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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

美里町で、佐俣の湯の方が、東陽石匠館を紹介してくれた。
それがある東陽町は、日本一の石工集団(種山石工)発祥の地だという。
石橋について、新しいことが分かりそうなので、向かった。

石匠館の近くにも石橋があったので、見た。
ところが、みんな小さな、可愛いものばかりだった。
今日は、石橋の見学というより、知らない町の散歩になった。


下の写真は、佐俣の湯の駐車場。 2日間お世話になった。
温泉は、駐車場の向こうの下にあるため、見えない。 右はお店。

10年1月29日 (1)

東陽町から先は、まだ決まらない。 とりあえず、向かった。

ここが、石匠館。  場所は、ここ

10年1月29日 (2)

ここは、昔、種山村。 今は、八代市東陽町の一部。 

江戸末期から明治にかけて、種山石工集団が住んでいた。
昨日の霊台橋も、矢部の通潤橋も、種山石工が作っていた。

石橋は、このように、木の枠を作って、石を並べて作る。
完成したら、取り外す。

10年1月29日 (3)

資料は撮影できなかったので、写真は、この2枚。
※ 石橋を作るための技術的なポイントが知りたかった。
  だから、撮影がダメなら、パンフレットに載せてほしかった。
※ 本にして販売するでもいい。
  売ってた本は、石橋の紹介だった。 石匠館では、作れていないのかもしれない。

通潤橋も霊台橋も、高い技術で作られていた。
その技術は、種山石工が持っていたことも分かった。

では、どうして、種山石工が、その技術を身に付けたかだ。

考えてみたら、石橋は、ヨーロッパに昔からあった。 
ローマ帝国の時代には、こんな水道橋もあった。 

suidoukyou rouma

種山の技術集団の祖となる人物が「藤原林七」という人だった。
彼は長崎奉行所に勤めていた下級武士。
長崎市内の中島川に架かる「眼鏡橋」に興味をもった。
「どうして石が落ちないのか」、不思議なアーチの秘密やアーチの計算に必要な円周率を知るために外国人と接触した。

しかし、当時は鎖国政策により、外国人との接触は禁じられていた。
そのため、彼は奉行所に追われることになり、ここ種山村に逃げ込んできた。
逃亡の身であるため、しばらくは農業をして暮らしていたが、密かにアーチ技術の研究を続けた。
宮大工の「曲がり尺(曲尺:かねじゃく)」などをヒントに「林七流アーチ論」を完成させ、近くの小川に小さな石橋をつくった。
(熊本県立国府高等学校パソコン同好会 肥後の石橋 より)

種山石工のスタートは、こうだった。

10年1月29日 (4)

石橋の地図に、この近くにも4つ程あった。 歩くことにした。
今日の天気は、下の写真の通り。

10年1月29日 (5)

石匠館の庭に、小さな石橋が。

10年1月29日 (6)

山に向かって歩いた。

10年1月29日 (7)

あれ! こんなのを見に来たのでない。 そう思った。
でも、がっかりしないでいい。 
これは、上に出てきた、林七の作ったものだった。 1804年。
練習で作ったものだ。 この技術は、次の世代にと引き継がれ、最後は、通潤橋を生み出す。

10年1月29日 (8)

さらに、こんな道を。

10年1月29日 (9)

これも林七。 同じ1804年。

10年1月29日 (10)

さらに上へ。

10年1月29日 (11)

わき道に入った。

10年1月29日 (12)

これも、石橋だという。 林七ではない。 何ぼ何でも、ちょっと…と思った。 古いもの。

10年1月29日 (13)

私は、平気で、山の中のどこにでも、一人で入っていく。
イノシシとか、猿とか、怖くないのかと思うでしょう。
大丈夫。 リュックの中には、あれがいつも入っている。 くまの撃退スプレー。
だから、大きな野良犬だって平気。

梅干しみたいに、見えた。

10年1月29日 (14)

戻っている。
木の枝に、竹の棒を引っかけていた。

10年1月29日 (15)

棒の上の方はこう。 下の方は紐があって、離れたところに縛っていた。

10年1月29日 (16)

こんな実が。

10年1月29日 (17)

こんな道を戻る。 正面に、林七達、橋本家代々の墓。

10年1月29日 (18)

IMG_7084nnmhu.jpg

チョウ。

10年1月29日 (19)

木の枝打ち。

10年1月29日 (20)

下の畑に、光が当たるように切っていた。 命綱の仕組みが、はっきりしない。

10年1月29日 (21)

これも、林七。 今も使っている。

10年1月29日 (22)

九州の山の中は、山が次から次とだ。
だから、山頭火が歌うように、「分け入っても 分け入っても 青い山」と、なってしまう。

10年1月29日 (23)

向こうの山の中に、行っていた。

10年1月29日 (24)

別の方向。 川下。

10年1月29日 (25)

この後どこに行くかを、この時決めた。
薩摩川内や水俣は、観光地でないから、歩くことになる。
花の咲き始める時期に行くことにした。 天草の後に。

道の駅、不知火に戻った。 
レストランで、カレーを食べた。
不知火の写真はないかを聞いた。 パンフレットをくれた。 それに載っていた写真。
蜃気楼って言ってたから、この感じでしょうね。 
きっと、千切れたり、動いたり、変化する。

10年1月29日 (26)

この二日間、石橋について、少し勉強しました。
明日からは、天草です。 見所はいっぱいある。


【道の駅】     不知火

【明日の予定】  天草のどこか

【今日の歌】    ドナウ川のさざ波(YouTube)  ラジオから流れてきた。



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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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