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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

     ※
最後の最後に、やっと分かった
期待していた以上のことも。

涙の香る岬。
悲しい歴史があった。
名前の通りの岬でした。

今は、根室の街の中。(鳴海公園駐車場)
これから、行くと決めていた居酒屋に行ってきます。

写真は、10時を過ぎます。
いい一日になりました。 (8時15分)


私が考えていた場所は、間違っていた
となりが、涙香岬だった。
それが分かったのは、夜の7時だった。

今日はここまで。少しだけ書いて寝ます。


今日は、涙香岬には立てなかった。
明日、立ちます。(立ちます岬だ。?)

写真には、たまたま涙香岬が写っていた。

全てを教えてくれたのは、涙香岬のそばのお店の父さんだった。
詳しく知っていた。
帰りに、ベニザケの1級品の切り身をいただいた。

明日、涙香岬へ行った後は、ネムロコウホネという花を探します。


※追記(8日朝)

涙香岬になぜこだわるのか。
場所が知りたいこと。
もし、根室の人たちも知らなかったら、はっきりさせておきたいこと。

そうしないと、ルイカミサキという素敵な名前の岬が、消えてしまうように思った。
不動温泉を調べたときに、似ている。

私は、真ん中の青の所だと思っていた。
小説からは、そうしか読み取れなかった。
※ 小説は、必ずしも正確に書いているとはかぎらないが。

るいかみさきちず

下の写真では、右の工場が建っているところ。
仕事をしている人に聞いた。
分からないという。
工場の事務所の人にも聞いた。
聞いたことがないという。

岬というには、少し低いなと感じた。
それでも行って写真を撮った。

この場所を、離れた所から撮ろうと、左の黄色の丸に行った。
そこからの写真が、これ。
岬と呼ぶには、物足りないと感じた。
何とかして、確かめなければならないと思った。

実はその時、遠くに涙香岬は見えていた。
気づいていないが。

IMG_0332.jpg

上の写真の遠くを拡大したのが、下の写真。
夜になって分かるが、ここがルイカミサキ(涙香岬)だった。
地図の赤い丸のところ。

IMG_0332no5.jpg

この後、食事をして、少し見学して、図書館に電話した。
郷土資料室があるかを聞いた。
花咲港に、歴史と自然の資料館があることを教えてくれた。

学芸員の人と思うが、聞いた。
涙香岬は知らなかった。
岬町の古い地図もなかった。

ただ、大事なことを教えてくれた。
下の地図の赤い所は、昔、ルイカと呼ばれていたと。
地図とかにはなく、通称で。 
ルイカはの意味で、アイヌ語。 そこに橋があった。

このことを知っただけでも、ここに来た甲斐はあった。
そのことについては、後に。

IMG_0374.jpg

※追記  上の黄色の丸は、昔ここで寅さんの撮影があった。
霧の中をバイクで走るシーン。
交通規制をしてないから、その横を私は通ってしまった。

夕方、もうこれしか方法はないと思っって、作者に資料を提供した中村さんの電話番号を調べた。
分かった。電話したら奥様が出た。中村さんは体調が悪く寝ているという。

場所を教えてくれた。
はしや商店と杉山水産の間に、岬はあると。
※小説のことについても、いくつか話してくれた。

電話をする前、これからどうしようかと、紋別港に車を停め考えていた。
下の写真は、その前に撮影。

弁天島のむこうの夕焼け。
電話が終わった頃は、日が沈んでいた。

はしや商店に行ってみることにした。

IMG_0377.jpg

7時少し前だった。はしや商店は、灯りがついていた。
      ※ 場所は、上の地図の赤丸の下の、小さな青い丸
実は、昼前この店に一度来た。15分ほど留守にすると張り紙がはってあった。
川田旅館のことを知りたくて来た。

近くの店や草取りしているおばあちゃんにも聞いた。
店の人が若かったり、昔住んでいなかったりで、分からなかった。

店でビールとかを買って、話しを切り出した。
私より年配の店の主人は知っていた。
主人のおじいさんから聞いていた。親切に教えてくれた。

○涙香岬は、この店の裏にある岬。
○昔は、お年寄りの人が、誰いうとなく、そう呼んでいた。
○戦後少しまで、この近くには、遊郭が12~13軒あった。全盛期は戦前。
○涙香岬で、何人もの女郎さんが身投げした
○昔女郎さんだった人が、今でも市内に住んでいる。
○小説の中に出てくる川田旅館は、東別院というお寺のそばにあった。(地図で家の場所は確認)
○根室の繁華街は低い場所にある。遊郭があった岬町はなだらかな丘(山)の上。だから、繁華街にいて、「山の上に行ってくる」と言ったら、それは遊郭に行くことを意味していた。

このような内容を、詳しく話してくれました。

この続きは、8日のブログに書きます。
内容は
 涙香岬という名前がどうして生まれたか。
 涙香岬の写真と岬の様子。
 川田旅館について。
 どのようにして、小説が生み出されたか。
 小説の概略など。

※ 涙香岬の以前の記事はここに。  記事1  記事2  記事3

朝、春国岱に寄った。
もっと水が引くと、手前の水もなくなる。

IMG_0308.jpg

オジロワシが飛んでいた。

IMG_0317.jpg

午後、花咲港に行った。
サンマ船が漁に行った。

IMG_0347.jpg

許可をいただいて撮影。

IMG_0349.jpg

戻ってきたら、最初に網を降ろす。

IMG_0351.jpg

ヤナギダコ。 これが中心の漁。

IMG_0350.jpg

いろんな魚が。

IMG_0362.jpg

これは、タラ。

IMG_0360.jpg

昼の食事は、昔行った、トンカツ専門店で食べた。
その前に花咲ガニをスーパーで買った。これで、1000円ちょっと。
1つ食べて、一つは冷蔵庫の中に。

DSC00761.jpg

花咲港で買った、ホームラン焼。1つ50円。去年も食べた。

DSC00766.jpg

車石に行った。 海は荒れていた。

IMG_0369.jpg

これが、それ。

IMG_0367.jpg

いつもの、エゾカワラナデシコ。

IMG_0373.jpg

この後、涙香岬に行ってきます。(10時)


【道の駅】      道の駅でなく、市内の鳴海公園。花咲小学校にも近い。

【明日の予定】   涙香岬に行くこと。  ネムロコウホネを見つけること。


《今日の歌》    大原麗子のCM「少し愛して長く愛して」(YouTube) 
  
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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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