄記念館では、知りたいことは、分からなかった。
岬の分教場の駐車場に戻って、海の写真を撮った。

そばに小さな店があり、おばあちゃんが、小さい煮干しと海苔を売っていた。
煮干しを買って、あばあちゃんに聞いた。
おばあちゃんは、ここの分教場で勉強したのかい、って。
そうだと言った。

壺井栄は、この地域の人だが、少し離れてる。 
田浦でなく、坂手と言うところ。

おばあちゃんに聞いてみた。
壺井栄は、ここ田浦の何を知ってたんだろうねって。

おばあちゃんは、語ってくれました。

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おばあちゃんの伯母に「はるみ」という人がいた。
ここの岬分教場に学んだ。
その人の担任は、坪井栄の妹、岩井しんと言った。
   (ここまでは、ネットにもあった)
岩井しん先生は、坂手から自転車で通っていた。
おばあちゃんは、身内のことを褒めるのは変だが、優秀だったと言った。
勉強もスポーツも出来たそうだ。 国体にも行った。

ある裕福な人が、学ぶための面倒をみてくれることになる、大阪かどっかに行く。
所が、結核になる。 若くして亡くなる。

岩井しん先生が、年をとって亡くなる少し前、この分教場のある田浦に行きたいと言った。
連れてきてあげた。
そこで、うわごとのように、はるみちゃんが来てないのかと、何度も言ったそうだ。
はるみという人のことも、きっと、姉の壺井栄に話していたはずです。
琴江が結核になるが、発想は、この人の結核にあるように思います。

二十四の瞳には、壺井栄の妹の、この学校での経験が、大きく活かされていました。
他に、坂手の学校の子供達の様子も見ていたようです。
ただの様子ではなく、先生と子供達のいい関わりを見ていたと、ネットにはありました。
これに近いことは、おばあちゃんも話してくれました。

今の道路は、昔は無かったと、おばあちゃんは言った。
昔の道を教えてくれた。
それが、下の道。 今は、舗装。

自転車で行ってみた。 すぐ、峠を上り始めた。
峠の頂上まで行ったが、もう5時を過ぎていたので、峠を向こうに下りるのはやめた。
大石先生や、子供達が見た、海や山の風景を、少しだけ見た。

駐車場の戻ったら、おばあちゃんが、店から出てきた。
オリーブ公園の、今やってる、イベントの案内をくれた。

笑顔の素敵なおばあちゃんでした。
もし会っていなかったら、今日のブログは書けませんでした。

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左は、海。 右に分教場。
物語の中で、子供達は、ここで遊んだ。

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田浦から、大石先生の家のあるところは、見えない。
少し走ったら、このように見える。
物語の中で、子供達は、先生に会いたくて9㎞の道のりを歩く。

家があった一本松の近くに、今、道の駅がある。
私が今いるのは、この写真のほぼ中央の、道の駅の駐車場。
海のそば。

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田中裕子の演技は、いつものように少し疲れた雰囲気だった。
でも、高峯秀子、黒木瞳と比べたら、世の中の矛盾を見抜くとか、人間的な強さの演技は、田中裕子の方が上のように思う。
それは、壺井栄が、この物語の中で、いちばん表現したかった部分でないかなと、思います。

壺井栄記念館で、二十四の瞳の単行本を買いました。
こんど、ゆっくり読んでみます。


_MG_1588.jpg_MG_1591.jpg_MG_1604.jpg_MG_1610.jpg_MG_1611.jpg_MG_1613.jpg_MG_1614.jpg_MG_1618.jpg_MG_1621.jpg_MG_1622.jpg_MG_1623.jpg_MG_1624.jpg_MG_1625.jpg_MG_1632.jpg_MG_1636.jpg_MG_1656.jpg_MG_1658.jpg_MG_1672.jpg_MG_1678.jpg


【今日の道の駅】    小豆島オリーブ公園   場所は、ここ。 印の所にも、駐車場がある。

【温泉】        サン・オリーブ温泉  700円  道の駅の中にある。

【明日の予定】    姫路に渡るかどうか、検討中。


《今日の歌》     分教場での田中裕子(YouTube)  

           あなたへの愛(YouTube)  沢田研二とデュエットで  

           オールドのコマーシャル(YouTube)

     ※
うだつの町並みを歩きました。
これで私もうだつが上がるか。
たくさん話しが聞けました。

近くに、土柱(どちゅう)があるというので、行ってきました。
初めて見る、奇怪な風景でした。
そこに、例のラドン温泉がありました。 

今まで、外で旅の人と話していました。 (7時40分)

     ※
先日の四万十川について、付け足し。
源流点は、小さな滝だった。
それなりの水量がある。
上に細い川があったら、その先が源流点になる。

ところが、この滝の水は、積み重なった岩の中から吹き出していた
だから、ここが源流点。

と言うことは、地下の川は、川の長さに入らないと言うことか。
いや、洞窟の中でも、人間がそれを見ることが出来たら、川にしていいのか。
見ることが出来なかったら、地下水だな。 川でなく。
そんなことでしょうか。

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再び、うだつの町並みに行ってきた。
ここの町並みの価値が、どれだけのものかを知りたくて。

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これが、うだつ
防火壁の役割。
となりの家が燃えたら、炎が家の前側に来るのを防ぐ。
家の前側は、木で造ってるから、燃えやすい。

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そのうち、うだつに、下の写真のように、格好を付けるようになってきた。
終いには、富の象徴に。
豪華なうだつを造ったら、「うだつがあがった」と言うようになった。

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日本で、うだつで有名なところはどこなのか。
調べたら、ここ脇町だった。
ここの町の人は、自慢しても大丈夫だ

家の周りに、草を生やしているところはなかった。
こんなが、いたると所に。

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ここの店の70歳くらいの女の人が、教えてくれた。
20年程前に、「伝統的建造物群保存地区」になった。

ここは、商家の家が多いので、町並みとして、認められた。
※ 他には、農業村の集落や、武家屋敷。
全国に、83ある。 28番目に認められた。

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認められるために、1軒1軒の古い家を調べた。
証拠を集めて、価値を示さなければならない。
88軒認められた。

地域の協力も必要だ。
昔のまま残すのが、いやだという家が何軒も出たら、出来ない。

認められてる、他の町並みを見に行った。
比較して、この町の価値の高さを確認した。
それを武器に、全戸の説得に成功した。
この取り組みの全てに、話してくれてる人が関わっていた。

下の写真は、倒れそうになっている。
江戸時代のもの。
これも、復元される。
使える木材は、使わなければならない。
半分腐っていたら、半分継ぎ足す。

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こういう取り組みは、プロジェクトXと同じだ。
人のせいにしないで、いかに人を説得できるかが、勝負の分かれ目のように思う。

将棋の12世名人、小野五平の家。
坂田三吉と、関根金治郎が戦った。
その時、立会人をしている。

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司馬遼太郎も来ている。

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水戸黄門のロケもやった。
※ 左から3番目の女の子、劇団海鳴りの望美さんに似てますね。 そのブログ
演劇学校で、きっと、一歩一歩階段を上っていますよ。

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別のおやじさんが、こんなことを教えてくれた。
昔ここで、庚午(こうご)事件というのがあった。 それに敗れた主従の人達が、静内町に行ったと話してくれた。   静内町のルーツ

下の写真は、阿波 土柱 という。 初めて知った。
土が削られて、このようになった。
ロッキー山脈とかには、あるそうだ。
他にもあったが、見学できるのはここだけ。 場所は、ここ。

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トカゲ。 ツルツル滑って登れない。

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_MG_1550.jpg_MG_1553.jpg_MG_1556.jpg_MG_1564.jpg_MG_1567.jpg_MG_1571.jpg_MG_1572.jpg_MG_1574.jpg


【今日の道の駅】   香南楽湯(こうなんらくゆ) 香川県高松市香南町  ここ。

【温泉】    土柱ランド新温泉  500円  土柱のそば  ラドン温泉
          どうして、ランドにしたのかな。
          温泉宿の女将は、ラドンについて、勉強してると言った。
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     後は、新館。 人気があるようだ。

【明日の予定】  小豆島に渡ります。 二十四の瞳の舞台です。


《今日の歌》   手仕事屋きち兵衛「わすれ雪」(YouTube) この人の音楽にはまりそう。

        へいりー・本田美奈子「アメイジング・グレイス」(YouTube) この人の歌を何時か聴きたい。



     ※
車の調子がおかしくなった。
心配した。
工場を見つけて、時間はかかったが、元に戻った
今は、ほっとしている。

今日は、それに一日をつかった。
大歩危・小歩危に行った。
祖谷にも近づいた。
でも、ちゃんとは見られなかった。

一日雨だったので、はりまや橋には、行かなかった。
この次です。
今は、うだつの町並みのそばにいます。
ここまで来るとは、朝は思わなかった。  場所は、ここ。  (7時37分)

     ※
朝からの雨で、はりまや橋は、あきらめた。
ぼうさんのかんざしは、この次だ。
大歩危・小歩危に向かって、山を上った。

車がおかしい。
警告灯が付いた。 排気の関係だ。
上りは、40㎞以上出ない。

エンジンが壊れないか心配した。
途中休みながら、何とか峠を越した。

途中、大杉という道の駅に寄った。
日本一の大杉と、美空ひばりの歌碑があるという。
美空ひばりが、なんでここ、と思った。  場所は、ここ

この大杉、ほんとうに日本一か調べた。
大丈夫でした。
太い方の周囲は、約20メートル。 推定樹齢3000年。
よく腐らないで、ここまで大きくなったもんです。

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興味があったのは、こっち。 美空ひばり
駐車場で200円払った。
そこで、200円分、いろいろ聞いた。

受付の女の人は、事故のことを言った。
これで、思い出した。
そうです、知ってる人もいると思うが、美空ひばりは、子供の頃、バスの転落事故に遭っていました。
その事故の場所が、この大豊町でした。

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昭和22年のこと。
巡業で来たときに起きた。 まだ、芸名は、美空和枝
1カ月半の療養後、この町にやって来た。
そして、大杉に、「日本一の歌手になれるように・・」願掛けした。
ここから戻って、名前を美空ひばりにする。
2年後、悲しき口笛が大ヒットする。

Wikipediaには、事故の様子を、下のように書いてあります。

「高知県に巡業した際、ひばり母子が乗っていたバスが前方からのトラックと激突し側転、崖に向かって落下していった。そのまま落ちれば穴内川で全員死亡だったが、運よくバンパーが一本の桜の木に引っかかりとまった。ひばりは左手首を切り、鼻血を流し気絶、瞳孔も開き仮死状態だったが、たまたま村に居合わせた医師に救命措置をしてもらい、その夜に意識を取り戻した」

歌碑は、ボタンを押すと、歌が流れた。 3曲あった。
悲しき口笛を聴いた。   悲しき口笛(YouTube)
             悲しき口笛(YouTube) 動画がある

峠を下る途中に、大歩危(おおぼけ)があった。  場所は、ここ。
祖谷には、かずら橋がある。
平家の落人が、追っ手が迫ってきたら、すぐに切り落とせるようにした。
※ かずら、は木のつる。  写真は、YouTubeから。

  かずら橋

祖谷に行くのはやめた。 車に負担がかかるから。
道の駅での、祖谷そばで、我慢した。
手打ちと分かる、ボソボソっとしたそば。
普通の量の、3分の2しかなかったが、旨かったですよ。

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秘境と言われている。
でも、こんなのは、今までいっぱい見たような気がする。
規模が大きいのかな。

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船で、下れるのか。

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写真もそこそこに、峠を下りた。
池田の町がある。 (昔高校野球で知られていた。 蔦監督。)
小さな、トヨタの店に入った。
原因が分かった。
前回、紋別のちゃんとしたとこで、オイル交換をしたが、オイルを間違ったか、多すぎた。
そのために、排気に問題が起きた。

徳島トヨタ、脇町店を紹介してくれた。
そこに行った。
この車の、ジーゼルエンジンは、新しい型のため、調べながらやった。
最後は、完璧になった。

※ 工場で知ったんだが、車はエンジンを壊さないために、自動的に制御していた。 それで、40㎞しか出なかった。

二人がかりで、1時間半かかった。
この工場の整備のチーフの人も来てくれた。
チーフの人の顔つきを見ていたら、私に不安は起きなかった

若い人は、若くてもプロだなって感じた。
そして、やわらかな雰囲気の人だった。
こんな人が、もし教師になったら、子供達は喜ぶ、と思った。
人を見るとき、こういう味方を、今でもしてしまう。

工場の中は、きれいだった。
何かに付いたオイルを、誰もがこまめに拭き取っていた。

オイル交換代しか請求されなかった。
道の駅を、チーフの人が、ていねいに教えてくれた。
オイル交換をするために、必ずもう一度、ここに来る。
そう思った。

お礼を言って、車に乗って動き出した。
サイドミラーを見た。
二人そろって、私の車に、礼をしていた

今日は、車で苦労もしたが、いいこともありました。

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道の駅のそばに、うだつの町並みがありました。
明日、ちゃんと歩いて見ます。

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下の写真の中に、自転車でのお遍路さんのがあります。
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【今日の道の駅】   藍ランドうだつ   地図は上に。

【温泉】   車に戻って、ほっとして、ビールを飲んでしまった。 温泉のことを考える余裕は無かった。 忘れてた。

【明日の予定】    せっかく徳島に来たから、これを無駄にしない。 考えます。


《今日の歌》      悲しき口笛を、もう一つ。(YouTube) 以前載せたことある。
     ※
今日も山登りをしました。
四万十川の源流点を見るために。
汲んできた水で、焼酎を割って飲みます。

ニホンカワウソが、最後に発見された所にも行ってきました。
今はもういないって、地域の人も言っていました。

疲れる旅が続いています。
こんなはずではなかったんだが。 (7時半)

     ※

昔、日本に、カワウソはいっぱいいた。 ウソでなく。
毛皮が高く売れた。 いなくなった。
最後に目撃された町があったので、行ってみた。 場所は、この辺り

下の写真は、カワウソ学習館なんだけど、閉まっていた。 (火曜日閉館)
窓からのぞいて写真を撮った。

_MG_1468.jpg

最後に写真を撮ったのは、1979年。 30年前。
少なくなってると分かってても、それでも、密猟があったそうだ。

_MG_1475.jpg

去年の夏、紋別の立牛川で、ある動物を見た。
カワウソかと思った。 でも、ミンクとカワウソは似ているそうだ。
逃げ出したミンクだったのかな。

ニホンカワウソが絶滅しても、私たちの生活は何も変わらない。
このことを、どう考えたらいいのでしょうね。
今日は、まとまったことは書けません。
※ このことについては、10月2日のブログ、「クマの悲しげな目は、何を意味する」に。

カワウソについて、詳しく分からなかったので、次を考えた。
地図を見たら、四万十川の源流が近い。
近くにある道の駅、布施ケ坂に行ってみた。  
   場所は、ここ。  地図の左に見えるのが、四万十川本流。

道の駅の人は、道は細いと言ったが、何とか行けそうだ。

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先ほどの道の駅から近い。
四万十川の最上流部にある集落

北海道の、石狩川や天塩川と違って、源流近くまで家がある。
それでも、清流が保たれている。

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途中に、小さな洞窟があった。 上の地図に載ってる。
バイクの人が、今見てきたという。

真っ暗なので、懐中電灯を持って入った。
ロープにつかまって、5㍍位下がった。
10㍍位進んだが、不安になって戻った。

バイクの人は、私が戻るのを見届けて、出発した。
入り口は、写真の真ん中上に。

水たまりが見えるが、川の水が下に潜っている。
※ この辺りは、四国カルストと呼ばれているところに近い。
左の方に、小さな滝があった。

_MG_1504.jpg

洞窟から、少し走ったら、登山道があった。
ここから登った。 私の他に、もう一人いた。 

_MG_1506.jpg

ここです。 標示があった。
ここから、196㎞の流れが始まる。

_MG_1511.jpg

水を汲んだ。

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四万十川は、内陸に大きく入って、源流は海に近づいている。
道の駅のそばを流れているが、そこから海まで、車で30分。
そっちには、流れてこない。

四万十川の源流を標示する意味を、前の橋本大二郎知事は、石碑にこう書いていた。

   _MG_1515.jpg

桑田山温泉と言うところに行った。
タヌキがいた。
温泉の主人から、お菓子をもらって食べていた。  

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五木でもらった鹿の肉と、先日の野菜をいっしょに煮て、食べてます。
源流の水で割った焼酎を飲みながら。

そんな源流に行って、何になるのよ、と言うことだけど、
でも、行きたいと思う気持ちがなくなったら、この旅はしなくていいことになる。
そんなことでしょうか。

あ、そうそう。
今日、寺をお参りするために、歩いている人を見た。
今度、取材してみますね。

_MG_1470.jpg_MG_1473.jpg_MG_1481.jpg_MG_1485.jpg_MG_1498.jpg_MG_1499.jpg_MG_1501.jpg_MG_1517.jpg_MG_1520.jpg


【今日の道の駅】  かわうその里すさき   場所は、ここ。

【温泉】        桑田山温泉  600円  玄関から、2歩あるいたら受付。 3歩あるいたら更衣室。 4歩あるいたら、温泉。   道の駅から、10分。

【3日の予定】    高知の方に行くが、行きたいとこは、決まってない。


《今日の歌》  手仕事屋きち兵衛「ねがい星」(エムズの片割れ) いいですよ。

      ※
四万十川の上流に来ました。
場所は、四万十町十和(とおわ)川口    ここです。

ただ川が流れている。
それだけなんですが。

今日は、国道をずっと来ました。
海の上も。

写真は、これから。 (7時半)


夕方涼しくなってから、自転車で一回り。
写真が終わって、ちょっと横になったら、寝てしまった。
起きたら、ネットの調子が悪い。
今は、だいじょうぶ。


この写真は、海の上だが、船で国道を走っている。
国道197号線
海の上に国道ですよ。 海は、航路なのに。
九州の佐賀関から、四国の三崎まで。   地図では、ここ
九州側は、佐賀関港の所。 四国側は、国道が切れてるところ。

_MG_1438.jpg

カーナビが賢いか、試してやった。
そうしたら、案内した。 
フェリーを使いますと言った。 なかなかだ。

フェリーを使うのはいやだと言えばよかった。
どのコースを案内するか、見たかった。
ぐるっと、周るんだろけど。

疑問が一つある。
フェリーの会社がなくなったら、国道は消えるんだろうか?

来る途中で見た、沈下橋です。
こんな橋が、四万十川には、47あるそうです。

_MG_1441.jpg

四万十川は、「日本最後の清流」とか、「日本三大清流」とか言われている。
本流に大きなダムはないそうだ。
ダムは、自然のままの川を壊すっていうことなのか。

川の水を見た。
感動するほど、きれいではないな、と思った。
オホーツクの、渚滑川や、立牛川を見ているからか。

でも、こうも思った。
この川の流域には、町がいっぱいある。
そういう条件の中で、これだけきれいなら、やっぱりすごいのかな。

欄干とか付けたら、洪水の時、流れてくる木が引っかかる。
それによって、橋が壊される。
それで、こんな橋を考えた。
でも、安心して、子供を渡せるのかな。 通潤橋といっしょだ。

_MG_1442.jpg

橋の上からの写真。 魚がいっぱいいる。
何せ、漁をして暮らしている人がいるそうだ。

6匹くらいは、見えるでしょうか。 黒いのが1匹。

_MG_1443.jpg

清流四万十川に抱かれて暮らす人たちのも、清流のように清らかなのか、そんなことも思ってしまった。
こう考えた。
この川を、いつまでも清流のまま残したいと、流域の人達が考えたら、その時に、心がこの川に近づいていくように感じた。

別の場所にもあった。

_MG_1445.jpg

上流だから、岩が多いのか。

_MG_1447.jpg

川に沿って、家は建っている。
谷の底は、早い時間に夕陽は当たらなくなる。
涼しくなった5時過ぎに、自転車で動いた。

これは、段々茶畑と言っていいのか。

_MG_1460.jpg

おばあちゃんが歩いていた。
こんにちは、涼しくなりましたねって、切り出した。
晩は、寒いくらいだといった。

ここの棚田は、百選とかになってるんですかと聞いたが、知らないと言った。
棚田百選になってなくても、こういうところは、いっぱいある。

_MG_1461.jpg

をする人の船がある。

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ライズと言って、魚が跳ねた跡が、常に見える。

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夕方、近くの小さな食堂で定食を食べた。 650円。
申し訳ないほど、料理がいっぱいあって、美味しかった。

  DSC00660.jpg

小豆島に真っ直ぐ向かう予定だったが、四万十川に挨拶しなければ、と思って来ました。

_MG_1436.jpg_MG_1437.jpg_MG_1439.jpg_MG_1446.jpg_MG_1456.jpg_MG_1457.jpg_MG_1459.jpg_MG_1462.jpg


【今日の道の駅】   四万十とおわ   場所は、上に。

【温泉】     西予市健康保養館 クアテルメ宝泉坊  500円   場所は、ここ。 すべてが清潔。

【2日の予定】  海に出て、高知の方に向かうのかな。


【今日の歌】   あさみ ちゆき「青春のたまり場」(YouTube) 初めて。

         中孝介「花」(YouTube) 初めて

akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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