キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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2009年が間もなく終わります。
4月にスタートした旅も、無事に9カ月が過ぎます。
このブログを読んでいただいてる方々のお陰で、乗り切った感じがします。

多くの人たちに出会い、たくさんの思い出が出来ました。
旅の面白さの一番は、やはり、でした。
人と出会うことがまず。 
そして、芭蕉小町勘助、さらに由布姫、鬼無里の紅葉(もみじ)たちを追ったのが面白かったです。
最後には、鶴姫を知ることもできました。

何を見ても、人が関わっていると、面白さが増しました
このことは、旅を通して、強く気づかされることになりました。
来年も、新しい出会いを楽しみに、旅を続けていきます。


今日は、一人で年越しです。
昼過ぎに、近くのスーパーに買い物に行きました。
下の写真のごちそうが、全部です。
忘れたのは、茶碗蒸しと、漬物です。

菜の花会館の温泉に入って、2時から飲み始めました。
テレビは、教育テレビしか入らなかったので、4月からのブログを見ました。
そして、ブログの中の音楽を聴いたり。 (音は、写真の右の方の、BOSEのスピーカーから出ます。 いい音。)
気分よく酔って、2時間ほど寝ました。

これが、ごちそう。 温かいものはなし。

9年12月31日 (1)

蕎麦も、少しだけ食べた。 細く長く生きれるように。

9年12月31日 (2)

この後、10時には寝ます。
明日の朝、2時に起きて、開聞岳の登山口の駐車場に向かいます。
誰かと知り合うことが出来たら、4時前に登り始めます。
頭に付けるライトもあります。 (サケ釣りで使っていた物。LEDのため、明るさは強烈)

天気予報は、良くない。 でも、マイナスの気温にはならない。
※ 今日は、九州各地で雪が降った。 降らなかったのは、宮崎県と鹿児島県の平地だけ。

私は、山に登りたいだけなんだが、せっかくだから、初日も見ようかなと。
実際は、曇って見られない可能性が高い。

4時前にスタートできなくても、初日が見られたら、どこかで写真は撮ります。
登山道が、山を回りながらあるそうなので、可能です。

開聞岳の頂上に立ったら、旅に出て、百名山を10こ登ったことになります。
体調は万全、気力も充実。 
事故にだけは十分注意して、行ってきます。


今年もあと少しです。
お世話になりましたね。 
初日に向かって、みなさんが来年もいい年であるように、お願いしてきます。
自分の分も忘れないようにして。

それでは、いい年を迎えてください


【停泊場所】     菜の花会館駐車場

【明日の予定】   開聞岳へ
 
【今日の歌】     鬼無里の道(YouTube)   一番行きたかったところです。  ミニ京都がありました。

            CALENDAR(YouTube)  今年出会った曲で一番好き。   ※ ゴッドファーザーのもいいが。
                              とにかく、庄野眞理子という人の声がいい。 Youtubeから消えたが、復活。

                             おまけで、ショスタコービッチのワルツ(YouTube)  と  アムールのさざ波(YouTube)



【ブログランキング】  国内旅行3位が続いています。 今年最後の集計は、11時過ぎです。
            こんな順位になるとは、夢にも思っていませんでしたよ。
            これによって、元気をたくさんいただきました。
            ありがとうございました。  

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薩摩半島の最南端は、長崎鼻。 そこに行ってみよう、となった。
この辺り一帯は、山が険しくないため、道は広い。

岬の手前は、土産物屋さんが並んでいた。
観光客は少ないし、店には入らない。 1日数人の客で商売をしているのかなと感じた。

9年12月30日 (1)  9年12月30日 (2)

岬なのに、長崎鼻。  変わった名前だ。 由来ははっきりしない。
※ どうして長崎なのか。 どうして鼻なのか。
※ ハナは、中国では、岬の意味だそう。

長崎鼻という岬は、九州・四国に7つある。 それも不思議。 少し調べたが、分からない。

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この岬には、昔、旭川にいる母親が親父と来たと、姉が電話で教えてくれた。
84歳になる母親は、長崎鼻の名前を憶えていたそうだ。
この風景が印象深かったのか。

※ 母は、私のブログを見たことがない。 31日に姉の家で見るそうだ。
  私のブログと分かるように、この文を入れました。

9年12月30日 (4)

これが、開聞岳。 標高924㍍。 
海抜0㍍付近から登るので、登山の際の標高差は、900㍍以上。
3時間程度で登れるそう。
登山道はらせん状なので、頂上でなくても、日の出は見られるのかな。
独立峰だから、頂上からの景色はきっといい。

天気が、少し心配。

9年12月30日 (5)

下は、岬の先端。

9年12月30日 (6)  9年12月30日 (7)  9年12月30日 (8)

別の場所から。  長崎鼻は、ソテツの自生地。 この辺りが北限。 赤い花は、ハイビスカスか。

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紅葉です。 鮮やかで、明るい朱色だった。 山の斜面に目立った。

9年12月30日 (10)

フラワーパークが閉館だったので、パーキングガーデンに寄った。 岬のすぐそば。
このオウムが、受付でお出迎え。

ここは、南国の植物と、小さな動物たちがいた。

9年12月30日 (11)

眠たそうだった。 寝たら、目がどこにあるか分からない。  アロエの花。

9年12月30日 (12)  9年12月30日 (13)

オウムのショー。  

9年12月30日 (14)

いろいろ見せてくれた。                                         サボテン。 

9年12月30日 (15)  9年12月30日 (16)   9年12月30日 (17) 

こんな神社が。
 
9年12月30日 (21)

この中に、白いヘビがいた。

9年12月30日 (20)

隅っこにいて、動かない。

9年12月30日 (19)

めんこい。

9年12月30日 (22)

枝から根っこが垂れ下がっていた。

9年12月30日 (24)

フラミンゴ。 このピンクは、フラミンゴだけのピンク。 

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こんな道を通って戻った。

9年12月30日 (25)

9年12月30日 (26)

開聞岳。 海から、一気にそびえ上がっている。

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今日は天気が良くなく、たまに雨。
雪がないから、正月が近づいてる雰囲気がしない。


※ 今日は、パソコンにウィルスゼロをケーズデンキで入れた。
  いろいろあって時間がかかった。
  パソコンが戻ってきたら、入力が平仮名になっていた。
  戻すのに、人に電話したりして、1時間かかった。 こういうのって疲れるな~。


【停泊場所】   菜の花会館駐車場  温泉は310円

【明日の予定】  明日は見学の予定はありません。 1日の準備をします。
              迷っているのは、日の出に間に合わせて登るか、10時頃頂上に着けばいいか。 
             一人で暗い中を上るのは無理。 どのグループかの後ろを行くか。
             1日の、早朝に決めることになるのかな。

【今日の歌】    Auld Lang Syne(YouTube)     歌詞の一節に 「いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ」 がある。

【ブログランキング】  国内旅行3位、旅行全体で10位です。 旅行全体での10位は、初めてかな。 ご支援に感謝。

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今日は、ポカポカ陽気の、いい天気でだった。
上着はじゃまだった。
魚見岳という小さな山があったので、車で行ってみた。
指宿の街や鹿児島湾が見渡せた。


菜の花館の近く。 菜の花マラソンがあるそうで、その道の沿って菜の花が満開だった。 菜の花ロードだ。

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9年12月29日 (3)

指宿の市街地には、宮崎のような南国の雰囲気はない。
この辺りは、市街地の北方面。(鹿児島より)
スポーツ施設や公園がある。 新しく開発された地域。

右に、こころの湯の看板が見える。 ここは、650円。 もっと安くしてくれたら、こころも温ったまる。

9年12月29日 (2)

この一帯に、南国の雰囲気があった。 木が小さく、新しい。
知林ヶ島が見える、田良岬に向かった。

_MG_6677kkkm (2)

9年12月29日 (4)  9年12月29日 (5)

ここが、その岬。 上のような花があった。 島が見えた。    ここ
キャンプ場、グランドなどが、そばに。

9年12月29日 (6)

目の前が、大隅半島。 船が行ったり来たり。 この船は、浮いてる。 手こぎボートで行けそうだが、海は遠い。

9年12月29日 (8)

9年12月29日 (9)

振り返ったら、山があった。 調べたら、道がある。 この後、行く。

9年12月29日 (7)

知林ヶ島。  見たことがある。 島と島がつながるやつだ。

9年12月29日 (10)

潮が引いたら渡れるとあった。 名前は、バカ洲。 どうして、こんな名前。 

9年12月29日 (11)

公園の芝生。 右の3人は、こうやっておしゃべり。 お酒を飲みながら、いつまでも。 花見の感じ。

9年12月29日 (12)  9年12月29日 (13)  9年12月29日 (14)

山に向かった。 カーナビが案内した道は、細かった。 畑の人に、この道で行けるか確認した。

9年12月29日 (15)

ソラマメを作っていた。                太い道に出た。

9年12月29日 (16)  _MG_6677kkkm (1)

種子島に行くフェリー。 これに乗りたいが、往復3万8千円くらい。

9年12月29日 (18)  9年12月29日 (17)

魚見岳の山の上から。 (頂上の手前)
知林ヶ島との間は、こうなっていた。 夏に渡れる時があるそうだ。 浦島神社のあった島と同じだ。

9年12月29日 (24)ppp

指宿の街。 桜島の噴煙がこっちに来ていたため、遠くは霞んでいた。 逆光のため、うまく撮れない。

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頂上で、下から歩いてきた人に会った。 ※ 途中で、追い越していた。
私よりずっと若い人。 女性。
地元の人なので、この街についてたくさん教えてくれた。 島のことも。
上の写真の島は、戦後、畑を作っていた人がいたそう。 ヘビがいっぱいいるとも。

開聞岳が、うっすらと見える。

9年12月29日 (20)

開聞岳。 遠くから見ると、登るのが大変に感じる。 でも、一歩一歩登ると、そのうちに着く。
頂上を目指すという、最初の一歩も大事だ。(鶴姫伝説で学んだ) 

9年12月29日 (21)

頂上の少し下。

9年12月29日 (22)

頂上からの、知林ヶ島。 

9年12月29日 (23)

風もなく、暖かい。 北海道の5月か10月だ。
海には波はなく、フェリーやボートが、ひっきりなしに通った。

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9年12月29日 (25)  9年12月29日 (28)  9年12月29日 (29)

南国の雰囲気の地域。

9年12月29日 (30)

向こうに行ったら鹿児島。
右の小さな半島の向こうは、今和泉の町。
今和泉島津家の別邸があった所だ。 篤姫はここで育った。 父や兄の墓はこの町にある。   そのブログは、ここに

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拡大したら、こう。

9年12月29日 (32)

山を下りた。 パチンコ屋さんのそばの菜の花畑。

9年12月29日 (33)  9年12月29日 (34)

港に車を置いて、駅に向かった。 散歩。 ミカンの木が、実を付けている。 

9年12月29日 (35)

9年12月29日 (36) 

指宿駅。 指宿枕崎線が走っている。  あるラーメン屋さんに寄る予定だったが、3時頃のため閉まっていた。

9年12月29日 (37)

駅前商店街。 少しさびれていた。 ここは、商店街の出口(入口)。 元気を実現 は、表現が固いですね。

9年12月29日 (38)  9年12月29日 (39)

海岸通りを戻った。 こんな風景。 とにかく、暖かい。

9年12月29日 (41)  9年12月29日 (40)

ラーメンは、別の店で食べた。 まあまあ。 
※ こんど、鹿児島の、のぼる屋というラーメン屋に行きます。 昔一度食べてます。 期待できます。

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指宿は、今までのどこよりも暖かかった。 確かに南国です。
観光情報誌は、指宿をこう紹介していました。 
トロピカルムード満点  南国の花が彩る温泉地  ~通年花が咲き誇る南国リゾート~

うまく考えますね。 私は今、リゾート地に来ていることになる。

今年も後2日。 早いもんだ。

 
【停泊場所】   昨晩と同じ。 

【明日の予定】  南に行って、戻ってきます。

【今日の歌】   朧月夜(YouYube)  菜の花が咲いていたので。 倍賞千恵子。

          朧月夜(YouTube)   唱歌の雰囲気で。 
        

【ブログランキング】 4位です。

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無事に着きましたよ。
でも、そんなに南国の雰囲気ではない。
宮崎に負ける。

明日歩いたら、いいところがきっとあるでしょう。


午前中、コインランドリーで、今年最後の洗濯。
その後、A・Zでこんなのを探した。
車に付ける物で、外の気温が分かる機器。 あった。
これがあると、路面が凍っている可能性を判断できる。

そんなことをして、午後出発。

9年12月28日 (2) 

桜島を見ながら。  走りながら撮ると、水平がちゃんとするのは、3枚に1まいかな。
もう少しで、鹿児島

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市内に入ってきた。 陽射しが強い。

9年12月28日 (4)  9年12月28日 (5)

電車が走ってた。 

9年12月28日 (6)

標識は、こう。

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鹿児島湾沿いに、国道226を走った。 車は減ってきた。

9年12月28日 (7)  9年12月28日 (8)  9年12月28日 (9)


9年12月28日 (10)  9年12月28日 (11)

道の駅いぶすきに着いた。 
5月に来ている。 すぐに思い出せなかった。 (写真を撮らなかったので、道の駅の案内から)

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道の駅の裏に行ってみた。 思い出した。 この下の浜で遊んだ。
はまひるがおの小さな海のブログは、ここでのことだった。   このブログに。(桜島もある)

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この表示も思い出した。 
写真を撮ったが、葉っぱの陰で、アの字が読めなかった。 コメントで教えてもらった。 花はその時の写真。

9年12月28日 (12)  _MG_9958hugr.jpg

指宿まで、あと10㌔ない。

9年12月28日 (15)

知林ヶ島。 その向こうに見えるのは、大隅半島。

9年12月28日 (14) 

ハイビスカス。 寅さんの映画の、浅岡ルリ子を思い出す。   関連ブログ。 酔って書いている。

9年12月28日 (18)

調べたら、下の花は全部、ブーゲンビリア。 ※ この花を発見した人の名前が、花の名前だそう。
葉っぱのような花だと思ったら、赤いとこは葉っぱだった。
でも、学者が何と言おうが、全部が花。

9年12月28日 (17)  9年12月28日 (16)

ブーゲンビリアと発音しての雰囲気が、この花にぴったり。

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9年12月28日 (19)

間もなく、篤姫の故郷、今和泉だ。 この写真を撮ってやっと思い出した。   篤姫については、ここに
5月には、ここから池田湖に向かった。

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指宿の街に入ってきた。

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港の駐車場。 少しさみしい。

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9年12月28日 (26)

指宿の温泉街。

9年12月28日 (27)

港の先端。

9年12月28日 (28)

ここの駐車場の名前は、太平次公園駐車場。 濱崎太平次と言う人は、維新の豪商だそう。

9年12月28日 (29)

駐車場の一画に、菜の花が咲いていた。

9年12月28日 (22)  9年12月28日 (24)

この花が、一番見たかった花。 やさしくいい色だ。 

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やっと指宿に着いた。
1月3日頃までは、この辺りにいようと思う。
まだ、指宿の良さは見つけていない。 菜の花を少しだけ。


【停泊場所】  太平次公園駐車場

【明日の予定】 少しの時間、散歩します。

【他に】 12月20日に書いた鶴姫伝説の記事が、たくさんの拍手をいただいた。    
     苦労して、坊っちゃん劇場に行ってよかったなって思っている。
     いい舞台でしたからね。

正月の飾りを買った。 自分で藁にさした。 1100円。 飾りは12個。 みんな揃ってる。 お供えも。

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【今日の歌】  I believe(YouTube)       絢香です。

         恋のバカンス(YouTube)   この歌に出てくる花が、ハイビスカスと思うがどうでしょう。

         セラ(YouTube)   メロディです。  違う動画で。


【ブログランキング】 3位。 久しぶり。 

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寺や石仏でないもの見たいと思っていた。 それで、霧島酒造

ここは、都城市にある志比田工場。 本社も近くにある。     
観光用の建物もあり、霧島ファクトリーガーデンとなっていた。    場所はここ

9年12月27日 (1)

工場見学は11時から。 予約してあった。
見学は、私一人で、ガイドをする人が案内してくれた。

9年12月27日 (2)  9年12月27日 (5)  9年12月27日 (4)

上の右の写真の部屋で、モニターを見た。 ここで大まかなことは分かった。

工場は他にもあって、ここでは、黒霧島と白霧島を作っていた。

9年12月27日 (3)

霧島酒造は、2008年における全国焼酎メーカー中、売上高は第2位。
黒霧島の人気により、売上高を伸ばしている。

黄金千貫という芋を蒸している。        米を蒸している。                麹をつくっている。  (パンフレットを撮影)

9年12月27日 (17)  9年12月27日 (18)  9年12月27日 (19)

麹と水を原料に、大量の酵母を作っている。   酵母と芋を混ぜて発酵させる。       蒸留する。

9年12月27日 (22)  9年12月27日 (20)  9年12月27日 (21)

大きな流れ。

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この後、下のタンクで寝せる。
出荷されるのは、3か月寝せたのと、1年のをブレンドするそう。
昔は、右のカメに入れて、寝かせた。

9年12月27日 (7)  9年12月27日 (12)

原酒は、アルコール度36度。
1日、1.8㍑を4万本作る。

工場内は、ガラス張りの外から見学。 ほんのりと、お酒の匂いがしてきた。
温度管理などは、コンピューター制御だった。

見学が可能だったり、売上を伸ばしている会社は、どこも工場内は清潔な感じがする。
男山もそうだった。

見学が終わって、4色ボールペンをいただいた。

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申し訳ないので、下の売店で黒霧島を買った。

9年12月27日 (8)

売店の中では、地ビールを作っていた。 レストランもあった。

9年12月27日 (13)

売店の写真で、右に見えた建物。
大正8年の建てられた会社の建物を、移築・復元したもの。 正月に向けて飾り付け中だった。

9年12月27日 (9)

外壁に、こんな飾り付けが。 雛人形は、いくらはやく飾ってもいいそう。

9年12月27日 (10)mmk

酒造会社には、必ずきれいな水がある。 たくさんの人が汲みに来ていた。 私もペットボトル2本。

9年12月27日 (6) 

霧島市隼人町にある、スーパーセンターA・Zに向かった。

9年12月27日 (23)

隼人町に入ってきた。 海はそばに。

9年12月27日 (24)

A・Zに着いた。  車が混んでいたので、海の近くの離れた駐車場に。   ここです
桜島が見えた。 噴煙を上げている。
その噴煙は、こっちに流れていた。駐車場の車は、どれも灰をかぶって白くなっていた。

9年12月27日 (14)

ここでは、5月に霧島神宮で会った、焼き芋屋さんのHさんと待ち合わせていた。

300円の温泉に案内してくれた。
途中に、こんな標示が。

竜馬が、新婚旅行で、鹿児島から船でここに上陸したとあった。

慶応2(1866)年1月、竜馬は、京都の寺田屋で襲撃された。 お龍(りょう)の機転で助かる。
手に傷を負っていた。 西郷隆盛らの薦めもあって、お龍とともに鹿児島へ行く。
その後、新婚旅行と怪我の治療をかねて、霧島の温泉に向かった。

※ これは、新婚旅行の最初、と言われている。
※ お龍は風呂から裸のまま2階へ階段を駆け上がり、危機を知らせた。龍馬は主に銃で反撃。左手の親指を負傷した。

9年12月27日 (25)

9年12月27日 (26)

晩、Hさんには、ビールや焼き鳥をご馳走になった。 奥さんも一緒に。
Hさんは、梅雨時期に仕事を休んで旅に出る。 来年は、四国をまわると言う。

お店は24時間やっている。 A~Zまで、何でも売っている。 車も。 
コインランドリーもあるので、その近くに停めた。

定食とかは、500円で食べられる。 早朝は、刺身やお弁当が半額になる。
ここにいたら、少ないお金で、何も困らないで過ごせる。
道の駅よりいい。 店の長さが、確か300㍍だったかな。  

こんな店が出来たら、私らはいいが、他の店は大変だろうな。

9年12月27日 (15)

黒霧島を美味しく飲んでいたら、眠くなった。

9年12月27日 (16)  IMG_4165lll


今年も押し迫ってきた。 あと4日だ。 年越しの晩については、こう思いますね。
31日の晩、昨年と同じように、家族みんながそろって、同じテーブルで、同じ場所に座って、楽しく食事が出来たそれで十分。
今年1年は、いい年だったことになる。  健康以外はみんな贅沢。   (私は一人だが・・)


【停泊場所】   A・Zの駐車場。

【明日の予定】  洗濯を終わらして、午後指宿に向かいます。 


【ブログ順位】  4位に上がっています。

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指宿にある開聞岳は、雪が降るときがあるそうだ。 降ったら登らない予定。
往復5~6時間。
最終的には、1日の朝、登るかどうかを決めようと思う。
準備があるので、明後日の28日には、指宿に入ります。

開聞岳には、下記の歴史があり、それも登りたい理由の一つ。

太平洋戦争において、知覧の特攻基地から出撃した戦闘機は、まず開聞岳へと進路をとった。
そして、富士山にも似たその山容に故郷や家族への別れを告げながら、南方へと向かったという。(Wikipediaより)

世の中狂ったら、ここまでのことを若者にさせるのか。 
特攻は、そういう中身ですね。


指宿には、砂風呂があるという。
また、北海道からも多くの旅人が集まるそうだ。 楽しみ。


年末になって、他にもしたいことがあるので、見学時間は、少しだけ。

青島亜熱帯植物園があるというので、行った。 
県立なので、たくさんの花を期待したが、ダメだった。

むこうは、すぐ海。 木の種類が違う。

9年12月26日 (4)

花も、北海道の夏と同じように咲いていた。

9年12月26日 (5)

向こうに見えるのは、青島
青島神社がある。 ジャイアンツが宮崎キャンプの時、ここにお参りに来る。

9年12月26日 (6)

ここが、大きな温室の植物園。 ちゃんと管理してないから、写真を撮れるとこがない。

9年12月26日 (2)

状態のいい花をやっと見つけて撮影。  ※ 伊豆のランの里とは、天と地の差。 それはここに
県立なのに、どうしたんだろう。 知事はだれだ、ってね。

見たことありますね。

9年12月26日 (1)

これも。 名前は、?。

9年12月26日 (3)

ここは、掘切峠。 この辺りは、どこもこんな海岸。      ここです。 青島や道の駅も見える。

9年12月26日 (9)

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向こうへ少し走ると、道の駅フェニックス。

9年12月26日 (7)

ここが、フェニックス。 木の名前も、フェニックスだった。

9年12月26日 (14)  9年12月26日 (15)

このように、花でいっぱい。
洗濯岩だけを見て、珍しいから感動すれと言われても、それは難しい。
でも、海と海岸と、花と、山をセットにして見たら、まちがいなくいい。

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上の写真の左上の方で、釣りをしている人が。  何が面白くて・・・。 人のことは言えないか。

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ずっと向こうまで、日南海岸。

9年12月26日 (13)

ここで鬼が洗濯を。

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こんな花が。

9年12月26日 (10)

山の斜面に。

9年12月26日 (18)

9年12月26日 (12)

色が鮮やかで、南国の花は、主張が強い。(上の二つは、特に)
北海道で咲いてたら、あの女(ひと)少し派手でない、って言われる。
言われる女の方が、好き。 

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九州に来たら、南に下がるので、暖かさが増す。
同じ国なのに、ずいぶんと違う。


【道の駅】    都城   ここです。   ここは、東国原知事が育った町。  夕方、床屋に行ってきた。

【明日の予定】  霧島酒造の見学。 11時から予約してある。

【今日の歌】   Jupiter(YouTube)   平原綾香です。 


【ブログランキング】  国内旅行5位です。 上がってきました。

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大野市は石仏や、石の橋の宝庫だった。
石仏の状態は、臼杵と変わらない。 質の高さは、臼杵が上かもしれないが。
昔の石の橋もたくさんあった。 

コメントにあった、クルスの海にも行ってきた。
願いが叶うとあった。 


道の駅に近いものを二つ見ることにした。
一つは、菅尾石仏

駐車場に着いて、坂を3分ほど上った。 

9年12月25日 (1)

菅尾石仏の少し下に、青面金剛石造というのがあった。
高さ2㍍程の岩に、穴をくりぬいて、仏像を安置していた。

仏像は6本の手を持ち、両腕で日輪、月輪を支えていた。(上の方に)
右の手は女の髪を掴んでいる。
庚申さまと呼ばれ、豊作の神として信仰されたそう。(説明板から)

9年12月25日 (2)

このように髪を。 髪は女の命なのに。 意味は、分からない。

9年12月25日 (3)

山を削って作った。 山全体が岩だ。   ここ

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九州は、隙間に入った水が凍らないため、長持ちするのか。

9年12月25日 (4)

臼杵との違いは、表情が分かりずらい。

9年12月25日 (5)

調べてみたので、少し書きますね。(大野市観光協会資料より)

国宝ではないが、重要文化財。
左から千手観音、薬師如来、阿弥陀如来、十一面観音。 ※ 右に未完成のが一つ。

高さは180cmから190cmで、丸彫りの仏像。 着色が見られる。
むかしから土地の人々は岩権現と呼んでいた。
造られた年代は十二世紀後半。
緒方三郎一族が建立したのではないかと推定されている。(※十二世紀末の源平争乱期の英雄)

※ 緒方三郎(惟榮)はこんな人。(Wikipediaより)

  源平の争乱で、源氏に寝返った。
  源義経が源頼朝に狙われた際には義経に荷担し、都を落ちた義経と共に船で九州へ渡ろうとした。
  嵐のために一行は離散、惟栄は捕らえられて上野国沼田へ流罪となった。(沼田にいた時、私は、谷川岳に登った)
  このとき義経をかくまうために築城したのが、岡城とされている。

※ 岡城は、竹田市にある。 滝廉太郎は、子供の頃、竹田市で過ごした。
  荒城の月のイメージは、岡城にあったと言われている。

いろんなのが結びつくと面白い。

未完成のが右にあった。

IMG_3995nnmf.jpg

こんな話が。

あるとき、三匹の鬼がここにやってきた。
鬼は娘をくれと、村人に言った。
寺尾寺の和尚さんは、寺の裏山に石仏を彫るよう、鬼に命じた。

もし日限まで彫れれば娘をやる。出来上がらねば征伐すると言った。
鬼は石仏を彫り始めた。
日限までには出来上がりそうだった。

大変と思った物まね上手の瀬口という男が、団扇をたたいて鶏のまねをしました。
鬼は征伐されたら大変と、石仏を彫り残したまま逃げてしまった。
だから一体だけ完成していない。

こんな話が。 よく考えるもんです。


里山の風景です。 九州はずっと、薄く靄(もや)がかかっている。 どこでも。

9年12月25日 (7)

近くに、石の古い橋があったので行った。

虹潤橋(こうかんきょう)。 車が通っていたので痛んだ。 今は人だけ。    ここ
手で作ったのに、丈夫なもんだ。
1824年に完成している。 苦労して作っている。

※ 熊本の通潤橋は、1954年に完成している。 それより古い。
  出来た時は、日本で一番大きな眼鏡橋だった。

IMG_4002ddrw.jpg

反対側から。

9年12月25日 (9)

ここを普通に車が通っていた。 ※ 少し離れた所に、日本で一番大きな眼鏡橋がある。

9年12月25日 (10)

国道326を通って、延岡に。 道はずっと、北川に沿ってあった。

9年12月25日 (21)

延岡市を過ぎて、ここは日向市。 海に出たら、暖かかった。

9年12月25日 (22)  9年12月25日 (23)

クルスの海が見える、展望台。

9年12月25日 (14) 

クルスの海。    ここ

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十字は、横に見る。

9年12月25日 (12)

こう見ると、叶うになる。 

9年12月25日 (11)

クルスの海は、右下に。

9年12月25日 (15)

日向岬の先端。

IMG_4023awer.jpg

このように。

9年12月25日 (16)

この辺りからが、馬ヶ背と言われる。

9年12月25日 (17)  9年12月25日 (20)

坂を下ったら、右に断崖絶壁があった。  高さ70㍍。 幅10㍍。 奥行200㍍。   ここ

IMG_4028ccfs.jpg

反対側は、こう。

9年12月25日 (18)

先端を目指していたが、雨が強くなってきたので、戻った。

※ 日向岬では、駐車場や歩道に、地図がない。(岬だけでない、広い地図はあったが)
  時間や距離も分からないので、不便。 漠然と歩いた。 


道の駅日向のそばの温泉。 お船出の湯。
ここに来て、思い出した。
5月の末に、温泉に入って、天丼食べて、浜を散歩した。 近くに、美々津(みみつ)の街がある。   その時のブログ

DSC00859.jpg

宮崎県に入ったら、暖かい。 上着はいらない。


車に、LEDの電球を取り付けた。 たった7Wなのに、50Wくらいの明るさだ。まぶしい。
(蛍光灯の管が切れた。 注文に時間がかかるので)
これで、明るく1年を終わらすことができる。


【道の駅】   日向    ここ

【明日の予定】 どこかを、少し見るだけです。

【今日の歌】  タッチ(Youtube)  元気よく。


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今日は、九州に渡ると決めた日だ。

四国の西に、尻尾のように半島が出ている。 佐田岬半島。  ※ 九州の最南端は、佐多岬。
この半島は、山脈の尾根が、海から飛び出したようだ。
道は、山の上を通っている。
右の地域にも、左の地域にも行けるようにしたのかな。

どこから見ても、こんな風景。

9年12月24日 (1)

9年12月24日 (2) 

三崎港から、12時30分のフェリーに乗った。 佐賀関の港まで、70分。

9年12月24日 (3)

釣りをしている人もいた。

9年12月24日 (4)   9年12月24日 (6)  9年12月24日 (5)

佐田岬が見えてきた。

9年12月24日 (8)

9年12月24日 (7) 

佐賀関港。

9年12月24日 (9)

6月1日に、ここから四国に渡った。

IMG_3912nmkr.jpg

湯布院や、別府は、ゆっくり寄れないと思って、臼杵の石仏を見ることにした。

少し行ったら、右に曲がった。 見学料530円。    ここです

9年12月24日 (11)  9年12月24日 (12)  9年12月24日 (13)

岩に直接彫ったので、磨崖仏と言われる。 ここは、ホキ石仏大二群と名前が付いていた。

9年12月24日 (14)

磨崖仏で国宝は、ここだけ。 他と違って、像の形がはっきりしている。

9年12月24日 (15)

平安時代後期から、鎌倉時代にかけてのものだそう。 1000年前だ。

9年12月24日 (16)

表情が読み取れる。

9年12月24日 (17)

次の場所に向かった。

9年12月24日 (18)

ここは、ホキ石仏第一群。  どこも、屋根で覆われていた。 

9年12月24日 (19)

平成6年に、保存修理が終わっている。 欠けたのを、くっ付けたりしたのか。

9年12月24日 (20)

どの石仏も、作って置いたのではなく、岩といっしょになっている。

9年12月24日 (21)

仏像だけでなく、後ろに光背がある。

9年12月24日 (22)

このように色が残っているのもある。

真ん中のは地蔵菩薩で、左足を立てているが、珍しいそう。
どの石像も意味があって、例えば、左右の像は、亡くなった人の罪を裁き救済するための、十王像と言うそう。

9年12月24日 (23)

表情がはっきりしている。

9年12月24日 (25)

普通のと、顔つきが違う。 目の表情が大事でしょうか。

9年12月24日 (24)

次に向かった。         

9年12月24日 (26) 

山王山石仏。  平安後期の作。

9年12月24日 (28)

これが、気にいった。 目がいい。

9年12月24日 (29)

500㍍ほど離れた所に、古い五輪塔があるというので向かった。

9年12月24日 (30)

江戸時代以前のもので、古いというだけだった。

9年12月24日 (31)

途中に墓があった。 江戸時代のものだった。

9年12月24日 (32)

ここは、古園石仏。

9年12月24日 (33)  9年12月24日 (34)

中央の石仏は、首が落ちていたが、修復で元に復元した。 これがいい。

9年12月24日 (36)

この大日如来像が、臼杵のメイン像。 パンフレットの表紙を飾っている。
そのパンフレットと全く同じに撮影したのが、下の写真。 遊んでみた。
 ※ これから、何をどう撮ればいいか分からないときは、パンフレット通り撮る。 名案だ。(?)

IMG_3963nkpp.jpg

どうして千年持ったのかが、不思議だ。 江戸時代とかに修復したんでないかな。 分からない。

山頭火は、昭和4年の12月にここに来ていた。 80年前だ。

9年12月24日 (39)


道の駅、みえからの風景。 大野川。

9年12月24日 (40)


一昨日の問題。 解答です。    ※ 赤い小さな円の、直径を求める問題。
とりあえず、大きい円の直径を、10㎝としていました。
他の方法もありますが、下のが分かりやすいかなと。

図形の問題は、問題にない線を引くと、急に易しくなることがあります。
正方形で囲むことに気づくまで、1時間はかかったんですよ。

答えは、実際に測った数字とほぼ同じなので、大丈夫と思います。

9年12月22日 (17)mmko  IMG_3974ddgj.jpg  IMG_397vvgj5.jpg


コンビニで買いました。 ケーキを食べたのは、いつ以来だろう。

9年12月24日 (41)



【道の駅】   みえ

【明日の予定】  宮崎に下がる予定。

【今日の歌】   ヘイリーが歌う、Stille Nacht(YouTube)


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焼き物の里、砥部町に行った。
見学できる窯があるので。 名前は、梅山窯。 ※ 会社名は、梅野精陶所。

砥部焼については、こう。(Wikipediaより)

① 後背の山地から良質の陶石が産出されていたことから、大洲藩の庇護のもと、発展を遂げた。
② やや厚手の白磁に、呉須と呼ばれる薄い藍色の手書きの図案が特徴。
③ 砥部焼の多くは手作り成形のため、全国的に見ても決して大産地や有名産地ではないが、独特の風合いが愛好家に  評価されている。
④ 近年ブームの讃岐うどんの器としても、砥部焼はよく用いられる。

梅山窯は、砥部に約90ある窯元の中で、一番大きく代表的な窯元と、多くが紹介している。  場所はこの辺り


売店で、見学のお願いをした。 写真も大丈夫だった。

9年12月23日 (1)   9年12月23日 (2)

大きな建物の中で、作品は、製造過程を分担して行われていた。
ここでは、基本の形を作っていた。

9年12月23日 (4)

繊細な仕事をしているため、話しかけれる雰囲気ではなかった。(話しかけないようにとの、表示もあった)

一つ一つこのように手作りなのが、ここの特徴のようだ。
何年修行したら、このように任せてもらえるのか。

9年12月23日 (5)

この人は、皿を。

9年12月23日 (6)

花器だろうか。 粘土の塊から作り上げていた。

9年12月23日 (7)

普通はこのように見学は出来ない。 私のように、ネットに載せる者もいるし。
でも、ここの会社は自信があるから、可能にしてるんですね。

ここは、別の作業。

9年12月23日 (8)

持つ所をくっつけていた。

9年12月23日 (9)

付ける場所は、定規で測るわけではない。 このように、棒を1本置いた。

9年12月23日 (10)

焼かれる前のもの。 乾燥させているのか。

9年12月23日 (11)

施釉(せゆう)ってありますね。 釉薬(ゆうやく)つまり、うわぐすりを、ここでかける。
これをしないで焼いたら、素焼きですね。

9年12月23日 (12)

こんな風に。 焼いたら透明になって、描いた絵が見える。

9年12月23日 (13)

ここでは、作品の細かなチェックをしていました。 少し削ったり。

9年12月23日 (14)

作業内容は分からないが、出来たものが見えますね。

9年12月23日 (15)

ここは、型枠で作っている。 ろくろを使ったら、円くなる。(当たり前か)

9年12月23日 (16)

機械での、大量生産ではない。

9年12月23日 (17)

これは、難しそう。

9年12月23日 (18)

焼く窯。 

9年12月23日 (19)

この台に並べて、窯に入る。

9年12月23日 (20)

焼かれる前かな。

9年12月23日 (21)

台が、この線路の上を通って、窯に入る。 ※ 左右に移動する。

9年12月23日 (22)

作業所の中、いろいろ。

9年12月23日 (23)

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食器を積み重ねている。 完了したら、窯に。

9年12月23日 (27)

焼き上がったのかな。(?)

9年12月23日 (28)

別の部屋で、色を付けていた。 こっちは、入れない。  書き直しは、きっと出来ない。

9年12月23日 (29)

同じ絵を描くための工夫は、分からない。 何かありますね。

9年12月23日 (30)

この人も、同じ作業。

9年12月23日 (32)

底を調べているようだ。

9年12月23日 (31)

作品を展示しているところがあった。  梅山窯は、高温で焼く磁器が中心。
磁器は、絵に魅力を感じるでしょうか。 形はもちろんですが。 ※ 作品は、写真だけ。
古いものも、たくさんあった。

9年12月23日 (33)   9年12月23日 (34)  9年12月23日 (36)

9年12月23日 (37)  9年12月23日 (40)  9年12月23日 (41)

9年12月23日 (42)  9年12月23日 (43)

9年12月23日 (44)

9年12月23日 (47)  9年12月23日 (49)  9年12月23日 (53)

9年12月23日 (54)  9年12月23日 (57)

9年12月23日 (58)

9年12月23日 (60)

9年12月23日 (61)

9年12月23日 (62)


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9年12月23日 (64)

9年12月23日 (65) 

登り釜を見ることができた。 昭和37か38年頃まで、これで焼いていたという。 今は時々。

9年12月23日 (66)

中。

9年12月23日 (67)

下の窯からは、ここから炎が来る。           天井。

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入り口。

9年12月23日 (70)

9年12月23日 (71)

詳しいことは分かりませんでしたが、作る過程を見られたのが、大きいことでした。
今後は、陶器の話が出てきたら、今日見た場面を思い浮かべて、考えることが出来る。 

買ったのは、下の二つ。 箸置はおまけ。

日本酒が美味しく飲めそう。          登り釜で焼いた皿。素朴で感じいい。       箸置。 

IMG_3885mhft.jpg  IMG_3873kkht.jpg  IMG_3881cgry.jpg

道の駅に向かう途中。

9年12月23日 (72)

明日、九州に渡ります。 今は、道の駅、伊方きらら館。 細い半島の中。
松山市とお別れした。

今日の梅山窯の雰囲気は、どこかに似ていた。 思い出せない。 人の雰囲気です。
津軽のランプの宿か。

※ このことについて少し。
   職場の雰囲気は、次の3つで決まると思います。
    ① 社長の経営方針が、ここで働く人の心にどのように伝わっているか。
    ② 働く人の仕事に対する意識は、高いものになっているか。
    ③ ここの人たちの、人柄。(これが基本になるのかな) 

とてもいいと、感じました。

大きな夢に向かって、今ここで勉強している人がいる。
そのことも、強く感じました。


今日買った器で、お酒を飲んだ。
美味しさが増して、少し飲み過ぎた。
それで、ここまで。(写真を載せたところまで)
明日は、早く起きる決意。


【道の駅】     上に書いた通り。  場所はここ

【明日の予定】  午後、九州に渡ります。 どこかは、見られないと思う。

【今日の歌】    クリスマスの曲を一つ(YouTube)


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日本最古の名湯に入りました。
でも、私にとって、どうだったら名湯かがよく分からない。
その前に、2時間ほど、ボランティアの人に案内してもらいました。
五十一番札所、石手寺にも連れて行ってくれました。三重塔がありました。

道後温泉の魅力は、温泉だけでないことが分かりました。


観光案内所から、アーケード街を歩いて行くと、椿の湯や道後温泉本館に着く。
椿は、松山市の花。

ただ、サザンカは花弁が落ちるが、椿は花ごとポロっと落ちる。
それで、昔、武士は嫌ったそう。(首が落ちる感じなので)

9年12月22日 (1)   9年12月22日 (2)

道後温泉本館。 坊っちゃん湯とも呼ばれる。 
浴室に、坊っちゃん泳ぐべからずの札が、下がっていた。

100年以上経っている建物。 湯気が出るのに、よくもっていると思う。

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※ ここの温泉は、かけ湯だけで入ったらダメ。 体を洗ってから入ること、と標示があった。
  これがいいんだが、このように書いてあるところは少ない。

左から見たら、こう。

9年12月22日 (4)

後ろ。 昔、皇室はこっちから入った。 専用の門が。 使用したのは、昭和26年が最後だそう。

9年12月22日 (5)

円満寺の、湯の大地蔵。 行基作と言われている。

9年12月22日 (6) 

宝厳寺。 ここで、一遍上人が生まれた。 1239年のこと。   

9年12月22日 (8)

石段の下は、このように坂。 ここは昔、遊郭街だった。

9年12月22日 (7) 

正岡子規の句碑があった。 

9年12月22日 (9)

そばに遊郭があったから、こんな句が。

9年12月22日 (10)

本堂。

9年12月22日 (11)

次に向かって歩いていたら、多羅葉という木が。 ハガキの木とも言われているそう。
葉っぱに字が書けた。(車のキーで) 時間が経ったら、黒くなってきた。 消えなかった。 

9年12月22日 (12)   IMG_3740vgyj.jpg

こんな木が。 一つの木の葉っぱが、二種類あった。 若い葉に、分かれるのがあるそう。

9年12月22日 (13) 

伊佐爾波(いさにわ)神社。 赤穂浪士と関わりがあった。

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屋根と屋根が、少し重なっている。

9年12月22日 (14)

京都の石清水八幡宮を模したと言われている。 こういうのは、全国に3つしかないそう。
八幡造りの社殿で、重要文化財。

9年12月22日 (15)

赤穂浪士の討ち入り後、10名を松山藩が預かった。 この地で切腹。
二人の墓がある。(毛髪が入っている)
※ 腹を切った後、介錯(首をはねる)する人が、毛髪をいただくことを頼んだそう。
  誰もが、心は、四十七士の味方だった。

9年12月22日 (16)

関家多喜次と言う人の算学が、復元されて奉納されていた。22枚。
図が単純だが、気になる問題があった。
こんなの。

IMG_3632asdf.jpg

真ん中の、赤の○の直径を出せと言う。
(√)を使って解けたんだが、すぐには分からなかった。  
※ これを考えたため、ブログが遅くなった。 解答は、23日のブログに。
  大きい円の直径を10㎝として、挑戦してみては。

こんな所が。 鮮やか。

IMG_3637dsae.jpg

五十一番札所、石手寺に向かった。

こんな井戸が。                 大きな空海の像が。 顔はインド、体は長安を向いている。

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プラタナス(鈴懸)の実。 初めて見る。  実は鈴のようだ。

9年12月22日 (23)

細いトンネルを通って、裏の方から行った。

9年12月22日 (24)  9年12月22日 (25)   9年12月22日 (26)

石出寺の三重塔。 重要文化財。  ※ 逆光で、塔が黒くなる。
色は着いてない。 ※ 色なしでは、羽黒山の五重の塔が綺麗。  朱い塔では、もちろん室生寺

IMG_3671kkou.jpg

この鐘は、テレビの除夜の鐘で、何度か登場したという。 私もならした。 ゴワ~~ンって鳴った。

9年12月22日 (28)

松山城は、江戸時代に入って建てた。 その前は、湯築城だった。 その跡地は、公園になっていた。
復元した家の中にに、こんな絵が。

木を縦に長く切るのは大変だから、割っていた。 何か所もキズを付けて。(初めて知った)
真ん中あたりで、二人が木槌をもってやっている。

9年12月22日 (29)

こんな感じ。 ここにカエルが飛び込んだら、どんな音がするのか。 松山だから決まってるか。

9年12月22日 (30)  9年12月22日 (31)

雰囲気がよかった。

9年12月22日 (32)

昔使っていた、湯釜があった。 ここから、各温泉に行くのか。

9年12月22日 (33)  9年12月22日 (35)

湯釜の上の方。 一遍が彫った字だと言う。

9年12月22日 (34)

アーケード街を通った。 フクロウが。    このように、道後温泉の本館は見えてくる。

9年12月22日 (36)   9年12月22日 (37)

カラクリ時計と足湯。

9年12月22日 (38)

道後温泉駅。 坊っちゃん列車が走っている。

9年12月22日 (40)

坊っちゃん列車。

9年12月22日 (39)

今日は、漱石や子規については、詳しく見ることはできませんでした。
次の機会かな。

道後温泉は、古い温泉と、巡礼のお寺と、漱石・子規によって、魅力が出来上がっていました。
一日歩いても、退屈しないだけ、たくさんの見所がありました。


今日は、冬至でした。 インスタントの汁粉に、カボチャを入れて食べました。
これで、風邪を引かない。 明日から、昼間が長くなっていく。

9年12月22日 (41)


【停泊場所】  昨晩に同じ。

【明日の予定】 見学が出来る窯元があるので、行ってみようかなと。 初めて。

【今日の歌】  太陽がいっぱい(YouTube)  新しい動画。 女性のマリー・ラフォレはデビュー作。

   nnmkラフォレ


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天守閣から、四方が見渡せました。
高さ132㍍の山の上にある、平山城と言われる城でした。
NHKドラマ、坂の上の雲は、松山を舞台に始まりました。

城の魅力は何でしょうね。
もし、天守閣がなかったら、魅力半減のような気がする。
天守閣から望む風景は、城の大きな魅力のようだ。

松山城は、天守閣からの見晴らしがいいと聞いたので、行ってみた。

ロープウェーに乗ろうとしたら、リフトに乗ってもいいという。
それで、これに乗った。

サンタさんがずっと乗ってた。

9年12月21日 (1)    9年12月21日 (2)

石垣を見ただけで、城の大きさを感じた。

9年12月21日 (3)

松山城は、建物と門が30以上あった。
その内、重要文化財になっている昔からの物が半分だ。 規模が大きい。

9年12月21日 (4)

9年12月21日 (5)   9年12月21日 (6)

昭和20年に空襲があったが、天守閣は焼けなかった。

IMG_3490ddrw.jpg

天守閣が、ぽつんとあるのではなく、他と繋がっていた。 小天守とかと。
連立式と言うそうだ。 姫路城とかも、そうなるのかな。

9年12月21日 (8)

松山平野に松山市がある。 平らな中に、勝山という小さな山がある。 その山に城がある。
この様な城を、平山城(ひらやまじろ)と言うそうだ。
だから、見晴らしがよくなるのか。

9年12月21日 (9)

こんなの見たことある。 彦根城で、ひこにゃんだ。 (右側)
これは、よしあきくん。 初代藩主が、加藤嘉明だったので。
ひこにゃんの方が、めんこいかな。

9年12月21日 (10)  bbhu11324b

城内は複雑に作られていた。 案内板がなかったら、迷う。

9年12月21日 (11)

防衛能力に優れた城だそう。

9年12月21日 (12)

天守閣の中には、古い資料や鎧などが展示されていた。

9年12月21日 (13)   9年12月21日 (14)

下は、藩札。

9年12月21日 (15)  9年12月21日 (16)

こんな絵が。 きれいなので撮った。 名前などは、メモしなかった。(メモ帳忘れた)

9年12月21日 (17)

木のつなぎ方。 複雑だ。

9年12月21日 (18)

小天守の窓から。

9年12月21日 (19)

小天守の中。                     天守閣の最上階に上る階段。     

9年12月21日 (20)   9年12月21日 (21)

ここが一番上。

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愛媛空港に、着陸する飛行機。

9年12月21日 (22)

瀬戸内海や山が見える。 山の名前は、分からない。

9年12月21日 (23)

見晴らしがいい。 四方が見渡せた。

9年12月21日 (24)

松山は、四国最大の都市で、人口約52万人。 

IMG_3546wwsr.jpg

このように、遠くの景色の手前に、城の建物が見える。

9年12月21日 (26)

城全体の写真は、左の向こうから撮った。

9年12月21日 (27)

東の方かな。

9年12月21日 (28)

9年12月21日 (29)   9年12月21日 (30)  9年12月21日 (31)

城についての知識が乏しいため、何気なく見ている感じがする。
特徴を調べてから行った方がいいかなと思った。

ロープウェーで戻った。 下の駅に、愛媛城の昔のしゃちほこがあった。

9年12月21日 (32)

こんなのも展示してあった。 今、こんな車のナンバーがあるようだ。
実際に走っている車では、見たことがない。

9年12月21日 (33)

どこに行っても、坂の上の雲のポスターがあった。

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少し行って、左に曲がって、駐車場へ。

9年12月21日 (35)

城を見ているとき、ボランティアで案内をしている人に出会った。
道後温泉の見所について聞いた。
そんな話をしていたら、明日行くなら予約してあげるよと言ってくれた。
それで、明日9時、道後温泉の案内所に行くことにした。


【停泊場所】    昨晩と同じ。 この辺には、道の駅はない。

【明日の予定】  道後温泉

【今日の歌】    仰げば尊し(YouTube)   その季節ではないが、ギターです。 じょうず。

           スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」(YouTube) 蛍の光の原曲です。意味は、遠い昔。 子供の声かな。 いいですよ。 3月31日に載せた曲。



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いつか 平和になり 剣の錆びる日がきたら
太鼓をうちならして 祝おう
いつか 平和になり、弓矢を折る日がきたら
鎧に白い花を 飾ろう


この歌は、舞台で何度も歌われ、この歌で、物語の最後は締めくくられた。
鶴姫伝説の主題、またテーマは、ここにあった。

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鶴姫伝説は、感動のミュージカルだった。

今朝は迷ったが、最後は列車でも行くと決めた。
高速が、50㌔規制だが通っていた。 11時に出発。
みぞれが降っていたが、大丈夫。(携帯で撮影)

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昨日・今日と、南周りで200㌔以上走った。

1時頃、坊っちゃん劇場に着いた。    ※ 高速は風が強かったので、途中で下りた。

9年12月20日 (3)

9年12月20日 (4)

開園は、2時。 S席の一番後ろを予約してあった。
物語は、そこに住む人たちが昔を振り返り、瀬戸内の海を讃える所から始まった。

最初の関心は、物語の主題だった。 わらび座だから、おおよその見当はつく。(価値のあるものにするから)
平和か庶民の幸せか、その辺りだ。 それは、早い時間に前者だと見えてきた。(両方でもあるが)


鶴姫は、大山祇(ずみ)神社の大宮司の娘。     ※ 鶴姫、大山祇神社、歴史的史実については、このブログに
父親が亡くなった晩、鶴姫の前に龍神が現れ、こう言った。  ※ 龍神は大山祇神社の守護神。

おまえは、龍神の申し子だ。 特別な星のもとに生まれた。
海は、誰のものでもない。 いつか自分の使命を知る時がくる。 海の平和を守りぬけ。
そして、このことは、誰にも話すなと。

9年12月20日 (11)

9年12月20日 (17)

鶴姫は、幼馴染のカモメ(女)にだけは、話していた。

お姫様だから、大事に育てられた。
でも、自分は籠の鳥ではないと、自由に伸び伸びと生き、育った。 
美しさだけでなく、剣では男に負けない強さも、身に付けていた。
月日は経っていた。

鶴姫は、クロタカという武将に出会う。  ※ 歴史上は、越智安成。
お互い心が乱れた。 命をかけて好きになっていく。

9年12月20日 (9)

物語の間に、歌と踊りが随所に出てきた。
この話の脚本を書いた高橋知伽江と言う人は、この時代が、また、足利幕府が庶民にとってどうだったのかを、はっきりと語らせていた。

周防の大内義隆が攻めてきた。  ※周防は、今の山口県の瀬戸内側。

  物語の舞台となる、大山祇神社のある大三島は、芸予諸島にある。
  この辺りは、島がたくさんあるため、瀬戸内の交通の要衝となっていた。
  利権の争いで、戦が絶えなかった。

次兄の安房が三島水軍の陣代(統括者)として、他と連合して大内氏を迎撃した。
しかし、安房はその戦いで討死してしまった。

9年12月20日 (12)

後を継いだのが、17歳の鶴姫だった。
鶴姫には、鎧が用意されていた。 父の遺言で、上の兄が作った。
それは、下の鎧。
※ この鎧が、大山祇神社にある。

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鶴姫は、龍神から、瀬戸内の平和を守ることを託されていた。
兄は討死し、その憎しみは鶴姫にだってあった。

しかし、鶴姫は戦のもう一つの顔を知っていた。 こう言う。
みんな苦しむ。 海は、人より先にあった。
戦の勝ち負けより、もっと大事なものがあるはず、と。

また、沈む夕陽に流した涙をぬぐい、海に沈めて、花をさがしに行こう、と。
そして、最初の歌を歌った。

いつか 平和になり 剣の錆びる日がきたら
太鼓をうちならして 祝おう
いつか 平和になり、弓矢を折る日がきたら
鎧に白い花を 飾ろう


最後に、こう決意する。
憎しみの刃(やいば)に、憎しみの刃を振りかざしてはならぬ
他の手立てがあるはずだ、と。

これから頼りになるのはクロタカだ。
鶴姫は、そなたがいてくれて良かったと言う。
これを聞いて、クロタカの心の中のうず潮は、抑えることの出来ないものになっていった。

幼馴染のカモメが、急に遊郭に行くことになった。
父が戦で死んで、下の子の面倒を見なければならない。
カモメは鶴姫に言った。
心の蓋(ふた)を取りなされ。 別れは、いつ来るか分からないって。

9年12月20日 (7)

※ この場面は長く、突然遊郭の話だ。 何気なく、このような場面を作ることはない。
  三浦綾子の泥流地帯でも、同じ遊郭に行く話があった。
  話の最後で、物語の展開に大きな影響を与えた。
  また、これからの話の流れを予感させる、「しかけ」にも感じた。
  泥流地帯と、紋別の劇団海鳴りの芝居を思い出して見ていた。       ※ 海鳴りのはここに

鶴姫は、大内義隆と和睦を考えた。
憎しみの刃に、憎しみの刃を振りかざしてはならぬ、と。
和睦のための使いは、自分がすると、クロタカは言った。

また、クロタカは、こんなことを言ってしまった。
全てを敵にまわしても、そなたの味方をすると。

鶴姫も言った。 うまくいったら褒美をつかわすと。
それは、自分との祝言だった。 ついに言った。

そして、二人は、息が止まるように抱き合った。
これからの幸せを、見つめていた。

見ている方は、幸せになってもらいたいと思う。
でも、ダメなんだな。 この流れは。
※ 泥流地帯で、大正15年に十勝岳が爆発する前日、ある家庭の兄弟は楽しすぎた。 三浦綾子は、そう描いた。 
  あれと同じだと思った。    ※ もしよかったら、ここに

クロタカは、和睦の文を持って大内義隆の所へ行った。
でも、その場で切られてしまった。

9年12月20日 (8)

何も知らない鶴姫は、母親が自分の着たという打ちかけを、勧められて着た。
クロタカが心配で、喜ぶことはできなかった。
それでも、羽織った手を一度広げた。 
美しかった。 タンチョウが羽を広げた白さだった。 

9年12月20日 (18)

鶴姫は、クロタカが切られたことを聞いた。 息を引き取る前に、鶴姫の名前を呼んだことも。
憎しみの連鎖を断ち切るためにそうしたのに、なぜそれを奪うと、龍神に叫ぶ。
龍神は応えない。
そして、自分が殺したと思った。

鶴姫は、ついにを着た。

9年12月20日 (6)

大三島を、家族を、そして仲間を守るために戦うと言った。

私はここで、この先の展開が分からなかった。
後で、なるほどと思った。

遊郭に行ったカモメは、大内義隆の所に出入りしていた。
鶴姫にカモメからの密書が届いた。

大内軍は、みんな戦勝の祝いで酒を飲んでいるという。
だから、船は空っぽだと。

鶴姫は、その船を焼き払うことを考えた。 人は殺さないで。
海よ、力を授けたまえと歌った。

作戦は、成功した。
鶴姫は大三島を守った。

予定していた祝言の日が来た。 でも、一人ぼっちだ。

鶴姫は、大三島を守ったが、海の平和を取り戻せたとは思えなかった。
龍神は言った。
鶴姫は、高い山に登ろうとしている。
そこに行こうとした一歩は、決して無駄にはならない、と。

未来を信じ、けなげな愚かな人間を信じ、願いを明日につなごう。
平和の祈りは、永久に、と鶴姫は歌った。

その後の場面は、舞台に鶴姫の鎧がぽつんとあった。 鶴姫がどうなったかを暗示していた。
海から、鶴姫とクロタカが現れた。

二人で、一粒の種を育てようって歌った。

9年12月20日 (13)

最後の場面は、鶴姫の鎧に、白い花を飾った。
平和への一歩を鶴姫が築いたから。(なくなったからかな、とも)

いつか 平和になり 剣の錆びる日がきたら
太鼓をうちならして 祝おう
いつか 平和になり、弓矢を折る日がきたら
鎧に白い花を 飾ろう


最初の、この歌を歌って、鶴姫伝説は終わった。


いい舞台だった。 久しぶりの感動だった。
さすが、わらび座だと思った。 裏切られることがない。

※ 舞台の写真は撮影できないので、ホールにあった物を撮影。 (確認して)

舞台の後、出演者を撮影できた。 下に。 (全員ではないが)

鶴姫役の、碓井(うすい)涼子さん。
ヘイリーとは違う魅力の、天使の歌声でした。 演技のすべてで、輝いていましたよ。

9年12月20日 (29)

書いていただいた、サイン。  つるひめ 涼子 USUI と読めます。

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クロタカ役の、神敏将さん。これだけ二枚目で腕が立ったら、鶴姫は当然惚れる。ご活躍を。

9年12月20日 (35)

カモメ役の、小関梓紀さん。 鶴姫を助けてくれてありがとう。

9年12月20日 (30)

撮影させていただけた、みなさんです。 左上の大内義隆役の中山城治さんは、おどけ役がぴったり。よかった。

9年12月20日 (33)   9年12月20日 (32)

9年12月20日 (34)   9年12月20日 (31)

いい舞台を見ました。 もう一度見たいと思いました。
今、多くの場所で起きている戦いは、憎しみの連鎖によっても、終わらすことが出来ないでいる。
脚本を書いた高橋知伽江さんの、発想の原点は、そこにあるように感じました。
世界中が、等しく平和になることを願って。


※ 今日の記事は、暗闇でのメモと記憶を元に書きました。見ないで書いても読めるもんです。初めて。


【停泊場所】     坊っちゃん劇場のそば。  ここです

【明日の予定】    松山です。

【今日の歌】     鶴姫伝説(YouTube)

            砂の祈り(YouTube)  先日も載せました。 いつの日か、この世の全てが等しく平和であるように、って歌っている。

            アメイジング・グレイス(YouTube)  ヘイリー・ウェステンラです。 私はもう迷わないって、決意する。 


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西予市にある卯之町に来ました。 宇和島の少し北です。
ここは、宇和島藩唯一の宿場町でした。
古い街並みが残っていました。


須崎市を出て、1時間ほどしたら、雪が降ってきた。(11時7分)
路面は大丈夫。 国道56号線を、ずっと走る。

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30分ほどしたら、雪は消えた。 四万十市の手前と思う。(11時35分)

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下の写真は、宇和島の近く。 (14時20分)

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愛媛県に入ると、車のナンバーの愛媛は、こんな字だった。(普通の字のもある)

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宇和島の北に西予市がある。 そこの卯之町に古い街並みがあるので向かった。
海岸より、200㍍ほど高いために、街に入ったら、冬景色だった。

歩いてみた。    この辺りです
伝建地区に指定されている。  ※ 伝統的建造物群保存地区
楽しみは、他とどこが違うか。 新しい発見はあるか。

9年12月19日 (2)

降った雪は、残っている。

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江戸中期から、昭和初期にかけての建物が並んでいる。 300㍍の範囲で。

9年12月19日 (11)

地図。

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観光地っぽくない。 普通に、ここの人たちは生活している。

9年12月19日 (30)   9年12月19日 (12)  9年12月19日 (27)

9年12月19日 (13)   9年12月19日 (28)  9年12月19日 (18)

休憩所。 時間がなかったので入らなかった。 
ここの保存地区では、外からの人を温かく迎え入れる雰囲気を、様々な場所で感じた。 
お遍路さんへの接待に似ている。

9年12月19日 (19)

ここの地図と、4か所の見学場所の入場券は、民具館で購入した。 400円。
歩く道順や、夜の駐車場所も、丁寧に教えていただいた。

9年12月19日 (20)

高野長英は、幕府に追われた時、ここに一時身を潜めたとあった。

9年12月19日 (21)   

この小さな建物に。

9年12月19日 (22)

この人が、高野長英。

9年12月19日 (16)  IMG_3361rrrr.jpg

こんな鳥が。 色が鮮やか。

9年12月19日 (23)

ここは、開明学校。 現存する西日本最古の小学校という。
女性の方が、雪だるまを作っていた。 

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ちょうど完成した。 少し、ゴマ塩の雪だるま。 四国で見ることになるとは。
軍手の手と、バケツの帽子がいい。
寒がっている表情か。(自分と同じ気持ちでいるように、見えてきやすい)

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明治15年築。

9年12月19日 (8)

9年12月19日 (10)

司馬遼太郎は、街道を歩くとかを書いてるから、ここの歴史に関心があったのか。

9年12月19日 (9)

二宮桂作と言う人。 ジーボルトに学んだ。 この人がこの町にいたため、蘭学が盛んだった。

9年12月19日 (17)

シーボルトの娘。楠本イネ。 上の人がこの町にいたので、ここに来て学んだ。

9年12月19日 (5)

大村益次郎。 陸軍の創設者。 また、戊辰戦争を指揮している。

9年12月19日 (14)

三瀬周三。 文部省設置に関わる。 イネの娘高子と結婚。

9年12月19日 (15)

下のことで、おかあさんの言葉が、広がった。(それまでは、上層階級で)
それまでは、おっかさんとか。 初めて知った。

9年12月19日 (7)

9年12月19日 (6)

9年12月19日 (26)

昭和3年築の校舎。 今の校舎の前は、これ。 長い廊下。 109㍍。
ここの管理人も、雑巾がけをしたそうだ。

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9年12月19日 (24)

寒かったので、熱燗を飲みたくなった。 でも、最初はビール2杯。
まず、焼き鳥。 砂ズリは、砂肝。 セセリは、首の肉だった。  となりは、じゃこ天。 魚のすり身が入っている。 名前をよく見た。

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シカ肉とニンニク。 馬肉がなかったので、シカ肉に。 ○○たない。

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酒は、昨日学んだ通り、子守唄だった。 車に戻って、気持ちよく寝てしまった。
前の日、3時間ほどしか寝ていなかったので、ぐっすり。

坊っちゃん劇場に行けるかどうか検討する。(朝)
パラパラと、霰(あられ)が降っている。
無理はできない。


【停泊場所】    家並みの中にある駐車場。  ここです

【明日の予定】  ぼっちゃん劇場で、鶴姫伝説を見る予定。 



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松山での鶴姫伝説は、見ると決めたので行くことにした。
雪の予報は、続いている。
山には入れない。
海岸線の道を、宇和島を通って行くことにした。

6月は高知を素通りした。
今回もそうしたら、竜馬に申し訳ないかなと。
それで、桂浜、はりまや橋、青龍寺に寄ることにした。


桂浜の丘の上に、坂本竜馬の像はあった。

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9年12月18日 (2)

海の彼方を、そして、遠く日本の将来を見ているのか。

9年12月18日 (3)

幕末から明治維新への政治は、複雑で分かりにくい。  私は分からない。
竜馬については、下に。

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※ そういえば、竜馬は京都の伏見の旅館寺田屋で襲われたのだが、その旅館は今どうなっているか調べてみた。
  京都市が昨年、再建だと結論を出したのに、まだ見学させていた。

ここから、桂浜に下りた。

9年12月18日 (4)

ここが桂浜。 実際は、竜馬像も含めて、この辺り一帯を桂浜と呼んでいる。
岬や、水族館や、お土産屋もあり、高知の大きな観光地になっていた。

砂浜は、弓形に広がっている。 潮流が速くて、夏でも泳げないそうだ。

9年12月18日 (5)

大町桂月の石碑があった。 桂月の桂は、桂浜の桂で、高知市出身の人だった。
この人は、北海道の層雲峡の名付け親だ。
実際は、詩人、歌人、随筆家、評論家のようだが、読んだことはない。

9年12月18日 (6)

※ この人の評価が高くない理由の一つに、昔こんなことがあったそう。(Wikipediaより)

 与謝野晶子が発表した「きみ死にたまうことなかれ」に対して、桂月は、雑誌「太陽」でこう避難した。
「皇室中心主義の眼を以て、晶子の詩を検すれば、乱臣なり賊子なり、国家の刑罰を加ふべき罪人なりと絶叫せざるを得ざるものなり」と。
 これに対して与謝野晶子は「明星」でこう言った。
「歌はまことの心を歌うもの」と。

 桂月は、国粋主義的な人間に見られている面があるようだ。
 当時は、桂月のように物を言えば有利だ。 でも時代は変わって、逆転した。
 時代の流れに沿って物を言うのは、その時評価されても、その時代で終わると言うことかな。

こんな説明があった。

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下竜頭岬と竜王宮。 そこへの道がいい。

このように、岬をいい形でデザインすれば、岬が引き立つ感じがする。
(他の岬は、参考にしてもいいように思う)

9年12月18日 (8)

花はまだ、生き生きとしていた。 でも、今日の雪は応えたな。

9年12月18日 (9)   9年12月18日 (10)

下竜頭岬。 ※ 地元では、下を取って、竜頭岬(りゅうずみさき)とも言うそう。

9年12月18日 (12)

西方面。 ※ 後で、海岸沿いの道を、向こうに走る。

9年12月18日 (11) 

上から見た桂浜

9年12月18日 (13)

砂浜の奥に水族館があった。 
オットセイ(?)が、ボールの訓練をしていた。 ほめられたり、励まされたりして。

9年12月18日 (14)

駐車場の心配はあったが、はりまや橋に向かった。
案の定、停めやすい駐車場は見つからなかった。 スーパーに停めた。(歩いて10分ほど)
※ たくさん買い物をした。 
  急にいるものはないから、絶対無駄にしないものを買った。 酒。

はりまや通り。(駅前通り) ※ 後ろが駅。

9年12月18日 (15)

少し向こうに歩いたら、右のこんな所にあった。    ここです

9年12月18日 (16)   9年12月18日 (22)

これがはりまや橋。 小さい。 かわいい。

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9年12月18日 (18)   9年12月18日 (19)  9年12月18日 (21)

よさこい節の中に、「はりまや橋で、ぼうさんかんざし買うを見た」とある。
坊さんが、簪(かんざし)を買ったことについての通説は、こうだった。(何にでも載っている)

幕末、僧の純信が、思いを寄せる鋳掛け屋の娘お馬に、はりまや橋近くの店でかんざしを買う。
一部の宗派を除いて妻帯が禁じられていた当時、これが醜聞となって世に広まる。
2人は駆け落ちするが、追っ手に捕まり引き離される。

はりまや橋は、僧と娘の悲恋の舞台だった。

※ 三角関係だったという話もあるが、長いのでここに。(朝日新聞の記事から)

いい雰囲気。

9年12月18日 (20)

戻った。  駅方向。

9年12月18日 (23)

居酒屋のメニュー。

9年12月18日 (25)

こんなのが。 私は酒を飲んだら、すぐ眠くなる。 理由がやっと分かった。
今日のブログは、土佐鶴を飲みながら書いている。 昔から、この酒は好き。 辛口。

   9年12月18日 (24)

西の方に30ほど走って着いた。 ここが、青龍寺。    ここです

9年12月18日 (27) 

三重塔。 今日は、橋も塔も、小さくて朱い。

9年12月18日 (26)

9年12月18日 (28)  9年12月18日 (29)   9年12月18日 (30)

9年12月18日 (33)

平成16年に建てられた。 鮮やかな朱色だ。
300年経ったら、室生寺みたいに有名になれるかも。  ※室生寺五重塔は、ここに

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9年12月18日 (32)

道の駅に向かう途中。 海岸線の風景。

9年12月18日 (34)

今日は、どこも期待していたより、良かった。

はりまや橋は、時計台(札幌)・オランダ坂(長崎)の3つで、日本三大がっかり名所と言われている。
でも、よさこい節の歌と共にあるので、わるくないと思った。
時計台もそうだが、歴史を考えないで見るから、がっかりする。

日本中に、がっかり名所は、数え切れないほどある。
あそこの岬だって、あそこのテーマパークだって。


【道の駅】      かわうその里すさき    ここです

【明日の予定】   宇和島へ向かいます。  海岸線を走るが、少しでも近道できるだろうか。 

【今日の歌】     よさこい節(YouTube)

                 わすれ雪(YouTube)    雪が降りました。 手仕事屋きち兵衛さんです。

            北の岬(YouTube)



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真夜中に降りだしたは、朝になっても止まなかった。
10時過ぎ、気温が上がったので、かずら橋を見に行った。
雪の予報が出ていたので、高知に向かうと決め、平家屋敷に寄って、まっしぐら。

めずらしい、雪のかずら橋を見ることができた。
つるつるすべって、渡るのが大変だった。


朝起きたら、一面雪の世界。 動けないかもしれないと、不安になった。

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7㌢くらいは、積もったかな。

9年12月17日 (2)

9時過ぎて、道の駅に来た車の運転手に、道路状況を聞いた。 何人も。
山を下りる、大歩危(おおぼけ)に行く道は、大丈夫。 トンネルを抜けたら、雪はないという。
山奥に入る道ははっきりしない。 かずら橋までなら、大丈夫と。 ここから数㌔だ。

かずら橋を見て、昼間のうちに、暖かい高知に向かうことにした。
祖谷の散策は、中止となった。

10時を過ぎて、かずら橋に向かった。
県道は、雪が消えた。 県道から脇に入ったら、車輪の通ると所だけ雪はなかった。

駐車場に車を置いて、橋に向かった。

9年12月17日 (4)

これが、かずら橋(蔓橋)。 長さ45㍍。 幅1.5㍍。 日本三大奇矯の一つ。

9年12月17日 (5)

雪がくっついたまま。

9年12月17日 (6)

江戸時代の初めには、あった。 この他にも、たくさん。(古文書に記録) 

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足元の木は、さな木という。 隙間から、川面が望める。 川まで、14㍍。
隙間は大きく、体は落ちないが、足はすぽっと入る。

9年12月17日 (7)

右端を、つるの手すり(欄干)に、つかまって歩いた。(長靴で)
雪で滑るので、一歩一歩。 それなのに、揺れる。(揺れなければ、つまらない)

9年12月17日 (8)

川の上流。 手すりは、誰かがつかまって歩いたので、雪は落ちていた。

9年12月17日 (9)

私は、渡り終わった。 向こうの二人は、大変。

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用心深く、こう。  ※ 右の人が、後で私に、この辺りの地図をくれた。

9年12月17日 (11)

こっちは、出口になっている。(料金を徴収する関係と、混んだ時の一方通行のためか。500円)

橋は、華奢な感じがしない。がっしり。 見えないように、安全のため、ワイヤーが使われている。

9年12月17日 (14)

サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使っているそう。 

9年12月17日 (15)

上流の川原から全体が見えるので、行った。
祖谷川の上流に、このようにあった。  高さ14㍍です。

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近くに滝があった。 琵琶の滝

9年12月17日 (12)

こんな伝説が。 

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平氏の落人は、誰もいないこの山奥に来たのではなく、以前から人は住んでいた。
※ ここに伝わる神代踊りは、平安初期からのものだとあるので。

かずら橋の、上流の橋から撮影。

9年12月17日 (16)

※ 日本三大奇矯の、他の二つはこれ。

      猿橋(山梨県)           錦帯橋(山口県)

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1時間ほどいて、戻った。 道はこんな状態。(県道でない)

9年12月17日 (17)

ここが、西祖谷の市街地。 ※ 祖谷とよばれる所の、中心地。
深い谷にあるので、平らな土地は、いくらもない。
急な斜面に、へばりつくように家はあった。

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ここが、平家屋敷。 山を下りる途中にあった。

9年12月17日 (20)

この平家屋敷は、安徳帝の御典医だった堀川内記の子孫の屋敷とされている。(ここの説明)

歴史民俗資料館ともなっており、平家に関わると言うより、明治時代の物が多かった。
展示の説明が少なく、ただ資料を並べているだけ。

※ 堀川内記について調べてみたが、ネットでのものは、一つを除いて、全部ここの説明を書いてあるだけだった。
  一つだけ、阿波学会研究紀要の中の、阿陽旧跡記に、下二つが。

○ 祖谷山往来の名主共ハむかし乱世に世を遁レ落篭たる源平藤橘の士族の末葉にて先祖は地下の下民にてもなし
○ 名地名 着野新下 西岡名  堀川内記

意味は全部分からないが、この地に平家の落人が来て、堀川内記という人がいたことが分かる。

9年12月17日 (19)

これが、メインの展示物。 平家の軍旗と赤旗。

IMG_3152dfg.jpg

保存の状態が良すぎる感じもする。 ※ パンフレット撮影。
(本物がダメになったので、同じものを作った。または、元々なかった。この可能性も。元々あった可能性ももちろん) 

9年12月17日 (24)

手作りの、石でできたものだった。(碁石)

9年12月17日 (23)

かずら橋は、確かにこんな感じだった。

9年12月17日 (21)

個人の資料館は、こういう所が多いでしょうか。
市が管理して、学芸員が展示物を整理すれば、よくなると思った。
ただ、ここは、平家屋敷と言うよりも、民俗資料館だった。

山を下りたら、国道32に出て、大歩危があった。

9年12月17日 (25)

いい色ですね。

9年12月17日 (26)

雪が降って心配したけど、代わりに、雪のかずら橋を見ることが出来た。
 ※ 予定していた、からうた姫伝説については、調べられなかった。

今は、道の駅やす。 香南市。 目の前は土佐湾。  ここは、南国土佐だ。


【道の駅】   上に

【明日の予定】 高知市かな。 松山に向かうが、山には入れない。(雪が心配)

【今日の歌】  神々の詩(YouTube)  変わった歌。 しうさんのブログで知った。 神々の詩(Wikipedia)


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祖谷は、深い渓谷だった。
日本3大秘境と言われるだけあって、急な山の斜面の細い道を、奥へ奥へと入った。
断崖に建つ祖谷温泉は、秘湯ムード満点だった。
谷底の露天風呂には、ケーブルカーで下りた。
途中、サルが、出迎えてくれた。



国道32号線を通って、三好市に向かった。

吉野川が流れている、今は三好市だが、昔の池田町に出た。
左に行ったら、徳島市。 右に曲がる。

9年12月16日 (1) 

左に、蔦監督の池田高校がある辺りを走っている。

9年12月16日 (2)  

吉野川は、西に真っ直ぐ伸びているが、池田から南に曲がる。
国道32号線も、川沿いに。(高知に向かう)

途中で分かれて、祖谷川沿いの、県道32号線に入る。 (32号が、偶然同じ)
道は細くなってきた。

9年12月16日 (4)  9年12月16日 (5)

途中に展望台があった。 このように山の上の方は雪。

9年12月16日 (12)

谷が深い。 四国の谷は、山に入ったら、すぐ深くなる。 こんな道ばかり。 落ちたら、真っ逆さま。
平家の落人は、川沿いを上ったのか。

9年12月16日 (9)

真っ白。 紅葉も残っている。

9年12月16日 (8)

今日の目的地、祖谷温泉。 雲辺寺で会った男の人が、いいとこだよと教えてくれた。   ここです

9年12月16日 (34)

9年12月16日 (33)  9年12月16日 (35)

祖谷川の下流。 向こうから来た。 道が見える。

9年12月16日 (32)

ここの温泉の目玉は、谷底の露天風呂
急な斜面を、ケーブルカーで下りて行く。 (ケーブルカーの写真は、帰りに)

9年12月16日 (14)

下は、このよう。  ゆっくり、下がっていった。

9年12月16日 (15)

中は、階段の椅子。               サルがお出迎え。                下りた所にある休憩所。

9年12月16日 (13)  9年12月16日 (16)  9年12月16日 (20)    

上流方向。 今は使っていない、吊り橋がある。 落石で壊れたそう。

9年12月16日 (17)

直ぐ下。  魚はいなかった。

9年12月16日 (21)

上と下に、更衣室が2か所。  誰もいないので、写真が撮れる。

9年12月16日 (22)   9年12月16日 (30)  9年12月16日 (23)

川のせせらぎが聞こえる。 硫黄のにおいが、少しした。

9年12月16日 (24)

川の上流。 大水があったら、ここまで水がきそう。

9年12月16日 (25)

ホテルの人は、ゆっくり30分は入ったらいいですよ、と言った。
私にとって、難しい注文を付けてきた。
20分ほど入ったでしょうか。 少しぬるかった。 40度ないと思う。
だから、30分入るように言ったのか。

混浴ではなかった。(当り前か)

もしもですよ。 混浴だったとして、たまたま女性が入っていたとする。
肩を少し出して湯に浸かっている後姿を、撮影させてもらえたとする。
そうなったら、完璧だなと思った。
その時、私の交渉術は見事なことになる。

そんな夢のような、バカなことを考えていました。

9年12月16日 (26)

山はこう。 この辺りは、車で朝晩走るのは危険なようだ。

9年12月16日 (28)

こんなのが下がっていた。

9年12月16日 (29)  9年12月16日 (27)

面白いこと書いてあったのだが、写真を失敗。 
読みにくいので、書きます。

  露天風呂は とっても気持ちが良いので
  落ち葉や虫たちも つい長湯をしてしまいます。
  どうか 皆さまのやさしい手で
  外に出してあげてください。

だれ考えたんでしょう。 落ち葉があっても、虫がいても、文句をいう気持ちは消える。

IMG_3011bhu.jpg

40分ほどいて、戻った。 ケーブルカーが下りてきた。                 ※ 横から見るとこう。

IMG_3019cvb.jpg     IMG_3019pppp.jpg     hhhl.jpg
 
ケーブルカーの乗り口。
自分で戸を開けて乗る。 自分で出発のボタンを押す。 上で管理している人がいる。

9年12月16日 (31)

普通のお風呂もあったけど、行かなかった。

市街地にある、道の駅に向かった。 こういう断崖にホテルはあった。 ケーブルカーのワイヤーが見える。

9年12月16日 (36)

ホテル。                       ここに車を停めて撮影。

9年12月16日 (37)   9年12月16日 (38)

露天風呂は、撮影できなかった。 この左下にある。 

9年12月16日 (39)

こんな道を通って。 ほとんどゆるい下り。

9年12月16日 (40)

西祖谷という所に着いた。 神社があって、伝説が書いてあった。

9年12月16日 (43)

こんな伝説。

IMG_3045bfy.jpg

※ 加羅宇多姫は、後醍醐天皇第1皇子一宮尊良親王の妃だった。
  祖谷で出産したが、産後の静養ままならず、本人も亡くなったようだ。
  この近くに古宮神社があり、そこに祭られているそう。(明日調べます)

神社と市街地。 また、道の駅からの風景。

9年12月16日 (41)   9年12月16日 (42)  9年12月16日 (7)

9年12月16日 (44)   9年12月16日 (45)

9年12月16日 (46)

9年12月16日 (47)   9年12月16日 (48)  9年12月16日 (49)

9年12月16日 (50)


今日は、こういう温泉は滅多にないと思ったので、行ってみました。
紅葉の時期などは、道が渋滞するほどの人気の温泉だそうです。
ケーブルカーで、谷に下りるのがよかったです。
どこも、完璧なほど、清潔でした。 入浴料は1500円。


【道の駅】     にしいや   ここです

【明日の予定】   かずら橋を中心に。

【雑記】    松山での、ミュージカル鶴姫伝説を観ることが決まりました。
        20日の14時から。 坊っちゃん劇場で。 予約しました。

【今日の歌】    鬼無里の道(YouTube)    紅葉(もみじ)伝説、別名、鬼女伝説の歌。 こんな歌詞です。

                     昔女に化けし鬼の 忘れがたみと つたえきく  ああ紅葉たずねて 鬼無里の道  女ごころを 君しるや
                     悪しき女と世に流れ 覚えなきともすべもなし  ああ紅葉たずねて 鬼無里の道  影に日向に 君想ふ
                     たとえ生涯逢えねども つのるいとしさ誰に負けん  つひにもらさぬ我が心 後の煙に知れようか 
                                 老し夫婦の語らひに しばし安らぐ浮世かな  ああ紅葉・・・      

           アムール川の波 (演奏)

           アムール川の波(歌入り)    どちらもいいですよ。  流氷の生まれる川です。

追記     雪が降りました。 明日どうなるのかな。 雪から逃げてきたのに、どうして追いかけて来るんだろう。(午前1時30分)
        ※ 追えば逃げる。逃げれば追われる。 うまくいかない。 

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こんぴらさん(金刀比羅宮)に行ってきました。    ここです
大きな魅力は、1368段の石段です。

思わぬものに、出会いました。
宝物館で、小野小町の絵を見ることができました。 狩野探幽筆です。
小町の絵を見るのは初めてでした。 (ネットに出回ってないものでした)


駅の近くの駐車場から歩いた。 参道まで、5分くらいか。

9年12月15日 (1)   9年12月15日 (2)

石段の参道には、たくさんのお土産屋さんが。 その数は、日本一と言われているそう。
少し雑然としている。 ※ わるく言えば、一時代前の観光地。
新しい店は、デザインが工夫されていた。  ※ 清水寺への参道が一番でしょうか。 三年坂など。

IMG_2881yyt.jpg

左の建物は、灯明堂。 細長く、中に釣灯篭がある。

9年12月15日 (4)

大門。 最初の門。

9年12月15日 (5)

9年12月15日 (6)

書院。 文化財を保管。             駕籠に乗ってる人が。

9年12月15日 (7)   9年12月15日 (8)

上ったら旭社。                   こんな犬が。

9年12月15日 (9)   9年12月15日 (10)

旭社。 大きい。(重要文化財)  建物が多く、どこも立派。

9年12月15日 (11)

こんな所を通って、本殿へ。

9年12月15日 (12)   9年12月15日 (13)

9年12月15日 (14)    9年12月15日 (15)

御本宮(本殿。)  お参りした。 
いつものように、ブログを読んでくれてる人の分も。
(おだやかに今年が終わり、来年もいいことがありますように、って。  来年こそではなく)

IMG_2909sdr.jpg

こんな感じ(本殿)

9年12月15日 (33)

琴平町。 駅は右の方。

9年12月15日 (16)

駅前市街地。

9年12月15日 (17)

向こうは、絵馬殿。

9年12月15日 (19)

奥宮に向かった。

9年12月15日 (21)

白峰神社。

9年12月15日 (22)

9年12月15日 (23)

奥宮への石段。 上と下の写真の二人は、今日の写真に何度か登場する。
石段に似合ったので、離れないようにしていた。

IMG_2920bhu.jpg

このような道が続いた。

9年12月15日 (25)

奥宮に着いた。

9年12月15日 (26)

鮮やかな、朱色だ。

9年12月15日 (31)

1368段上った奥社からの、瀬戸内方面の風景。

IMG_2924asd.jpg

ここで一休みした。 写真の二人と話した。 地元の人。 爽やかでした。

9年12月15日 (28)    9年12月15日 (29)
    
9年12月15日 (30) 

戻って、本殿前の石段。

9年12月15日 (34)

絵馬殿。
金刀比羅宮は、海上交通の守り神。 
堀江謙一と言う人が、単独無寄港太平洋横断で使った、ソーラーボートが見える。

9年12月15日 (35)

船の写真が、たくさんあった。 ※ 根室の神社も金刀比羅宮だった。港町だから海の安全を願うのかな。

9年12月15日 (36)

ここを通って戻った。

9年12月15日 (37)

9年12月15日 (38)

こんぴら狗(いぬ)

9年12月15日 (39)

本当にいたのかな。

IMG_2948ccv.jpg

宝物館。 ここに小町の絵はあった。

9年12月15日 (41)

これが、狩野探幽筆の小野小町図。 常設展示ではなかった。(特別展示)
※ この作品については、ずいぶん調べてみた。 
  本物に間違いないようだ。 江戸時代初期の作品。 案内板の写真を撮影。

IMG_2947mki.jpg


ここの神社に、多くの人が訪れる理由が分かりました。

① こんぴらさんと親しまれて呼ばれ、歌にも歌われて、全国に知られている。
② 海での安全の守り神として、信仰されている。 ※ そういう面での神社の、全国の中心。
③ 神社が裕福と思われ、建物が多く、それを取り巻く環境がよく整備さている。
④ 階段が変化に富んでおり、上るのは大変だが、それを楽しみに来る参拝者も多い。
⑤ お土産屋さんが多く、楽しめる。

なお、ここの石段の数は、1368段でしたが、他はこうです。
○ 山寺・・・・1015段    上を見ても、下を見ても、風景がいい。
○ 鳳来山・・・1425段   コノハズク(仏法僧)が棲むと言う山。
○ 羽黒山・・・2446段   ここは、登山の感じ。

小町の絵は、三十六歌仙絵の中の一つでした。 
狩野三兄弟によって描かれ、その中心である探幽によるものでした。
他の女流歌仙の絵より、品があり、色づかいも鮮やかでした。   ※ 小町の顔と秋田美人については、ここに


【道の駅】      一昨日と同じ、たからだの里さいた  ここです

【明日の予定】   祖谷(いや)に行きます。 ○○と言わないで。
 
【今日の歌】     北の旅人(YouTube)    石原裕次郎とテレサ・テン


【ランキング】  国内旅行8位です。 感謝。

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浦島神社への海の道は、少しずつ海の中から現れました。
海がゆっくりと、裂けたというか、割れたというか、そんな感じでした。
向こうでは、浦島太郎に乗って、待っていてくれました。


11時少し前に着いた。  場所はここ。(車の位置)
向こうの島は、丸山島。 浦島神社がある。 間は、海。
海の中の道が、うっすらと見える。

IMG_2729ppi.jpg 

鴨ノ越の浜。 この浜で、浦島太郎は亀を助けた。(伝説)

9年12月14日 (2)

浜に下りてみたら、こう。 ここに立つと、道がどこだか分からない。

IMG_2747fdg.jpg

荘内半島。 (詫間町のHPより)
多くの、浦島伝説が残っている。 亀を助けたという話の中心は、ここが舞台。

9年12月14日 (44)

駐車した近くに、説明板が。

9年12月14日 (4)

ご存じ、こんな話。

9年12月14日 (5)

※ ここの浦島伝説に着いて。

  日本全国に、浦島伝説は100ヶ所はあるという。
  その中では、知られている面で、ベスト3に入りそう。
  ここの特徴は、話にまつわる地名が多く残っていること。

そうだとしても、やはり、浦島伝説は、伝説の域を出ない。
小町伝説や、紅葉伝説とは違う。 実際に似た話があった可能性は、限りなくゼロに近い。
話の基本は、中国から渡ったものだという。 奈良時代に。


潮が引くまで時間があるので、鴨ノ越の集落に行った。

モミジの紅葉は終わったが、この葉っぱだけが、まだ赤い。 今日は花をたくさん見た。

9年12月14日 (6)    9年12月14日 (7)

畑に人がいた。 しばらく話した。

9年12月14日 (8)

最近、NHKが浦島伝説の取材に来たそうだ。 その番組を見たと言った。
浦島伝説は、この浜に間違いないと思うか、を聞いた。
絶対にここだと、自信たっぷりに言った。

道は狭い。 

9年12月14日 (9)    9年12月14日 (10)   9年12月14日 (11)

浜に出た。 砂浜を見たら、潮が引いてきたことが分かる。

9年12月14日 (12)

向こうの島も離れていたが、つながった。

9年12月14日 (13)

上の写真の反対方向。 車が見える。 あの辺りから撮影した。

9年12月14日 (14)

ここを車が通って、島に行ける。

9年12月14日 (15)

小屋で仕事をしている人がいた。 亀を捕まえたことがあるかを聞いた
 
※ いじめたことがあるかとは、聞けなかった。
※ 子供が亀をいじめることが、伝統的に残っていたら、伝説の信頼が高まると思うんだが。

30年くらい前、鯛の網にかかったそうだ。 酒を飲まして放したそう。

9年12月14日 (16)   

これをパイプの両側に刺して、アナゴを捕まえる。 入ったら出られない。

9年12月14日 (17)

畑には野菜がまだ育っている。 花もたくさん咲いていた。

9年12月14日 (18)   9年12月14日 (19)

まだいた。

9年12月14日 (20)

車に戻った。 こんな感じで潮は引いた。

9年12月14日 (21)

島への道は、うっすらと見えてきた。 13時8分。 最初の写真から、2時間経った。

9年12月14日 (22)

別の方から。

9年12月14日 (23)

道は、海の中から顔を出した。 13時41分。

9年12月14日 (24)

浜に下りた。 13時43分。  ※ 車の近くから、下に行く細い道があった。
急に出てきた。

9年12月14日 (25)

つながっていない所は、このよう。  13時46分。

9年12月14日 (26)

私の足跡と、フジツボ。

9年12月14日 (27)    9年12月14日 (28)

14時10分。 まだ渡れない。

9年12月14日 (29)

14時15分。

IMG_2828cvb.jpg

14時43分。 上から、30分経った。 狭くなってきた。 無理せば渡れる。
全部つながるのを待った。

9年12月14日 (31)

車の道の方が浅くなった。 このあと、水がなくなる。

9年12月14日 (32)

15時33分。 少ししか水は流れていない。 ここで、渡ってしまった。

9年12月14日 (33)

砂浜に下りて渡るまで、2時間かかった。 最初に見たあの海が、こうなった。

IMG_2747fdg.jpg

IMG_2858vvb.jpg

待っていてくれた浦島太郎に、まず挨拶した。

9年12月14日 (38) 

浦島神社

9年12月14日 (36)

こんなのも。 石碑は、読めなかった。

9年12月14日 (35)   9年12月14日 (34)

15分ほどいて、戻った。

上から見たら、道はこのようだった。 車も行ける。

IMG_2873ggh.jpg

別の方から。

9年12月14日 (39)

浜は、このように。  約6時間後には、最初に見たようになる。

9年12月14日 (40)

小さな半島を一回りして、今日の道の駅に向かった。 瀬戸大橋が見えた。

9年12月14日 (42)    9年12月14日 (43)


こんなの初めて見て、初めて渡った。  ※ 調べていないが、海は2㍍は下がったのではないか。

どうしてここに、海の道のように砂が集まったのでしょう。
潮の流れと思うが、不思議でした。


【道の駅】    ふれあいパークみの  ここです

【明日の予定】  こんぴらさんです。

【今日の歌】   珍島物語(YouTube)  島が割れるのよ~、道ができるのよ~、って歌っています。


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道の駅ことひきから近い、荘内半島の小さな島に、浦島神社があるという。
行ってみたが、この島や半島のことが分からなかったため、島を見て戻ってきました。
調べたら、面白そうでした。 もう一度行くかもしれません。
半島の情報を全部調べて。

雲辺寺という寺は、四国八十八箇所の中で、一番高い所にある寺でした。
それだけの理由で、行ってきました。
ロープウェイで上りましたが、登山道もありました。
気温4度。 冬でした。 雪もありました。(?)


この島は、丸山島。 浦島神社はここにあった。    ここです
島の右側手前に、浦島太郎が亀を助けたという砂浜がある。

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浦島神社。

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あと1時間も待てば、渡れたようだ。

IMG_2670ggh.jpg 

浦島太郎伝説は、多くの所にあるので珍しくはない。 でも、潮が引いたら渡れるというのは面白い。
この時は、よく分かっていなかったので、戻ってしまった。

見える山は、紫雲出山。 伝説が残っている。

9年12月13日 (1)

ロープウェイには、バスでの団体巡礼の人たちがいた。 白衣を着て金剛杖を持っていた。
白衣は、死装束って聞いたことがある。いつ行き倒れてもいいように。
また、金剛杖は、弘法大師の化身だそう。 一人で歩いていても、同行二人になる。

9年12月13日 (5)

参道を歩いていたら、五百羅漢があった。 他と違う。 動きが大きい。 派手。

9年12月13日 (6)

ここのは、こうでした。
弘法大師が唐に行った時、最初が福建省の赤岸鎮というところだった。
そこの五百羅漢像を摸して作った。 古いものではない。

議論している表情でしょうか。   ※ 釈迦の教えを広める人が、羅漢ですね。

9年12月13日 (7)

雲辺寺の、ほぼ全体が見える。 右の方に、太子堂があったかな。   ここです

9年12月13日 (8)

ここは雲辺寺。 パチパチ写真を撮っていたのは私だけ。
みんなお経を唱えていた。

IMG_2680sdr.jpg

線香が、50円で売っていた。 私も、みんなの真似をした。
仏の供養が目的と思ったいたら、心の臭気の浄化という意味もあるようだ。

9年12月13日 (10)

本堂に向かって、お経を唱えている。 般若心経。 どこに行っても、本堂と太子堂をお参りするそう。

9年12月13日 (12)

面白いものが無いかなあ、と思って探したら、こんな所が。

IMG_2690ffg

びんずるさん、と言うそうだ。

IMG_2690zza.jpg

こう書いてあった。

IMG_2693ppo.jpg

私も、書いてある通りやった。 どこかってですか? 上の方です。

四国の寺の巡礼は、どういう形で始まったのか、調べてみた。このようだ。
空海が亡くなった後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めた。それが最初。
そして、時代がたつにつれ、空海ゆかりの地や、修行の地なども加わって、88箇所になった。

空海は讃岐で生まれたそうだ。 四国と関係が深かった。

こんな所も。 おたのみなす、とあった。

9年12月13日 (13)

なすの花は、一つの無駄もなく実がなる、と書いてある。

9年12月13日 (11)

下の写真は、太子堂でのお参り。

この時、一人の年配女性が、私に訪ねてきた。
みんなどこに行ったか分からない、私はどこから来たのだろう、って。
教えてあげた。

おばさんはね、そこの道を上がってきたのだよ。
あっちのグループは違うのかい。(違うと言った)
違うなら、別のグループは、そこを下りた所を、左に行ったよ。

こう教えた。 少し前から、うろうろしていたのを、見ていた。
グループから、はぐれたようだった。
他人同士が集まった団体巡礼は、こういうことが起きる。
でも、ロープウェーで下りる時、きっと人数確認するから、大丈夫だと思った。

そのおばさんを見ていたら、一人で戻れるのか心配だったから、連れて行ってやれば親切だった。
今度から、そうするか。 ※ 私は、いつも今度から、いつも明日から。

9年12月13日 (17)

ここの観音様のお話があった。 目のお話。

9年12月13日 (18)

こんな像が。

9年12月13日 (19)

どんな意味があるんだろう。

9年12月13日 (20)

展望台から。 霞がかかってて、見えない。

9年12月13日 (22)

人工雪。 スキー場オープンの準備をしていた。

9年12月13日 (21)

ロープウェー乗り場。 こんな雰囲気。
写真の奥の白いズボンの人と話した。 高松から来ていた。
尾根伝いの道を通ってきたそうだ。 午前中からずっと歩いて。

9年12月13日 (23)

下りる途中で撮影。 
一番左の山の近くに、今朝はいた。 向こうに小さく見える半島に行った。

9年12月13日 (24)

大きな問題が残っている。 どうして、巡礼をするかです。 観光とは別で。
信じて、お参りして、どんなご利益があるかです。
よくは分からないが、こうかなと思います。

○自分の願いが、お参りすることによって、自分の中で、いっそう確かなものとなる。
 願いに対する、それに向かう自分の意識も変わる。
○長い時間、歩くことになる。 それは、今までの自分を振り返る場でもある。
○歩くことが健康にも良く、もし病気をしていたら、免疫力も高まる。
○人との出会いがあり、喜びが生まれ、心も豊かになる。

思いついたのは、こんなとこでしょうか。


情報の集め方を工夫しないと、ダメです。 
今日は、そのことをずっと考えていました。


【道の駅】     たからだの里さいた   ここです

【明日の予定】  丸山島でしょうか。  金刀比羅宮の後は、祖谷を考えています。 その後、鶴姫伝説。

【今日の歌】        時のいたずら(YouTube)    松山千春です。 今年の木枯らしは、もう吹いたのかな。


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四国に入り、香川県に来ました。
四国の山は高く、頂は雲の中でした。

観音寺市に、江戸時代からの、大きな砂の寛永通宝があるというので、見てみました。
これを見たら、お金に不自由しなくなるそうです。 
私も、これで大丈夫。

また、面白い話が、道の駅の近くにある、琴弾(ことひき)八幡宮に残っていました。
仇討の話です。 女の人の執念の深さを、あらためて学ばされました。


道の駅ことひきに向かった。 
途中で、何かが見つかったら、そこで見ることにして。
でも、見つからなかった。

別子銅山があったが、火薬庫後の坑道に、昔を再現したと分かったので、行くのはやめた。
どんなに規模が小さくても、本物だったら、行っていた。

今治市は、軽油が高かった。 110円台だ。
入れるのを待って走った。
西条市に入ったら、100円を下回った。 

入れた。  そこで、この街での見所を聞いたが、ないと言った。

9年12月12日 (1)

9年12月12日 (2)

道の駅の情報に、砂で作った銭形は、載っていた。
70㌔程走って、道の駅ことひきに着いた。

琴弾公園の琴弾山に登った。  ※ 神社は琴弾八幡宮。 温泉は琴弾回廊。 旅館は琴弾荘。 全部、琴弾。

9年12月12日 (10)

有明浜にあった。

IMG_2551drt_20091212210326.jpg

年に2回、整備するそう。 山の上から指示を出して。 (銭形化粧直し)

IMG_2556ser.jpg

これはいったい何なんだ、ということだが、こうだった。

出来たのは、寛永10年(1633年)。 
藩主がここに視察に来ると言うので、歓迎の意味で、一晩で作った。(と言われている)

※ 調べて見たら、寛永通宝は寛永13年から作られており、矛盾がある。
  一晩で、松を引き抜くのも大変だろうし、伝承が長い年月の間に、今の形に変わったと思われる。

※ ずっと昔、誰かが、何らかの理由で作った。
  いつ作ったか、作った理由がはっきりしなかったら、何かを見つける。 有難みのあるものを。
  藩主が寛永10年に来ていたので、それにした。

昔は、古い井戸だって、太い松の木だって、有難みのある伝説(伝承)を考えるのは、珍しくなかった。
義経や小町の伝説が、たくさんあるのは、そのため。        小町伝説。     紅葉(鬼女)伝説

ただ、伝説の中で本当のもあるから、100%否定するのも難しい。

石碑があった。

9年12月12日 (11)

この人について調べてみたが、載っていない。 特にという人物ではないようだ。
これだけ大きかったら、拾ってもポケットに入らない。

9年12月12日 (7)

別の場所から撮影。 宣伝はしていないが、立派な松林に見える。

9年12月12日 (15)

琴弾山に、琴弾八幡宮があった。 ここは、裏側の入り口。

9年12月12日 (12)

こんなのがあった。 近くに説明板も。  

IMG_2544kjh.jpg

※ 弓張月は、半月の別の呼び方だそう。

弓張月

こんな内容。(讃岐の風土記より、概略を)
  ※ この話は、滝沢馬琴が江戸時代に書いた、弓張月という話(読本)の一部。

昔、保元の乱があった。(1156年)
太宰府にいた源為朝の妻・白縫(しらぬい)は召使い8人とともに、琴弾の宮に逃げてきた。(現在の琴弾八幡宮に)
ここで、夫の無事を祈っていた。

京では、戦いに敗れ傷ついた為朝が、家来の武藤太(ぶとうだ)の家に身を潜めていた。
だが、恩賞に目がくらんが武藤太により、密告されてしまう。
為朝は敵方に捕まり、再び弓を引けないように肘の筋を断たれ、伊豆の大島に流された。

しかし、主君を敵方に売った武藤太は、痴れ者(しれもの)として非難され、京に居れなくなった。
九州に向かったが、途中、この近くに流れ着いた。

琴弾の宮に参拝するが、祈りの中で、密告の恩賞が少なかった恨み言う。
その時、偶然、白縫がそこに居合わせた。
白縫は、その男が、夫為朝のだと知る。

白縫は、「これこそ神の導き」と、ある月の夜、武藤太を酒宴に誘い出す。
美しい笛の音と、白縫の魅力で。
武藤太は、何も知らず、勧められるままに酒を飲み、前後不覚となった。
逃げようとしたが、縛りつけられてしまう。
そして、指を一本ずつ落とされたうえ、体に竹釘を打ち込まれ殺される。

白縫と為朝と再会出来たのは、それから10年後のことだった。

琴平八幡宮。

9年12月12日 (14)

寺の境内から見た、観音寺市

9年12月12日 (13) 

有明浜。 白砂だった。

9年12月12日 (16)

松林の中に、銭形はあった。

9年12月12日 (17)

琴弾山。

IMG_2579dfg

新琴弾橋を渡って、うどん屋さんに向かった。 (店は、地元の人に聞いた)

9年12月12日 (18)

昔ながらの通り。

9年12月12日 (19)

変わったことを書いている。   ※店に入って、意味を確かめればよかった。

9年12月12日 (20)

普通のうどん屋さん。

9年12月12日 (21)

先日のコメントで美味しいとあったのは、釜上げだったか、釜玉だったか、忘れてしまった。
メニューに釜上げしかなかったので、それにした。

※ 後で気づいたが、別の所に、書いてあった。

私が食べる少し前まで、目の前で、店のおばさんがずっとネギを切っていた。
店に入ったら、ここが空いてると、座らされた。

9年12月12日 (3)

大中小の中を注文したら、山ほどの量だった。
後ろの人が、ビールを飲んでいたので、こうなった。

飲みながら食べたら、いつの間にか、うどんは無くなった。
汁が少し濃かったけど、美味しい。 初めて食べた。

色紙があった。

9年12月12日 (4)

20年前に来たそうだ。 きれいな奥さんだったと言った。

9年12月12日 (5)

奥さんは、伊藤榮子で、この人。 見たことあると思う。

itoueiko.jpg

ほろ酔い加減で、戻った。

9年12月12日 (22)

銭形がライトアップされていた。
懐中電灯を持って、7時過ぎ、山に登った。  途中、街灯が2か所。 他は真っ暗。

9年12月12日 (23)

こんな感じ。 感動する美しさではないが。

IMG_2618kuytt.jpg

今日は、珍しいものを見て、変わった話も知れたので、良かったでしょうか。
大きな観光地より、こっちの方が面白い。
知らない街を、夜歩いたのも、久しぶり。

うどんも美味しかった。 明日、釜玉を食べます。
※ 釜玉は、うどんに玉子を載せるだけ。 美味しさにも限界があるように思うのだが。

【道の駅】    ことひき    ここ

【明日の予定】  金刀比羅宮に向かおうかと。 ただ、明日は日曜。 車が混みそう。 1日延ばすかも。

【今日の歌】    銭形平次の主題歌(YouTube)  ここの銭形が、この歌のタイトルバックに使用されたことがあるそうだ。
                                 それは、見つけられなかった。

             砂の祈り(YouTube)    我那覇美奈です。 サッカーの我名覇の妹。

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村上水軍は、海賊として、瀬戸内の海を支配していました。
海賊だから悪いはずなんだけど、大島には博物館までありました。

この辺りは芸予諸島とよばれ、瀬戸内で一番島が集まっているところです。
島の隙間を、海は、川のように流れていました。
島が多いことと、流れが速いことが、村上水軍が活躍できた理由でした。

芸予諸島は、海の交通の要衝となり、昔から栄えました。
そのために、広島には厳島神社、大三島には大山祇神社という、二つの大きな神社が生まれました。


朝いた道の駅の近くに、伯方(はかた)の塩の工場があった。 見学できるので行ってみた。

09年12月11日 (4)

ここの塩は、瀬戸内の海の塩ではなかった。 メキシコやオーストラリアから輸入していた。

09年12月11日 (30)

その塩を、海水に溶かして、ゴミなどを取っていた。
だから、一応、瀬戸内の海水のにがりは、入っていることになる。
初めて知った。  工場の中は、乳製品の工場のように広く、清潔だった。

下の写真の左は、いただいたもの。 右の飴は買った。

09年12月11日 (29)     09年12月11日 (28)

塩ソフト。 売っているものには、すべて伯方の塩が入っていた。

09年12月11日 (5) 

伯方・大島大橋

09年12月11日 (1)

右に見える家並みの所に向かっている。 後で行く能島(のしま)が鏡の左に見える。

09年12月11日 (32)

ここが、大島。  駐車場にあった。

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何がうれしいんだろう。  幸せそうだ。

IMG_2329ffg.jpg 

村上水軍博物館

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瀬戸内の地図。  私は知らなかったが、黄色の○に、たくさん島が集まっている。
芸予諸島というそうだ。 ※ 芸は安芸(あき)で尾道の方。 予は、伊予で今治の方。

赤の所は、先日行った宮津で、島はこの辺りまで。

09年12月11日 (31)

島の隙間に、海がある。 船は、この狭い所を通る。 海賊をするには便利なところだった。

09年12月11日 (9)

海での戦いは得意だから、海上交通を支配していた。 具体的には、通行料を取るなど。

海賊だから、そのようなことをしていたが、それだけではなかった。
時の権力者とつながりを持ち、水先案内人や、物を運んだりもしていた。

下の絵は、朝鮮通信使が来た時、先頭に立って案内をしている。

09年12月11日 (12)

この人は、村上影親。 父は武吉で、この親子の時代に、村上水軍は最も活躍した。 戦国時代の終わり頃。
                      (秀吉が海賊禁止令を出してからは、海賊としての行動はできなくなった)

09年12月11日 (10)

村上水軍は、三つに分かれていたが、ここ能島を本拠地にした、能島村上氏が一番力があった。

09年12月11日 (11)

二人の娘は、朝鮮通信使から、村上氏にプレゼントされた。(上の影親の時代)

展望室から見た、能島。 小さな島だ。 ここが本拠地。 城もあった。 周りの海が掘りの役割。

09年12月11日 (13)

村上水軍は海賊と呼ばれる。 だから、悪いイメージがある。
しかし、信長にしたって、秀吉にしたって、海賊とたいして変わらない。
敵をやっつけて、領土をふやして、そこに住む農民から年貢を取っていた。

村上水軍は、海を領地とした大名のようなものだった。


博物館の向かいにある港。 潮流体験が出来るので、船に乗った。

09年12月11日 (34)

瀬戸内海は、6時間ごとに、潮の満ち引きがある。 午後の2時過ぎ。 引き潮になった。

真ん中の島が、能島。  村上水軍は、この海原を自在に駆けめぐっていた。

09年12月11日 (14)

昔の能島。(大きい方)  ※ 水は、大丈夫だったのかな。

09年12月11日 (33)

上の図の赤い所。 川のように流れてくる。 向こうとこっちで、海の高さが違う。

09年12月11日 (15)

このように。

09年12月11日 (16)       09年12月11日 (17)

能島。 上の黄色い所。 ここも船着き場だった。

09年12月11日 (18)

杭をさす穴があった。 船をつないだ。

09年12月11日 (19)

図の青い所。 港だった。

09年12月11日 (24)

能島の近く。 最大、時速17㌔になるそう。  流れによる波です。

IMG_2500ngr.jpg 

伯方・大島大橋に向かった。

09年12月11日 (20) 

橋を、下から。

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大島の採石場。 この山は、おおきな一つの岩だった。

09年12月11日 (23)

能島の隣の小さな島の、地蔵さん。

09年12月11日 (25)       09年12月11日 (26)

鳥に何かを言いたそう。

09年12月11日 (27)

1時間ほどの、海の体験だった。 1000円だったが、十分な内容だった。
                            (要所ゝで、説明のテープが流れた)
村上水軍の末裔には、今も国会議員などで活躍している人がいる。
アテネオリンピックに出た、やり投げの村上幸史選手も、末裔だそう。


四国に渡る最後の橋、来島海峡大橋。 7つの橋の中で、一番長かった。
大きな船が行き来していた。

09年12月11日 (2)      09年12月11日 (3)


村上水軍については何も知らなかったので、今日は勉強になりました。
博物館を見ただけでは、つまらない。
その後、実際に能島を見ることが出来たのが、よかったでしょうか。

船に乗って耳を澄ますと、昔の海賊の声が聞こえてきた。 
そんな感じでした。


【道の駅】     今治湯の浦温泉  ここです。  ※ まちがって、隣の温泉に入った。高かった。

【明日の予定】  香川県の方に向かうが、どこまで行くかな。


【今日の歌】    ショスタコービッチのワルツ(YouTube)  この曲と演奏が好きです。

【ブログランキング】   一時20位台まで下がりました。 今19位。 少し上がりました。
               拍手が多かったり、ランキングが上がると元気がでます。 コメントもうれしい。 応援よろしく。  

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義経が身に付けたが、大山祇(おおややまずみ)神社の紫陽殿にあるので、行ってみました。
ここには、義経の他に頼朝の鎧など、武具類の国宝が8つ、重要文化財が75ありました。

紫陽殿で知ったのですが、この地には、鶴姫の伝説が残っていました。
面白い内容でした。


朝からの雨で、外は見られない。
面白そうな建物をさがした。 
ある神社の紹介に、義経の名前を見つけた。 決めた。

その神社は、大三島(おおみしま)の反対側にあった。
大山祇神社という、古い神社だった。
全国にある、山祇神社・三島神社の総本社だという。

写真の奥に、本殿がある。

9年12月10日 (3)

狛犬が迎えてくれた。 ※ 右があ、左がうんと言っている。 阿吽(あうん)だ。

9年12月10日 (2)

大きなクスノキ。 樹齢2600年。 誰が植えたかは、分かっている。(伝説上の人だが)

9年12月10日 (5)

下の方は、こんなに傷んでいるのに、倒れない。

9年12月10日 (4)

門の向こうが拝殿。 その向こうに本殿がある。

9年12月10日 (7)

左の方に、紫陽殿があった。(国宝館も併設して)

IMG_2316mkt.jpg

これが、義経の鎧。 名前は、赤糸威鎧 大袖付。 (あかいと おどし よろい おおそでつき)

9年12月10日 (11)

問題は、どうしてここにあるのかだ。 こうだった。(神社の人に聞いた)
義経は、壇ノ浦で勝った。
勝因の一つに、村上水軍を見方に付けたことにあった。(他の水軍も)

村上水軍は、この辺りを拠点にした海賊で、海での戦い方や地理に詳しかった。
その村上水軍が、信奉していたのが、この神社だった。
だから、義経は戦いの後、ここにお礼に来た。

その時置いていったのが、戦いで着たこの鎧だった。

これは、源頼朝の鎧。

9年12月10日 (9)

戦う両者が、戦勝祈願に来ることがあるのかを聞いた。
あると言った。

両方が負けることはない。 
だから、必ずどちらかには感謝される。 上手い具合になっている。
負けた方は、信心が足りなかったと諦める。 文句は言わない。(文句を言われないことは、神社も言っていた)

大山祇神社には、全国の国宝・重要文化財の武具の、7割以上が集まっていた。

鶴姫と言う名前は、初めて聞いた。
下の鎧は、その人ので、唯一の女性の鎧だそう。

9年12月10日 (13) 

鶴姫伝説があった。 こうだ。

鶴姫という人は、戦国時代の人で、1526年~1543年に生きた人。
この神社の大宮司の娘。

1541年(天文10年)に、大内氏の水軍が侵攻してきた。
それまでの戦いは、鶴姫の兄の安舎が陣代(指揮官・大将)だった。
兄が神職となったため、安房と言う人が陣代になった。
安房は他と連合して大内氏を迎撃した。しかし、安房はその戦いで討死してしまった。

同じ年、大内氏が再び攻めてきた。
その時、討ち死にした安房に代わって陣代になったのが、16歳の鶴姫だった。
鶴姫は陣代として出陣し、大内氏の武将・小原隆言を討ち取った。

2年後、再度大内氏は攻めてきた。
この戦いでも、鶴姫は勝利を収める。でも、鶴姫の右腕で恋人だった越智安成という武将が死ぬ。

鶴姫はこの戦の後、恋人を想い、自ら死を選んだ。 まだ18歳だった。
辞世の句は、「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」。


この人が、鶴姫。

9年12月10日 (10)

現在、東温市(松山市のそば)のぼっちゃん劇場で「鶴姫伝説」をやっている。 
今月は20日まで。 やってるのは、わらび座だ。いい劇団だ。
※ ずっとずっと昔、根室にわらび座を呼ぶために、動いたことがある。
  車に、宣伝を書いて走った。 ポスターカラーで書いたら、取れなかった。

松山に行って、見ないとダメだな。

いいポスターだ。 両側の文がむずかしい。

9年12月10日 (1)gggg

車に戻って、鶴姫について調べ始めた。 
どこかに像があると分かった。 場所が分からない。
やっと分かった。 自分の車から、50㍍だった。

暗かったので、表情は分からない。

9年12月10日 (12)oop 

宝篋印塔(ほうきょういんとう)。 
一遍上人が奉納した。 この人は、伊予水軍の将、河野通信の孫だそう。

9年12月10日 (6)

口からお経が出る、一遍上人の像があるのだが、その写真は見つけられない。

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宝篋印塔は、勘助の墓で見ましたね。 
もともとは、中に宝篋~~というお経が入っていた。今は入っていなくても、同じ形のものは宝篋印塔。  勘助の墓はここに

神社は、道の駅のそばにあった。
その道の駅に入ると、テーブルの上に、誰でもが食べれるミカンが置いてあった。
こんなサービス、初めて見た。

9年12月10日 (8)


今日は、義経の鎧を見られるだけで十分だったのに、鶴姫と言う、大きなおまけがついた。
この人の名前も、これで忘れませんね。
ぼっちゃん劇場での、鶴姫伝説が楽しみです。


【道の駅】      しまなみの駅御島(みしま)   ここです。 神社も見える。

【明日の予定】   隣の島かな。  この島に伯方の塩の工場がある。見学できる。寄ってみるか。
            明日は天気が良さそう。

【今日の歌】    ミュージカル 鶴姫伝説(YouTube)

           愛の終着駅(YouTube)  本田美奈子です。 いいですね。 夜汽車の旅の最後は、いつだったろう。

【ブログランキング】  国内旅行8位、旅行全体で24位です。 少し前までが、良すぎたでしょうか。

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平山郁夫美術館に行ってきました。        ここです
12月2日に亡くなり、記帳する場所が設けられていました。
たくさんの人が来ていました。

この人の絵は、初めて見ました。
幻想的な絵が多くありました。


朝、車のサイドミラーに、ミカンや柿が袋に入って、下がっていた。
大きなミカンも一つ。
どれも、甘かった。

9年12月9日 (5)

袋の中にメモがあった。 旅する人大好きと書いてあった。
メールアドレスが書いてあったが、お礼のメールはうまく届かない。
  (もしその方が、このブログを読んでいたら、ここでお礼を。 ご馳走様でした)

9年12月9日 (6)

私は、今朝の5時ころ寝たので、気づいたのは11時ころ。
※ 昨夜は、途中から酒を飲んで書いていたので、起きてからの文の修正や削除は、大量になった。

たいていの日は、私は元気がいい。 でも、いつもではない。
こういうことがあったら、元気がもどる。 うれしい。


平山郁夫美術館については、昨日駐車場の人が教えてくれた。
昼ころに行った。

和風の大きな平屋の建物だった。

9年12月9日 (7)

ここは、ホール。  ここだけ、撮影できる。
記帳台があった。

9年12月9日 (10)

本物の絵は、これだけ撮影できた。 宗教の世界を描いている。

9年12月9日 (9)

平山郁夫という画家は、1930年に生まれ、1週間前の2日に亡くなった。
この人は、Wikipediaによると、こういう人だ。
  日本画壇の最高峰に位置する画家であり、その作品価格は画家の中で飛びぬけて高い。
私は、何度かテレビで見たことがあるだけ。

9年12月9日 (17)

実は、美術館でいただいた詳しいパンフレットを、落としてしまった。
車に戻る途中か。 他のと一緒に持ってたら、一番大事なのを落とした。

今日の写真は、別の物を撮影。 小さいのはネットから。(誰のかは分からな)
驚く色の絵があったのだが、それはネットでは見つけられない。

9年12月9日 (20)

この人は、若い頃から仏教に関心を持ち、それが伝わる道である、シルクロードを旅することになる。
1960年代後半から、びたびシルクロードの遺跡や中国を訪ねている。
また、極寒のヒマラヤ山脈や、酷暑のタクラマカン砂漠に至るまで、足をのばしている。

それで、こういう絵がたくさんあった。

20日までの、秋の特別展案内パンフレットの、表の絵は下の絵。
テーマは、幻想美の世界とあった。
良く見たら、仏像がいっぱいある。

宗教を勉強してないから、絵の雰囲気しか分からない。

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子供のころからの絵も、展示してあった。 
4歳の時のがあった。 長縄で遊んでいる絵。
一人の子供が、回っている長縄に入り込んだ瞬間。
走った勢いで、体を少し捻って傾いていた。 膝から下を後ろに曲げて。

中学時代の絵が、画家の絵に見えた。

これも、仏教に関わる絵。

9年12月9日 (4)

写真が撮れないから、説明を全部読んだ。 その中に、こうあった。

15歳( 旧制広島修道中学3年)のとき、被曝する。 爆心地から3㎞の地点。
多くの学友を亡くす。 20代の後半から、体調を崩すことになる。

これが原点にあると思うが、平和に関心を強め、平和を主題とする絵を描き、行動もするようになる。
どんな仕事をしようが、こうでなければ、その人の仕事の価値は、大きくはならない。
そう、思うかな。

9年12月9日 (19)

上の絵とほとんど同じで、もっと細長く、版画の様な作品が売られていた。(エッチングというのかな)
幅は80㎝くらい。 限定130部作成し、残りあと10部。 値段は152万2500円。
私の目の前で、それが売れました。 漁師さんのような感じの人。
お金は、あるところにはある。

こんなことも思った。
服飾デザイナーは、一度この美術館に足を運んだらいい。
色の組み合わせが学べる。

驚く絵が、幾つかあった。 同じのをネットで探したが、見つからない。
 (平山郁夫の絵の写真は、「平山郁夫 画像」で検索したら、膨大にある)
私にもし宝くじが当たったら、上に書いたような絵を買う。

美術館の庭。

9年12月9日 (11)

個人の美術館や記念館で、こんなに大きいのは初めて見た。

外は、雨が落ちてきた。 
どこかを見るのはやめて、お風呂に入って少し寝ることにした。

本州から3つ目の橋、多田羅大橋を渡る。

9年12月9日 (1)

車は少ない。 

9年12月9日 (2)

道の駅、今治市多田羅しまなみ公園から撮影。 多田羅大橋。    ここです
橋を作るときは、デザインも大事にするのか。 美しい。

9年12月9日 (12)

7つの橋を渡って四国に行く。 上の橋の途中に、広島県と愛媛県の境があった。

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幸せの鐘。 私の幸せは何なのか。 よく分からないが、とりあえず一つ鳴らした。

9年12月9日 (16)

道の駅の水槽に鯛がいた。 (たいがいた・・・回文ですね)

9年12月9日 (14)

ヒラメ。 右の目も、左に来た。 (ヒダリメ→ヒラメ)

9年12月9日 (15)          IMG_2248mmk.jpg


絵のレベルが高くなると、どんな絵を見てもいい。
ただ、絵がよく分からないと言う面もあるので、大きな感動まではいかない。
これは、絵のせいではなく、自分のせい。

絵で大きく感動したのは、あの時だけです。
岩手県立美術館で、クラムスコイの忘れえね女(ひと)を見た時。  よかったら、ここに

※ 今日、昨日お会いした産経新聞の方から、電話をいただきました。
  尾道のブログの文を、引用させてほしいという、内容で。
  年齢を聞かれました。 正直に言いました。
  あの文かな。 セピア色の言葉が入った文。
  
  尾道の今の状態について、もっといい形でまとめたかったが、出来なかった。
  


【道の駅】  上にあります。 下の多田羅温泉に入りました。 ラドン温泉でした。(相生の温泉より弱い感じ)
       島にある道の駅は、みんな通り過ぎるのか、誰もいない。 大きな道の駅なのに。

9年12月9日 (3)

【明日の予定】 愛媛県に来ました。 
        この先が決まっていない。 愛媛に真っ直ぐ行くか。 金毘羅さんに寄るか。  
        大きなコースを決めなければならない。

【今日の歌】    異邦人(YouTube)  久保田早紀  シルクロードの動画があります。

          シルクロード(YouTube)   もっといい曲があるのだが、見つけられない。

          NHkニュース(YouTybe)  平山郁夫さんです。 平山さんの概略が紹介されています。



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坂の町 尾道を歩きました。   ここ
どこまでも、折れ曲った階段は続きました。
階段と、急な斜面に建つ家と、遠くの風景が、尾道の魅力でした。


駅の近くの市営駐車場は、立体駐車場だった。 入れない。
バスの所に停めた。  

尾道駅の前。 坂の上が見える。 坂は、ここから右の方に続く。
城が見えた。 尾道の風景に少し似合わなかった。(形がよくないのかな)
※ 上に行って分かったんだが、城は廃墟だった。

9年12月8日 (3)

赤い所に行った。 

9年12月8日 (6)

9年12月8日 (5)

11時を過ぎていたので、ラーメン屋に行った。
どこにするかは、調べてあった。

喰海という店。 食べるのではなく、喰うことになるのか。

9年12月8日 (7)

結果は、まあまあの合格でした。 少し説明。

面は、細麺で、加水率の少ない低加水面。 水っぽくない。
チャーシューもメンマも問題なし。 背油が大きくて、少し邪魔。

スープが80点。 あっさり系。 こくが足りない。
魚だしと思うが、はっきりしない。

それでも、ここまでのラーメンには、滅多に出会わない。
旭川の蜂屋をのぞいて、旅に出てから2番目の美味しさ。
1番は、高山。 喜多方よりはいい。   高山ラーメンはここに

味は発展途上と書いてあった。

9年12月8日 (1)

芸能人が多数来ていた。 

9年12月8日 (4)

午後から、一番人気の店に行った。 美味しくなかった。 

坂の下には、長いアーケード街があった。 その入り口に、林芙美子の像があった。 

9年12月8日 (8)

この人は、多感な時期、尾道にいた。 この町に親しみを持っていたことが、Wikipediaで分かる。

※ 1916年(大正5年)(13歳)、尾道市に暫く落ち着き、翌年、市立尾道小学校を2年遅れで卒業した。
  1918年(大正9年)(15歳)、文才を認めた訓導の勧めで尾道市立高等女学校へ進学した。
  図書室の本を読み耽り、夜や休日は働いた。
  女学校の教諭も文才を育んだ。
  18歳のときから『秋沼陽子』の筆名で、地方新聞に詩や短歌を載せた。
  尾道では親友たちに恵まれ、後年もしばしば「帰郷」した。

この人は、放浪記を書いた。 親しみを感じるかな。(読んだことはないが)
森光子が演じている、あの放浪記だ。

9年12月8日 (9)

※ 多感な時期に過ごした所が、自分の故郷になる。 そう思うかな。 私は、美瑛。

この表情を発見した時、ドキッとしましたね。 
こんな経験は、仙台での、佐藤忠良以来。  それは、ここに

この人に、常識的な生き方のアドバイスでもしようものなら、こう言いますね。
それが何さ、私は、私の生きたいように生きるわ」って。

きっとそう強く言うだろう、口と目をしている。
苦労したが、自由奔放な生き方をした。

9年12月8日 (10)

上の像に近い写真があるのか探してみた。 ありました。(Wikipediaから借用)
31歳のとき。

9年12月8日 (2)

この人は、小説『浮雲』の中でこう言っている。
屋久島は月のうち35日は雨というくらいですからね」と。
林芙美子の言葉だと、今日知った。

こんな文があった。 ※ これの詳しいのが、山の上にあった。

IMG_2104nmj.jpg

ここから、坂を上り始めた。 陽が当たると温かい。

9年12月8日 (11)

車の通れない道が、ほとんど。

9年12月8日 (12)

屋根に、時々、猫がいた。 日向ぼっこだ。 逃げない。

9年12月8日 (13)

西の方。

9年12月8日 (14)

東の方。 目の前は、細く海。 向こうの島は、向島
フェリーが、行ったり来たり。

9年12月8日 (15)

この場所から。何人もの画家が絵を描いたとあった。

9年12月8日 (16)

石に、このような跡が。 割るための準備ですね。
この山も、石の山だった。

9年12月8日 (17)

山の上にあった、お茶屋。

9年12月8日 (18)

上の近くで、案内板を見ていたら、男の人も一緒に見た。
話していたら、産経新聞の記者だった。
尾道の観光について考えるために来ていた。

一度別れたが、後で街の中で偶然にまた会った。
この街の状態について、しばらく話した。

こんなのがあった。 東北でも見た。      ここに。(このブログにある座敷わらしの宿は、今年焼けてしまった)

9年12月8日 (19) 


文学のこみちを歩いていたら、林芙美子の石碑があった。

9年12月8日 (21)

最初の文が、詳しく書いてあった。
たくさんの作家の俳句や文があったが、この人のが一番良かった。
この街に対する、思いの深さが違うように感じた。

9年12月8日 (22)

上から、斜面の家並み全体は見えない。

9年12月8日 (23) 

新尾道大橋。 この橋を皮切りに、いくつかの橋を渡って、四国に行く。

9年12月8日 (25)

このような家並みは少なく、空き家が目立った。

9年12月8日 (24) 

千光寺

9年12月8日 (26) 

磨崖仏があった。 岩に直接彫った石仏。   これについては、ここに

9年12月8日 (27)

中村憲吉という作家の家だった。

9年12月8日 (28)

こんな坂を下った。 写真の人に、カメラのことをたくさん学んだ。

9年12月8日 (29)

こんな家があった。 空き家になったら、こんな使い方もある。
※ 空き家を壊したくても、車が入れないそうだ。

9年12月8日 (30)

寺の境内にあった、大きなクスノキ。 
全部が写真に入らなかった。

9年12月8日 (31)

尾道の魅力はありましたが、壊れかけた家も目立ちました。
新聞社の記者さんも言っていましたが、再生が必要でした。
市も動いているようでした。

いつの日か、夕日でセピア色に染まる魅力的な尾道に、きっと戻ります。

今日は、林芙美子に出会えたことが、よかったかなと思います。
どんな放浪だったのか、放浪記を一度読んでみたいと思いました。


今は、生口島にいます。
 
平山郁夫美術館の近くです。 
平山郁夫さんは今月2日に亡くなりました。 
明日まで、無料開放されています。

※ 今日から、小さな写真(サムネイル)を、少し大きくしてみました。
  (クリックしたら、大きくなる写真です)


【停泊場所】  上に書いた生口島のサンセットビーチです。   ここ

【明日の予定】  美術館に行ってきます。 そして、この辺りを。

【今日の歌】         太陽がいっぱい(YouTube)  

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岡山後楽園は、芝生のある開放的な庭園でした。(今は枯れていますが)
市民や観光客を温かく迎える、そんな雰囲気を感じました。
花の時期は終わっていましたが、それでも魅力は十分にありました。


駐車場は広く、無料。 入場料は350円。 良心的だ。
※このような所で、駐車料500円、入場料500円以上の所が多い。
このことは、後楽園という名前にしたことや、これを作った藩主の考えと、繋がりがあることを後で知った。

庭園内に入ると、庭園の外に城が見えた。 
また、遠くの山が借景として生かされていた。

後ろに城が見えることによって、芝生で広い庭園が、いっそう大きく感じた。

9年12月7日 (17)

城との間は、旭川。 掘の役割を果たしている。 (北海道の旭川と同じ名前)

9年12月7日 (2)

9年12月7日 (3)

ボランティアでガイドをしている人がいた。 お願いした。(一人だったので、申し訳なかった)

芝生は昔から、日本にもあったそうだ。(日本芝)
日本庭園は、時として、閉じ込められた雰囲気がするが、ここはそれがない。

9年12月7日 (1)

築山。

9年12月7日 (4)

ここは、江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された。
元禄文化を代表する庭園で、国の特別名勝に指定されている。

鶴鳴館(かくめいかん)。 メインの建物。 能舞台もある。 ※ 別の所に、タンチョウヅルが飼われていた。

9年12月7日 (20)

建物の前には、このような庭が。

9年12月7日 (23)

こんなつくり。

9年12月7日 (30)

石の橋。 簡単に折れないのかな。(質によるのか)

9年12月7日 (29)

どうして、こういうものを作ったのか。

江戸時代が始まって、100年が過ぎていた。 国を治める者にとっては平和な時代が来ていた。
藩主にとって、天下を狙うとか、徳川に逆らうという時代ではなかった。

そういう中で、庭園を作るのが、一つのブームになった。
そこに、生きる楽しみを見つけたのかもしれない。 平安時代の貴族に似ている。

9年12月7日 (5)

鶴鳴館の裏にある、花葉の池。 
夏は、一面にハスの花が咲くそう。

9年12月7日 (6)

これは、大賀ハス。 2000年前のハスの種から育ったもの。
大賀博士を中心とした発掘で、千葉県で見つかったもの。
この人は、岡山の出身だった。 この庭園に咲く。

9年12月7日 (13)

池には、小さな滝が。 カモも。

9年12月7日 (27)

庭園内で、一番大きな石。 分割して運んだ。 (これでも、一番大きいでいいのかな)

9年12月7日 (26)

お茶をする所。

9年12月7日 (7)

カラスが飛ぶ瞬間を、待った。

9年12月7日 (28)

兼池軒という建物。 茶を飲んでる人がいた。 休憩所のよう。

9年12月7日 (9)

この場所を借りて、こんなのを売っていた。

9年12月7日 (8)

築山から見た。 芝生が緑で、花が咲いてるのを見てみたい。

9年12月7日 (10)

ガイドの人から聞いたのだが、昔藩主は、一般の人を、日を決めてここに呼んだそうだ。
自分だけが楽しむのではないという考えだ。

当初は、「御後園」と呼ばれていた。
明治に入って、中国・宋の時代の書物にある、「先憂後楽」からとって「後楽園」とした。
先憂後楽の意味は、こうです。
国家の安危については人より先に心配し、楽しむのは人より遅れて楽しむこと。

この考えが、今も引き継がれているように感じた。 最初に書いたように。

下の写真は、八橋。 板が8枚あった。(京都のお菓子、八ツ橋とは関係なかった)

9年12月7日 (11)

この建物の下を川が流れていた。 川を見るためのもの。

9年12月7日 (12)

後楽園は、時代とともに変化してきた。
でも、当初、どうしてここまでの庭園を作ることが出来たのか。
ガイドさんに聞いた。 こうだった。

作った当時の藩主は、池田綱政。 綱政は新田を開拓したそうだ。
何年かは、税金を納めなくていい。 それで、財力があった。

後ろに城が見えるのはいい。

9年12月7日 (14)

築山から見たら、右の方の道。

9年12月7日 (15) 

場所を変えながら、城と庭園を撮った。

9年12月7日 (18)

小さな神社が、いくつかあった。 

9年12月7日 (16)

こういう撮り方は、絵葉書みたいだねと、ガイドさんと話した。 やり過ぎたらダメかな。

9年12月7日 (19)

この人が、ガイドさん。 退屈しなかった。 1時間以上だ。 
感謝です。

9年12月7日 (21)

私が終わったら、別のグループに説明していた。

9年12月7日 (31)

庭園見て、いつも面白いと思うわけではないが、今日は良かった。
後楽園と言う名前がよかったからかな。
そして、開放的だったことも。



【道の駅】      アリストぬまくま   ここです。  道の駅がないので、ここまで来た。 遠かった。

【明日の予定】    尾道ラーメンと坂です

【今日の歌】    クリスマスの曲が聞こえてきました。 2曲。

             Silent Night(YouTube) Aly&AJ
             Happy Christmas (War Is Over)(YouTube)

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フェリーで、小さな前島に行ってみました。

そこに行ってからの発見を楽しみに歩く。 
これが、一番面白いかも知れない。 そう思いました。

瀬戸内海は、島に彩られた、美しい海でした。


朝いた道の駅、一本松展望園から。 遠くに小豆島が見える。
その手前の、細長い島が、前島。 右に、昔の塩田の跡が見える。

9年12月6日 (4)

上の写真に、の木があって、花が咲いていた。 (どうしてこの時期?)
こんな、八重の花。

9年12月6日 (5)

小さなフェリー。 近いので、運転手は下りない。 客室には、私だけ。

9年12月6日 (7)

港を出たなと思ったら、すぐに着いた。 下りて少し行ったら、案内所。  場所はここ

9年12月6日 (8)

ここは、瀬戸内市牛窓(うしまど)町 前島。

こんな看板が。 「でーれー」の意味は分からない。

9年12月6日 (9)

案内所の中。 ここで地図をいただいた。 (途中で、なくす)

宅急便の荷物や、新聞があった。
案内所の人が配達する。 自分で取りに来るのもある。

9年12月6日 (10)

野菜が売っていた。 帰りに、大きなキャベツを1つ買った。 100円。

9年12月6日 (11)

島の周囲は、4㌔ほど。 人口は、200人位。
案内書の女性の方が、見所や、歩いてどこまで行けるかなど、教えてくれた。
展望台を目指すことにした。

9年12月6日 (12)no9

9年12月6日 (12)no7

明治17年に大きなクジラを捕まえた。 長さ30㍍。 二日がかりだった。
骨をここに埋めた。 

9年12月6日 (13)

島の人みんなで食べても、余ったんでないかな。 

9年12月6日 (14)

こんな道を来た。 道が細いので、軽自動車が多い。

9年12月6日 (15)

家も周りも畑も、雰囲気がいい。 自然には、瓦屋根が似合う。

9年12月6日 (16)

こんな道を、東に歩いた。 景色がいいので、飽きない。

9年12月6日 (17)

どこかで、見たような気もするが。

9年12月6日 (18)

無人の家の庭に、ぽつんとあった。

9年12月6日 (19)

川を探しながら歩いたが、見つからなかった。  屋根の水とかは、ここに集まる。
きっと水を大事にしている。 水は、藻で緑。

9年12月6日 (20)

この家も良かった。

9年12月6日 (21)

壁の板が、表面を黒く焼いた板だった。 ※ 室津でも見た。

9年12月6日 (22)

この辺りは、畑が平らで広い。 

9年12月6日 (23) 

キャベツ畑が、とにかく多い。
案内所の人は、美味しく人気があると言った。 確かに、近くで見たら、生き生きとしたキャベツだった。
男の人がいた。

9年12月6日 (24)

畑の整備。 土地を大事にしているのが分かる。

9年12月6日 (25)

この時期に花の苗を植えるのか。 今は冬なのに。 苗は春植えるものだと思っていた。
きれいな花畑だった。 花壇とは違う魅力。

9年12月6日 (26)

キャベツ見たいな花。

9年12月6日 (27)

こんな所に家が。 ベランダから釣りが出来る。 海釣りの好きな人には、理想の家だ。

9年12月6日 (28)

展望台は、あの山の上。

9年12月6日 (29) 

石切り場があった。 大阪城に、ここから運んだ。

9年12月6日 (30)

割った石の間から、木が。

9年12月6日 (31)

これは、小豆島の大阪城残石記念公園にあったもの。 こうやって運ぶ。

pppe.jpg

展望台に着いた。 こっちは、赤穂の方。

9年12月6日 (1)

西の方。 島と牛窓の市街地とは、近いのが分かる。 
北海道の島と違って、最果ての地に来たという感じは、全くしない。
楽園と言ったら、ほめ過ぎになるかな。 でも、そんなかんじ。

9年12月6日 (2)

瀬戸内海。 大型船の航路は、小豆島の向こう側なのか、静かな海だ。

9年12月6日 (3)

なつかしい小豆島が、目の前に横たわっていた。

9年12月6日 (33)

小豆島大観音が見えた。

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まちがいない。

9年12月6日 (32)

この写真は、6月に撮影したもの。

ppdf.jpg

途中から、別の道を通った。 この辺りは、低地で土地が平ら。 キャベツ畑が多い。

9年12月6日 (35)

この島には、昔から学校はなかった。 子供たちは、船で町の学校に通った。
海が荒れそうになったら、早く帰ったそう。

最後にまた、案内所に寄った。 キャベツを買った。

案内所の人に聞いた。 この島の良さは何ですかって。
そうしたら、素晴らしい答えを言いました。

ここで問題です。 何と言ったでしょう。 ヒントは、時間です。 (ヒントが大きすぎるかな)
答えは、写真の下に。

今日のすべては、下の写真の人に教えていただきました。
フェリーに乗る直前、手を振ってさよならをしました。

IMG_1919gyu.jpg

答えは、時間がゆっくりと流れる、でした。

   ※ そういえば、秋葉山に登った時、あのお父さんに出会って、時間がゆっくり流れた。
     そこに、楽しい女性の方がやって来て、すこし速くなった。
     そんなことがあった。  ここに

私は今日、時計をほとんど見なかった。
この前島が、そうさせたのかも知れない。


【道の駅】    みやま公園   ここです

【明日の予定】   この辺りか、もしかしたら、岡山の後楽園。

【今日の歌】    瀬戸の花嫁(YouTube)   動画に小豆島が出てるようだが。

           眠れない夜を抱いて(YouTube)  もし、今いたら、どんな歌を歌っているでしょう。


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討ち入りがあったのは、元禄15年12月14日。
今年も、その14日が近づいています。
大石神社では、義士祭の準備が始まっていました。


追記 キムヨナは、逆転で勝ちました。 一安心です。 (8時33分)


外堀まで含めたら、広い城でした。
骨組みだけの城が見えます。
14日の義士祭には、ライトアップされます。
夜の闇に、赤穂城が浮かびます。

IMG_1635sdr.jpg

内堀の浅い所にこんな鳥が。

9年12月5日 (2)

ここから、城や本丸御殿のあった所に入った。

9年12月5日 (3)

今の状態の地図。

9年12月5日 (4)

城の形で、パイプが組まれていた。 業者が、ライトアップの準備をしていた。
昔の御殿の基礎の部分だけ、復元されて、場所の名前の標示があった。
大きな大名でなくても、これだけの城を持てた時代だったと、知った。

9年12月5日 (5)

大石神社。 四十七士が並んでいた。

9年12月5日 (6)

江戸時代から、忠臣蔵と呼ばれる話が出来、今も多くの人が来ていた。

9年12月5日 (7)

赤穂事件の、また忠臣蔵の何が、人々を惹き付けるのでしょう。

四十七士の像があった。 作者は別々。 その時代の著名な彫刻家が作っていた。
どれも漠然とした表情ではなく、場面の説明があり、その時の表情だった。
こころの中が読み取れるので、面白い。

9年12月5日 (9)

大石内蔵助。

9年12月5日 (8)

凶報を聞いた直後。 自宅から城に向かう時。
吉良に対する恨みより、主君の無念を思いやっての表情か。

9年12月5日 (10)

大石主税(ちから)  

9年12月5日 (12)

上の父を不安げに見詰めている。 この時、14歳。

9年12月5日 (11)

四十七士の名前。 ※ 私は、詳しくは分からない。

9年12月5日 (13)

大石邸長屋門。  ※ 長屋の様な細長い家の中央が門になっているので、この名前。  花沢集落で見た。
邸宅は火事で、今はない。

凶報は、この門を通って、内蔵助に知らされた。

9年12月5日 (15)

300年前にもこの木はあった。 すべてを見ていたと、書いてあった。

9年12月5日 (14)

宝物殿に、当時のものが展示されていた。 (撮影可能)

討ち入りの時の服装。 

9年12月5日 (19)

金具がつなぎ合わさっており、忍者が使用していたのに似ていた。

9年12月5日 (20)

内蔵助が使用していた、刀。  ※ 展示物は、すべてガラス越し。

9年12月5日 (16)

討ち入りの時の采配。

9年12月5日 (17)

合図に使った笛。

9年12月5日 (18)

赤穂事件の概要。

9年12月5日 (21)  9年12月5日 (22)  9年12月5日 (23)  9年12月5日 (24)

9年12月5日 (25)   9年12月5日 (26)   9年12月5日 (27)   9年12月5日 (28)

9年12月5日 (29)   9年12月5日 (30)   9年12月5日 (31)   9年12月5日 (32)

9年12月5日 (33)  9年12月5日 (34)

赤穂事件にまつわる話が知りたかったが、特になかった。
ネットで調べてみた。 面白いのを二つ。(Wikipediaより)

① 薩摩の剣客村上喜剣は、京都の一力茶屋で放蕩を尽くす大石内蔵助をみつけると、「亡君の恨みも晴らさず、この腰抜け、恥じ知らず、犬侍」と罵倒の限りを尽くし、最後に大石の顔につばを吐きかけて去っていった。しかしその後、大石が吉良上野介を討ったことを知ると村上は無礼な態度を取ったことを恥じて大石が眠る泉岳寺で切腹した。大高源五の墓の隣にある「刃道喜剣信士」という戒名が彫られた墓はこの村上喜剣のものであるといわれる。

綱吉の処分を下すまでの動きとして、こんなのが。 

② 将軍綱吉は助命に傾くが、かつての自分の裁断が過ちだったことを認めてしまうことにもなりかねないので、皇族から出された恩赦という形を得るため、輪王寺門主として上野寛永寺に居住する公弁法親王に拝謁し、それとなく法親王から恩赦を出すよう依頼するに至った。

 しかし法親王は「亡君の意思を継いで主が仇を討とうというのは比類なき忠義のことだとは思う。しかしもしこの者どもを助命して晩年に堕落する者がでたらどうであろうか。おそらく今回の義挙にまで傷が入ることになるであろう。だが、今死を与えれば、後世までこの話は語り継がれていくことになるだろう。時には死を与えることも情けとなる」と延べ、これをもっともと考えた将軍綱吉は赤穂浪士へ切腹を命じることを決意した。

こんな考えもあるのか。(後の世に考えた感じもするが)


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義経は庶民からだけでなく、芭蕉からも好かれた。
島原の乱も、天草四郎の戦いは無駄ではなかったと、長崎の人たちは位置づけした。

大きな力に立ち向かう、その勇気に賞賛を贈るのか。
何が、人々を惹きつけるのでしょうね。
義士祭を見てみたいが、今回はあきらめます。 いつかきっと。

※ きのう、あることに気づいた。 しうさんのコメントの一言だった。
  義士祭を見てみませんかと。
  これからの旅は、お祭りや盆踊りも、追ってみようと思う。 日程を調べておいて。
  そうしたら、八尾も行けるし、東北のお祭りも見られる。 秋田県の、西馬音内盆踊りも。

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フィギュアスケートの、グランプリファイナルが終わりました。
キム・ヨナは、勝ちました。
高い点数ではないが、今までの勝利の中で、一番大きな勝利だったように思う。
調子は良くなかったが、決定的なミスをしないで勝てたことが、自信になった。

演技の後のヨナの表情は、今の自分はこんなもんですね、と、そんな感じだった。
昔のように、舌を出すこともなかった。
得点が出た後のオーサーコーチの態度は、決してヨナを落胆させるものではなかった。
2月に向けて、また練習しよう。 そういう表情だった。

ppkフリー 

私は、完璧に勝つことを願っていたが、これはこれで、オリンピックに向けていい経験だと思った。
2ヶ月間の練習が、よりいっそう充実したものになる。

今日勝ったことで、私の年末は、明るくなった。
ちょっとした事では、怒りませんよ。

    グランプリファイナル、フリー演技(YouTube)


【道の駅】  一本松展望園  ここです。  夜はゲートが締まって、その中に一人。

9年12月5日 (35)

【明日の予定】   景色がいいので、この辺りを。

【今日の歌】    青春への手紙(エムズの片割れ) 手仕事屋きち兵衛さんです。 

           チェ・ゲバラの曲です(YouTube)  久しぶりに。


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ランキング

室津が面白そうと、朝、地図を見て分かった。  場所はここ
三方を山に囲まれた、天然の港だった。
また、街並みに江戸時代の名残があった。

浄運寺で、この町の歴史と、遊女友君、またお夏清十郎の話も聞かせてもらった。
多くの歴史を秘め、美しい瀬戸内の、風光に恵まれた港町だった。

フィギュアスケートのショートプログラムは、キムヨナは うまくいかなかった。
テレビは見るのやめました。 明日見ます。
その後、今日のも見て、記事を書きます。 繊細なスポーツです。
これなら、オリンピックに向けて、完璧な自信は付かない。

浅田真央が復活したら、真央にもチャンスが生まれる。
そうなるかも知れない。
  

ランキングの順位は、4位が続いています。 驚いています。

とりあえず。 (8時27分)


室津は、湾の中の、小さな入り江の奥にあった。

9年12月4日 (4)

上の写真は、下の図の左下の○から撮影。

9年12月4日 (30)

室津は、下の写真の黄色の湾の中の、さらに、オレンジの小さな湾。
私は今、左の相生湾の奥にいる。

IMG_1631hhjno2

オレンジを拡大するとこう。

IMG_1631hhjno5

一番上の写真は、○の所から撮影。

IMG_1631hhjno55

ここに車を置いて、歩いた。

9年12月4日 (3)

イカを釣ってる人がいた。 ヒイカと言うそうだ。

9年12月4日 (2)

室津海駅館があったので、入った。 ここで、地図をもらい、情報を集めた。

9年12月4日 (5)

ここ室津は、西国大名が参勤交代で江戸に行くとき、ここまで船で来た。
また、船での交通の要衝(要所)として栄えた。

2階の部屋。 広い。

9年12月4日 (8)

障子が美しい。

9年12月4日 (9)

こうです。

9年12月4日 (10)

殿様の食事として展示してあったが、今と変わらない感じがする。

9年12月4日 (6)

室津がこの場所にあって、なぜ栄えたかが分からないとダメだ。 こうだった。(この後行く、浄運寺で分かった)

瀬戸内海には島がいっぱいある。
だから、波も穏やかだし、海の流れもゆっくりだ。
ところが、この室津の東は、もう淡路島しかない。 海は広くなる。
波は大きくなり、明石海峡の流れは速い。

だから、多くの船は、室津の西から船を利用した。

昔の船は、人力だし、帆で進んだ。
ここで、波が収まるのを待ち、また風を待った。

昔の風情を残した街は、どこも細い道だ。

9年12月4日 (1)

室津は、伝建地区に認定されていない。 だから、古い家ばかりではない。
                        ※ 伝建地区・・・伝統的建造物群保存地区。(認定の第1号は、三年坂など)

IMG_1584ffg_20091204232923.jpg

今に残った家は、大事に保存している。(海駅館で聞いた)

9年12月4日 (11)

経済の発展が始まった時、家の建て替えが始まった。
その頃に気づかないと、妻籠宿大内宿、また関宿のように今には残らない。

この狭い所に、お寺が多い。 今も5つある。 昔は15程あったという。
裕福な檀家が多かったことが、分かる。

坂の上に細い道。

9年12月4日 (22)

今でも、が咲いていた。 

9年12月4日 (23)

賀茂神社に向かった。 小高い所から海を見た。 右の方は、島がいっぱい。

9年12月4日 (13)

右に、大きな湾が入り込んでいる。

9年12月4日 (14) 

賀茂神社。 京都の賀茂神社と同じ祭神を祀っているという。 大きい。

9年12月4日 (16)

9年12月4日 (17)

昔の図。 多宝塔があったが、明治に入って取り壊された。

9年12月4日 (15)

浄運寺に向かった。 

きびいしい表現の標識だ。 道が広くないから、駐車されたら困る。

9年12月4日 (19)

これが、遊女友君の塚。 

9年12月4日 (24) 

浄運寺。 寺の方が、中を案内してくれ、30分以上説明してくれた。

IMG_1586sdr.jpg 

遊女友君については、こうだった。 ※ 説明していただいた内容と、歌語り風土記というサイトから。

 室津は遊女発祥の地とも言われ、古代から江戸時代までにわたって繁栄を極めた。
 
 建永二年(1207)、法然上人が、七十四歳で讃岐へ流されるとき、室津の港で一人の遊女に出会った。
 遊女は、友君と言い、かつては山吹の名で木曽義仲の寵愛をうけ、流浪の果てに、その罪深き身を嘆いて救いを求めてきた。
 法然は女を哀れんで念仏の功徳を説き、歌を書いて与えた。

  ○仮そめの色のゆかりの恋にだに、あふには身をも惜しみやはする  法然

 感激する友君の求めに応じて、自身で刻んだ頭像を与へ、法然は港を出ていった。
 友君はこの頭像に胴体をつけようと、粘土をこね、月日をかけて何度もつくり直して法然上人の像を完成させた。

この像は、ここ浄運寺にあった。

小さな方の船の、左端が友君。

9年12月4日 (25)

この浄運寺は古いお寺で、鎌倉時代以前の仏像がたくさんあった。
お夏と清十郎の、お夏の像も。 ここ室津は、清十郎の出身地。
このことについても、説明してくれた。

概略は、こうです。

 但馬屋という店の主人の娘、お夏と、使用人、清十郎の身分違いの悲恋物語。
 駆け落ちしたものの、程なく二人は姫路藩士に捕らえられ、清十郎は刑死。お夏は狂乱する。

詳しくは、このサイトがいいでしょうか。

これは、しゅろの木。 この木で、鐘を突く棒を作るそう。

9年12月4日 (26)

法然上人が貝で掘ったという、貝掘の井戸。

9年12月4日 (27)

貝堀の井戸については、伝説の要素が強いと思う。
ただ、友君や、お夏清十郎については、それに近い内容で、実際にあったかもしれない。

歴史の事実だけ知ってもつまらないが、そこに登場する人たちの、動きや心情が見えてきたとき、急に面白くなる。
そう思いますね。


ウルメというのはイワシかな。 1串買った。 
焼いて食べた。 はらわたが苦くて美味しかった。

9年12月4日 (28)

戻る途中、万葉岬から。 右に、相生湾がある。

9年12月4日 (29)


【道の駅】    同じです。

【明日の予定】  赤穂に向かいます。 

【今日の歌】   北国行きで(YouTube) 朱里エイコのハスキーな声がいい。若い頃の画像が出ます。
                                「いつも別れましょうと・・・」と歌う、この一節が好きです。

          ゴッドファーザー(YouTube) 曲は別。 いいですよ。 最近他の曲になっていたが、戻った。 曲名を知りたい。


【ブログランキング】   国内旅行3位、旅行全体で9位です。 どうしたんでしょう、とさえ思います。

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冷たい雨が降りました。 
夕方、少しの間やみました。 赤穂御崎(みさき)に行ってきました。
その後、ラドン温泉に入って、体はぽかぽかです。
牡蠣湯葉豆腐が美味しいよって、メールが来ました(二人から)。
それを肴にお酒を飲みました。 極楽。

氷雨の歌を探しました。 いいのが見つかりました。
また、悲しい酒も探しました。これも見つかっています。
今日の歌は、女の人が酒場で一人飲む酒の歌、にします。


張り切って動くぞ、今日は、と思っていたら雨が降ってきた。
雨は止まない。
3時前に、やっと小降りになってきた。

赤穂御崎に向かった。 道の駅から、10㌔だ。
そこは、温泉街でもあった。

9年12月3日 (2)

神社があって、女の人3人連れが、熱心にお参りしていた。

9年12月3日 (3)

※ ちゃんとお願いして、お参りしている姿を、撮らせてもらえば良かったかな。 
  こういう時は、今度そうするか。
  神社だけ撮ってもつまらないから。
※ きっかけのつかみ方を、一つ勉強した。

ここが、赤穂御崎。 瀬戸内海だ。  場所はここ

9年12月3日 (4)

この写真に小豆島が写っているが、気がつかない。

9年12月3日 (5)

左に道があったので行ってみた。 いい景色だ。
石碑が眼に入った。

9年12月3日 (6)

松と石碑だ。

9年12月3日 (8)

6月25日に、ここを出たとある。 これについて調べてみた。(赤穂事件

江戸城で事が起きたのは、1701年(元禄14)の3月14日。(旧暦)
赤穂城を開城するか、籠城するかでもめるが、開城することになる。
開城は、4月19日。
Wikipediaには、6月12日に赤穂を去るとなっている。
※ 少しのずれはあるが、この頃か。

9年12月3日 (9)

今は枯れ枝に、とあるが、太い幹は枯れたということか。
下の写真には、太い幹を切ったのが見える。 それかな。

IMG_1481f

※ 昔見た忠臣蔵の映画で、忘れられない場面がある。
  (内蔵助は、加藤剛だったかな)
  内蔵助は、仇討は止めたと家来に伝える。
  それで去って行った者は、仲間から外れた。
  仇討に対する思いの深さを、確かめた。

小豆島だと思って撮ったら、別の島だった。(西島という島のようだ)

9年12月3日 (7)

道路が写った。

9年12月3日 (11)

小豆島はどれなんだと、写真を調べた。
あった。 これだ。 (上の方の写真にも、小さく)
6月に、四国から、フェリーで渡った。 いいとこだった。  

※ 大石先生に関しては、ここに。 田中裕子がよかった。 笑顔の素敵なおばあちゃんにも出会った。

IMG_1463fty

こんな鳥が。

9年12月3日 (10)

40分ほどいて、戻った。 道の駅に着いた時には、雨だった。
ほんの1時間ほど、雨は降らなかった。

9年12月3日 (1)

ここの温泉は、ラドン温泉。 ラドン温泉の効能は、科学的に証明はされていない。
体が、温まることが知られている。
5分くらい湯船につかって、汗が噴き出るか、のぼせるくらいになれば、本物。
ここは、本物のようだ。

湯船に入って、お湯の温度が分かりにくい。 体が火照ってくるからか。
10分も入らなくても、十分に体は温まる。 

ラドンの効能は、血管を広げ、新陳代謝を盛んにすると、何かの説明にあった。(科学的な証明はないが)

※ ラドン温泉については、昨年の12月28日のブログに。 
  前日、廃墟に探検に行った。 その時、初めてラドン温泉を知った。
  この28日に、昨日のブログのしうさんが、菊池に戻ったと載っている。

昨日のブログの寅さんが、カキ飯が美味しいと言った。 それが無いので、牡蠣そのもの。
それと、しうさんが、道の駅に湯葉豆腐があるよと言ったので、これ。 初めて食べる。  

9年12月3日 (12) 

カキは、まったく臭みのない新鮮なものだった。 処理の方法がいいのかな。
道の駅でもらったユズを絞って、少し醤油を入れて食べた。

湯葉豆腐は、とろっとした食感のものだった。 中に湯葉の塊があった。
わさび醤油で食べた。 ポン酢みたいのでも。 
何も付けないで食べたら、ほんのり味がした。 おいしい。

カキを食ったけど、柿ではないので、鐘は鳴らなかった。
仕方ないから、自分で一句つくった。

   かきくえば わたしもたべてねと ゆばとうふ


明日は天気が回復する。 今度こそ、動き回れるでしょう。


【道の駅】    同じです。 あいおい白龍城

【明日の予定】  赤穂市ですね。 晩に、スケートがあるので、少しいそがしい。

【今日の歌】   氷雨(YouTube)   録音が良くないが、この人、日野美歌のこれが一番いい。
                       北海道のこの時期の氷雨は、みぞれ交じりになる。 凍えるように冷たい。
             テーマの似た曲を、あと二つ載せます。
          
          酔わせてよ今夜だけ(YouTube)  城之内早苗です。 作曲は森高千里。 昔歌いましたよ。酔っぱらって。
                                     この人は、北の岬の舞台である、雄武の日の出岬に行ってるんですよ。

          悲しい酒(YouTube)  美空ひばり。 いいのをやっと見つけた。


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京都を離れました。
国道372号線を姫路まで走り、今は、道の駅 あいおい白龍(ぺーろん)城に来ました。  ここです
お店に寄っただけで、真っすぐ来ました。

旅が8ヶ月過ぎたので、今まで走ったコースを地図に色を付けてみます。
また、夕方、新しく名詞を作りました。


国道372号線の一部を走っていたと思っていた。
違った。 全部を走っていた。
亀岡から姫路市までが、372号線だった。

とうろう街道とあったが、どうしてこう呼ばれるかは、分からない。
(昔、街道に灯篭がいっぱいあったのか。ある天皇から灯篭が贈られたという話があるようだが)

9年11月2日 (7) 

里山の感じが続いた。走って気持ちのいい道だった。

これは、小豆島でも見た。 
調べたら、難しい問題のようだ。
北海道には全くないから、今の時代にあるのが、不思議な感じもする。
この問題については、マスコミを通して、滅多に流れてこない。
詳しくは、ここに。(Wikipedia)

9年11月2日 (8)

※ 上と関係あるかどうかは分からないが、こういうことは以前から知っていた。

  江戸時代、庶民は多くの年貢を取られ、抑圧された生活を送っていた。
  その人たちは、自分たちより下の人間を生み出そうとした。(幕府の意図でもあったと思うが)
  そして、実際に、そういう人たちが生まれた。
  自分たちより下の人間がいることで、何らかの優越感が持てたのかも知れない。

  いじめられた子供たちは、さらに弱いものを見つけようとする。
  それに似ている。

  上のことが、今の時代に、尾を引いているということがあるのだろうか。
  新美南吉の時代に、もしあったら、南吉は見過ごしてはいない。   南吉については、ここに


姫路を過ぎたら国道2号線。
左に下りたら、姫路城に行く。 春に行った。  ここに

9年11月2日 (1)

ここが道の駅、あいおい白龍城
白龍はペーロンと読んで、船で競争するお祭りのようなの。 
長崎で盛んだが、ここでも行われていた。

9年11月2日 (2)

竜宮城だ。

9年11月2日 (4)

ここは、湾の中。 ここで、ペーロンをやるのか。

9年11月2日 (3)

4月にスタートした旅は、8ヶ月が過ぎた。
この8ヶ月は、一つの区切り。

このブログに何度か登場した、熊本(菊池)のしうさんは、毎年8ヶ月旅をしていた。
その人のブログで、車での旅のノウハウのほとんどを学んだ。
漠然とした不安は消えた。
そして、予定していた退職を1年早めて、この春出発することになった。
おかげで、この8ヶ月、無事に旅をすることが出来た。

下の赤い線を、8ヶ月で走った。 ずいぶん走ったと、自分でも思う。
この地図を見ていたら、忘れられない思い出が、いっぱい浮かんでくる。

9年11月2日 (6)

夕方、名刺を作った。 以前のは、ずっと前になくなっていた。
札幌のTさんが作ってくれたデザインを使った。

気に入ったのができた。 前のより大分いい。
明日から、会う人会う人に配るぞ!

9年11月2日 (5)

これをブログの一番上に載せたいが、やり方が分からない。 いいデザインだ。

タイトル

今日は、京都を振り切るように、一気に離れた。 
京都はよかった。 美味しいものも、いっぱい食べた。(息子と) 
寅さんに会えたことも、うれしかった。
寅さんは沖縄に行きそうだ。 指宿に来ないかな。


【道の駅】  あいおい白龍城   そばに店がいっぱいある。便利だ。

【明日の予定】  近くに何かありそうです。
         この二日間、車のこととかで、十分に見ていない。
         明日は、張り切って、動き回ります。 

【その他】    ここはテレビが入ります。
         どうしてそんなこと言うかですって。
         明後日ですよ。 グランプリファイナルが始まる。
         パソコンで録画しますよ。 そのために、これにした。
         いい記事書けるように、ちゃんと見ます。

【今日の歌】   Believe(YouTube)  新しい画像です。 

          二人の銀座(YouTyube)  これも、新しい画像です。  いいですよ。


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           上に迫ってもいるんですよ。 感謝です。

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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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