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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

平和会館の目的は、平和に寄与するとなっていました。
本当にそうなのかも、知りたいことでした。。
こういう所を見るのは、難しいです。


知覧は、少し高いので、寒い。    
歩いていたら、豚汁が売っていた。 おにぎり付きで、400円。
入った。 (この写真は、食べ終わって撮影)

10年1月6日 (2)

店に入って、それを注文した。
おにぎりは、売り切れたという。
※ 私が店に入った時、店の二人は、何かを食べていた。 それを見てたので、
おばさん達二人で、みんな食べちゃったんでないの、と私は言った。 みんなで笑った。

さっそくお茶を出してくれた。(ここは、知覧茶で知られている。 そんなこと○○○って言わないでくださいね)
一口飲んで、私はこう言った。
知覧茶って、温(ぬる)くして飲むんだ、って。(こういう時、私は意地悪)
店の人は、驚いて、
あっ! 今ポットに水を入れたんだ、と言った。 
何度も、ごめんねって、あやまった。 また、笑った。

お詫びにと言って、ご馳走してくれたのが、左の海ぶどう。
※ これは海藻。 グリーンキャビアとも呼ばれ、高いもの。

出された豚汁は、具だくさんだった。 これもサービス。 美味しい。
体も心も、すっかり温まった。

10年1月6日 (1)

特攻平和会館の庭に、こんなのが。
飛行機は、映画で使った物だったか。        高倉健・田中裕子主演の映画。

10年1月6日 (4)    10年1月6日 (7)

ここが、知覧特攻平和会館。    場所は、ここ。 この辺り一帯が、飛行場の跡地。

IMG_4817bhgr.jpg

広い所だった。 展示物の多さに驚いた。 多くの人が来ていた。(会館内の写真は、パンフレットから)

一人一人の写真と、手紙や遺書があった。

nhgsooku.jpg

昭和20年3月、アメリカ軍は沖縄に上陸してきた。 知覧は、本土最前線の特攻基地となった。
ここから沖縄に飛び立って死んだ若者は、1036名。

全員の写真があった。 そして下のような遺書も。

IMG_4855mmkh.jpg

私が多く見た遺書は、パンフレットとは少し違った。 手紙のようなのが多かった。

10年1月6日 (28) 

本当は死にたくない、という内容のもの探したが、なかった。 それに、似た物も。
喜んで死んでいく感じだ。
会館の人に聞いてみたら、こうだった。
ここに来た若者は、希望して来ていた。 希望する段階で、死は覚悟していた。

10年1月6日 (31)

死を覚悟していたとしても、笑って死ねることが、不思議だ。

10年1月6日 (30)

私は、行間を読むしかないと思った。 
こんなのがあった。

たくさん貰ったお手紙は、みなポケットに入れて持っていきます。
お守り袋(お人形の寝ている)も、忘れずに持っていきます。
コリントも、もう出来なくなりましたが、これからは、兄ちゃんはお星様の仲間に入って、   ※ コリントはゲームの名前。
千鶴ちゃんが立派な人になるのを見守っています。
泣いたりなどしないで、朗らかに笑って兄ちゃんが手柄を立てるのを祈って下さい。
御父さんや御母さんの言いつけを守って、立派な人になって下さい。
さようなら。
三月二十五日 正文 千鶴子ちゃんへ
(安原正文 24才 高知県高知市 ) 

一つの文の後に、文を続けようと思ったら、いくらでも出来る。
でも、書いてない。


一番若かった人は、17歳。

ここに来たのは、だれもが志願してきた。
だから、無理やり行かせたのではない。無理やり死なせたのではない。
こういう考えがある。

でも、これで、分かりましたとはならない。
教育の恐ろしさだ。
志願したくなるように、教育されていた。
戦前の教育はこうだった。

教育された方に罪はないから、この若者たちを、何らかの形で批難することはできない。
国のためと考えても、それが、親兄弟につながると考えたのだから、立派かもしれない。
今の社会に生きていたら、住みよい社会をつくるために活躍したと思う。

でも、私は、立派だなと思うより、不幸な時代に生きたと思う。 かわいそうだと。
ここの平和会館は、ある面美化している所がある。

じゃ、どう考えればいいかだが、こう思う。

美化するのではなく、死を無駄にはしない。
若者に、自ら死を望ませるような社会を、再びつくらないと。

※ 一方的に侵略されて、死を覚悟して、家族や友人、そして国を守るのとは、特攻隊は全く違う。

国が、この若者たちを殺したように思う。


服装などの展示も。

IMG_4849mknh.jpg

映像やガラスケースの中の展示もあった。

10年1月6日 (18)  10年1月6日 (19)

本物。 復元ではなく。

10年1月6日 (13)

10年1月6日 (14)

この笑顔が消えていった。 ひどい世の中だ。
この戦術を考えた人間がいるのだが、高いレベルの知的な戦術ではない。

出撃前の写真。

IMG_4850sder.jpg

賛美するということは、責任が曖昧になるようにも思うかな。

寄せ書きを書いている。

10年1月6日 (22)

出撃前。

10年1月6日 (25)

出撃前夜。

10年1月6日 (26)

飛行機に乗る直前に、別れの杯。

10年1月6日 (21)

出撃を見送る女学生。 特攻隊の世話をした。 なでしこ部隊と言われた。

10年1月6日 (27)

離陸して高く上がったら、3回翼をふって別れを告げた。

会館の人に、開聞岳に向かって飛んだかを確認した。
まっすぐ、沖縄に向かったそうだ。 すぐに、左手に開聞岳が見えてくる。 この山がいつまでも見えた。
2時間余りで、沖縄に着く。 あと2時間の命だ。

この女の人は、富屋食堂の、鳥濱トメさん。 特攻隊員の母と慕われた。
この人がいて、映画ほたるは生まれた。

10年1月6日 (6)

特攻隊員が寝泊まりした、三角兵舎の中。

10年1月6日 (8)

若い顔の子がいる。

10年1月6日 (10)

悲しい笑顔に見えてくる。

10年1月6日 (11)

平和会館は、事実を見せて、あとは見た人に判断してもらうと言った。
ところが、事実の説明や、パンフレットを見ると、事実だけでないことが分かる。

戦前の教育は、国にために死ぬことは教えても、平和を教えてはいなかった。
だから、下の文は少し変だということになる。

10年1月6日 (16)

建物の外から、飛行機を撮影。        外にあった飛行機。(本物ではなかったかな)

10年1月6日 (9)  10年1月6日 (12)

平和に寄与すると、抽象的に言ってもダメ。
どのように寄与するかを、はっきりさせないと。

二度と戦争を起こさないとか、あのような若者を再び生み出すことはしないとか。
生み出した原因を、自信をもって来る人に伝えるとか。

今は、ただの観光施設。 
考え方一つで、ここから抜け出せるのに、と思いました。

※ ただ、このことは期待しても難しいかもしれない。
  あの戦争は正しかった、仕方ないとか、そんなのが、ある部分見え隠れしていたから。


今日は少し固い話になりました。
でも、大事なことなので、たまにはいいですね。
春に広島に寄って、ここと比べてみたいと思います。


【停泊場所】   平和会館の近くの駐車場。 
         (役場に聞いて確認。 駐車していい場所はないが、大丈夫ですよ、と言う感じ)

【明日の予定】  近くの、武家屋敷。 伝建地区ですよ。 今までのと、どこが違うでしょう。

【今日の歌】   さとうきび畑(YouTube) 森山良子です。 いいですよ。

              終止符(YouTube)    白紙の行がそこにあるって。


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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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