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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

10時頃、道の駅の案内所にお礼を言って、雄勝を出た。
遠野に行くが、花巻にあるイギリス海岸に、ナビを設定した。

国道13号線を上ってきた。
横手市に入ってきた。 ここには春にも来た。 真っ直ぐ行ったら、市街地だ。
ここから右折して、国道107号線を走り、北上市に向かう。

9年10月2日 (12)

10数㎞走ったら峠を越え、岩手に入った。
峠を下りた辺りに、右に行ったら湯川沼の浮島の標識があった。  ここに
通り過ぎたが、戻って入って行った。 
別の標識に、駐車場まで5㎞、そこから徒歩で20分とあった。 思ったより近い。
ただ、浮島は高層湿原にあるから、きっと山を登ると思った。

駐車場に着いた。 登山口の標示はあったが、詳しい案内図はない。  場所はここ
見える看板は、森に関しての物。

熊がいますとあるので、スプレーを持った。
間違いなく発射されるか、一瞬だけ試射してみた。ものすごい勢いで、黄色っぽい粉が飛びだした。
ケースに入れ、腰のベルトに付けた。 予備のは、リュックに入れた。
12時少し前に、出発。

9年10月2日 (14)

時々笛を鳴らして進んだ。 笛は細長く、ピー・ピーと高い音が出る。
熊に対しての準備さえすれば、熊は全く気にならない。

東北に来て、こういう自然林の中を、ずいぶんと歩いた。

9年10月2日 (15)

タヌキが入れるくらいの穴があった。 今は、何もいないようだった。

9年10月2日 (16)

20分だから、そんなに歩かないで着いた。  場所はここ。 (広い地図で)
木に囲まれた、小さな沼だった。

9年10月2日 (17)

少し高いところに展望台があった。 何とか全体が見渡せた。
沼は、幅90メートルでだ円の形。(古い標示板が、倒れてあった)

9年10月2日 (18)

降りて行ったら、全体が見えてきた。 浮島はすぐには見えなかった。
風が左から吹いたのか、右に寄っていた。

9年10月2日 (19)

左側にはなかった。 浮島らしく写ってるのは、草の影。
沼の深さは分からない。 黒くて見えない。 金魚がいた。

9年10月2日 (20)

右を見たらあった。 これが一番大きい。 人も乗れる。

9年10月2日 (21)

分解されにくい植物が、枯れた後、土にならないで泥炭のようになる。
沼の岸辺の方で、根が沼の底に届かない部分が出来てくる。
それが拡がって、切り離される。
浮島は、そんな感じで出来あがる。 (WikiPediaより)

上の上の写真に、浮島になりそうなのが、左手前に写っている。 今は、半島だ。

小さいのが見えた。 左手前に写っているのは、大きな島の左側。

9年10月2日 (22)

右奥にも見えた。  大きな島の右端が、写真の左に写っている。

9年10月2日 (23)

もう一つ見えた。 大きな島の向こう側に。

9年10月2日

はっきり分かったのは4つだった。
滝ノ上町の浮島湿原に比べたら、ずっと小さかったが、浮島はどこにもはない。
                                  ※ 関連ブログは、ここに

途中でが降り出してきた。 あわててを出した。
傘は、一度リュックから出したが、おまえも連れて行ってやるって、入れ直した。
傘に助けられた。 もしなかったら、ずぶ濡れになっていた。

9年10月2日 (2)

いつもの、リンドウだ。 この花は、開かないのかな。

9年10月2日 (3)

カエルが、三段跳びのように飛び出してきた。 上手に着地した。
レンズからのぞいたら、どこにいるか分からない。 うまく、同じ色の枯れ葉に乗っていた。

9年10月2日 (4)

駐車場に着いた。 花巻に寄る時間はなくなったので、ナビを遠野に設定した。
反対側の谷に降りて行った。 林道だが舗装してあった。 一気に下った。

9年10月2日 (5)

案内板があった。 オレンジの丸から登っていた。 ここは、湯田町だった。

9年10月2日 (6)no2

急に、ここに出た。 ここを過ぎたら、温泉街があった。 湯川温泉だ。

9年10月2日 (7)

こんな、廃鉱の跡があった。 調べたら、昔はこの町に30程の鉱山があった。 町中、鉱山だった。

9年10月2日 (8)

ほっと湯田駅が見えた。 温泉もある。

9年10月2日 (9)

駅に温泉だ。 入った。 250円。
温泉の中に、信号があった。
列車が到着する45分前までは、がつく。 30分前になったら、黄色。 15分前になったら、だった。

湯船は2つあって、1つは熱めだった。 これがいい。 (携帯で撮影)

09年10月2日 (7)

雨は土砂降りになってきた。 右に錦秋湖を見ながら走っている。

9年10月2日 (11)

遠野に来たのは、春に道の駅であった人に会うためだった。 父さんという感じの人だ。 
何度か電話をいただいていた。
4時から5時の間に着くと伝えていた。 4時半頃着いた。 迎えに来てくれた。
外で夕食をご馳走になって、自宅にも招いてくれた。

夕食の後、遠野の市街地を案内してくれた。 ここは、。(携帯で撮影)
その後、柳田国男が宿泊していたという、旅館にも連れて行ってくれた。(今は建物だけ)

9年10月2日 (13)

父さんのジムニーは、暖房が入っていた。
そう言えば、半袖でいるのは私くらいで、コンビニに寄っても、上着を着ている人が多かった。
雨が降って少しはすずしいが、私にとっては、長袖だって暑いくらいだ。

春には、15分程しか話していないのに、親しくしていただいて、申し訳ないと思った。

今日のように、地図や情報雑誌に載ってない物がいい。
また、浮島が日本にどのくらいあるのか調べたが、見つけられなかった。
日本で一番大きいのは、新宮市にある浮島の森で、大きさは0.5㌶だそう。
南米にあるチチカカ湖の浮島には、家があるそうだ。

またどこかにあったら、見たいと思います。


【道の駅】      遠野風の丘   温泉は、ほっとゆだ。(で切るのか、できるのか?)

【明日の予定】    釜石に出途中、洞窟があるので行ってみます。

小野小町は、いったいどこで生まれたのか。
客観的に書かれている物で、雄勝が優位としているものはあるのか。
識者と言われる人達は、どう考えているのか。

また、雄勝に残る伝説は、他にある伝説と似ている。
深草少将が小町を慕ったというのは、ここだけの伝説ではない。
どうして似たのか
そんな辺りを、最後にまとめてみたいと思います。

今日は、下の地図の国道の上(東)を歩いた。

09年10月1日 (9)

こっちの方です。 10㎞ほど歩くことになりそうだ。

09年10月1日 (10)

今日歩いた所は、十分に整備されていなかった。
それで、写真は小さめ。
湯沢市になってから、不景気もあって予算は付きにくくなった。(雄勝だけのものだから、お金は出しづらい)

小町が、産湯をつかったとされる井戸。 平安初期の物と分かっている。
※ 説明は簡単に。 詳しく知りたい方は、下を読んでください。

09年10月1日 (11)

深さが分からないので、子石を投げてみた。 少し下で、ポトって音がした。
真っ暗で、見えない。

09年10月1日 (12)

写真には、写った。 深さ、2~3㍍か。 5角形。

09年10月1日 (13)

芍薬園。 深草少将が、毎日1本ずつ、100本植えようとしたのが芍薬。
向こうの山から、こっちに通った。 100本目で、川に流された。

09年10月1日 (14)

この辺りに、ずっと昔、桐木田城があった。
小町は、ここで生まれたという。 母親の墓が上の井戸の近くに。

09年10月1日 (15)

場所はここ。 (写真がおかしい)

09年10月1日 (16)

字は、読めなかった。(井戸の中を写した時の設定で、撮ったようだ)
もし伝説が本当でなかったら、これは誰の墓なんだろう。分からないから、小町の母にしたのか。

09年10月1日 (17)

御返事(おっぺじ)に向かった。
こんなのがあったので、何しているか聞いた。燻炭(くんたん)を作っていた。
表面を触ったら熱かった。 イモを入れたら、焼き芋ができるそう。

09年10月1日 (18)

籾殻の炭。 肥料にする。 

09年10月1日 (19)

御返事という地域。
深草少将が、ここで小町に出した恋文の返事を待っていた。
ここからは、ここに住んでいたおばあさんに頼んで、持って行ってもらった。

09年10月1日 (20)

ひらじょう、とよむ。 昔、そこの平地に城があった。

09年10月1日 (21)

サギがいた。 いい姿だった。

09年10月1日 (22)

いい目つきをしている。(いつか、もっと近くから、画素数を大きくして撮ってみます。そうしたら、拡大
しても目玉がはっきりします)

09年10月1日 (23)

小町の父の菩提寺。 。

09年10月1日 (24)

深草少将がいた長鮮寺は、この寺の右奥の沢にあった

09年10月1日 (25)

このあと、写真の正面奥に向かった。

09年10月1日 (26)

一番奥の家に聞いた。 家のすぐ上だった。
このように、平らになっているだけだった。(広く写真を撮ればよかった)

09年10月1日 (27)

このクモ、色がいい。

09年10月1日

小町がここにある泉で顔を洗った。 疱瘡を治すため。

09年10月1日 (2)

井戸の標示はなかった。 手前の石碑の向こうに、コンクリートのフタがあった。それか。

09年10月1日 (3)

二十三夜塔を、久しぶりに見た。 

09年10月1日 (4)

国道に出て、しばらく歩いた。 ここから道の駅まで、まだ2㎞ある。

09年10月1日 (5)

奥羽本線。 線路は真っ直ぐだった。

09年10月1日 (6)

もう終わったが、小町まつりのポスター。 
この写真の子の、頬(ほほ)から顎(あご)にかけてのラインが、秋田美人の典型でしょうか。
きっと、モデルでしょうね。

09年10月1日 (7)

昨日、今日と、伝説を紹介してきた。
予算が無いためと思うが、十分に整備されてはいなかった。

どこで生まれたかについて、考えてみたいと思う。
まず、雄勝が優位と考えられる物はあるのか。 探してみた。 
※ いろんな人の、小町に関するホームページで探した。 リンクフリーのから、資料だけもらった。
  それを、整理した。

平凡社の世界大百科事典には、こう書いてある。(関係部分だけ)

9世紀中ごろ(平安前期)の歌人。生没年は不明。文屋康秀、僧正遍昭、在原業平、安倍清行、小
野貞樹らと歌を贈答している。出羽の国の郡司小野良真の子で姉がひとりある。采女であったという
が、たしかではない。
『古今集』に18首の歌が見え、家集『小野小町集』もある。~~~ 作品を実際鑑賞してみると、しっ
とりとした趣はなくて、むしろ、奔放であり、情熱的であり、弱いというところはない。美人であったと
言われ、全国各地に数々の小町伝説が伝えられている。(西下経一)
                  ※ 上の文で、采女(うねめ)とは、天皇や皇后の世話をする人。

雄勝は、出羽の国だ。 上の文では、言い切った表現をしている。
ところが、WikiPediaでは、これを否定している。

系図集『尊卑分脈』によれば出羽郡司小野良真(小野篁の息子とされる人物。他の史記には全く
見当たらない)の娘とされている。しかし小野篁の孫とするならば彼の生没年を考えると上記の年
代が合わない。よって詳しい系譜は不明である。

上の二つは、小町の出身は、雄勝かどうかのことを言っている。
WikiPediaに書いてあることだって、昔のことだから、はっきりしたものではない。

雄勝かどうかを論じると言うことは、雄勝は他の伝説が残る地域より、可能性が高いということになる。

次に、識者はどう考えているのか。

NHK「歴史発見」小野小町伝説より
(これは平成4年に放送された。 井沢元彦と里中満智子が司会進行役で、山村美紗が解説)
※ 里中満智子は、いつだか、ブログに書いた人ですよ。 

山村美紗は、こう言っています。

小野小町は仁明天皇の更衣で、小野市の出身の小野吉子であろう。
小野吉子は『続日本後記』に承和9年(842年)正月8日、正六位上に任じられたと記されている女
性で、正六以上は更衣に相当する位だそうだ。

これについては、根拠を知りたいかな。


また、鎌倉時代の終わり頃、徒然草を書いた兼好法師は、その中でこう言っている。

第173段
 小野小町が事、きはめて定かならず。衰えたるさまは、玉造と云う文にみえたり。この文、清行が
書けりという説あれど、高野大師の御作の目録に入れり。大師は承和のはじめにかくれ給えり。
小町がさかりなる事、その後の事にや、なお覚束なし。 
                        ※ 高野大師は、弘法大師のこと。      

最初と最後で、はっきりしないと言っている。
小町の時代から、500年ほど経っているから、分からなくなっているようだ。


最後に、各地の伝説がなぜ似ているか、について。
平凡社の世界大百科事典には、下のように書いてあった。

中世以来、信仰を伝えて諸国を遊業した女性の一群があって、その人々がこういう伝説を運搬し歩い
たものと考えられる。たまたま小野とよばれる土地があり、由来ありげな古塚があり、清い水のかれ
ることのない井があったりすると、伝説はそこに土着し根をおろして、小町の墓、化粧の井というふう
に後代に伝えられたのであろう。

元になる伝説は、どこにあるかと言うことだが、有力なのは、京都の山科の小野にある随心院のように思う。 
小町が住んでいたとされる寺だ。


まとめになりますが、伝説の残る地域の中では、雄勝は優位かも知れない。
伝説が似ている部分が、気になりますが。
 ※小町の伝説は、能の世界に原型があるようなんですね。

優位をはっきりさせることは難しいが、完璧に否定されることも、簡単にはない
そう言うことでしょうか。

雄勝(湯沢)が、小町の伝説をだいじにするなら、伝説の場所もだいじにして欲しい。
そう思いました。       関連ブログ  小野小町はどんな顔?  小野小町と秋田美人   小野小町~美しさをどのように

  (※ 道の駅おがちの案内所にはお世話になりました)

小野小町についは、これで一段落です。


最後に小町の歌を。

『思いつつ寝(ぬ)ればや 人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを』(古今集等)



【道の駅】    おがち   昨日に同じ。  温泉も同じ。

【明日の予定】     遠野に行きます。 時間は少ないが、どこかで何かを見ます。


《今日の歌》      手紙(You Tube)   雄勝中の、4人の子とみんなにプレゼント。

                栄光の架橋(You Tube)    これも。

                ほうき星(You Tube)      これも。

 

 

akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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