キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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小野小町は実在の人物だから、どこかで生まれている。
それはどこだということだが、伝説の残っている町のどこか。
そう考えていいと思う。

今日、明日と小町の伝説が多く残っている雄勝を歩くが、ここは昔、小野村
(その後、他と合併して、雄勝町になり、さらに合併して、今は湯沢市に)
1日目の今日は、国道の西半分を歩いた。
国道沿いには、こんなのが見られる。

9年9月30日 (8)

最初に行ったのは、向野寺(こうやじ)。
ここは小町の菩提寺と言われ、昔は別の場所にあって小野寺と呼ばれていた。
小町が自分で彫ったという木彫りの像が安置されている。

道の駅の案内所で聞くと、そこに人はいなく、管理は近くの院内にあるお寺がしていた。
電話番号を教えていただいた。
※ また、小町の詳しい資料もお借りすることができた。

院内のお寺に電話すると、開けてくれるという。
ありがたいと思った。

道の駅から10分ほど歩いたら着いた。
ここが向野寺。 入り口には、石碑と案内板があった。
若いお坊さんが、開けて待っていてくれた。

9年9月30日 (9)

入った、本尊の右手に、小町像は安置されていた。
古い物だったが、昔は鮮やかな色をしていたことが分かる。
そばを歩いたとき、振動で首が少し動いた。
この後行く、岩屋堂で彫ったと言われている。
(専門家の鑑定を受けているのかを知りたいが、まだ分からない)

9年9月30日 (10)

小野小町は平安時代の女流歌人。 1200年前の人だ。
有名な、この歌をつくった人。
   花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに
※ この歌は晩年に作り、今に残ってる。 ということは、ここに来ても、中央とつながりがあったと考えていいのか。 この辺も分からない。
(何せ、伝説として残っているだけだから) 

小町像の正面に、額に入った小町の絵があった。

9年9月30日 (12)no8

近くに、熊野神社があった。 ここは、小町が願をかけによく訪れたという。

9年9月30日 (13)no8

小町が晩年過ごしたという、岩屋堂に向かった。 30分程歩く。
向こうの白い橋を渡り、左の川沿いの道を少し歩いたら、山に入った。

9年9月30日 (14)

こんな道を歩いた。 途中から細くなる。

9年9月30日 (15)

石碑があった。 滴りや 小町籠もりし 岩屋堂 と書いてある。

9年9月30日 (16)

キノコを採ってるおじいさんに会った。 もうすぐだと教えてくれた。
ここで、10分ほどおしゃべりした。 

9年9月30日 (17)

こんなおじいさん。 昔若い頃、札幌にいたと言った。
この後、偶然にまた会うことになる。

9年9月30日 (18)

5分ほど歩いたら、見えてきた。 赤い丸の中。

9年9月30日 (19)

岩に、大きな口があった。 そんな感じ。

9年9月30日 (20)

思ってたより大きい。 貸していただいた資料には、広さ約20畳とあった。
人は、20人でも30人でも入れる。

9年9月30日 (21)

中はこんな感じ。 奥に、像が二つ。 手前に花が。
※ ついでに、ヒカリゴケがないか探したがなかった。土は乾いていた。

9年9月30日 (22)

横から見た。 
私は資料をちゃんと読んでいなかったから気づかなかったが、天井に敷居・鴨居を取り付けたような跡があるそうだ。

9年9月30日 (23)

像が二つ。

9年9月30日 (24)

お花のところは、こんな感じ。 
左の青い食器にお賽銭が入っていた。 私も少し入れた。

9年9月30日 (25)

中から外を撮影。 小町が住んでいたとすれば、外はこんな風に見えた。

9年9月30日 (26)

小町は本当にここで暮らせたのかなと、少し思った。
ここに籠もることもあった。そう言うことかも知れないと思った。(この町にいたとして)

山を下りたら、こんな風景。 もし住んでいたら、ここの人達と関わりがあったと思った。

9年9月30日 (27)no8

野の花は少なくなったが、どこの家の庭にもが咲いていた。

9年9月30日

元来た道を戻った。 旧国道に出て歩いていた。 途中で曲がるのを忘れて、そのまま歩いていた。
さっきのおじいさんがキノコを洗っていた。
おじいちゃんの家はここだったのかい、とか言いながら、また話した。

9年9月30日 (2)

おじいさんと別れて、小町堂に向かった。 歩いて3分ほど。
小町堂に着く頃、おじいさんが自転車で追いかけてきた。
いろいろ教えてくれた。

ここには、昔古い小町堂があった。
今は国道の方を向いているが、昔は、反対側の旧国道の方を向いていた。
そっちから撮ったのがこの写真。 
※ 桜の木か、柳なのかは、確認していない。 (分かったら後で。琵琶湖の近くでこんな桜を見たが)

9年9月30日 (3)

立派なお堂だ。 何を参考にしてこのデザインを考えたのか。 
平等院の鳳凰堂のようだ。
ここで毎年、6月に小町まつりが開かれる。

9年9月30日 (4)no3

お堂にはがあった。 地域の人が輪番であげてるそうだ。

9年9月30日 (5)

菅江真澄が、ここに来ていた。 (手這坂となまはげのブログに登場している)
これを読むと、ここの伝説は古くからのものだと分かる。

9年9月30日 (6)

小町堂を見ていたら、雄勝中学校の女生徒達が、校外学習でやってきた。
女の子達から、あいさつをしてきた。
楽しそうに動き回って、案内板の説明とかを読んでいた。

4人のグループが、私に、向野寺はどこですかと聞いてきた。
持っていた案内の地図で場所を伝えた。
鍵がかかっているので、もし行くなら電話してあげるよ、と言った。
でも、時間がなかったからか、遠慮した。 
そこまでしてもらわなくても、と考えたようでもあった。

子供達は、小町堂に来る前、自転車で岩屋堂にも行っていた。
少しの差で、会ってはいなかった。

子供達の会話は、ずっと聞こえていた。
その内容から、雑な考えをしていないことを感じた。
また、この授業を楽しんでいるようにも見えた。
別れるとき、何度も挨拶をしてくれた。 その後、別の場所で会ったときも。

家庭と学校がどうであれば、あんな子供達が育つんだろう。 そう思った。
私は教育に関わっていたから、すぐにこういう考えをする。
でも、これだと、子供達に少し失礼かなと思った。
自分で考え、自分の力で、今の自分に成長させた。
それを支えたのが、家庭と学校。
そう、考え直した。

4人とも、いい目つきをしてましたよ。 
以前職場で、雄勝出身の人の教育実習を引き受けたことがあったのですが、目の感じに、共通のもの
を感じました。
それは、視線がはっきりしている、ということでしょうか。

今日は、すてきな中学生に出会いました。
おじいちゃんにも出会って、いい一日になりました。


これは、道の駅のそばにある、二つ森
小町と、小町を追ってやってきた深草少将の墳墓と言われている。

9年9月30日 (7)

明日は、東半分を歩きます。
まとめは、そこで書きます。


【道の駅】    おがち  同じです。  温泉は、院内にある、ほっと館。 春にも行った。

時間がないので、歌はなし。 1日に載せる歌は、決めてますよ。


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芭蕉は、最上川のどこからどこまで下ったのか。
何を見たのか。
五月雨をあつめて早し最上川」が生まれた背景は、何なのか。
そんなことが、知りたいことでした。

芭蕉が船に乗った地点は、大石田と思っていたが違った。
本合海という、新庄の近くだった。 右の赤い丸の所。
下りたのは、清川だった。 左の赤い丸の所。

なぜ、そこにしたのか。
分かってる人もいると思うが、義経の乗ったコースだった。 方向は反対だが。
芭蕉は、義経、西行、西施など、人に興味を持っていたことが分かる。

IMG_8776no99.jpg

今回の船下りは、戸沢藩船番所という所から乗った。 12㎞のコース。 黄色い印の間。
ここは昔、川舟荷物の出入りを監視する所だった。

9年9月29日 (2)

最上川は、大きな川だった。 山形県の水の80㌫は、ここに集まるそうだ。
上流から河口まで、山形県内を流れる。
船の案内の人が、浮気をしない川だと言った。

9年9月29日 (3)no9

芭蕉と楚良が乗った船には、他に二人の禅僧がいた。

今の最上川の水量は少なく、芭蕉が乗った時は、水面はこれより、3㍍以上高かったと言われてる。
川幅が狭くなると、深さは7~8㍍になる。
日本三大急流の一つだ。
芭蕉は、流れの速さを知っていたし、感じていた。

9年9月29日 (4)

芭蕉は、船に乗る前の大石田で、五月雨をあつめてすゞし最上川、を作っていた。
この流れを見て、すゞしが、早しに、後に変わる。

義経は、この川を上った。
下の写真は、上流方向。
芭蕉は、義経が見た同じ風景を見るため、きっと振り返って見た。

9年9月29日 (6)

途中、川の岸辺に店があり、そこに船は付けた。

9年9月29日 (5)

船の客は、鮎の塩焼きや、甘酒・串・お酒などを一斉に買った。
案内人は、気をつかわないで金つかってくれ、って言っていた。
船の中は、景色どころでなく、宴会になった。 

9年9月29日 (7)

この人が案内人。 ガイド。
ここで働けるのも、芭蕉さんのおかげ、みんなのおかげと言った。
最上川舟歌だったか、そんなのを歌った。 歌い慣れているから、上手。
英語でも、中国語でも、韓国語でも、少しずつ歌った。

9年9月29日 (8)

流れがゆっくりになったとき、ある客がこう言った。 川はどっちに流れてるんだ、って。 
私は、こう言いたくなった。 今、川下りしてるんでないか、って。
酒を飲んでるから、しかたない。

客を降ろした船が、上ってきた。
昔は、大きな帆を張って、風の力で上った。 風がなかったら、待つことになった。

9年9月29日 (9)

これも、義経が見た上流方向。 道はいつも右に。
左に家が見えるが、以前は、おじいちゃんが一人で住んでいたそう。

9年9月29日 (10)

仙人堂が見えてきた。 義経も芭蕉もこれを見た。

9年9月29日 (11)

別のコースで、ここに渡ることができる。(実は、昔、渡ったことがある)
昔、源義経に付き従った常陸坊海尊という人が、この地でみんなと別れ、山に篭り、修験道の学び、仙人になったと言われている。  

9年9月29日 (11)no7

水量は少なくても、流れは速い。
波が、船底を、ドーンと突き上げてくる。

9年9月29日 (12)

下流になると、最上川は悠然とした流れになってきた。

見えてきたのは、白糸の滝。 高さは124mで日本で6位。
この滝も見ている。 歌は作っていない。

9年9月29日 (13)

リバーポートという、船着き場。 ここで下りた。
芭蕉が下船した清川は、もう少し下流。 

芭蕉の見た風景の全てではなかったが、景色のいい変化のあるところの、ほとんどは見ることが出来た。
ほぼ1時間の、船下りだった。

9年9月29日 (14)

船着き場は、水が増えても大丈夫なように作られていた。

9年9月29日 (15)

芭蕉が乗ったのは、もっと大きいと、船の船頭さんが言った。
これと同じなのが、船に乗った戸沢藩舟番所にもあった。
それは、「おしん」の撮影で使ったのを再現した物だった。(本物は古くなって壊れたそう)
おしんは、銀山温泉からこんな船で、酒田に奉公に行った。

9年9月29日 (16)

バスで戻った。

9年9月29日 (17)

お店のあったところが見えた。

9年9月29日 (18)

まとめは、最後に。


雄勝に向かった。
どこも、稲刈りが始まっていた。

下の写真の様子を見て、車を止めた。 こういうのは初めて見る。
写真の撮影をお願いした。 快く了解してくれた。
向こうの機械に、お父さん。 車に乗ってるのが、息子さんかな。

9年9月29日 (19)

実は、この写真が、最初に撮った写真。
初めは、もっと下がっていた。
私が写真を撮ろうとしたら、写しやすいように少し上げてくれた。

9年9月29日 (20)

この機械で刈り、籾(もみ)を取った稲ワラは、切り刻んで畑に撒いていた。
息子さんが運転している。

9年9月29日 (21)

広い畑だ。 
場所だけど、はっきりメモしなかった。 
まだ、新庄市を走っていたときかな。そうでなかったら、鮭川村。(申し訳ない)

9年9月29日 (24)

稲が、並んで、後の方に行ってる。

9年9月29日 (22)

こんな感じで刈る。 機械だから、速い。

9年9月29日 (23)

この後、名刺を渡して分かれた。 気を付けてねって、声をかけてくれた。
また、いい人に出会った。 

車で走っていると、庭月観音の標示が何回も出てくる。 (県道35号線を走っていた)
行ってみた。
お堂の中の観音様は、見られなかった。

ただ、石段の上り口に、下の石碑があった。

9年9月29日 (25)

この石碑のいわれが書いてあった。
昔、こんなことがあって、さらに、そんなことがあった。
ここに埋められるところを・・・、の文です。
強烈なお話しですね。

9年9月29日 (26)

トンネルを抜けたら、ふたたび、秋田です。

9年9月29日


芭蕉は、1689年(元禄2年)の7月19日(新暦)に最上川を下った。
その3日前までの3日間、大石田というところにいた。
山形の夏は暑い。
最上川を見て、流れる水に、涼しさを感じた。
そうして、五月雨を あつめてすゞし 最上川 が生まれた。

ところが、最上川を船で下ったときは、恐ろしいほどの流れに、涼しさよりも、水の流れの速さ(早さ)を感じた。
それがあって、奥の細道に載せるときは、五月雨を あつめて早し 最上川 となった。

調べ尽くせてはいませんが、こんな感じでまとめてみました。


【道の駅】    おがち     春に来ています。

【明日の予定】    小町の、ゆかりの地を歩きます。

【象潟での大きな発見】

6日間いた象潟を離れ、酒田に向かっているときだった。
あることに気づいた。
それは、大きな発見だった。
気づかせてくれたのは、鳥海マリモと資料館のKさんだった。

私は今、こうして旅をしているが、いつまで続けるのか。
1年で飽きるのか。 それとも、5年とか続けるのか。
こう考えていた。
日本中旅をして、気に入った町があったら、そこで暮らそうと。
それが、半年かずっとになるかは分からないが。

その第一候補は、函館だった。
景色がいいこともあるが、漠然としたものだった。

象潟で、下の鳥海マリモを見た。

marimo.jpg

落ち葉がいっぱいあって、マリモは輝いていなかった。
もったいないなあと思った

そんなことがあって、象潟を出る日、お世話になったKさんに、お礼の電話をした。
Kさんは、最後に私にこう聞いた。
いつまで旅をするのって。
日本中旅をして、いいところがあったら、そこに住むつもりだよ、って答えた。
Kさんは、すぐに言った。
それなら、象潟に住めばいいしょ、って。
(象潟でなく、小滝だったかな。 小滝は地名で、そこに奈曽の白滝がある。Kさんはそこに住んでいる)

会って何日も経っていないのに、うれしいことを言ってくれます。
私は、象潟は候補に入れておくね、って伝えた。

電話を終えて、象潟を出発した。
鳥海マリモのことを考えて走っていたら、急に気づいた。
そうか、どこかに住むとして、そこで何かに燃えることができたら最高だ」って。
もし、象潟だったら、鳥海マリモの復活に燃えればいい。

こんなこと初めて考えた。 思いついた。
先週の金曜日の、昼前だった。
この日は、大きな1日になった

※ 次の日だったか、Kさんから、元気かいと電話が来た。
  その中で、鳥海マリモを心配している人達がいることを教えてくれた。
  予算が付かないため、ボランティアでどうするかを考えているそうだ。
  それに、Kさんも関わっていた。

このことを知っていたら、あの日のブログはもっと大胆に書けた。

これから、いろいろな町に行くが、見る視点が一つ増えた。
大事なことを、やっと発見出来た


【今後の旅のコース】

今日、だいたい決まりました。

この後、最上川、雄勝、遠野と行って、三陸に出ます。
遠野では、人に会います。

そして、仙台に下ります。
それから、福島のどこかを通って、栃木に入り、日光に行ってみます。
その後は、埼玉、山梨、静岡辺りを通って、知多半島の半田市を目指します。
ここは、物語「ごんぎつね」の生まれた土地です。

そこからは、どこかに寄って、また京都です。
京都を出たら、四国に行き、12月のどこかで、九州に渡ります。
真冬は、指宿辺りでしょうか。

四国の徳島では、お世話になった徳島トヨタで、車の整備をお願いする予定。

今考えてるコースは、こんな感じです。
大きく変更するかも知れません。

病気になったり、事故に遭ったら、すべてお終い。


【写真】

写真は、思うようにいかない。 本で勉強してないから、なおさら。
沢山撮れば、いいのがあるだろうと考えるから、写真の整理に時間がかかる。
昨日は、1場面1枚と決めて撮った。(整理する時間がなかったから)

最近の写真で気に入ってるのは、これ。

9年 9月10日 (25)no2

ランプの宿に行ったときの、道の駅の写真。
雨が上がって、陽が差した。
※ 写真の情報は、こう。
    ISO感度320  絞り数値100  シャッタースピード 250分の1

ISOを自分で決めて、後はカメラが判断した。
それでも、この写真は偶然に撮れた。

ちょっとだけ書くと、
オートフォーカスを使うと、フォーカスポイントという点が、どこに当たっているかで、写真は変わる。
私は、中央の1点でたいてい撮るが、暗いところにあてたら、写真は明るくなる。 明るいところに当てたら、暗くなる。 だから、1枚しか撮らないときは、中くらいの濃さの所に当てる。

こんなことがあって、思い通りにならない。

あと難しいのは、自然の場合は、自然をどう切り取るかだ。
適当に撮って、後でパソコンでトリミングしてもいいが、そればっかりだと面倒だ。

横長にしたいときは、トリミングをする。
ここは、センスを問われる。

人の写真なんかは、頭の上をどのくらい空けるかが、とても難しい。
このことについて、写真屋さんと話したことがあるが、気をつかうそうだ。
花の時も同じでしょうか。

色んなことを遊びながら考えるが、昨日の写真に、こんなのがあった。

9年9月27日 (11)no111

これは、上と下をトリミングしたが、上の空と下の茶色の所を、同じ大きさにした。
緑の部分を真ん中にしてみた。 そうしたら、落ち着いた。

こんなのは、遊びの感覚ですることがおおい。

頭の上のことで思い出したが、昨日の最初の写真で、山の上をどれが空けるかは、何回もやり直した。 理論が分からないから、苦労する。

9年9月27日 (8)no111

また、最近1枚の写真に、2つ盛り込めるときは、そうするようにしている。
この写真は、最初鳥だけ撮ったが、海と鳥の両方にした。 鳥が横を向くのを待った。

9年9月25日 (17)no111

あと1枚。 9月23日の元滝だが、こんなの初めて撮った。
シャッター速度は0.4秒。 ISOは640。 この二つは自分で。 他はカメラが。

09年9月23日 (16)no111

文をほめてもらうことは、滅多にないが、たまに写真がいいねって言われます。
そんな日は、酒を飲み過ぎますね。

一度、ちゃんと勉強したいと思います。


今日は、どこにも行かなかったので、こんなことを書きました。
くどくどと書いた写真のとこは、飛ばしてください。


【道の駅】      同じ

【明日の予定】   午後から雨が上がる予定。 最上川を下ります。


《今日の歌》    サントリーオールドのCM(You Tube) 

            君に会いたい(You Tube)  こういう時代があった。

             タッチ(You Tube)      悲しみにこんにちは。

             水鏡」(You Tube)     鈴木一平です。
 


山岳信仰の山、出羽三山。 今日は、その主峰月山です。

阿弥陀ヶ原にある、8合目の駐車場に停泊した。
寒い夜だった。 私は見なかったが、早朝が降りたという。

6時頃、山の上にあった薄い雲は、次第になくなっていった。
1週間前に登った鳥海山は、どこからでも見える。

9年9月27日 (8)

駐車場。 右に、売店・食堂もある。

9年9月27日 (9)

8時35分、ここからスタート。  2時間半のコースのようだ。

9年9月27日 (10)

月山は見たことがない。
駐車場から、下の写真の山が見えた。 (撮影は、少し登って)
後で、これが月山の頂上だと分かった。

9年9月27日 (11)no7

写真で気づいたんだが、小さく建物が写っていた。

IMG_8512no99.jpg

空の雲は、ほとんどなくなってた。 低い所にはあった。

この山も石の山。 
時々、笹藪の中を歩いた。 石の上を歩くから、よそ見ができない。

9年9月27日 (12)

急な登りは、何カ所かで、疲れない道が続いた。
この辺りまで、振り返ったら、いつも鳥海山

9年9月27日 (13)

9時55分、仏生池小屋に着いた。 ここが、9合目。 高さで半分来た。

9年9月27日 (14)no7

上の小屋を過ぎて、見晴らしの良いところで一休み。

さらに行くと、左手に高層湿原が見えてきた。
ここは海に近いので、完璧な美しさの紅葉ではなかった。
中間色が多かった。

9年9月27日 (15)

右手には、山脈(やまなみ)が見えた。 
ここまでずっと、右側は見渡せなかった。 初めて見えた。

IMG_8457.jpg

頂上はずっと見えない。 見えないというのは、少し物足りない。 見えたら元気も出る。
時間的にも、正面の山の左にまわったら見えそうだ。

9年9月27日 (16)no7

やっと頂上が見えた。 目の前だ。

9年9月27日 (17)no7

11時10分到着。 2時間と35分かかった。 鳥海山の半分。
月山の山頂の印を探した。 無かった。 
他の人にも聞いたが、ないと言った。 
山頂の印は、月山神社だった

この奥に神社はあったが、閉まっていた。 残念がってる人もいた。
それでも、みんな手を合わせていた。 私も形だけ。

9年9月27日 (18)

日本海側の風景が見えるところで、食事。
朝自分で作ったお弁当。 いつ食べても、山の上はおいしい

9年9月27日 (19)

左側の方向。
真ん中の山が、出羽三山の一つ、湯殿山。 登山道が見える。
湯殿山は、即心仏信仰の聖地だそう。

9年9月27日 (20)

こっちは右側。 鶴岡市の方向。

9年9月27日 (21)

頂上に45分いて、下山開始。 11時55分。
帰りは、ゆっくり景色を楽しみながら、降りることにした。

野いちごの実は鮮やかだったが、葉は枯れていた。
リンドウも花だけで、同じだった。

9年9月27日 (22)

このおじいさん、登るとき追い抜いた。
下りでこうして、また会った。

80歳は越えている。 
一歩一歩、石の上を歩いてきた。
登りで追い越すとき、こんな様子を見た。

急な登りで、前の石に足をかけた。 フラッとして右手を付いた。
体勢を立て直し、もう一度やり直して登った。

耳は聞こえない。 (家族の人が近くにいて、教えてくれた)
それでも、私が顔をみて挨拶したとき、何を言ってるかは見当つくから、大きくうなづいてくれた。

月山神社があるから登ってきた。
閉まっていると知ったら、残念がるなと思った。

9年9月27日 (23)no7

登山道は、石の道。  雲が出てきた。

9年9月27日 (2)

山の斜面は、石だらけ。  
降った雨はすぐに吸い込み、川はできない。 湧水として、どこからか出る。

手前に、上が平らな岩がある。 そこに小石が載っていた。
石を載せようと、登山者が遊びでやったんだ。
私もやってみたが、載らなかった。
※ 宮崎県の鵜戸神宮で、こんなのをやってた。 運玉という、粘土の玉を投げてた。

9年9月27日 (3)

雲が高くなって、遠くの山は、どれも見えなくなった。
そんな中で、鳥海山だけが、すっと顔を出していた。

9年9月27日 (4)

湿原が見えた。 駐車場までは、あと少し。

9年9月27日 (5)no9

遊歩道があり、これを見に来る人がたくさんいた。

9年9月27日 (6)no77

山の上は、昆虫もすっかり減りました。
この糸トンボは、羽根を広げている。

9年9月27日 (7)no9

2時30分、駐車場に着きました。 2時間35分かかりました。

※ 山から下りたら、ペットボトルは、いつもこうなる。

IMG_8519の11


ずっと温かく、上着は必要ありませんでした。
写真は、少ししか撮りませんでした。 整理する時間がないと思って。

この山は、ただ頂上を目指しているのではなく、神社にお参りに来ている人がたくさんいました。
信仰の山でした。
また、途中まで、風景を見に来ている人もいました。
それだけ、眺めのいい山でもありました。


【道の駅】        庄内みかわ  2日前と同じ。 温泉も同じ。

【明日の予定】     動きません。  ブログの後始末や、今後の予定を考える。


《今日の歌》      わすれ雪(You Tube)  きち兵衛さんです。

              セラ(You Tube)    メロディです。

象潟の次は、雄勝を考えていた。
小野小町の町だ。 春に寄ったが、不十分だった。

ただ、月山が気になっていた。
それを調べていたら、国宝の五重の塔があるという。
それを見てみようとなった。

五重の塔は、羽黒山にあった。
長い石段があるのも、ここだった。

9年9月26日 (8)

最初に、神橋を渡った。 向こうからこっちに。
橋の赤がいい。 

9年9月26日 (9)

五重の塔は、すぐに見えてきた。
金色堂のような輝きではないが、静かにそこにある感じだった。

9年9月26日 (10)

600年まえのものだった。 途中で修理があったにせよ。
下には、平将門が最初に建てたとあるが、Wikipediaには、はっきりしてないとある。
平将門と羽黒山の関係は、調べても出て来ない。

9年9月26日 (11)

柱も板も、表面は平らではなかった。
今の時代まで、よく残ったと思う。

9年9月26日 (12)no7

見る角度によって、塔の感じが変わった。
少し斜めから見ると、特に美しい姿になった。 それも、少し離れて。
この姿が、気に入った。

9年9月26日 (13)no2

地震があっても、台風が来ても、倒れない。 しなやかだ。

9年9月26日 (13)no999

形も、大きさのバランスも、何もかも繊細だ。

9年9月26日 (14)no11

ここを出ると、すぐに2446段の階段が始まった。 
大きく3つに別れていて、一の坂、二の坂、三の坂と、分かれていた。
これを登るのがいやなら、車でも上に行ける。
石段は、延々と続く。

9年9月26日 (15)

木は石段に沿って並んでいた。 植えたものだ。
木の大きさで、この石段が古い物だと分かる。
コンクリートは使っていなかった。 昔のまま。

9年9月26日 (17)no999

二の坂の終点に、二の坂茶屋があった。
力餅が売っていた。
店の人に、それ食べたら力出るかい、と聞いた。
これ食べたら、力出るよ~、って言ったので、食べることにした。
こう言ってくるかと思った。 もちだから、きもちの、もちようだね、って。

9年9月26日 (18)

朝も昼も食べてなかったから、美味しかった。
右下は、抹茶

9年9月26日 (19)

時々、石段の写真を撮った。 人がいた方が、石段が生きてる感じがしていい。
ところが、石段になじまない人が、たまにいる。
体が大きくて、黄色い服なんか着てたら、最悪だ。
その人がいなくなるのを、じっと待った。

9年9月26日 (20)

大変だったでしょうと思うかも知れないが、まったく思わなかったんですよ。
五重の塔から100㍍以上登って、塔の部分部分を撮ってないと気づいて戻った。
こんなのも平気。

石段のそばには、建物や石碑などが、随所にあった。
それを見るのも、楽しみの一つだった。

9年9月26日 (21)

下りてくる人は、こんにちはと、挨拶してくる。
京都の清水寺の三年坂だって、こんなことはない。
分かった。 みんな登山の感覚で、石段を上っていた。

9年9月26日 (22)

特にという建て物ではないが、彫り物が良かったので撮った。
※ 説明には、こうあった。 出羽三山の開祖は、蜂子王子という人。 その人を祀っている。
  (蜂子王子は、崇峻天皇の王子。 崇峻天皇は、推古天皇の弟)

9年9月26日 (23)no999

パンフレットにあった、蜂子王子。 口が大きすぎないか。

IMG_8527no7.jpg

こんな彫り物。

9年9月26日 (24)

これが、メインの神社。 三神合祭殿。 中に入ることも出来る。 
向こうの方から、上がってきた。

9年9月26日 (25)

大きい。

9年9月26日 (26)

なるほど、三つだ。

9年9月26日

中は、こう。

IMG_8246no7.jpg

大きな建物だったが、何だったか、忘れてしまった。 祈祷のお願いは、ここだったかな。

9年9月26日 (2)no999

霊祭殿という建物。 美しかったので撮った。
龍と天女が祀ってあるそう。
魂は、天女に導かれ、龍に守られながら、天に昇るそうだ。

9年9月26日 (3)

芭蕉の句が、3つ。

涼しさやほの三か月の羽黒山 
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
雲の峰幾つ崩て月の山


上と下が知られているでしょうか。 象潟の10日程前に来ている。 今の暦で、7月20日頃。
この3つも、象潟や雨に西施がねぶの花、にはかなわないかな。

9年9月26日 (4)

山の上の駐車場まできたら、ここから入る。

9年9月26日 (5)

別の道から戻るつもりだったが、2時間かかるというので、同じ道を戻った。
途中で、一番上の地図にある、南谷に行った。

昔はここに、南谷別院という建物があった。 芭蕉は、ここに泊まった。

9年9月26日 (6)

読めないので、調べたら、こう書いてあるそうだ。
有難や雪をかほらす南谷
全部で、4つ作ったのかな。

9年9月26日 (7)

この後、月山の8合目の駐車場に来た。
寒い夜だった。
鶴岡市の夜景が見えた。

IMG_842411.jpg

羽黒山の神社は、山頂にあった。
長い石段があるため、子供達や若い人が多かった。
2446段を登って頂上までは、普通の人で、70分のコースになっていた。
月山登山の半分くらいだ。

みんな、つらい石段登りを楽しんでいるように見えた。


【道の駅】       月山8合目の駐車場

【明日の予定】    月山に登ります。

十六羅漢岩
岩の様に大きいのではなく、岩に彫った羅漢像と想像はつく。

その場所は、象潟から秋田県に入って、少し行った所にあった。 場所はここ
小さな岬の岩場だった。

見晴台から眺めたのが下の写真。
この写真では、黄緑の丸の中に、たくさんあった。

9年9月25日 (2)bo7

北の方は、こんな岩場。 ここにもあった。

9年9月25日 (3)

展望台の売店でラーメンを食べた。
話しはそれるが、ラーメンには裏切られ続けていたので、他の物を食べたかった。
でも、それしかなかった。 半分ちょっと食べた。

食べてる時、近くの客に話しかけた。
誰が作ったとか、いつ作ったとか。
客は答えるのが面倒になって、店に飾ってあった、羅漢岩の新聞記事の額を私の所に持ってきた。
それを読んだら、みんな分かった。

一番上の写真の、黄緑の中は、こんな感じ。 たくさん見える。

IMG_8092no88.jpg

作られたのは、幕末。 150年程前
寛海和尚という人の発願によって彫られた。
地域の石工を雇い、5年かかった。 そのための資金などは、托鉢で集めた。 酒田までも行ったそうだ。

下に降りて見ると、確かに岩に彫られていた。
かなり風化していた。

9年9月25日 (5)

ここの岩は、鳥海山の爆発の時流れてきた、熔岩だそう。
もし飛んできた岩(火山弾)なら、鳥海山の上の岩の様に、バラバラだ。

色んな表情があった。
像を彫る人は、どんな表情を彫りたいと思っているのかは、分からない。

9年9月25日 (6)

16羅漢の他に6体あって、全部で22体だそう。 全ては見つけられなかった。

成仏出来るように、お祈りしている表情なのか。

9年9月25日 (7)

十六羅漢って何なんだってことですが、釈迦の弟子で特に優秀な16人を言うそうだ。

9年9月25日 (8)

何のために彫ったかということだが、海でなくなった人の供養と、安全祈願だそう。
ただ、ここに港を造るときに人が亡くなった。その供養もあるそうだ。

亡くなった人のことを思って、こんな表情になったのか。

9年9月25日 (9)

別の場所に、1体だけあった。

9年9月25日 (10)

波をかぶる場所ではないから、風による風化でしょうね。

この表情は、何を考えてるのでしょう。

9年9月25日 (11)

年間10間万人以上訪れるそうだ。 人気がある。
何がよくて、仏像を見たくなるのでしょう。
いや、ここは、岩に彫られているという珍しさが、人を呼ぶのかな。

これは、獅子の顔の様だ。 

9年9月25日 (12)

水産庁「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれている。

北の方の岩。 三つは、はっきり見えるでしょうか。

9年9月25日 (13)

昔は祈るしかなかったのか。
今の人達より、信仰心が強かったように思うかな。

右の像は、コンクリートの中に半分入ってる。

9年9月25日 (14)

表情が、特に面白いと言うことはない。
お経を唱えている顔なんでしょうね。

9年9月25日 (15)

このように、風化して表情の分からないのも多かった。

IMG_8126no55.jpg

日本海の海の色をずっと見て来たが、このように少し白っぽいブルーですね。

9年9月25日 (17)

小さな花。
寄り添って咲いていた。(少しくっつきすぎてるんでないか)

9年9月25日 (18)

なかなか釣れなかった。

9年9月25日 (16)

5分ほど歩いたところに、芭蕉の句碑があるので向かった。
向こうから、こっちに歩いてきた。
羅漢岩は、正面の木の向こう下。

9年9月25日 (19)

吹浦港と日本海が見渡せる場所。

9年9月25日 (20)

  あつみ山や 吹浦かけて 夕すゞみ

これは、少し南の酒田から、吹浦の風景を見て読んだ。
象潟に入る2日前に酒田に来ている。
意味は、温海山から吹浦にかけての景色を一望に眺めて、いい夕涼みになった、という感じ。

9年9月25日 (21)

この俳句に比べたら、象潟でつくった 象潟や 雨に西施が ねぶの花 は、力の入れようが違う感じがする。

酒田の街を通って、次の道の駅に向かった。

9年9月25日no2


吹浦の十六羅漢岩は、少しずつ風化している。
それを止める必要はなく、このままでいい。 そう思いました。


【道の駅】      庄内みかわ     場所はここ

【温泉】       道の駅にある、なの花温泉「田田」  400円

【明日の予定】   羽黒山に行って、国宝の五重の塔を見て来ます。


《今日の歌》    Sqall(You Tube) 

              君をのせて(You Tube) 麻衣です。 歌は2分頃から。 

            愛の終着駅(You Tube) 本田美奈子です。

獅子ヶ鼻湿原は、高層湿原でも海辺の湿原でもなかった。
鳥海山の伏流水が豊かに流れる、コケの湿原だった。

昼過ぎに駐車場に着いた。   駐車場はこの辺り。 下の方に獅子ヶ鼻が見える。

1周5㎞のコース。 所要時間2時間20分と、案内の地図にあった。
12時15分頃スタート。

きのう、象潟郷土資料館の方が、ぜひ行ってみたらと勧めてくれた所だ。
どんな湿原なのか、どんな森なのか、楽しみだった。

こんな感じで森に入っていった。

9年9月24日 (2)

木が少し違う。 根本は1本でも、途中から何本かに別れている
ここの木は、どうしてこうなのか。

その答えは、あとで分かります。(私は、資料館の方に教えていただいていた)

9年9月24日 (3)

のんびり1時間ほど歩いたら、谷底の出つぼという所に着いた。
向こうから川が流れてきてるが、目の前で消えてた。
自分の立っている場所の下に、もぐり込んでいた。

9年9月24日 (4)

反対側を見ると水が噴き出していた。
※ ロープが張ってあって、近づいては撮れなかった。

9年9月24日 (5)

ここは鳥海山の裾野で、山の上と同じでが多い。
その隙間を水が流れていると思う。

岩だらけの道をしばらく歩いたら、用水路に出た。
小さな谷なのに水の量が多い。 勢いよく流れていた。
用水路は別の方向にも行っていた。

9年9月24日 (6)

リンドウが咲いていた。 通りがかりの人が、ヒメリンドウでないかなって言った。
エゾリンドウより、小ぶりだった。 花の色が鮮やかだった。

9年9月24日 (7)

谷の中には、川は至るところにあって、川底はどこもコケだった。
そのコケが、飲めるほどの澄んだ水を、さらに輝かせていた。

9年9月24日 (8)

このように、水が噴き出しているところも多い。 一度もぐって、また出てきたのか。

IMG_7987no7.jpg

ここの湿原の目玉は、奇形のブナと鳥海マリモ。
その、鳥海マリモの群生地があった。

9年9月24日 (9)no8

初め、どこにマリモがあるのか分からなかった。
上の看板を見て、分かった。 全部がマリモだった。
深いところは、2㍍以上あって、マリモは浮いている。(団体と一緒に来たガイドの話が聞こえた)

9年9月24日 (10)

落ち葉がいっぱいあるため、人を感動させる景観には、少し届かなかった。
自然のままにという考えはあると思うが、もったいないと感じた。

十二湖の青池もそうだが、小さい池とかこのような場所は、まわりの影響を受けやすい。
足寄のオンネトウくらいの大きさになると、落ち葉がいくら落ちようと大丈夫なのだが。

マリモは、下の写真のように部分的に見ると、たしかに美しかった。

9年9月24日 (11)

素敵な鳥海マリモという名前が付いているから、一目見て美しいと感じる場所になればと思う。
年に何回か落ち葉を取ったらダメなのか。

こういう景観が見られるのは、日本ではきっとここだけでしょうね。

下の写真を見ると、確かに丸い感じがする。 ジャンボマリモの感じだ。

9年9月24日 (12)

近くに、奇形ブナの親分のようなのがあった。

9年9月24日 (13)

この後、「あがりこ大王」という、奇形巨大ブナある所に向かった。
その途中に下のがあった。

9年9月24日 (14)

説明板があった。

IMG_8053no66.jpg

さらに行くと、昔の炭焼き窯(がま)
9年9月24日 (15)

こんな説明が。

IMG_8064no78.jpg

一つの株から何本も木が出ている。
全部切ると枯れてしまうから、何本か残すと書いてある。

問題は、どうしてこういう木が生まれたかです。
資料館の方の説明では、こうであろうと。

炭焼きのために木を切る。
普通は、切ったらもう生えてこない。 その木はおしまい。

ところが、昔の人は、いつ木を切り出したかというと、雪のある冬だった。
そりで運べるからだ。

雪のある時に切ったら、雪の深さの分だけ、下に木が残る
そうなると、木はすぐに枯れないし、小さな枝は成長を続ける。
(新しい枝が出たかも知れないし)

こういう形でスタートし、上の説明のようになっていった。
ブナの木は、生命力が強い。
長い年月をかけて、このような森が出来上がった。

こんな感じでしょうか。

カメラに、中を覗いてもらった。

9年9月24日 (16)

あがりこ大王」は近くにあった。

9年9月24日 (17)

説明はこうです。 (今日は、自分で書かないで写真ばかり)

9年9月24日 (18)

下の太いところが、300年以上ですね。
上は、切られてから生えてきた。

大きい。 夜見たら、不気味かも知れない。

9年9月24日 (19)

ベンチに座って眺めていたら、あっちこっちに顔が見えてきた。
これが、一番だったか。

9年9月24日 (20)

こんなのも。

9年9月24日 (21)

これは少し分かりづらいか。
真ん中辺に、細い目が並んで、その下に小さな口。 見えてきたでしょうか。

9年9月24日 (22)

この後、駐車場に戻った。
遊歩道の整備が行われていた。
新しく、今作ったばかりの所を、どうぞと、通してくれた。

9年9月24日 (23)

石があったら、こうなる。

9年9月24日

今日見た二つは、とっても珍しい物でしょうね。
資料館の人のおかげで、いいものを見ることが出来ました。

6日目の象潟でした。 象潟は、忘れられない地になりました。
芭蕉がいて、また、素敵な人に出会いました。

※ 私の体には、秋田の地が流れているんですよ。 おじいちゃんは、秋田の人ですから。 
  それがあって、初めから秋田県には親しみは持っていましたが。


【道の駅】    同じ象潟

【温泉】     帰る途中にあった、湯ノ台温泉の鶴泉荘。 300円。
         そばにあった食堂で、うどんを食べた。秋田のうどんは美味しい。

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【明日の予定】    象潟を離れます。 南かな。  私の心の中は、?。


《今日の歌》     アメイジング・グレイス(You Tube)   天使の歌声ヘイリーです。
                                      どう生きるか、もう迷わないと言っている。 私は・・・・・。

      

朝からの雨は、ずっと降り続けた。
郷土資料館があるので、そこに行こうと思っていた。

2時頃雨が弱くなった。
近くにが2つあるので、行ってみることにした。

パンフレットに載ってる滝の写真は、流れるようなのが多い。
そんなのを撮ってみようと、出かけた。

最初は、奈曽の白滝
金峰神社のそばにあった。
写真の正面の石段を上ったら、左にある谷に降りて行った。  場所はここ

09年9月23日no20

滝を囲む自然の雰囲気がいい。
滝壺の色も、ブルーっぽく、悪くない。

09年9月23日 (2)

滝を撮るのに、初めて三脚を使った。
川の真ん中に、大きな平らな石があって、そこに据えた。

正面から見ると、こう。
おしい。 滝の上の方がちゃんと見えない。

09年9月23日 (4)no10

こう思った。
ここを大きな庭と考えて、木を剪定(せんてい)してもいいのではと。

大きく二段になってるのも、変化があっていいでしょうか。

09年9月23日 (5)no7

シャッタースピードを、ぐっと落として撮った。
(もし三脚がなかったら、手が動くので、これは出来ない)

こんなふうに写った。

09年9月23日 (6)no10

流れるようになった。
実際自分の目では、こうは見えてないが。

9年9月23日 (7)no20

この時、霧雨が降っていた。 だから、傘をさして撮った。
谷全体に、薄く靄(もや)がかかっていた。

少し離れた高いところに、見晴台があった。
でも、そこからは滝の下の方は見えなかった。

09年9月23日 (10)

最初の場所にいた時、若い男の人が二人来た。 
石段の途中にマムシがいたと言った。
帰りは、下ばかり見ながら歩いた。
一度見たら、そんなに見たくなくなった。

次は元滝だ。 ここから、車で5分ほど。
郷土資料館は5時まで。 この時4時少し前。 急いだ。

山の中の細い道を入って行った。 一番奥の小さな駐車場まで行った。
深い森の中で、薄暗い。 恐ろしい顔した熊出没の看板もあった。
鈴をリュックに付けて、スプレーを持った。 こうしたら、熊は気にならない。

3分ほど歩いたら、見えた。    場所はここ

09年9月23日 (12)

ここの滝は珍しい。 岩の隙間から水が出ている。
右の大きな滝は、もっと上流で岩の間から出ている。(資料館の方だ教えてくれた) 鳥海山の伏流水だ。
こんな滝を見るのは2度目。 知床のウトロで見た。  関連ブログ  乙女の涙(フレぺの滝)

09年9月23日 (14)no20

この方向から撮った。 (右の方には、撮りやすい場所がなかった)
細い滝がきれいに写る。

09年9月23日 (16)no10

09年9月23日 (17)

下流にも、小さな滝がいっぱいあった。

09年9月23日 (18)no10

4時20分頃、郷土資料館に向かった。
芭蕉に関する物が、たくさんあった。 見たかった物が多かった。

象潟は、奥の細道のコースで、一番北になる。

09年9月23日 (19)

昔の象潟。 島がいっぱい。 左の方に蚶満寺が見える。

09年9月23日 (21)no10

山門と本堂の位置関係は、今も同じ。 山門までの道も似ている。
船をつなぐ石があったが、それは、左の方の小さな島の辺りだった。

IMG_7884no20.jpg

これは、芭蕉が生きているときに描かれたもの。 
実際の芭蕉の顔は、これでしょうね。(説明にもそうあった)
※これは複製だが、資料館蔵とあったから、本物がここにあるのかな。

09年9月23日 (22)

芭蕉は象潟で、3句詠んだ。 そのうちの1つが、
   腰長や 鶴脛ぬれて 海涼し
これが、下の方に書かさっている。  これは、本物。  芭蕉が書いた。

09年9月23日 (23)

奥の細道が書いてある。 江戸時代の物。
右端に 象潟や 雨に西施が ねぶの花 とある。

09年9月23日 (24)

見終わった後、博物館の方と少し話した。
展示している物にも詳しかったが、色んなことに興味を持っている方だった。
十二湖の青池についても知っていた。

最後に、ぜひ行ったらいいよと勧めてくれたのが、獅子ヶ鼻湿原だった。 場所はここ
変形したブナの木があるという。
行ってくることにした。

津軽からも離れられなかったが、象潟も同じになってきた。


【道の駅】       象潟  5泊目です。  温泉も同じ。

【明日の予定】    上に書いた、獅子ヶ鼻湿原に行ってきます。


《今日の歌》      CALENDAR(YouTube)  庄子眞理子さんの声を聞いてみたいです。

象潟の道の駅に4泊目です。
なかなか動けません。
今日も、昨日のブログの続きをやってたら、終わったのは午後だった。

島巡りの散歩道があったので、運動がてら行ってみた。

下の写真は、道の駅の建物の展望台から。
夕方撮影。 ここがあるのを知らなかった。

今日歩いたのは、まず、下の写真の手前の島。  鳥海山は雲の中。

9年9月22日no2

その後、上の写真の左側にある、下の写真の島々。 遠くは行ってない。
3時間近く歩きました。

9年9月22日 (2)no2

昨日のお寺の近くからスタート。 こんな道。
コンビニで買ったおにぎりを食べながら歩いた。 人はいない。

9年9月22日 (3)

島にはが生えているが、松島のように多くはない。
また、昔ここに水があったとしても、島が低いので、そんなに深くなかったように思った。
そうだ、2.4㍍隆起して水が無くなったんだから、それより浅かったんだ。

あることに気づいた。 田んぼはいっぱいあるけど、家はどこにもない

9年9月22日 (4)

虫の声がするが、北海道の虫と違う声だ。 
道端で鳴いてる虫に近づくと、その虫は鳴き止み、その先の鳴き声が聞こえてくる。その繰り返し。

この花の名前は分からない。 彼岸花とは、違う赤。

9年9月22日 (5)

山に登ったら、いいことがあることに、気づいた。
それは、平地を歩くことが、まったく苦にならないこと。 

土を見たら、砂っぽかった。 昔、海だったことと関係あるのか。
※ あるということは、後で知る。

9年9月22日 (6)

時々、島に登った。 細い踏み分け道があるだけ。
この前マムシを見てから、用心深くなった。 下ばかり見て歩いた。

松が緑で、稲は黄色。 このため、風景全体の彩りがいい。
このことも、自分で気づいたのではなく、この後会う人が言った。

9年9月22日 (7) 

がなっていた。 下に落ちてる方が多かった。
自然に生えてる木と勝手に思って、一つ木からもいで食べた。
このようにして食べたのは、初めて。 熟れすぎていた感じ。(腐る一歩手前か)

9年9月22日 (8)

写真の素材を探しながら歩くから、退屈しない。写真を撮ることにして良かったなあって思った。
これは、山に登ったときも感じた。 
でも、そう言いながら、本を読んで勉強しようとしない。

稲刈りが始まっていた。 こうやって干すのは珍しいのでは。

9年9月22日 (9)

田んぼに人がいた。 下のようなザルを持っていた。
何してるんですかと、話しかけた。 説明してくれた。

これで、刈り取ったときに出る稲ワラを、ばらまく。 ザルの名前は、スゴザル。 
機械で刈り取ったら、短く切った稲ワラが、出てくる。それが、所々にかたまる。
それを、このスゴザルに入れて、田んぼに均等にばらまく。 肥料にする。
もう、30年近く使っている物だそう。

9年9月22日 (10)

この地域は、鳥海山があるため、伏流水が豊富にある。 だから、田んぼの水は困らないと言った。

農家の父さんが、私に問題を出した。
ここで、その問題です。
下の写真で、何か気づきませんか。 答えは、写真の下に。

9年9月22日 (11)

真ん中の木は、枯れている。 松食い虫にやられたそうだ。
形のいい、立派なのからやられるという。
今は、年に2回、消毒している。

少し分かりづらいが、島の手前の稲が、少し緑っぽい。
植えてる稲の種類が違うからです。
では、問題です。 何という種類でしょう。

9年9月22日 (12)

答えは、コシヒカリです。
温暖化によって、秋田でも作り始めたそうだ。

左の父さんと話していた。 そこに、軽トラで同じ農家の人がやって来た。
今年の米の出来を気にしていた。
秋田弁で話すから、聞き取れるのは80㌫。
明日は雨だから、パチンコに行くと言った。

9年9月22日 (13)

遠くに風車が見えた。  この地域はが強い証拠だ。
冬になったら、は横から吹くと言った。 だから、積もらないと。

写真の下半分は、ミョウガの畑。 初めて見る。 もう収穫は終わった。 この後刈り取る。
軽トラの父さんが、ミョウガは、うどんなどの薬味にしたら美味しいと言った。

9年9月22日 (14)

毎日鳥海山やこの風景を見ていたら、良さは分からないと言った。
私は、この地を離れたら、きっと分かりますよと言った。
ここで、30分以上話した。

踏切に、こんな看板が。  もう一つ、「あぶないぞう」もあった。

9年9月22日 (15)

この後、10分ほど歩いて、道の駅に戻った。


ここからは、昨日の蚶満寺の付け足し。
木登り地蔵があるという。

9年9月22日 (16)

黄色の丸の中。 見えるでしょうか。

9年9月22日 (17) 

親鸞聖人が腰掛けた椅子だそう。
元々は、島原にあった。 キリシタンの変を避けるために持ち出され、ここに来たと言われている。
                              ※ 関連ブログ 明日を信じた人々の戦い「島原の乱」

9年9月22日 (18)

樹齢1000年のタブノキがあった。 写真の3人が、木に触っていた。
私は、何か感じるんですかと聞いた。
一人が、を感じると言った。
私は、に触ってを感じるんだ、と言ってしまった。

9年9月22日 (19)

今日は見慣れない風景の中を歩きました。
ここは昔確かに海(潟)で、畑を深く掘ったら、貝殻が出てくるそうです。
ここは、岩ガキの産地なので、20㎝以上のも出てくるそう。
畑の土が、砂地の所もあるとのことでした。

農家の人達の家は、街の中にありました。
町全体で、この風景を守っているように感じました。


【道の駅】      象潟   温泉も道の駅に  350円

【明日の予定】   明日は雨。 動かないかも知れない。


《今日の歌》    Hasta Siempre(YouTube)   ナタリーという人が歌っています。

            北の岬(YouTube)    

              大連の街から(YouTube)

                 一応、ゴッドファーザー(YouTube)

 

蚶満寺(かんまんじ)に行ってきました。   場所はここ。
ねむの花が、どうして西施なのかが分かりました。


下の地図は、昔の象潟。 赤い丸の中が蚶満寺。 黄色の所に、今、道の駅がある。
1804年の地震で2.4㍍程隆起した。 そのため、水が無くなった。
芭蕉が訪れたのは、そのずっと前の、1689年

9年9月21日

中尊寺、山刀伐峠、尾花沢、そして最上川を下り、少し北に上ってここ象潟に来た。
元禄2年(1689年)の、今の暦で、8月1日。

ここ蚶満寺に寄ったのは、2日目の8月2日の午前中。 (証拠はこの後)

9年9月21日 (2)

芭蕉像。 古い物ではないようだ。

9年9月21日 (3)

芭蕉の顔は、どこの像も面長。

9年9月21日 (4)

西施像。 新しい。 (ある人が、ここに寄付したそう)

9年9月21日 (5)

表情は、ねむの丘のよりはいい。 ただ、仏像の顔ですね。
※ 芸術家が作ったのを見たいかな。

9年9月21日 (6)

西施については、先日のブログでもふれましたが、簡単にまとめるとこうですね。

昔中国に、という国とという国があった。
二つの国が戦って、越は負けた。
越の王は、西施を呉に献上した。
目的は、呉王の心を乱し、政治を怠らせるためだった。
それが実を結び、越は呉を滅ぼすことが出来た。  

      12no2      127no2.jpg

以後、越国では西施を、愛国精神を具えた天下一の美女として讃え、現在まで広く伝えられている。
また、敵国に身を捧げたことで、悲劇的な女性とも見られている。
中国四大美女の一人。 紀元前502年~470年頃まで生きた人。

こんな感じでしょうか。
芭蕉は、このことを知っていた。

芭蕉の句碑。 これは古い。 芭蕉70年忌を記念して作られた。
芭蕉は、ここに来た5年後に亡くなる。 200年以上前の物。

9年9月21日 (7)

象潟の雨や西施がねぶの花」と書いてある。
最初は、こうだったんですね。 奥の細道の中のと違う。
※ 最上川のも、「あつめて早し」が、最初は「あつめて涼し」だった。 

9年9月21日 (8)

ねむの花は見たことが無いと、受付の人に言ったら、下のハガキをくれた。
普通の花とは、違う。

9年9月21日 (9)

ここから、本題にはいりますね。

上にも書いたが、最上川を下り、ここ象潟に入った。
元禄2年(1689年)、8月1日(新暦)の昼頃だった。 雨の中だった。
そして、次の日の、8月2日の午前中に蚶満寺に寄った。

その時のことが、奥の細道に、下のようにある。 (昔は干満珠寺と言った)

寺を干満珠寺といふ。~~~
この寺の方丈に座して簾(すだれ)を捲けば、風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天をささへ、その影映りて江にあり。~~~ 
江の縦横一里ばかり、俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟は憾(うら)むがごとし。寂しさに悲し
みを加へて、地勢魂を悩ますに似たり。


  象潟や雨に西施がねぶの花

どういう意味かを、文献を参考に、まとめてみると。

この寺の座敷に坐って、すだれを巻き上げると、象潟の風景は一望のうちに見わたされた。南には鳥海山が天を支えるようにそびえ立ち、
その影が映って水上にある。~~~ 
入江の縦横は各一里ばかり、そのおもかげは松島に似通っていているが、また違ったところがある。松島は笑っているような明るさがあり
象潟は憂いに沈んでいるかのようだ。 象潟は寂しさの上に悲しみの感を加えて、そのたたずまいは傷心の美女のおもかげに似ている
(最後の文は、俳句との兼ね合いでこうなる。 ある文献にあった)

芭蕉は、象潟の風景(たたずまい)が、西施のおもかげに似ていると感じた。
じゃあ、ねむの花は何なのだということです。

ねむの花は、象潟の風景の象徴だったと思います。
雨にそぼ濡れたねむの花の姿は、傷心の西施と重なった

この花は、ナデシコと同じように繊細で色が鮮やかだ。
美女に例えても、おかしくない。
また、蚶満寺の受付の人が、こう言った。
ねむの花は、女性のまつ毛に似ている。
芭蕉も、きっとそう見えた、という説もあるんですよ、って。


これで、何とか分かったかなと思います。

芭蕉が見た雨にうちけぶる象潟の風景は、西施を思い出させるものであり、
そこに咲いていたねむの花は、傷心の西施のように濡れて咲いていた。


こんな感じでまとめてみましたが、どうでしょう。


芭蕉です。 初めて見ました。 

9年9月21日 (10)

大きな葉っぱです。

9年9月21日 (11)

昔の島。 春、田んぼに水が張られると、昔がよみがえるそうだ。

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芭蕉は、ここが風光明媚な地であることは知っていた。
でも、西行がここに来ていたことも、芭蕉がここに寄った大きな理由。

9年9月21日 (13)

昔、笛をつないだ石。 芭蕉もここに船で来た。

9年9月21日 (14)

本堂。

9年9月21日 (15)

1804年の象潟地震で、多くの人が死んだ。 その人達をここに埋めて供養した。

9年9月21日 (16)

彼岸花が咲いていた。 地面に咲いてるのは初めて見る。
真っ赤な感じがした。

9年9月21日 (19)no2

ここの受付の人にお世話になった。 説明していただき、沢山資料もいただいた。

9年9月21日 (20)

この俳句について、やっと分かりました。
今までより、好きになったでしょうか。


【道の駅】   昨日と同じ。  温泉も同じ。


眼路限りなく拡がった庄内平野の北の果てに、毅然とそびえ立ったこの山を眺めると、
昔から東北第一の名峰とあがめられてきたことも納得できる

これは、日本百名山を書いた、深田久弥のことば。
これが気になって、検討に入っていた。

片道5時間。 十勝岳だって4時間だった。
岩木山に登った女の子達は、最初の登山で、一番下から4時間かけて登った。
よし、その勇気を見習って、登ることにするか、となった。

下の写真は、前日の夕方撮影。 日曜日の予報は、晴れ

9年9月20日 (6)

6時35分、駐車場出発。 天気は快晴。  (鉾立に駐車場がある。そこから鳥海山への地図。拡大すると登山道も見える)

15分ほど歩いたら、視界が開けた。 駐車場が見えた。

(写真のことだが、実は、ここから下の写真は、新しいソフトで作り出したもの。 新しいカメラを買ったときに付いてきたもの。 今までのは、4年前の物。 大きく進化していた。 色の作り出し方が違った。 すぐ使えばよかった)
                                                   (この写真だけ、ルミックスで撮影)
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7時30分、賽の河原に着いた。 歩きやすい道が続く。

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8時50分、少し高くなった。 見晴らしが良い。
頭の上のどこにも雲はない。 (晩までずっと) 海の上に少しあるだけ。
時々振り返って、変わる景色を見た。 

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上の写真の山側。 これから、一回谷に下りる。 急なので梯子もあった。
(ここを下りないで、外輪山コースもある。 少し遠回り。 帰りに通ることになる。 ほとんどの人は降りた)

とにかく人が多い。 前後30メートル以内に、必ず人がいた。 ナビはいらない。その人達がナビ。
※ 空が白くなったのは、逆光のためかな。

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谷に降りたら、雪渓があった。 写真中央右上から降りてきた。(9時25分) 
みんな雪の上を歩いた。 
登山者のだれかが、これが溶けないうちに雪が降るな、と言った。

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10時45分、頂上御室に着いた。 
ここには宿泊施設もあるようだ。 トイレ、神社、売店も。

たくさんの人が休んでいた。 食事をしている人も多かった。
ここから頂上は近い。 あと一息だ。 
ここに荷物を置いて、手ぶらで登る人の方が多かった。
最終のベースキャンプ地みたいだ。
ここで、20分休憩。

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次から次と、登ってくる。 時間はかかるが、誰でも来る。 

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ここから上は、岩が積み重なった状態。 頂上は、山のかげ。

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登るのも降りるのも、大変そうだ。

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11時05分、上り始めた。 (アタック開始だ)
カメラは、リュックにしまった。 
登りやすい所の岩に、方向を示す矢印があった。
それでも、しょっちゅう手を使った。

頂上手前にこんな所があり、通って来た。(帰りに撮影)

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上の写真を通り抜けたら、右上に頂上は見えた。
左の方から、回って行った。

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11時35分、頂上に着いた。 (途中20分休んだが、5時間かかった)
頂上は狭い。 10人は上がれない。 交代で写真を撮っていた。

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頂上の標示。

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頂上で、急いで写真を撮った。 四方八方見渡せた。 こんなの初めてだ。

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同じくらいの高さの所があった。 そっちにも人が。 
どこも、用心しないと危険。

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10分程いて、下山開始。 さっきいた広場が見える。

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写真を撮りながら戻ったので、下の頂上御室に着いたのは、12時40分。
お昼を食べた。 コンビニで前の日に買ったおにぎり。

水とか売っていたが、この値段。 仕方ないか。

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ここに、35分いた。
周りの人と話していたら、外輪山を通って戻るという。 
少し遠そうだが、同じ道より面白そうだと思って、行くことにした。

山の稜線を歩くので、気を付けないとだめだと思った。

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午後1時15分出発。
他の道もあったが、赤い線の道を行った。 最後に一気に上に登った。

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ここは、割と歩きやすい。 
新しい風景を見たら、登山者はだれもが声をあげていた。
来て良かったと思った。

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お昼を食べた所が見える。

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私は右に行くが、向こうに降りて行く道もある。
写真を撮りながら、ゆっくり歩いた。 これが、まずかった。
この辺では疲れてない。

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こんな稜線を通って、向こうに行く。(この時、2時25分。 写真で、時刻が分かる)
いい眺めだ。

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ここの着いたのが、2時54分。 駐車場は、右の山のずっと向こう。
急がないとだめだと思った。
でも、人はまだ、いっぱいいた。

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最後の休憩。 水を飲んだ。 命の水だ。
この時、まだ山の上。
4時50分になっていた。

今日の足は、そんなに歩かさないでくれや、って言った。

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ここからは、急いだ。 早足だ。

写真も、パッパと撮った。
この時期に珍しい花だ。 ニッコウキスゲのようだ。
小さな谷の向こうに咲いていた。
時刻は、5時26分。 薄暗くなってきた。 ISO3200で撮った。

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この写真は、5時52分。 写真よりずっと暗い。
私は、2つの集団の間を歩いていた。 どっちとも、話しながら。

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6時5分。 この後、懐中電灯を出して、足下を照らて歩いた。
ゴールは近い感じがしてきた。(朝、通っている)

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駐車場に着いたのは、6時15分。 海の向こうが、まだ少し明るかった。
ここを出発する6時半には、真っ暗になっていた。

最後の1時間半ほど急いだので疲れたが、十勝岳よりは楽な感じがした。

最後の部分は反省だが、晴天だったこともあり、退屈しない楽しい一日でした。
次の山をまた考えます。


【道の駅】    象潟   温泉もここ   久しぶりに生ビールを飲んだ。

明日、鳥海山に登ります。
天気は、大丈夫。
登山道はいくつかあるが、鉾立から登るのが一般的だと分かった。

そこのビジターセンターに電話した。
上りは5時間、下りは4時間だそうだ。 十勝岳より大変だ。
7割が、日帰りだという。

象潟に寄って、今晩は鉾立の駐車場に停泊することにした。
道の駅象潟に向かった。

下の写真は、秋田市内。
私は、7号線を通って酒田に向かう。
7号線は、新潟で8号線に変わり、京都まで続く。 この道も、ずいぶん走った。
横手・大仙は内陸。 この春大仙を通り、横手に行った。

9年9月19日 (6)

道の駅象潟に着いた。
道の駅の海側に、小さな丘があった。 
ねむの丘となっていた。 そして、女の人の像があった。

ここは、松尾芭蕉にゆかりの地なんだが、と思っていた。
あの俳句を思い出せばいいわけだ。

 象潟や 雨に西施が ねぶの花

ねぶの花はねむの花。 だから、ねむの丘。
女の人の像は、中国の美女、西施の像。

9年9月19日

表情が、完璧ではない。 もっと品良く作れないのかなと思った。

9年9月19日 (2)

西施はこんな雰囲気。 これなら、品もある。

西施

芭蕉がここに来たのは、1689年。 尾花沢から、最上川を下ってここに来た。
その当時、象潟は松島のようだった。 島がいっぱいあった。
ところが、1804年の地震で、隆起してしまった。
だから、下の写真のように、小さな山が、あっちこっちに沢山ある。

9年9月19日 (4)

芭蕉は、ここに来てどこに宿泊したのか。
どこから象潟の風景を眺めたのか。
それを調べる時間はなかった。
明後日調べてみようと思う。

雲の中の鳥海山です。

9年9月19日 (3)

鉾立の駐車場。ここは、五合目。 半分雲の中。
すぐ、ネットが使えるか確認した。
つながらない。 パソコンの調子が悪いのか、電波弱いのかが分からない。
仕方ないから、道の駅象潟に戻ることにした。

情報センターで、地図をもらった。
熊の注意があったが、土日のように人がいっぱいいたら、出てこないという。
いるみたいな言い方だ。

下山口でおりてくる人に聞いた。
ある人は、上るのに6時間かかったという。
下りるのに5時間。

若いお兄さんが、下りてきた。
その人は、往復6時間だった。

こんなアドバイスをもらった。
途中から斜面が急になって、ガレ場に入った時、ガスが出てきたら戻った方がいいと言った。
迷いやすいから、そうした方がいいと。

登山口も確認できたし、戻った。

9年9月19日 (5)

夕べと同じで、パソコンの調子は悪い。
結局、2年半前に買って職場で使っていたXPを、ネットが使えるようにした。
今は、それを使っている。 調子はいい。
Vistaの方も、使えるようになったが、つっかかる。

明日の朝は、4時半に起きて、5時にはここを出ようと思う。
登山口出発は、6時。 
4時を目指して、戻ってきます。

明日の予報は、晴れ。 いい写真が撮れたらいい。

10時になりました。
この後、すぐ眠れるように、酒を飲みます。
そして、寝ます。


《今日の歌》        ほうき星(YouTube)  ユンナです。

          ビリーブ(YouTube)  久しぶり。

          異邦人(YouTube)   坂井泉水です。

男鹿半島と言えば、なまはげです。
どうして、そんなものが生まれたのか。
その辺りが知れたらいいな、と思って出かけました。
※ 八郎も気になっていたんだが、情報はつかめなかった。


朝起きて外を見たら、米代川から発生した、川霧が立ちこめていた。
霧は、弱い風に吹かれて、少しずつ動いていた。

9年09月18日 (4)

道の駅おおがたに向かった。
八郎潟を干拓して出来た村にある。

途中にこんな看板が。 いろいろな言葉が隠れてる。
温泉だから、「ゆ」は「」。 それから、「メロン」。 また、「」もある。
最後は、「ロン」だ。 夢のような手をロンしたとなるんだが、麻雀は関係ないか。

9年09月18日 (5)

干拓で出来た大潟村の道は、真っ直ぐだった。
北海道を走っているみたいだ。

9年09月18日 (6)

海に出た。
運転しながら撮ったが、水平がこのくらいなら十分。 
海の色がきれいだったので、入道崎の海に、少し期待した。

9年09月18日 (7)

ここは、なまはげ館。 伝承館のとなりにある。    場所はここ
この辺り一帯の環境は、とても良く整備されていた。 外を歩いていても気持ちがいい。

なまはげ館は、なまはげの資料館だった。
おたくさんのなまはげが展示されており、映画も上映していた。

9年09月18日 (8)

下のなまはげは撮影禁止だった。 責任者にお願いして、許可をいただいた。
その時、私は名刺を渡した。 その人は、私の苗字を見て、この辺りには多いんですよ、と言った。
実は、私のおじいちゃんは、秋田市の出身だった。

9年09月18日 (9)

今日のサムネイルは、遊びです。
これが、顔の前に現れたら、子供が泣くのは当然かな。

9年9月18日 (16)

なまはげの顔は、とにかく恐ろしく見えるように工夫されていた。

9年09月18日 (10)

9年09月18日 (11)

これは、商品。 数万円。 夜、寝ぼけているときに見たら大変だ。 車には飾れない。

9年09月18日 (12)

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昔のなまはげの様子の絵があった。 200年前。 
書いたのは、菅江真澄という人。 先日の手這坂集落のブログに出てきた人。

9年09月18日 (14)

この人が菅江真澄。 秋田と深い関わりのある人。

9年09月18日 (15)

庭に、こんな花が。 

9年09月18日 (16)

薄いピンクが入っていた。

9年09月18日 (17)

ここが、伝承館。  実際のなまはげを再現し、それが実演される。

9年09月18日 (18)

写真の右側の部屋から見学。 客は、十数名。

突然、ウオーって入ってきた。 
そして、泣ぐ子いねが、怠け者いねが、悪い嫁いねが、と言ってまたウオーって叫んだ。

9年09月18日 (19)

なまはげは主人に、みんな真面目に生活しているかと聞く。
主人は、もちろんそうだと言う。

9年09月18日 (20)

なまはげは帳面を出して調べ始める。
嘘こくな。 子供は勉強してないし、嫁は朝飯作ってない、とか言って主人を責める。
主人は冷や汗をかきながら言い訳し、酒を勧める。

なまはげは、ごまかされない。
最後に主人は反省し、これから気を付けるという。

9年09月18日 (21)

終わりの方になって、突然観客に向かってきた。
こら、ねえちゃん、真面目に生活してるかって、上から怒鳴りつける。
その迫力に押され、みんな、真面目にやってますって、大きな声で言った。

9年09月18日 (22)

なまはげは、「なもみを剥ぐ」が、語源だそう。
なもみは、炉端にかじりついていると、手足に出来る赤い火型(ひがた)のこと。
これをはぎ取り、怠惰をいましめるのが、なまはげ。
※ なまはげは、片仮名で、ナマハゲと書くことも多い。

男鹿半島に生きる人達も、厳しい自然の中で暮らしている。 説明に、こうあった。
なまはげは、そこに生きる人達の、くじけそうになる心を、奮い立たせてくれる

それが、なまはげでした。


八望台に向かった。 山の上にあった。    場所はここ
大潟村の方向。

9年09月18日 (23)

右の山が、寒風山。 (時間が足りなく行けなかった)
八郎にここに移されて、おら寒いって泣いたのが、この山だったかな。

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上の写真の、半島の反対側。 戸賀湾。 小さな湖は、二の目潟かな。

9年09月18日 (25)

ここが、入道崎。 海より少し高いくらい。    場所はここ

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向こうが北。 私の後100㍍位の所を、北緯40度線が通っている。

9年09月18日

海の色は、この感じ。 重たくない、優しい色のブルーでした。

9年09月18日 (2)

鰺ヶ沢のブログに書いた、マグロの1本釣りの船は、沖に出るとこうなります。
前の太い竿を広げている。
前の竿には、エサは一つずつ。 後の竿には、いくつも付く。(別のエサのようだ)
※ エサは何だったか、忘れました。 イカだったかな~。

9年09月18日 (3)

今度ここを通るときは、八郎と寒風山について調べます。
楽しみを残しておきます。


【道の駅】    てんのう

【温泉】      てんのう温泉くらら  場所はここ。   道の駅にある。

【明日の予定】    南に下ります。 何も調べていません。
             鳥海山に登るなら、日曜の明日だと思っています。人が多い方が、安全だと思うので。
             これについても、まだ、調べたりない。


【今日の歌】     ケセラセラ(YouTube)   どうにかなるさと思って。  

               池上線(エムズの片割れ)  西島三重子の歌だが、チェウニも歌った。 

             池上線(YouTube)     原曲の、これが一番かな。 
      

男鹿半島に向かった。
能代市で、床屋に寄った。
そこで、この辺りの情報をもらった。

二ツ井町にきみまち阪という、景色のいい所があるという。
私は、名前が気になった。
何か、いわれがあると思った。

お店の人は、とても親切だった。 行くことにした。
能代から、遠くはない。 
そこは、道の駅ふたついのそばだった。

道の駅に着いて、観光案内所で、きみまち阪のいわれについて聞いた。
ていねいに教えてくれた。
ここの町は、恋文の町として、知られていることも分かった。
説明していただいた人は、この取り組みにも深く関わっていると感じた。

きみまち阪は、きみまち阪公園の中にあった。
さっそく行ってみた。

きみまち阪は、下の写真の道。
向こうにゆるく登って行って、トンネルを過ぎたら、右側の方に下っていく。
ここの場所自体が、高いところにある。

9年9月17日 (13)

下を見たら、米代川が見えた。 今日、初めて見る川だ。

9年9月17日 (14)

トンネルの部分が、一番高い。

9年9月17日 (15)

上の写真の、下流。 ここの場所が高いことが分かる。

9年9月17日 (16)

トンネルを抜けたら、この標示があった。

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そばに、この歌碑が。
これを読んで、分かる人はいると思うが、きみまち阪のいわれは、こうだった。

明治14年、明治天皇は、巡幸で東北に来た。
ここに屏風岩という、すばらしい景観の地があることを知り、立ち寄った。

ここに着いたとき、皇后から手紙が届いており、下の歌がその中にあった。
大宮というのは、皇后が住んでいるところ。

その当時、この坂に名前は無かった。
若かりし日の明治天皇は、その歌を見て、皇后がここで待っていてくれたように感じた。
それがあって、この坂を、きみまち阪(徯后阪)という名前を付けた。

9年9月17日 (18)

一応写真を。 (道の駅にあったものを撮影)

9年9月17日 (19)

皇后です。 

9年9月17日 (20)

この人について調べてみた。(Wikipediaで)
旧名は、一条美子(はるこ)
生涯に3万首を超える和歌を詠んだ。
東京女子師範学校の校歌を作詞している。 その中に、下の一節がある。
  「磨かずば 玉も鏡もなにかせむ 学びの道も かくこそありけれ
     (玉も鏡も磨かなければ何にもならない。勉強もそういうもの)
当時としては珍しく、鼻筋の通った人だった。

屏風岩を見るために戻った。

9年9月17日

公園内の道は、整備されていた。

9年9月17日 (2)

これが、屏風岩

9年9月17日 (3)

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狭い谷の中にある。

9年9月17日 (4)

屏風岩には、木が育ってきていた。

9年9月17日 (5)

この町では、上のことがあって、恋文コンテストが行われている。

9年9月17日 (6)

第1回は1994年に行われた。 
その時の大賞が、下記の作品。
   ※ 作者は秋田県の方で、柳原タケさん。 当時80歳。


  天国のあなたへ

娘を背に日の丸の小旗をふって、あなたを見送ってから、
もう半世紀がすぎてしまいました。
たくましいあなたの腕に抱かれたのは、ほんのつかの間でした。
三二歳で英霊となって天国に行ってしまったあなたは、今どうしていますか。

私も宇宙船に乗ってあなたのおそばに行きたい。
あなたは三二歳の青年、私は傘寿を迎える年です。
おそばに行った時、おまえはどこの人だなんて言わないでね。
よく来たといって、あの頃のように寄り添って座らせて下さいね。

お逢いしたら娘夫婦のこと、孫のこと、また、
すぎし日のあれこれを話し、思いっきり、甘えてみたい。

あなたは優しく、そうかそうかとうなづきながら、慰め、
よくがんばったねと、ほめて下さいね。
そして、そちらの「きみまち坂」につれて行ってもらいたい。

春のあでやかな桜花、夏、なまめかしい新緑、
秋、ようえんなもみじ、冬、清らかな雪模様など、
四季のうつろいの中を二人手をつないで歩いてみたい。

私はお別れしてからずっと、あなたを思いつづけ、
愛情を支えにして生きて参りました。
もう一度あなたの腕に抱かれ、ねむりたいものです。
力いっぱい抱きしめて絶対はなさないでくださいね。


恋文神社がありました。

9年9月17日 (7)

9年9月17日 (8)

恋文ポストがあった。
ここから出すと、願いが叶うって。

9年9月17日 (9)

この地には、こんな伝説が。

9年9月17日 (10)

きみまち阪の対岸にある山が、七座山。

国道7号線。 10㎞程行ったら、北秋田市。 この春通った。

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今朝、道の駅で、こんな三輪トラックを見た。
39年前の車だそうだ。
うしろの幌の中で寝泊まりして、夫婦で旅をしている。
京都の人。 今回は東北旅行。

9年9月17日 (12)


今だろうが昔だろうが、人が何をした、を考えるのが面白いです。
能代の床屋さんに、いい情報をいただきました。


【道の駅】      ふたつい

【明日の予定】   男鹿半島に行きます。   鳥海山が近くなってきた。 どうする。  


《今日の歌》         テネシーワルツ(YouTube)   この人が歌わなかったら、ヒットしなかったでしょうね。

             アコースティックギターの曲を一つ(YouTube)   上手です。

ついに見ました。
今まで、マムシに注意という看板があったら、いつも探した。
今日、やっと写真に撮ることができました。

道の駅はちもりにいた。
ここは、八峰(はっぽう)町。
遠くに行かないで、この町で何かを見ることにした。
道の駅で食事をしたとき、たくさんの情報をいただいた。
ここの道に駅の、お殿水という名水についても、教えてもらった。

9年9月16日

食事の後、ペットボトルに水を汲みに行った。
下の看板の右側に、名水はある。

9年9月16日 (2)

ここが、お殿水。
昔、殿様がここを通ったとき、いつもここに寄ったので、こう呼ばれるようになった。
※ 大間街道が、通っている。

9年9月16日 (3)

水を汲み終わった後、上の看板を読んでいた。
読み終わったとき、左の方に行く細い道があるのに気づいた。

どこに行くのかなと思って行ってみた。
すぐにヘビを発見した。
それは、最後の写真のヘビ。 アオダイショウかなと思うが、はっきりしない。
他の人が来て声を上げたので、逃げていった。

さらに先に行った。
何かいないかなって、下を見て歩いていた。
青い○の所に行ったとき、ヘビが赤の○の所にいた。

すぐ、マムシだと分かった。 
長さ、50㎝ほど。 短いが、太い。 模様が、マムシ独特の模様だ。

9年9月16日 (4)no2

マムシは、私に気づき、逃げ始めた。
私は、すぐカメラを構えた。 
3秒後には、シャッターを切っていた。
その時の写真が、これ。

9年9月16日 (7)

この辺りから、岩の下にもぐっていった。

9年9月16日 (5)

岩の向こう側に行ったと考え、右側から回り込んで、あっちこっちから、草の隙間をのぞきこんだ。
いた。 胴体が、はっきり見えた。

9年9月16日 (9)

別の所からのぞいたら、顔が見えた。 動かない。

9年9月16日 (13)

見たくない人もいると思うので、サムネイルにしました。

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15分ほどいたでしょうか。
途中で、写真をパソコンで確認するため車に戻った。
長靴をはいて、出直した。 かじられたら困るので。
その後、他の場所も探したが見つからなかった。
道の駅の人に、マムシのことを伝えたら、この辺にはいるんですよ、と言った。

これが、最初に見たヘビ。 長さ1㍍くらい。
今まで見たアオダイショウより、細い感じがした。

9年9月16日 (17)

舌を時々出した。

9年9月16日 (18)

見たい方はどうぞ。

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車に戻る時、駐車場の山側に、サルの親子がいた。 小猿の目つきがいい。 

9年9月16日 (20)

この後、白瀑神社というとこで、小さな滝を見た。 高さ、17㍍。   場所はここ。

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IMG_6743の123

この滝では、毎年8月1日のお祭りに、「みこしの滝浴び」というのが行われるそうだ。

狛犬があった。 
おっかない顔のはずなのに、泣いてるようにも、笑っているようにも見えた。

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そこから、山奥の手這坂茅葺集落を見に行った。  場所はここ。

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こんな説明が。

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手這坂を下りた狭い谷底に、5・6件の茅葺屋根の家があった。 
今は、誰も住んでいなかった。

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観光に使える状態にするには、たくさんのお金がかかると思った。
建物は、いたんでいた。 

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菅江真澄(Wikipedia)

戻る時、蕎麦の花の写真を撮った。

9年9月16日 (21)

蕎麦の花の白さは、雪の様な白さというか、濁りや透明感が全くない。 
これより白い色があるのかと思うほどの、白。 

9年9月16日 (22)no16

道の駅みねはまから見た、五能線の列車。 昨日乗った。

9年9月16日 (23)

近くの展望台から、今日も撮影。 天気が良いため、空は、鮮やかな色になった。

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(※ ヘビの嫌いな人にとっては、申し訳ない内容になりました)

自然のマムシは、今日初めて見ました。
これで、気持ちが落ち着きました。


【道の駅】       みねはま    場所はここ。 


【明日の予定】    南に下ります。


《今日の歌》      砂の祈り(YouTube)      我那覇美奈です。

             オー・ソレ・ミオ(YouTube)  ダリダという人です。


五能線に乗るため、津軽にまた戻ってしまった。
初めて乗った五能線は、人気の路線だった。

昼頃、散歩に出かけた。
陸橋を通って駅に向かった。
列車がやって来た。 五能線のリゾート列車だ。 心が動いた。
駅に、時刻表を見に行った。

9年9月15日

能代に行く方が、上り。 五所川原の方が下り。
どっちに行けば、風景がいいか、面白いか、はっきりしない。
駅のとなりにある建物で、切符は売っている。
そこで、聞いてみることにした。
この時には、乗れる列車があれば、乗って見ようと思っていた。

9年9月15日 (2)

キップ売り場の女性の方は、北へ行く方が、海岸沿いを走るのでいいといった。
行って、戻って来られる列車を探してくれた。
午後からの時間では、なかった。 上の列車に乗れば良かったんだが。

あきらめかけたその時に、閃いた。
出発は、ここの駅でなくてもいいわけだ。

キップ売り場の方は、探してくれた。
推理小説のトリックを解き明かすのに似ていた。

見つかった。 ウェスパ椿山駅から乗って、ここの秋田しらかみ駅に来ればいい。
15時01分のに乗ったら、15時57分に、ここに着く。
17時08分のに乗って、戻る。

すぐに、ウェスパ椿山駅に向かった。
着いたら、田舎っぽくはなかった。 リゾート地なのか。  場所はここ

9年9月15日 (3)

今日乗る区間のほとんどは、津軽だ。
後ろ髪を引かれる思いで離れてきたのに、また戻った。

ここに来るまで、一時土砂降りだった。
それが弱まり、少し前やっと止んだ。

上の写真の、中央奥に、ここがある。

9年9月15日 (4)

津軽から離れるのは、むずかしい。

写真の右にある、15時01分のに乗る。

9年9月15日 (5)

列車は、少し遅れてやってきた。

9年9月15日 (6)

ほぼ満席だった。

9年9月15日 (7)no2

ずっと海岸沿いを走る。 町は、どこも港町だ。  この頃は曇ってて、少し暗い。

9年9月15日 (8)

風景は、次から次へと変わる。
少しでも躊躇してると、シャッターは押せない。

9年9月15日 (9)

あれだけいた客は、十二湖の駅で、ほとんど降りた。
代わりに別の客が乗ってきた。 みんな団体。

このような、岩場が多い。

9年9月15日 (10)no2

トンネルの出口。 カーブが多い。  少し明るくなってきた。

9年9月15日 (11)

五能線は、単線。 駅ですれ違う。

9年9月15日 (12)

リゾート列車とすれ違った。
両方とも停止していて、リゾート列車は、動き出した。
そう思っていたら、自分の方が動いていた。

9年9月15日 (13)

この時、リゾート列車が遅れたため、待ち時間が生まれた。
運転手さんと話しが出来た。
一つ聞いたら、二つ答えてくれた。

五能線は、元々は、五所川原能代の間を走っていた。
それが延長されて、弘前の手前のかわべ駅までになった。
ところが実際は、弘前駅まで走っている。
かわべ駅と弘前駅の間は、奥羽本線。
そんなことなど、教えてくれた。

写真の峠を越えたら秋田だ。
もう、秋田しらかみ駅は近い。

9年9月15日 (14)no2

秋田しらかみ駅に着いた。
キップを渡そうとしたら、記念に持ってたらいいよ、って言ってくれた。
写真を1枚お願いして、撮影。

9年9月15日 (15)

頂いたキップはこれ。
実際は、帰りでなくて、行き。

9年9月15日 (16)

キップ売り場の人に、挨拶に行った。
混んでたことを伝えたら、昔はそうでなかったと言った。
五能線は、昔、○能線と呼ばれたと言った。
○の所がはっきり聞こえなかったので、聞き直した。
もう一度は、言ってくれなかった。

駅は小さい。

9年9月15日 (17)

時間が、1時間ちょっとあったので、うどんを食べて、昨日の温泉に入った。

帰りは、この列車。

9年9月15日 (18)no2

乗客が少なかったため、ずっと、窓を開けて撮影することができた。

こんな風景が特徴的。  岩に夕陽が当たっている。

9年9月15日 (20)no2

収穫の秋が、始まっていた。

9年9月15日 (21)

高校生の男の子がいたので話しかけた。
能代の高校に通っていると言った。

9年9月15日 (22)

ある駅で女子校生が下りようとした。
そばにいた年配の女性が、「楽しそうで、いいね」って言った。
お互い、他人どうしのようだ。
女子高生は、明るく「はい!」と言って微笑んだ。
列車の中で、その子は、友達とたのしく話していた。

ここも、やっぱり津軽だなと感じた。
そうやって話しかけられて、話しかけることを学んで、津軽の心が広まるんだなと思ったわけです。

9年9月15日 (23)

あと、数分で、ウェスパ椿山駅に着く。
着いたとき、この夕陽はなくなっていた。

9年9月15日 (24)

列車は、次の駅に向かった。

9年9月15日 (25)

この後、秋田県に入ってすぐの道の駅、はちもりに向かった。


今日は、五能線の、小さな旅をしました。
それは、15日目の津軽でもありました。


【道の駅】      はちもり   場所はここ

【温泉】        昨日と同じ

【明日の予定】   今日、一休みにならなかったので、そうするかも。 じっとしていられなくて、動くかも知れないが。


《今日の歌》    つい先日載せたばかりですが、今日はまずこれ。
            五能線(YouTube)

            遠くへ行きたい(YouTube) 

            愛の終着駅(YouTube)  本田美奈子です。 いいですよ。           


結論を言いますね。
十二湖のブルーは、濃い素敵なコバルトブルーだった。
でも、昨日のブログに載せた3つのブルーには、かなわなかった。
感動のブルーには、少し足りなかった。


十二湖は、白神山地の北の日本海側にある。
湖沼の数は、実際は大小33あるんだが、ある山から眺めたら、12の湖が見えたので。この名前になったそうだ
見学するための環境が整備されているため、観光客が多かった。
キャニオンは、バスの中から眺める程度の人気だった。      これらの場所は、ここ

下の写真の看板を右に行ったら、駐車場。 
名前が、キョロロですよ。
ふざけた名前です。 楽しくなってきます。

9年9月14日

一番人気は、青池
近くなので、最初に見ることにした。

9年9月14日 (2)

確かに、ブルー。 説明にあった、コバルトブルー
しかし、そのブルーを、美しく見ることは出来なかった。
まず、木の葉がいっぱい落ちていた。
どこから見ても、木が邪魔をした。

9年9月14日 (3)

実は、駐車場のお土産屋さんの外で、無料で見学のガイドをしている人がいた。
見所を聞いた。 こう言った。
青池もいいが、私は個人的には湧壷の池が好きだと。
まだ、楽しみは残っていた。 その池は500㍍くらい離れたとなりだ。

十二湖には、大きい湖と小さい池が混在していた。
それらを、下のような道で結ばれていた。
ここを歩くのも楽しい。

9年9月14日 (4)

途中から、少し細い道に入った。
カエルが私を見て、あわてて逃げた。
この前道で会ったカエルもそうだったが、逃げ方が下手だ。
動揺するのか、どうしても、ひっくり○○○。

草の中に入った。 ここにいた。 目が合った。 上目づかいに私を見てる。
写真を撮る間、じっとしていてくれたので、ありがとうって言って別れた。

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これが、湧壷の池
見晴台からは、木があって、ちゃんと写真が撮れない。
他の場所で、木の隙間を見つけて撮影。

9年9月14日 (6)

小さい池だが、いい色です。 
コバルトブルーと言われるだけあって、濃い。

9年9月14日 (7)

大きくなります。

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美しい池であることは、間違いなかった。
ただ、少し問題があった。
どこから見ても、上の写真の様には見えなかった。

また、光が当たるところは明るすぎたり、当たらないところは、少し濃すぎた。
写真の様に、周りの木と一緒に見ると、バランス良く美しくなるが、水面だけ見た場合は、オンネトーには大分かなわない。

写真の質にも問題はあるが、何かが足りない。

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湧壷の池は、感動のブルーではなかったですが、感動の池であることは間違いありません。

池や湖はいっぱいあった。 どの写真がどれだか、名前は分からなくなった。

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木が育ってしまったため、見晴台からはよく見えない。
たくさん歩いても、このように休むところは、あちこちにあった。

9年9月14日 (9)

ここの池は、緑っぽかった。 いい感じです。
※ コバルトブルーやこの緑は、池の中のコケが作り出してるように思う。

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カモでしょうか。

9年9月14日 (11)no9

木の隙間からしか見えない池が多い。

9年9月14日 (12)

木がなく、見える所も。

9年9月14日 (13)

ツキノワグマです。 ボート乗り場があって、そこにいた。
見えるでしょうか。  私は、初めて見たような気がする。

9年9月14日 (14)

キャニオンに向かった。 近くにある。
駐車場があった。 ここから、少しだけ見える。
標示も何もなかったが、こんな道があったので、行ってみた。(鈴とスプレーを用意して)

9年9月14日 (15)

アメリカのグランドキャニオンに似てるから、こう呼ぶのかな。
珍しい、というものでしょうね。

9年9月14日 (16)

岩は崩れやすい。 
そう言えば、十二湖は、地震で山が崩れて水が溜まったと説明にあった。

9年9月14日 (17)

上から見てみることに。

9年9月14日 (18)

崩れやすいからか、柵が崖の数㍍手前にある。
下の方は見えなかった。
美しさで言えば、層雲峡の柱状節理の方が上でしょうか。 滝もあるし。

9年9月14日 (19)

海に出て、南に走った。
この小さな峠を越えたら、秋田県です。

9年9月14日 (20)

写真の駅は、あきたしらかみ駅です。(お風呂に行く途中、携帯で撮影)

9年9月14日 (21)

駅のそばに、ハタハタ館という大きな温泉がある。 他の施設も。
広い駐車場があり、そこに停泊。 (温泉の人にことわって)

夕陽は、雲に沈んでいった。 

9年9月14日 (22)no2

津軽に、ちょうど2週間いました。
たくさんの思い出ができました。 津軽は、人も自然もいいところでした
特に、岩木山、八甲田山、ランプの宿、暗門の滝で出会った人達は、忘れられない人達になりました



【道の駅】    上に書いた温泉のそばの駐車場。

【温泉】    詳しく書くと、八森いさりび温泉ハタハタ館  400円。

【明日の予定】    この近くでのんびりします。一休み。 今後のコースを考えます。
          ※ 夕べは、11時頃ネットが繫がりにくくなったので、少し寝た。でも、起きたのは4時。
        ※追記  五能線に乗ります。


《今日の歌》   津軽にありがとうということで、津軽のふるさと(YouTube) 

          メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲(YouTube) バイオリンは、チャンという人。

東北に、1ヶ月いようと思った。
それが、このせまい津軽に、今日で13日目だ。

居心地がよく、津軽から脱出できないで、あっちこっちに行った。
今日走った道なんか、4回目だ。
無駄なは走り方をした。
考えて見たら、用事があって走っているわけではないから、全てが無駄な走りと言えるんだが。

南に向かおうと思ったが、そこに向かう山の中の道が良くないことが分かった。
白神山地の中は、道路工事が、やりにくいそうだ。 (世界遺産に登録されたので)

そんなことで、次は、十二湖と決めた。
今日は、途中にある、千畳敷海岸を見ることに。

下の写真は、朝いた駐車場(西目屋村)から、岩木山を撮影。
近くから見るのは、今日が最後だと思って。

9年9月13日 (15)

岩木山に登ったときは、ここの駐車場だった。2晩停泊した。

9年9月13日 (16)

弘前から、岩木山の南を通って、日本海側の鰺ヶ沢に抜ける道は、走りやすい。
道の両側の環境もいい。 昔の、百沢街道だ。

9年9月13日 (17)

今日は、運転しながらたくさん写真を撮った。
いつものように、以前使っていた、KISSを使って。
危険のない撮影の仕方を、もう一度考えながら。

秋です。 菊の花。 束ねてあった。

9年9月13日 (18)

運転して撮影するときは、どんなことがあっても、カメラは見ない。
難しいのは、水平をとること。 今日は、右上がりが多かった。

鰺ヶ沢を過ぎた。 

9年9月13日 (19)

道は、海沿いになった。
下の写真は、何を意味してるか、分かりますか。
答えは、右の方からが襲ってきています。

9年9月13日 (20)

千畳敷海岸に着いた。  場所はここ

9年9月13日 (21)

9年9月13日 (22)

海の底が、隆起してできたそうだ。

人がたくさんいた。 釣りをしている人もいた。

9年9月13日 (23)

広いから、千畳敷と言ってると思った。
それだけでなく、岩が畳に見えるそうだ。 でも、その説明は苦しいと思った。

9年9月13日 (24)

今日は、何かを発見しようと思って歩いた。

波が、突然吹き出してきた。 最初は、そばを通った時だった。 思わず声が出た。

9年9月13日

海から取り残された、小さな海が、あっちこっちにあった。
魚を探した。 少し海と繫がっているところにいた。  

1匹見つけたので写真を撮った。
写真の整理をしていたら、匹いることに気づいた。
少し前、3匹いることに気づいた。

まさか、もう1匹ということは・・・。 まてよ、下の方に見えるのは、尻尾では。  関連記事はここに

9年9月13日 (2)

カニと言えば、思い出した。
八甲田山に登ったとき、風が強かった。
風に対して、カニのように歩いた。

私がいなくなるまで、動かない。

9年9月13日 (3)

この人何してるか分かった人は、釣りの経験のある人。
大物を釣ってしまいました。 
それは何かってですか。 地球です。 糸を切ろうとしています。

9年9月13日 (4)

こういう岩を見ると、登ってみたくなる。 でも、危ないか。

9年9月13日 (5)

上の方が、何かの顔に見えますよ。

9年9月13日 (6)

八地蔵です。
古い物なのか、地蔵さんの顔は、大分風化していた。

9年9月13日 (7)

日本海の荒波。

9年9月13日 (8)

失敗しました。 私は、この鳥を遠くから見て、トンビだと思った。
写真で見たら、違う。 もしかしたら、ハヤブサかも知れない。
そうと分かってたら、三脚を持ち出して、何枚も撮った。
双眼鏡で、確かめればよかった。 あ~あ、ですよ。

この鳥は、ここに1時間以上、ずっとこのまま。
おまえの居場所は、そこしかないのかって、余計なことを思っていた。

9年9月13日 (9)

ネットの図鑑で調べました。 似ています。
私が今まで見たのよりは、大きい感じがする。 写真が、ボケてます。

9年9月13日 (10)

五能線の線路。
少し向こうに、駅がある。
五能線の列車は、面白い。 ここの駅で10分ほど停車した。
客は、ば~って降りてきた。 千畳敷を眺めたり、少し散歩して戻った。 大サービスだ。

9年9月13日 (11)

道の駅ふかうらに来た。
この建物、変わっていませんか。

9年9月13日 (12)

初めて見る花。 砂地に生えていた。

9年9月13日 (13)

夕べ寝不足だったので、30分ほど寝てしまった。
起きたら、薄暗い。 
海を見たら、あと少しで消える夕陽が、残っていた。

9年9月13日 (14)


【道の駅】      ふかうら    場所はここ

【明日の予定】    十二湖です。(場所はここ)  楽しみは、どんなブルーが見られるかです。 十二湖ブルーと呼べるだけの湖があるのか。 以前もブログに載せましたが、今までの感動のブルーは次の3つです。(大きくなります) 

   オンネトウのブルー(足寄町)
  おんねとう9 

  青い池のブルー(美瑛町)    
  あおいいけ9 

  積丹ブルー(積丹町)
  9積丹ブルー 


《今日の歌》   五能線(YouTube)  再度載せます。

どうして、暗門の滝と名前が付いたのか。
それは、行ってみたら分かりました。

弘前の近くに、こっちに行ったら暗門の滝、と言う標識が、いたるところにある。
もしかしたら、立派な滝かも知れない。
そう思うようになって、行ってみることにした。

この建物は、アクアグリーン ビレッジ ANMON
白神山地に入る拠点。
12時前に着いた。

9年9月12日 (4)

12時15分頃、出発
ところが、さあ行こうと思ったら、どこから山には入るか分からない。
手に入れた地図が、大雑把だった。
バスで来た人達がたくさんいたが、みんな行ってしまった。

そうしたら、一人で山に向かってる女性の人がいた。
その人に、聞いた。 詳しい地図を持っていた。
ところが、その人、地図を見ても自信なさそうだ。
私は、その人の地図を見たら分かった。

そんなことがあって、一緒に行くことになった。
普通に歩いて、片道1時間のコース。

9年9月12日 (5)

少し遠回りになるが、ブナ林を通って行くコースがある。
それにした。 帰りは、近道の普通のコースで帰ることに。

花は少ないが、緑が爽やか。

9年9月12日 (6)

歩き始めたら、その人、写真をパチパチ撮り始めた。 私よりこまめだ。
私にとっては、都合がよかった。

ツリフネソウが見つかった。
※ このあと、たくさん見ることになるが。

9年9月12日 (7)

葉っぱの色が、少しずつ違う。
いろんな木が生えてるからだ。

9年9月12日 (8)

たまに、小雨が降ったが、木の下にいると濡れない程度の雨。

この花は、初めて見た。
ウゴツクバネウツギと教えてもらった。

9年9月12日 (10)

30分くらい、のんびり写真を撮りながら歩いた。
そうしたら、道は、川沿いにある、近道の暗門の滝歩道に戻った。

川の右側に、道が見える。 川は、もちろん清流。 岩木川の源流。
川原で一休みして、軽く食事をした。

9年9月12日 (9) 

滝は一つだと思っていたら、3つだった。 3つまとめて、暗門の滝だった。
しばらく歩いたら、最初の、暗門第三の滝が見えた。 落差26㍍。

滝を含む全体の風景がいい

111no2.jpg

この滝は、実際より、高く大きく見えた。

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水しぶきが、霧のようになって舞っている。
女性の方は、マイナスイオンだとか言って、それを胸いっぱい吸っていた。

水が、激しく飛び出してくる。

9年9月12日 (12)

第3の滝の上を通って、次の滝に行く。
滝壺は、こんな感じ。 いい眺めだ。 滝壺の色には、変化があった。

9年9月12日 (13)

ここから水は、真っ逆さまに落ちる。

9年9月12日 (14)

少し歩くと、暗門第二の滝が見えてきた。
さっきのより、少し大きい。 落差、37㍍。

9年9月12日 (16)

一気に落ちるから、豪快。

9年9月12日 (16)no2

シャッタースピードを上げると、飛び散る水が見える。

9年9月12日 (17)

また、登ってきた。 下に遊歩道が見える。
水は、怒濤のごとく落ちていく。

9年9月12日 (18)

また、しばらく歩くと、細いトンネルが見えた。 中は暗い。
暗門の滝の名前は、これがあるからだと分かった。(確認はしてないが)

9年9月12日 (19)

このような小さな滝は、いたる所にある。

9年9月12日 (20)

これが、暗門第三の滝。 落差、42㍍。 一番大きい。

9年9月12日 (21)

この滝は、水しぶきを激しく飛ばしていた。
滝壺に近づくと、雨が降っているくらい濡れた。 

IMG_5931no77.jpg

この滝は、上に登る道はなかった。
すぐ戻ったらもったいないからって、二人でしばらく眺めていた。
他に人はいなかった。

十分見たので戻ろう、となって滝から30メートル程離れた。
もう一度、振り返って滝を見た。

人はいないはずなのに、人がいた。 驚いた。
山菜採りか何かで、山から下りてきたところだった。
その人、滝の下の川を渡ろうとして転んだ。 でも、濡れない格好(服装)をしていた。

その後、二つの滝をもう一度見て、花を探しながら、景色を見ながら、戻った。

9年9月12日 (24)

彼女が、魚を見つけた。 岩魚だ。 きれいな斑点だ。 釣りたいと思う気持ちは湧かなかった。

9年9月12日 (25)

こんな虫を見つけた。 きっと、上の枯れ葉と、同じになったつもりだ。

9年9月12日

名前は、忘れました。

9年9月12日 (2)

こんな道を通って戻りました。

9年9月12日 (3)

女性の方は、滝に背を向けて写真を撮っていることが、何度もありました。
一つ、今日は学ばせていただきました。

戻ったら、4時15分でした。
2時間のコースを、4時間かけて歩きました。
たいくつしない、いい時間でした。


【道の駅】      西目屋村にある、ふれあいパーキング。

【温泉】       途中にあった村の温泉。  350円。

【明日の予定】   南の方の白神山地の向かう予定


《今日の歌》         歌ってよ夕陽の歌を(YouTube)  今は、この歌の季節でしょうか。

            北の岬(YouTube)  土曜日に載せさせてもらっています。


盛美園という庭園と、八幡崎の生け垣が、地図に載っていた。
どのくらい面白いかは分からないが、行ってみることにした。
行ったら、何かあるだろうと思って。

両方とも、平川市にあった。
朝いた道の駅から、遠くない。

盛美園には、20分ほどで着いた。
ここは、一応、国指定の名勝になっていた。
また、めずらしい物が一つあることが分かった。
御宝殿とよばれる、中尊寺金色堂のミニ版のようなもの。

最初に、これを見た。
※ 御宝殿は、30分おきに見ることができる。 3分だけ。
蔵のような建物の中にあった。
金ピカだった。 (受付にあった写真を撮影したもの。撮影禁止だった)

9年9月11日 (8)

本尊は、鎌倉時代の物。
壁の蒔絵は、人間国宝の人が、生涯をかけて作った物。
ありがたい物だから、見せる方も出し惜しみしているくらいだ。

ところがです。
すごいなとは思っても、私には、これを見て感動する心は無かった
どうしてなんだろうと、それを考えながら、今日は歩いた。


庭園には、和洋折衷の盛美館という建物があった。
1階が和式、2階が洋式の、和洋折衷の建物。
庭も、盛美館も、美しいと言えば美しい。

写真だけは、ちゃんと撮ろうと、場所を変えて撮った。

9年9月11日 (2)

屋根の色は、独特の白っぽい青。

9年9月11日 (3)

明治の終わりに、庭を観賞するために建てた。

9年9月11日 (4)

上の写真の、手前角にある部屋。  蜘蛛の巣の模様が美しい。

9年9月11日 (5)

手入れが行き届いていた。

9年9月11日 (6)

限られた広さの中に、一つの世界を作ったのか。

9年9月11日 (7)

中尊寺を見たときは、退屈しなかった。
どうしてだろう。
そんなことを考えながら歩いた。

名前は分からないが、きれいだ。

9年9月11日 (9)

庭園も見終わったので、出口の休憩所にもどった。
ここで、事件というか事故が起きた。

休憩所には、私を含めて3人いた。 あと、受付に一人。
私は、御宝殿の写真が撮影禁止だったので、撮影された写真を撮っていた。
他の二人は、椅子に座って話していた。

二人の話が終わって、一人は帰った。
そのすぐあと、残された男の人の様子がおかしくなった。
こっちの来ようとするが、ちゃんと歩けない。 足があがらない。

聞くと、蜂に刺されたという。 足の裏だ。
足を組んで椅子に座っていて、刺された。
3㎝程のスズメバチが、地面に転がっていた。 
刺されたときに、たたき落としていた。

 スズメバチ はこんなの
スズメバチ

私は、病院に行くことを勧めた。
受付の人が、すぐに電話した。 
これから行くことを伝えた。

昔、同僚がスズメバチに頭を刺された。 眼鏡が飛んだ。
また、地域の人だったが、自宅の裏で数カ所刺された。
歩くことは出来なく、はって玄関にもどり、救急車を呼んだ。

私も、小さな蜂に肩を刺されたことがあるが、誰かに叩かれたと思った。
スズメバチの場合は、ぶん殴られた感じだそう。
命に関わるのは、2度目に刺されたときという。

※ 実は、先日白神山地に行ったとき、遊歩道を歩いていて、蜂の巣を見つけた。
  木の根の部分に穴があり、盛んに蜂が出入りしていた。
  刺激しないように近づいて、写真を撮った。 
  でも、蜂はせわしなく動くので、ちゃんと写らなかった。


そんなことがあったが、私は生け垣を見るため、歩いて八幡崎に向かった。 
※車は、置かしてもらった。

30分以上歩いて、そろそろだなと思っても着かない。
りんご畑で仕事をしていた、おばあちゃんに聞いた。 
あと、200㍍位と教えてくれた。

先日のブログに書いたリンゴ箱って、この箱だった。
リンゴをいただいた。 種類は、つがるだったかな。

9年9月11日 (10)

リンゴの種類のことなど、色々話して分かれた。
このあと、これをかじりながら歩いた。 午後2時過ぎ。
もぎたてだから、特に美味しかった。 昼も食べてなかったし。

9年9月11日 (11)

すぐに、この標識が見えた。

9年9月11日 (12)

こんな標示が。

9年9月11日 (14)

こんな生け垣です。

9年9月11日 (15)

洋風の家にも生け垣が。

IMG_5633no9.jpg

生け垣の隅っこに、時々花がある。

9年9月11日 (16)

生け垣のある家がなくなったので、戻り始めた。
下校の子供に出会った。
こんにちは、と挨拶してくれた。

私は、どうしてマスクをしているのと聞いた。
子供は、おじさんどこから来たの、と聞いた。
少し話して、分かれた。 離れていく子供に、車に気をつけるんだよって、さけんだ。

9年9月11日 (18)

少し歩いて、私は振り返った。
そうしたら、子供も振り返っていた。 もう一度、さようならをした。
その時の写真が、上の写真。

私が振り返ったのは、子供が振り返っているかも知れない、と思ったから。
これと同じことが、去年あったんですよ。 (どこにあるか見つけたら、後でのせます)

生け垣の手入れをしている人がいた。

9年9月11日 (19)

大きなバリカンだ。  今日歩いていて、このような人に出会ったのは3人目。

9年9月11日 (20)

朝顔の花は、風が吹いたら、このように。 しなやかだ。

IMG_5704の77

2時間ほど歩いて、駐車場に戻った。
生け垣を見て、美しいとは思うが、感動はむずかしかった。

戻る頃には、どうしてだろうと思っていたことの答えは、見つかっていた。

中尊寺が退屈しないのは、義経と芭蕉がいたから。
今日歩いて楽しかったのは、おばあちゃんと子供達がいたから。

花や山など自然の物は別にして、ただ物だけ見てもつまらないことが、分かりました。
特に自分にとって関心の薄い物に対しては。
何となくは感じてはいたのですが、はっきりしたでしょうか。

今日の様なところは、大きな期待はしないで、散歩がてらに眺める。
これからは、そうしたいと思います。


【道の駅】      ひろさき   場所はここ。

【温泉】       南田温泉ホテルアップルランド   足湯があって、リンゴが浮かんでいた。

DSC00794.jpg

【明日の予定】   白神山地の方でしょうか。 雨が降らなかったら、暗門の滝へ行くかも知れない。


《今日の歌》        チキタ(YouTube)  メロディです。

ランプの宿。 いい響きの言葉です。

昨日八甲田山に登ったことを、姉の旦那に伝えた。
近くに、ランプの宿があると言う。
昔、行ったことがあるようだ。
山奥の、ひなびた一軒宿を想像した。

今日は、道の駅「虹の湖」でゆっくりしようと思っていた。
写真は、たくさん撮ってあった。

大きな期待はしないで、向かった。
少し十和田湖の方に行ったら、左に曲がり、山を上り始めた。
上るだけ上ったら、最後に谷底に下りた
想像していた宿ではなかった。

9年 9月10日

谷の底に、宿は見えた。

9年 9月10日 (2)

ここが、ランプの宿。 少ししか見えないが。   場所はここ

9年 9月10日 (3)

実際は、この写真より暗い。 ランプしか、灯りはない。
午後の1時半頃。
私の予定は、お風呂と食事。 夜の雰囲気を味わうことは出来ない。

9年 9月10日 (4)

ランプが、あちこちにぶら下がっており、薄暗いところのランプには灯りが灯(とも)っていた。
このランプは、お土産屋さんの中。
ピカピカに磨かれていた。

9年 9月10日 (5)

こんな色紙が。 心にランプを、と言っているようです。

9年 9月10日 (6)

こっちは、売店と喫茶コーナー。 書いてある言葉は、津軽弁。

9年 9月10日 (7)

こういうのが、好きです。

9年 9月10日 (8)

頼んだ食事は、岩魚の塩焼きと山菜料理の、川菜定食
受付の方が、料理が出来るまで時間があるので、先にお風呂に入ったらどうですかと言った。
温泉は4つあり、滝見の湯を勧めてくれた。

吊り橋を渡っていく。 橋の上から撮影。 右に本館。

9年 9月10日 (9)

旅館の人は津軽弁で話してくる。 ほわっとしており、気持ちが和らぐ。
でも、この宿のほんとうの良さは、言葉だけでない、その奥にある客に対するにあるように感じた。
津軽弁を通して、それを表現していた。

橋を渡ったら、滝見の湯はあった。

9年 9月10日 (10)

私一人。 たまたま、他の客は居なかった。
写真を、自由に撮れた。

青森ヒバで作られた、湯船。 窓の向こうに、滝。

9年 9月10日 (11)

龍神の滝

9年 9月10日 (12)

ここの宿は、一つ一つの物だけでなく、敷地内全体がデザインされている。

清流の感じの、露天風呂。

9年 9月10日 (13)

今日は、時々雨が降る。 そのため、空気が澄み切っていた。

滝見の湯の入り口から、来た方を撮影。 右は離れの建物で客室。(ふるさと館。大広間にもなるのかな)

9年 9月10日 (14)

左の建物は、幻渓楼という離れの客室。
正面に見えるのは、入ると露天風呂。

9年 9月10日 (15)

本館に戻って少ししたら、食事が出来上がった。 広間で食べた。
美味しい岩魚の塩焼きだった。 骨もなにも、ほとんど食べた。

9年 9月10日 (16)

食事の後も、写真を撮った。 このことは、受付の人に伝えてあった。
大広間から外を見ると、別の吊り橋があった。

9年 9月10日 (17)

写真を撮りおわってお茶を飲んでいたら、宿の人が、もう一つのお風呂に入ることを勧めてくれた。
上の写真の、右側にある。 そこに向かった。

9年 9月10日 (18)

健六の湯。  ここが、一番大きいのかな。
ここも、最初は私一人。

9年 9月10日 (19)

係の人が、ランプにを着けに来た。
夜暗くなって、ランプの灯りだけでお風呂に入ったら、どんな感じがするのだろう。
時間がゆっくり流れるのか。 おだやかに。

9年 9月10日 (20)

日帰り入浴は3時まで。 いつか、ここに泊まってみたいかな。

ランプの灯りは、やわらかい。

9年 9月10日 (21)

こういうのに、必ず目がいってしまう。 (存在感は、ピアスに似ている)

9年 9月10日 (22)

お風呂から上がる頃、雨が降ってきた。 最後は、土砂降りに。

9年 9月10日 (23)

駐車場は、左の坂を上った所に。

9年 9月10日 (24)

ピカピカだったのは、ランプだけではありませんでした。
お風呂も、廊下も、どこもでした。

今まで、私はたくさんの温泉に入ってきた。
誰もが探し求めている温泉は、ここのような温泉かも知れない。
そんな思いがしましたね。

もう一度、行かなければなりません。
今日も、いい人達に出会いました。


道の駅「虹の湖」です。 広い芝生があります。

9年 9月10日 (25)

花も、いっぱいありました。

9年 9月10日 (26)


【道の駅】       虹の湖    昨日と同じ。

【温泉】         青荷温泉~ランプの湯~  500円。

【明日の予定】    秋田の方に向かうのかなって・・・。 でも、 この近くに何かあるかも。


《今日の歌》     鬼無里の道(YouTube) ねぷたのブログの時、この曲を思い出しました。鬼無里については、ここに。 

             ゴリラダンス(YouTube)  メロディです。 元気な曲を。


八甲田山は、弘前から遠くないことが分かった。
ロープウェーがあることも。
登って見るか、となった。

私は、百名山の本を持っているが、半分くらい登れたらいいな、と思っている。
八甲田山は、それに入っている。

竜飛岬の近くの展望台から、八甲田山は見えた。

八甲田山

※ 今日も、ネットが混んでいる。 11時が近づいて、やっと良くなってきた。
  これがあって、夕べは寝不足。

7時半に、八甲田山のロープウェーに向かった。
途中でおにぎりを買って。

8時半頃着いて、始発の9時のに乗った。 たくさんの人がいた。  場所はここ
登山道は、八甲田山だけの道だから、迷いようがない。

9時30分、ロープウェーの終点を出発。
天気がいいので、少し登ると、周りがよく見えた。
これは、青森市

9年9月9日 (10)

ロープウェーの乗り場で、気になる話しを聞いていた。
山の上は、風速19㍍の予報が出てるって。

岩木山。 手前が、弘前市。

9年9月9日 (11)

風は強くない。
高くなるにしたがって、どこまでも見えた。

岩木山とは、反対の方向。

9年9月9日 (12)

高度が上がると、時々の中に入った。 雲は、急にやって来る。

9年9月9日 (13)

八甲田山は、大雪山のように、いくつかの山全体の総称。
今日は、3つの山に登る。
赤倉岳(1548㍍)、井戸岳(1550㍍)、大岳(1585㍍)。

最初の赤倉岳に着いた。 10時25分。 一番上の写真の、左の山。
風が強くなってきた。 山の上のせいもある。
小さな白い花が、風にふるえていた。

IMG_2651no22.jpg

真ん中右に、小さく岩木山。

9年9月9日 (14)

山はもう、秋の気配が漂っていた。

9年9月9日 (15)

真ん中の山、井戸岳に着いた。 11時。

9年9月9日 (18)

小さな神社があった。 向こうに見える山が、三つ目の大岳。

9年9月9日 (17)

風が特に強くなってきたのは、この山頂に着いてから。
写真を撮るとき、リュックを置いた。
風に飛ばされると思ったので、石を載せた。
風速は、自分の感覚で、20㍍

この後、下の写真の稜線を進む。 そして、右に下っていく。

9年9月9日 (16)

笹藪の中を通るときがあった。 風が弱い。 ありがたい。
ほんの少し陽が差しても、温かかった。

これは、チシマギキョウ

9年9月9日 (19)

下の写真は、強風の中、やっと撮影。(小さなカメラで)
ここまで、笹も木もない所を下った。
風速は、20㍍を超えてる
時々、突風が吹く。 しゃがむか、手すりのような柵につかまった。
私の後からも数人が来ていたが、みんな大変だ。 動けない人もいた。

避難小屋に着いてからだが、この時の風は、25㍍を超えていたと言う人もいた。

下の写真の小屋から、左に上がっていくと、3つ目の大岳。

9年9月9日 (20)

11時20分に避難小屋に着いた。登山者が10人程いた。(その後、さらに増える)
みんな、大岳に行くかどうかを検討している。
誰もが、食事をしながら。
結局、どのグループも個人も、私の周りに、登るという人は出なかった。

私のとなりに、私より年配の人が座っていた。
山の経験があるようなので、登れるかどうかのアドバイスをもらった。
2人で外に出て、もう一度風の強さを確かめ、やめようと結論を出した。

私は、無理をしたら登れるかも知れないが、こういう状況の中では、それはまずいと思った。
今回登ると、今後も同じ状況の中で、登ると思った。

私は、その男のひとを父さんと呼ばせてもらっていた。
父さんは、私にりんごをくれた。
リュックを軽くしないとだめだじゃ、って言いながら。

父さんは、ロープウェーを使わない酸ヶ湯温泉から登ってきていた。2時間かけて。
そっちに下りないかいって、誘ってくれた。 
酸ヶ湯からは、ロープウェーの駐車場まで送ってやると。
ロープウェーへ戻るより大分遠いが、その方が面白いと思った。

11時50分下山開始。
下の人が、その父さん。(写真が、うまく撮れなかった)
近くの黒石市の人。 毎年北海道の山にも登っているという。

9年9月9日 (21)

私は知らなかったが、このルートには、小さな湿原が、階段状にいくつもあった
こっちに来て、よかったと思った。

9年9月9日 (22)

父さんは、時折、振り返って山を見上げた。
上はひどいなって、山にかかった雲を見つめて、つぶやいた。
少しは未練があったのか、こう言って納得していた。

このルートを下る人達も、結構いた。

9年9月9日 (23)

湿原には、が来ていた。 こんな紅葉が、あちこちに。
大岳に登れなかったマイナスは、とっくに取り戻していた。

9年9月9日

山から下りてきた、ある人が、こう言った。
いやあ、風が強かった。まぶたが揺れたじゃ」って。 そんな風だった。

湿原の休憩所から撮影。
遠くの山脈(やまなみ)。

9年9月9日 (2)

色が、鮮やか。

9年9月9日 (3)

ある話しの中で、父さんはこう言った。
弘前は城下町で、弘前の人は、みんなおっとりしていると。
いい意味で言ってるように聞こえた。

岩木山で出会ったお嬢さんたちも、そうだった。
弘前の人達は、すてきな街に住んでいる。 
気張って生きる必要がないから、そうなると思った。

これは、何でしょう。

9年9月9日 (4)

午後1時55分、酸ヶ湯温泉に下山。   場所はここ。 地図に、3つの山と避難小屋が見える。
ゆっくり楽しみながら下ったので、2時間と5分かかった。
そのあと、ロープウェーの駐車場まで送ってもらった。
お礼にと、少しだけの品を受け取ってもらった。


明治35年1月に、雪中行軍遭難という大きな事故があった。
その場所に寄った。    場所はここ
写真の、右の道を行ったところにあった。

9年9月9日 (5)

標示があった。

9年9月9日 (7)

上の建物の、裏に。

9年9月9日 (6)

さらに行ったら、こんな銅像が。
助けを求めて、5日間雪山を歩いた、後藤伍長という人。
この事件の象徴的な存在になっているようだ。

9年9月9日 (8)

映画は見てないが、高倉健がこの人を演じたのかな。

9年9月9日 (9)

上着を着ても寒かった。 この後、ここで温かい蕎麦を食べた。

岩木山もそうでしたが、今回の八甲田山も、人と出会い、いい登山になりました。


【道の駅】        虹の湖    場所はここ

【明日の予定】     天気が良くないので、動かないかも知れない。
              近くの温泉に、ゆっくり入りたい。(こう思うことは、めったにない)


《今日の歌》      八甲田山の映画があったので載せます。(YouTube)

             先日載せた、CALENDARを再度。(YouTube)  桜の写真を見ると、森小町の桜を思い出します。

【お礼】 8日のねぷたのブログは、多くの人に見ていただきました。うれしく思います。拍手も多かったので、励みになりました。
    また、ブログランキングは、今までで一番上に行きました。(FC2国内旅行13位) クリックに感謝します。 ありがとうございます

朝は、だった。
白神山地世界遺産センターは、やめた。
※ ここのセンターは、世界遺産に指定されたエリア内、ではないという問題もあった。
弘前ねぷた弘前城を見ることにした。

ねぷたは、津軽藩ねぷた村で見られることが分かった。   場所はここ
弘前城のそばにある。

入場料は500円。 駐車は1時間無料。 越えたら、1時間200円。
広い駐車場なので、駐車しやすい。
また、車をここに置いて、弘前城に行ける。 便利だ。


大きな建物の中に、たくさんのねぷたが、展示されていた。
過去のねぷた祭りで使った優秀なものが展示されてるので、作品としての質が高いように感じた。

ねぷたの主流の形は、下のように、扇の形
これで、高さ6㍍20㎝。 この高さは、祭りに出せるそう。

9年9月8日 (19)

青森はねぶたで、にごる。 ここは、ねぷた。
今日の説明では、「ねぷた」は「ねむたい」から、変化したそうだ。
夏の睡魔を追い払う、ねむり流しが始まりという。
※ 他にも説はあるそう。

これは、小さい。  小さくても形は扇。

9年9月8日 (20)

ねぷたには、正面後面がある。
正面には勇壮な男の絵が、後面には美人画が描かれている。

男の絵は、鏡絵と言うそう。 三国志や水滸伝からとっている。
勇壮と言うことで、表情が共通しているが、迫力はある。

下のは、ここに展示されている中で、一番大きい。 祭りには出せない。

IMG_2528no12.jpg

こんな表情。

9年9月8日 (21)

後面の美人画は、表情が様々で、見ていて退屈しない。
表情のいいのを探した。 全てがいいわけではなかった。

このように、刀を持って勇ましいのもある。

9年9月8日 (2)

今年のねぷた祭りには、82台のねぷたが参加した。
ずっと昔、私は一度だけ弘前で見たことがある。

表情は柔らかいが、鬼女の感じもする。
資料室に、鬼女の図の見本があった。

9年9月8日

こんなの。

IMG_2602no88.jpg

ねぷたを曳いて練り歩くとき、ラッセラ、ラッセラと言うそうだ。 酒とかを「出せや」が、なまったと説明してくれた。

見る人が見たら、この絵は、あの物語の誰だとか、分かるんだろうか。
下の写真は、颯爽(さっそう)とした感じです。

9年9月8日 (22)

美女、3人。

9年9月8日 (3)

真ん中です。

9年9月8日 (4)

金魚ねぷた。 ねぷた祭りの時、子供達が提灯のように持ち歩く。 小さい。

9年9月8日 (7)

ねぷた祭りは、8月1日から7日まで。 7月末からのこの時期は、東北の祭りが集まっていますね。

これは、絵。 後に光がない。

9年9月8日 (6)

ここまで描くと、芸術品に見えてくる。

9年9月8日 (5)

このねぷたは、立体的。 笛を聞かせてくれた。

9年9月8日 (8)

どれも、津軽こぎん刺し
布に、糸で模様を付けることによって、布を丈夫にするのが目的だった。

9年9月8日 (9)

津軽三味線の演奏。
弾くと言うよりも、バチでたたく感じ。

9年9月8日 (10)

全体の長さは、他と一緒。 竿が太い。

9年9月8日 (12)

太鼓の部分の革は、犬だそう。 この太鼓の部分も、他より大きい。
バチは、べっ甲。

9年9月8日 (11)

演奏が終わって、演奏者に聞いた。 どうして、津軽三味線は、そのような強い音を出すようになったかを。 こう答えてくれた。
津軽の自然の厳しさが、そうさせたと思う、と。

高橋竹山の演奏をどう思うかも聞いた。
竹山は、たたきつけると言うより、弾きの悲しみ・哀れみを表現した人だと思う、と答えてくれた。
竹山は、独自の世界をつくった人だとも。

名人と言われた、盲目の三味線弾きです。
昔、3回ほど聞きました。

聞くときに、私はメモを取ります。聞き流しているのではないと思ってくれるのか、丁寧に答えてくれました。


弘前城に向かった。 5分ほどで着いた。 小さい。 かわいい城だ。
この天守は、1811年に完成したもの。

9年9月8日 (13)

この天守は、現在、歴史資料館になっている。
下の写真は、最上階。

9年9月8日 (14)

岩木山が見えた。 陽が差していた。

9年9月8日 (15)

この刀は、実際に、仇討ちに使われた刀。
江戸時代の終わり、赤石愛太郎という者がいた。母親が、ある男に殺された。復讐の念に燃えた愛太郎は、2年後に、その男を見つけ復讐する。 この事件は、江戸中に知れ渡った。愛太郎は、世間を騒がせたと言うことで、自害する。復讐を果たした8日後だった。 26歳。 縁続きの者が、後を継いだ。(幼少と思われる)  その人は、後に三代弘前市長になった、と説明にあった。

9年9月8日 (16)

別の方から撮影。

9年9月8日 (17)

城の一番外側の、お濠(ほり)。

9年9月8日 (18)

弘前城は、創建当時のまま残っているところに、価値があるでしょうか。

今日は、ねぷたの絵を見ることができ、よかったです。


【道の駅】      いなかだて    場所はここ

【温泉】        つがる温泉     ここ

【明日の予定】   八甲田山を考えています。 早く寝なければ。


《今日の歌》     歌でなく、浅田真央の、The Ice 2008(YouTube) を載せます。いつも、キム・ヨナばかりなので。真央の良さが出てますよ。

今まで、ブログは10日分表示していたが、5日分にしました。
開く時間が、半分になりました。(しうさんのアドバイスです)


今日することは、とにかく洗濯でした。
五所川原市とかでも、探していたんだが、なかった。
弘前市の市街に向かいました。

途中、弘前市りんご公園に寄ることにした。

この道は、弘前市から岩木山の南を通って、日本海の鰺ヶ沢に通じる道。
昔の、百沢街道
昨日、一昨日と、通ってきた。

この辺りは、昔の街道の上に、県道をつくった。
江戸時代に植えたが残っている。

9年 9月7日 (17)

リンゴの木は、至るところにある。
今年のリンゴは、もう売っていて、安い。
先日、道の駅で買った。 300円で6個だった。
どうして安いかを聞いた。 余って捨てるほど穫れる、と言った。

リンゴ公園は、広いリンゴ畑の中にあった。

9年 9月7日 (18)

リンゴの種類は、いろいろ。 上のは、ジョナゴールド。 下のは?
リンゴの重さで枝が折れるので、あっちこっちに支え棒がある。 (※つっかえぼう、で入力したら、支え棒になった)

9年 9月7日 (19)

すり鉢山という、小さな山の上から。 見える建物は、りんごの家。
売店とレストラン。
津軽のふるさとが、ずっと流れていた。 
バイオリンの演奏だったが、YouTubeにないので、これを

9年 9月7日 (20)

りんご畑が、一面に広がっている。
正面は、岩木山。 裾野がうっすらと見える。

9年 9月7日

リンゴ追分の歌碑があった。 歌うのは、美空ひばり。
歌詞の出だしは、「リンゴの花びらが 風に散ったよな」。
そして、月夜にそっと泣いた、と続いている。
歌は、ここに

花びらが散る風景は、歌によく使われる。
散ると言うことが、さびしさを感じさせ、人の心を動かすのでしょうか。

手仕事屋きち兵衛さんは、高遠城の桜が散るのを見て、絵島(えじま)を想った。
絵島の悲しみを歌にした。  もしよかったら。 風の桜衣(はなごろも)(エムズの片割れ)  絵島の物語はここに

9年 9月7日 (2)

歌碑に近づいたら、歌が流れた。
美空ひばりは、上手だ。
誰よりも、歌詞の解釈が深いのでは、と思った。
悲しい酒を歌うときは、涙を流した。 自分の人生と重なったのかも知れないが。

鉢植えの木が、いっぱいりんごを成らしてた。

9年 9月7日 (3)

名前が分からない。 誰かに聞けばよかった。

9年 9月7日 (4)

1本の木に、どれだけりんごが成るか知りたかった。
数えてみた。 大変だ。 数え切れない。
仕事をしている人を見つけた。
聞いてみた。 写真の木で、10箱穫れるそうだ。 1箱60個。 600個だ。

リンゴの周りの葉っぱを取っていた。 陽が当たるように。

9年 9月7日 (5)

レストランで、りんごコロッケカレーを食べた。
コロッケの中にも、カレーの中にもりんごが入っている。
ドレッシングにも、すべて入っていた。 サラダにもりんご。
美味しいカレーでした。

9年 9月7日 (6)

岩木山。 津軽に来て、全体を見たのは初めて。

9年 9月7日 (7)

いわきさん。 発音して、濁りがないのも好きです。

9年 9月7日 (8)

今朝いた道の駅に戻る途中、青い山脈の歌碑があった。
どうしてここにあるのか、分からなかった。
調べたら、小説「青い山脈」を書いたのは石坂洋次郎で、弘前の出身だった。
津軽を舞台に書いていた。

9年 9月7日 (9)

歌碑のあるところから見えた、白神山地

9年 9月7日 (10)

今いる駐車場のそばを、百沢街道が通っている。 整備されている。

9年 9月7日 (11)

弘前城日本海を結んでいた。
また、岩木山に登るお山参詣は、江戸時代から始まっていた。
岩木山神社も、この街道沿い。

昔から、いろんな目的で利用され、重要な街道だった。

9年 9月7日 (12)

私が今いるのは、Pの所。

9年 9月7日 (13)

今日も、嶽(だけ)温泉に行ってきた。 ここから近い。
写真の、山楽という旅館の温泉。
混浴の100人は入れる露天風呂があったが、勇気が足りなかった。
内風呂に入った。 少し熱め。 濁り湯。

9年 9月7日 (14)

下の写真を、その下の写真の左に置きたかったが、出来なかった。 前はできた。

9年 9月7日 (15)  

夜遅くなっても、私の車だけ。 

9年 9月7日 (16)

最近、道の駅にも温泉にも影響されないで、旅ができたらいいと思っている。
温泉はなくても、シャワーが使えるからいいが、トイレのあるパーキングは少ない。
北海道で、一度だけコンビニの駐車場に停泊した。
買い物をして、お店にお願いしたら、いいですよと言ってくれた。

今日洗濯した物を、まだたたんでない。 寝るのは、2時頃になりそう。
夕食の後、1時間ほど寝たから、まったく眠くない。
  

【道の駅】    昨晩と同じパーキング。

【温泉】     上に書いた通り。

【明日の予定】   白神山地に行く予定だが、弘前城もある。 今日、行く時間がなかった。


《今日の歌》     CALENDAR(YouTube)  佐藤宗幸と庄子眞理子  私は、初めて聞きます。 久しぶりの発見です。
             女性の声が、甘く澄み切っている。 こういう声は、聞いたことがないように思う。
         
                         追記 庄子眞理子さんの歌が見つかりました。 埴生の宿(YouTube) 動画付き。 いいですよ。
            それから、アメイジング・グレイス(YouTube) サクソフォーンの人、もっと押さえて演奏してくれたらいい。

岩木山を最初に見たのは、4月3日だった。
この旅最初の道の駅、なみおかを出発して、弘前に向かった。
あるとき、正面に見えた。 まだ、雪があった。 大きな山に感じた。
弘前を通って南に行った。

本州、第1日目でした。

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竜飛岬の近くの展望台から。 登るのは、大変そうだと感じた。
この山は、どこから見ても、姿・形がいい。

09年9月6日  (2)

朝、天気が良かったので、岩木山に登ることにした。
昨日のブログに書いた、かかしの里に来たら、岩木山全体が見えた。
写真を撮った。 半分より上は、雲。
旭岳も十勝岳も、こんな感じだった。

09年9月6日  (3)

昨日写真に撮ったかかしのそばに、売店があった。 日曜日だけ出店するそう。
アスパラと、五平餅を買った。 安かった。 (五平餅でよかったかな)
岩木山がよく見える所はどこだとか、何だかんだと話しに花が咲いた。

09年9月6日  (4)

山に近づいたら、山裾に沿って上り続けた。
途中から、有料の岩木スカイラインに入った。 
道は、頂上に向かった。
大きな山の尾根の上を、69回曲がりながら、下の写真のリフト乗り場に着いた。  ここです

私は、この道を知って、岩木山に登ると決めた。
登山に対する私の気持ちは、こんなもんです。

左の方に、駐車場があります。

09年9月6日  (5)

8合目まで、車で来てしまった。
ここからの標高差は、約400㍍。
さらに、リフトに乗ろうと思ったら、乗れる。

09年9月6日  (6)

頂上が見える。

09年9月6日  (7)

12時10分スタート。
笹藪の中の道を歩いた。 階段のような道が続いた。
下の写真は、道がなだらかになった所で、小さなカメラで撮す。
※ 大きいカメラも準備した。 今日こそ、遠くまで見渡せると思って。

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笹藪がなくなったら、視界が開けた。 リフトの終点は、すぐ近く。
リフトに乗ったら、ここまで歩かなくていい。

私が休んでいたら、女の子3人組がやってきた。
途中で、私に道を譲って先に行かしてくれた人達だ。
代わりばんこに写真を撮っていたから、最後に3人一緒のを撮ってやった。

ここでは、たくさんの話しはしていない。
私は、先に頂上を目指した。

09年9月6日  (8)

リフトの終点は右上に。
そこを、手前に下りてきたところが、上の場所。
だいぶ登ってきた。 上の写真の3人も見える。

09年9月6日  (9)

1時15分、頂上に着く。 1時間と5分だった。
今まで登った山の中で、一番短い。

09年9月6日  (10)

出発点の駐車場が見えた。 私の車は、右の下に。
雲は、濃くなったり、薄くなったりする。 寒くはなく、上着はいらない。
この位置で、おにぎりを食べた。

09年9月6日  (11)

リフトの終点が見える。

09年9月6日  (12)

頂上は、人でいっぱい。 子供もいる。 子供がいると、雰囲気が明るくなる。

09年9月6日  (13)

小さな神社があった。 お参りした。 たくさんお願いした。
財布は、車に置いてきた。
賽銭は出せなかったから、御利益が薄くなると思った。

09年9月6日  (14)

大町桂月の歌碑。 最後の字がよく分からないが、こうかな。
四方八方の 千万の山を見下ろして 心にかかる 雲もなきの様

山に登って遠くを見たら、心にかかっている雲は、たしかに薄まるかな。
目の前ばかり見て生きてることが多いから。

09年9月6日  (15)

下界は、たまにしか見えない。 みんな、雲が去るのを待った。

09年9月6日  (16)

どこの町かは、分からない。 
雲が動くから、木漏れ日のように陽がさしてくる。
見晴らしのいい場所で、視界が開けるのを待った。

09年9月6日  (17)

さっきの女の子達がやって来た。
明るく、にぎやかだ。

面白いことを言った。
空を見たら、ふらつく」と。 そう言って、空を見上げていた。

何言ってるんだろうと思って、真似してみた。
私もふらついた。 どうしてだろうと、考えた。

雲が動くからだ。 雲が動いているのに、自分が動いたと錯覚して、重心を戻そうとする。そうしたら、ふらつく。
みんな、せまい石の上に立っている。

上を見たら、泣きそうになる」とも、言った。
ふらついて、こわくて、泣きそうになるのか。 他に何かあるのか。

おもしろいことを言ってくれる。
こんなふうに何かを見て、感じたり気づいた時に、詩は生まれるな、と思った。

09年9月6日  (18)

ここで、問題です。
私は、このお嬢さんたちに、負けたなと思いました。 上の発言とは別にですよ。
その訳は、何でしょう。

答えは、3人は、一番下から歩いて登ってきていました。 
4時間かかって。 岩木スカイラインを使わなかった。
初めての、登山だそうです。 

子供達がいて、3人がいて、山頂の風は、爽やかに感じましたね。

彼女たちは、私より一足早く、下山しました。
今度また、どこかの山の上で会おうね、って話して。

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※ 3人は、弘前で同じ職場だそう。 下山したとき、3人は駐車場でバスを待っていました。 名刺を渡しました。 ブログに書くことは、伝えていました。

下界が、はっきり見えました。
でも、十和田湖とか、遠くの方は見えませんでした。

09年9月6日  (19)

3時頃、下山開始。 こんな花が。

09年9月6日  (20)

下山途中、こんな会話を聞いた。(お年寄り二人)
「あんたは、根性あるな」
「おれから根性取ったら、なにも無い」
親しい二人のようだった。

3時45分頃、駐車場に着いた。

嶽ホテルの温泉に。   ここです
初めて、白く濁っていた。

09年9月6日  (21)

岩木山神社に行ってみた。 (5時半を過ぎて、薄暗い。 感度を上げて撮影)  上の地図にある。

09年9月6日  (22)

本殿。

09年9月6日  (23)

向こうから、来た。

09年9月6日

根室に行った時、根室人のおおらかさは、この感じですよと、女の子の写真を載せた。  ここに
岩木山は、津軽の真ん中にあります。
津軽の人達は、心の拠り所のように、この山を見て来た。
津軽人の魅力を、今日出会った3人を通して、感じたでしょうか。


【道の駅】    やすらぎの駐車場って言う所。   この辺りかな

【温泉】      嶽温泉、嶽ホテル   500円    ここ

【明日の予定】  弘前市内のコインランドリーに行く。 あとは?

  
《今日の歌》   まだ、名前の分からない曲(YouTube)  画像は、ゴッドファーザー。

              北の岬(YouTube)  土曜日に載せるの忘れたので。


亀ヶ岡遺跡も五能線も、物足りない。
ということで、白神山地を考えた。

世界遺産に登録されたのは、南の方だが、白神山地全体は広い。
鰺ヶ沢の黒森に遊歩道があるので、行くことにした。
手つかずの自然は、どこが違うのか、それが楽しみでした。

鰺ヶ沢から山に入ると、里山の雰囲気が続いた。
かかしの里があった。
青森県は、全体にかかしが多い。
先日のブログで、動かないおじいさんを、かかしと間違えたのは、これがあったから。

09年9月5日 (2)

かかしの後が県道。 ここの他にもある。

09年9月5日 (3)

これが一番出来がよかった。

09年9月5日 (4)

コスモス。 かかしが一人。

09年9月5日 (5)

さらに進むと、こんなのが。 これ、ツチノコでないかな。 
※ この地域にそんな話しがあるのか、調べたが分からない。

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遊歩道の管理塔、くろもり館。 入山するのに、300円。  場所はここ

09年9月5日 (6)

案内板に、今日は、木漏れ日がきれいですよ、と書いてあった。 その通りだった。

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原生林が続いた。
これは、コウライテンナンショウ(高麗天南星)
あったのは、ここだけ。 珍しいそう。

09年9月5日 (7)

ここから先の写真は、名前が分からない。
管理塔に写真があって、メモしてきたが、どれがどれだか。 分かったら、後で。

09年9月5日 (8)

09年9月5日 (9)

09年9月5日 (10)

09年9月5日 (12)

熊の爪痕。 標示があった。
管理塔の人は、この時期はいないと言った。 だから、鈴もいらないと。

09年9月5日 (11)

ここが、一番奥。 東屋があった。
ゆっくり歩いて、1時間ほど。

09年9月5日 (13)

休んでいたら、ガイドを含めた5人がやってきた。
ガイドが、突然木の穴に手を突っ込んだ。
大きなカエルを捕まえた。 ヒキガエルだという。
大きさは、こんな感じ。  体長、約10㎝。 もっと大きいのも、いるそう。

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また、穴に戻した。
この穴(洞・うろ)には、水が溜まっていて、いつも居るそうだ。
人を見ても逃げない。

09年9月5日 (14)

実は、ここに着いたとき、太い木があったので写真を撮った。
後で気づいたんだが、カエルが写っていた。

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拡大したら、確かにいる。

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オオワライタケ。 毒キノコ。
Wikipediaにこう書いてある。

食べると幻覚作用もあるが、神経が異常に刺激され非常に苦しいという。また顔面神経も刺激され、顔が引きつって笑っているように見えるという。欠片を一かじりして吐き出しただけで腕が腫れる事があるという。

09年9月5日 (15)

カナヘビ。 トカゲの仲間。 尻尾が長い。
調べてみたら、こうだった。
捕まりそうになると、尾を自分で切ることがある。 切れた尾が動いている間に逃げる。

軍手をはいて、捕まえてみればよかった。 切れるところを、見れたかも知れない。

09年9月5日 (16)

アキノキリンソウ
この山では、珍しいそうだ。

09年9月5日 (17)

散策路は、こんな感じ。

09年9月5日 (18)

栃の実。 あっちこっちに、落ちてた。

09年9月5日 (19)

管理塔に、ツキノワグマの剥製があった。
ヒグマと全然違う。 足が短い。 顔が、犬っぽい。

09年9月5日 (20)

これは、北海太郎。 

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散策路は、ゆっくり歩いて、2時間ほどのコースでした。
森の中が、死の世界という感じは全くしませんでした。
人気のコースなのか、人が多かったです。


鰺ヶ沢(あじがさわ)漁港。 釣りで賑わっていた。

09年9月5日 (21)

釣ってた魚は、何でしょう。 当然、アジですね。

09年9月5日 (22)

目が大きくて、かわいい。

09年9月5日 (23)

40㎝位のウグイが釣れた。

09年9月5日 (24)

上の写真に写っていた舟は、マグロの1本づりの船
青い機械は、漁師さんに確認しなかったが、高圧の電気を流す機械だと思う。
モリの先に流れるようにして、マグロを失神させる。

09年9月5日

ここのそばに、海の駅わんどがある。
その二階は、鰺ヶ沢相撲館。 舞の海の出身地だそう。

今日は、白神山地を歩きましたが、植物や動物が豊かな感じがしました。
他の所も、見てみたいです。


【道の駅】      港の、広い駐車場にいます。  場所はここ

【明日の予定】   岩木山に登るか、日本海側に行くか、どちらかです。  1週間先の見通しが立っていない。


《今日の歌》      揺れる想い(YouTube) ライブです。



太宰治斜陽館は、五所川原市の金木町にある。   場所はここ
また、斜陽館の近くの寺に、地獄絵があることが分かった。

斜陽館では、太宰治が、なぜ死を急いだのか、そんなことが知れたらいいなと思って。

途中、津軽中里駅に寄った。
ストーブ列車で知られる、津軽鉄道の終点。  場所はここ

09年9月4日 (2)

こんなふうに、車内にだるまストーブがある。
定期的に、車掌が火の調節をする。(写真は、津軽鉄道のHPから)

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ストーブ列車は、津軽五所川原駅から終点津軽中里(なかさと)駅までを1日2往復走る。
ストーブが付くのは、11月の中頃から3月まで。  動画はここ

スルメや餅が、その上で焼かれることがあり、乗客同士分け合って食べるという。
体だけでなく、も温まりそうです。

駅のプラットホーム。 向こうから列車は来る。
草取りすればいいのにと思った。
「一つの花」に出てくるコスモスは、こんな感じの所に咲いていたのか。

09年9月4日 (3)

ここにふるさとがある、って書いてある。  「津軽のふるさと」の歌は、最後に。
本州最北の民鉄。 
(みんな、何かで一番になっていないかを、熱心にさがす)

09年9月4日 (4)

斜陽館のそばの駐車場は、混んでて停めれなかった。
少し離れた、病院の駐車場に置いた。(個人の病院ではなかったので。 空いてたし)

斜陽館の駐車場の奥で、ラジオ放送のリハーサルをしていた。
本番は、12時30分から50分まで。 NHKの全国放送。 今日あった。
この人は、スコップ三味線
栓抜きで、カチャカチャやってた。 上手だった。 地元の人。

YouTubeにこの人の演奏がありました。 ここ

09年9月4日 (5)

これが、斜陽館。 太宰治の生家。
明治40年に建てられた。 この2年後の明治42年、太宰治は生まれる。
復元修復工事が、平成9年に終わっている。

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大きい。 御殿だ。 広さは、1300㎡。 普通の家の、10軒分くらいある。
この家について、太宰はこう言っている。
「この父は、ひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もない、ただ大きいのである」と。
住んだことがなかったら、こういうことは言えないかな。

入ったらすぐ土間があり、右に広い和室がいっぱいあった。

09年9月4日 (7)

14才で青森中学に入るまで、ここで暮らす。
太宰治の本名は、津島修治。 
兄に、津島文治という人がいる。 青森県知事になる。国家議員にも。
この人が、以前ブログにも書いたが、十和田湖の乙女の像を建てる。

立派な仏壇。

09年9月4日 (8)

奥の方から、入り口の方を見たら、こう。
広い土間。 小作人は、米俵をかついで、ここに入ってきたそうだ。

09年9月4日 (9)

階段は洋風。

09年9月4日 (10)

2階は、半分が洋風。

09年9月4日 (11)

資料館は、撮影禁止だった。 そこに長くいた。
いろんな本の内容も紹介していた。
その中で、光ることばを、いくつか書いてきました。 紹介します。

「笑われて 笑われて つよくなる」

「憎まれて 憎まれて 強くなる」

「人間365日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは幸せな人間です」

「弱いおどおどした人を、みんなでやさしく、いたわらなければならないと存じます」

「女の二十七・八は、男の四十、いやそれ以上老成している一面を持っている」


最後の、面白いです。
二十歳くらいの女性でも、それを感じる人はいますね。 女性の方が大人だなって。


ここの資料館で感じたのは、太宰治は二つのことで悩んでいたように思った。
※ 資料館だから、マイナスのイメージになる資料は、展示していなかった。 Wikipediaに書いてある内容とは、少し違った。

小説を書くことでは、誰からも認められたいし、芥川賞とか大きな賞も欲しかった。自分の生きる目的は、そこにしかないと考えていたようだ。
※ これについては、勝ち続けなければならないと歌った、尾崎豊に似ている。

上に書いた言葉からも分かるが、どう生きたらいいか悩んでいたように思う。プロレタリア文学やキリスト教に関心を持つこともあった。純粋に生きようとすればするほど、この壁に突き当たるのかな。

このことについて、手仕事屋きち兵衛さんは、時の流れにという歌の中で、こう言ってますね。
「生きていることの理由が欲しくて、いろいろ探してみるけど、時の流れに任せているだけ」って。

きち兵衛さんは、ないと考えているようです。 私も、ないと思っています。 だから、宗教とかが生まれるのかな。

太宰治の最初の自殺未遂は、20才の時。
その後、何回かあり、38歳の時、玉川上水に入水する。

Wikipediaを読むと、精神面・健康面の不安定が書いてある。実際に喀血している。

結論ですが、このことについては、深くは分かりませんでした。
何となく、と言う程度でしょうか。
今日考えたことは、難しすぎました。

別の話ですが、太宰の次女は作家です。 津島佑子さん。
別の女性との間に生まれた人も作家です。 太田治子さん。(治子の治は、太宰治の治)


斜陽館を出て、雲祥寺に向かった。
本堂の、左の壁に、地獄絵はあった。
この寺も、自由見学。

09年9月4日 (12)

この寺の地獄絵は、太宰治によって有名になった。

09年9月4日 (13)

下の写真は、賽の河原。
実は、斜陽館に向かう途中、今泉賽の河原に寄った。
恐山のような雰囲気とはまったく違ったので、写真は載せませんでした。
恐山の賽の河原の写真は、ここにあります。 なぜ石を積むかも。

石を積んでいる。 崩されて泣いて、また積む。

09年9月4日 (14)

江戸時代前期の作品。 作者、不詳。

09年9月4日 (15)

詳しい解説はなかった。(簡単な、パンフレットはあったが)

09年9月4日 (16)

どれも、地獄の責め。

09年9月4日 (17)

太宰治もこの寺で遊び、この絵を見た。
子供が見たら、寝れなくなるのではないかな。
そう言えば、太宰治は、子供の頃から不眠症の傾向があったそうだ。

09年9月4日 (18)

今、この絵は有名になったそうだが、文化的価値はどこにも載ってない。

09年9月4日 (19)

鏡で、罪を明らかにされてるのかな。

09年9月4日


【道の駅】         もりた   場所はここ

【明日の予定】      亀ヶ岡遺跡は、行って面白いか調べてからに。 五能線に乗るのも検討中。


《今日の歌》       五能線(YouTube)   ここの道の駅のそばを、五能線が通っています。 

               津軽のふるさと(YouTube)  全部聞いてみました。美空ひばりには、だれもかなわないですね。

               津軽のふるさと(エムズの片割れ)  若いときに歌ったのがあります。 いいですよ。


となりの道の駅、十三湖高原に行くことにした。  場所はここ
情報は、そこで仕入れることに。

道の駅で調べたら、特にというものはなかった。
のんびりすることにした。

それから、昨日買ったデータ通信の機器は、今朝から使っている。
今までのより、だいぶいいでしょうか。
ブログを作る作業も、速くなりました。
機械だけ速くなっても、私の頭が遅いままだったら、ダメですけどね。

道の駅の展望台から、十三湖が見渡せた。
※ 駐車場からも一部見えるが。
シジミの産地のようだ。

十三湖はどう読むのだろうと思っていた。
そのまま、「じゅうさんこ」だった。
とみこ」じゃ、変だなとは思っていたのだが。

09年9月3日

黒牛がいた。
そう言えば、レストランのメニューに、ステーキがあった。

09年9月3日 (2)

道の駅の案内板に、散策路があった。
今日は、ここをのんびり歩くことにした。
川が流れており、池もあった。

道の駅は風が強かったが、散策路は谷にある。
日だまりのように、温かかった。

09年9月3日 (3)

。 道に落ちたのもあった。 それを見て、上を眺めた。
本州では、栗は自然に生えているのかな。 たくさんあった。
栗ご飯を思い出します。

09年9月3日 (4)

タチギボウシにトンボが。 この花は、和風の感じ。

09年9月3日 (5)

名前は分からないが、糸トンボ
細いから、ピントを合わせるのが大変。
トンボのツイギーか。(?)

09年9月3日 (6)

頭より、目の方が大きいのではないか? 重くないのかな。

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アマガエルです。 大きさは、3㎝くらい。
目の近くの黒は、いつもこの色。
他は、今だけ、この色。  体の色は変身できる。
※ 調べてみたら、アマガエルを触った手で目をこすったら、失明することがあるそうだ。
  体から、毒を出している。 要注意。

めんこい顔してても、要注意ってことはありますね。(?)

09年9月3日 (7)

ツリフネソウ。 漢字で書くと釣舟草。  黄色いキツリフネもあった。
おしゃれな、いい形です。 この形は、何のためなのでしょう。

09年9月3日 (8)

小さい。 3㎝くらい。

09年9月3日 (9)

カマキリです。 急に見えるから、びっくりします。
トンボを平らげて、一休み。 ピクリとも動かない。

09年9月3日 (10)

とつぜん、にらまれた。 

09年9月3日 (11)

しばらくして見に行ったら、この状態。 足の長いクモがいた。

09年9月3日 (12)

キノコは、姿・形がいい。  ※ 見て分かるのは、落葉キノコだけ。

09年9月3日 (13)

名前は分からない。 (ミソハギって言うのかな)

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道の駅から2㎞ほどの所に、福島城跡があるというので、歩いて行ってみた。
ここは、外堀の跡。 別の所から森に入ったら、井戸の跡もあった。

見たんだけど、つまらなかったかな。
説明板はあったが、それを読んでも、昔ここでどんなドラマがあったとか、何かを想像することはできなかった。
説明板の地図には現在地が記されていなかった。 読み取ろうとしたができなかった。
昔は立派だった広い舗装の駐車場は、舗装の隙間から草がいっぱい生えていた。

09年9月3日 (15)

明日か明後日、亀ヶ岡遺跡を見て来ます。
当時の人達にとっての幸せは何だったのか、今回は、そんなのが知りたいでしょうか。
※ 吉野ヶ里遺跡の時は、昔の人の心、を探しました。  それは、ここにあります。もしよかったら。

戻る途中、こんな花があった。

09年9月3日 (16)

完璧の美しさではないか。 まあまですね。

09年9月3日 (17)

カンタンという虫の鳴き声は聞こえても、どこにいるか分からない。
やっと見つけた。 見つけるのは、○○○○ではなかった。

09年9月3日 (18)

羽根を回して鳴いている。 この虫の鳴き声が一番と言われている。

09年9月3日 (19)

道の駅のレストランで、シジミラーメンを食べた。
注文したら、単品ですかと聞かれた。 それだけですと言った。
客に対して、雑な応対だと思った。

ラーメンは途中で飽きた。 麺を残した。
こうなるんだったら、もう一品頼めばよかった。 (食べきれないけど)
この時のために、ああ言ったのかなと思った。
ただ、ここの道の駅の人達全体の雰囲気は、とてもよかった。

09年9月3日 (20)

カメラを持ってるから、不審者には見られてないと、自分では思っているが、少し不安。
双眼鏡もぶら下げてみるか。

今日は、午後から4時間ほど、歩きっぱなし。10㎞以上は歩いたかな。
写真を時々撮るから、退屈はしないんですよ。



【道の駅】       十三湖高原

【明日の予定】    近くに、太宰治の斜陽館がある。 考えて見るかな。 亀ヶ岡遺跡も近い。


《今日の歌》      風の盆(エムズの片割れ)  今日最終日。 いつか、行ってみたい。


今日は、ちょっといそがしかった。

私は、DoCoMoのデータ通信機器でインターネットをしている。
最近、新しいのが出た。
性能もよくなり、月々の料金も安い。
買おうとしても、品物を置いてる店がない。

今朝、青森のDoCoMoショップに電話したら、あった。(何軒も電話して)
行ってきた。 中心街だったので、駐車場を探すのに苦労した。
地下の駐車場や、狭いとこは入れない。

設定は、明日しようと思う。

そんなことで、竜飛岬に着いたのは、3時を過ぎてた。

途中、外ヶ浜町の三厩(みんまや)を通った時、義経寺(ぎけいじ)があった。
行くしかない。 どうしてここにあるのか、知りたいし。

道路のそばに、こんなのがあった。
源義経龍神塔」「静御前龍神塔」と書いてあった。
義経は、ここから蝦夷地に渡ったという。 それで、こういうのを作った。

09年9月2日

伝説の中に、三頭の竜馬が出てくる。
それで、この地は、三馬屋と呼ばれるようになり、それが、三厩(みんまや)になったという。

寺は、石段を登った小高い山の上にあった。
寺の建物は普通なので、門を。

09年9月2日  (2)

手を洗う水は、龍の口から。 こういのは、何回か見た。

09年9月2日  (3)

竜飛岬に向かって、海岸沿いの細い道を走った。
積丹半島のように、道路にお金を使っていないから、時々センターラインがなくなる。
岬に近づいたら、一気に山の上に登った。

ここが竜飛岬
歌に歌われた、竜飛岬。   場所はここ。 (この地図に三厩もある)

09年9月2日  (4)

岬の標示は、龍飛崎になっていた。
龍はいいとして、岬が崎だ。 調べたら、どっちでも呼ぶそうだ。

「ごらん あれが たっぴさき」だったら、歌いづらい。

09年9月2日  (5)

これが、津軽海峡
海峡の下を、青函トンネルが通っている。
函館や松前、そして函館山は、霞んでどこだか分からなかった。

海の中にはマグロもいる。
大間の猟師が獲ったら、大間マグロのブランド品になる。

09年9月2日  (6)

柵を越えたら、すぐ崖。
海の色は、竜飛ブルーと名付けられる色ではなかった。 普通の海の色。

09年9月2日  (7)

岬の少し下に、津軽海峡冬景色歌謡碑があった。
ボタンを押したら、石川さゆりが歌う、2番が流れた。

作詞は、阿久悠。 詩を作るとき、実際に連絡船に乗ったかどうかを調べたが分からなかった。
過去に乗った記憶があれば、阿久悠なら作るかもしれない。

09年9月2日  (8)

この歌が世に出たのは、1977年。 昭和52年。
YouTubeでなのを見つけました。いいですよ。  津軽海峡冬景色

09年9月2日  (9)

津軽海峡冬景色もそうですが、昔の歌は、世相を歌うと言うことがありましたね。
だから、多くの人の想いと重なってくる。
この歌を聴くと、その時代の自分を思い出すことが出来ます。

階段国道です。 国道339号線。
どうしてこうなったか、調べてみた。

昔、役人が国道を決めるとき、今の階段の所は車が通れないことに気づかず、地図だけ見て決めてしまった。
※ きっと、ほんの少しの部分だから、つながってると思ったんだろうな。
今日は、ショートカットしたような別の道を車で登った。

この道を国道にする動きがあったが、地元が観光名所になると反対したため、そのままになった。
歩道だけある国道。そういう押さえだそう。
※ 九州と四国の間には、海の上に国道197号線が通ってますね。  それについては、もしよかったら、ここにありますよ。

09年9月2日  (10)

こんな道。 長さ、388.2㍍。 階段の数、362段。 標高差、70㍍。

09年9月2日  (11)

観光案内所を兼ねた、旅館があったので行ってみた。

09年9月2日  (12)

太宰治が「津軽」を書くときに来た。
写真の火鉢は、書いてある通り本物。

09年9月2日  (13)

津軽という小説は読んだことがない。
右の人が、Nさんの名前で登場するそうだ。

09年9月2日  (14)

棟方志功の版画。 写真を撮影。 龍飛崎の字が見える。

09年9月2日  (15)

こんな絵があった。
今日、ここを通ったが、写真は撮れなかった。 それで、この絵を。

09年9月2日  (16)

カモメを見つめてみた。 私は、泣かなかったが。

09年9月2日  (17)

竜飛岬の道の駅は、廃墟のようだった。
日本海側を下りた。
途中の見晴台から、竜飛岬が見えた。

09年9月2日  (18)

松前大島と、松前小島。

09年9月2日  (19)

八甲田山。

09年9月2日  (20)

岩木山。

09年9月2日  (21)

日が沈む直前。  次の道の駅に向かう途中。

09年9月2日  (22)

日が沈んだ後。   道の駅に着いたら、空が赤かった。 あわててカメラを用意。

09年9月2日  (23)

竜飛岬は、下北半島にある大間崎と比べたら、少し活気がないでしょうか。
大間崎には、マグロ、フェリーがあるからかな。本州最北端でもあるし。


【道の駅】       こどまり   場所はここ

【明日の予定】    調べてない。 十三湖や亀ヶ岡遺跡があるが。


《今日の歌》     風の盆の前夜祭の様子(YouTube)  富山県八尾です。9月1日から3日まで。

台風は、それました。
早朝3時頃、雨と風が強くなりましたが、朝起きた時には治まっていました。

テンプレートを変更してみました。
写真が大きく載せられるのを探した。
※大きな写真のブログにたまに出会うのですが、どうしてそう出来るのか分からなかった。
 大きさは、テンプレートによるのかなと考え、探してみたらあった。

まだ試していません。 どうなるか楽しみです。

確かに大きくなりました。(写真は、蟹田港)

これは、今までの大きさ。  カメラで撮った写真の、縦と横を12㌫にサイズを縮小。

IMG_1850.jpg

これは、14㌫。 まったく、変わる。

IMG_1850の2no14

16㌫。

IMG_1850の2no16

18㌫。

IMG_1850の2no18

20㌫。

IMG_1850の2no20

22㌫。

IMG_1850の2no22

24パーセントまでは、大きく出来るかな。

これから、基本の大きさをどれにすればいいか、迷う。

決めました。
基本を20㌫にして、特別なときに24㌫にする。
小さくていいのは、小さく。

とりあえず、これでやってみます。


今日は、夜中の2時頃、フェリーから出て津軽半島に向かった。
カーナビを頼りに走った。
9月の東北の旅は、土砂降りの雨の中でスタートした。

駐車場は、30分以上走って見つかった。
道の駅に似た、村の駅だった。
街灯がないので、真っ暗。
少し酒を飲んで、3時頃寝た。  場所はここ

9年 9月1日  (2)

8時過ぎに起きたら、写真の様に店が開いていた。
入ってみたら、人も値段も、東北だった。

トマトは、10個で150円。 安いので買った。
朝定食を食べた。 500円。 焼いた魚の他に3品。 ご飯のお代わり自由。
店の人には、ほんわりとした温かさがあった。

夜が明け、旅は、心も空も快晴に変わった。

北に向かって走ると、道端に花があった。

9年 9月1日  (3)

そばの田んぼの稲は、穂を下げ始めていた。

9年 9月1日  (4)

田んぼの縁に、刈り残されたアザミの花が咲いていた。
いつかのブログにも書いたが、こういうのは、草を刈った人の心を感じる。
こんなのを、これからも発見したいと思った。

IMG_1840no11.jpg

このおじいさん動かない。
ずっとこの姿勢。
初め、人形かと思った。 首が動いたので人と分かった。

9年 9月1日  (5)

蟹田という所のパーキングで休んだ。
公園があったので、行ってみた
観瀾山(かんらんざん)公園。  場所はここ

9年 9月1日  (6)

山の上に、太宰治の石碑があった。
どうしてここにあるのか調べてみた。
小説「津軽」を執筆するため、ここを訪れたそう。
ここからの景色を眺めながら、花見をしたとあった。

9年 9月1日  (7)

かれは 人を喜ばせるのが 何よりも好きであった」と書いてある。
字を書いたのが、佐藤春夫。
※ 佐藤春夫の字が大きすぎるのでは。

9年 9月1日  (8)

旅鴉(たびがらす) 心を 空の色にする」   
作ったのは、杉野十佐一という人。
私のようなのを、旅鴉って言うのかな。

9年 9月1日  (9)

口笛が やがて大きな風となる」  募集した作品。

9年 9月1日  (10)

最初の写真は、この公園の山の上から撮影。
港の名前は、蟹田港。 下北半島へ、フェリーが出ている。

ここの公園では、遊歩道があったので歩いて見た。
咲いてる野の花は、ハギが目立ったが、北海道と同じかな。
アジサイも植えられていたが。 もう時期が過ぎ、終わりをむかえていた。
6月から、ずっと楽しませてくれた花。

道に駅たいらだて、に来た。   場所はここ
下北半島が、目の前に見える。
フェリーがしょっちゅう行き交う。

9年 9月1日  (11)

このフェリーは、夕べ私が乗った船。
※ 写真を確認して分かった。 船首の方に「ひるご」と名前が読める。

9年 9月1日  (12)

この海峡に、橋を架ける願いがあるようだ。
※ 距離は、10㎞。

9年 9月1日  (13)

このトンボは、赤くなったのか、それとも、初めから赤いのか。
秋になり、虫が多くなってきた。

9年 9月1日

今日は、せっかく写真を大きくしたが、いい写真は撮れなかった。


【道の駅】    上に書いたように、たいらだて。  私の車だけ。

【温泉】      湯ノ沢温泉  300円   場所はここ。 浴槽が2つあり、ぬるい方が43度くらい。熱い方は、45~46度。 1分入るのがやっと。 洗い場の蛇口からは、お湯は出っ放し。

【明日の予定】   「ごらん、あれが竜飛岬」の、竜飛岬に行きます。


《今日の歌》     津軽海峡冬景色(YouTube)  上の歌詞は、2番かな。

             太陽がいっぱい(YouTube)   今日、ラジオで流れました。             

akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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