FC2ブログ

キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

江口章子(あやこ)と言う名前は、国東半島に来て知った。
柳川の、宙太さんが、情報をくれた。
半島の北にある小さな町、香々地(かかぢ)出身の人だった。
少し調べてみたら、知りたいことが、整理できた。

① 若き日の北原白秋を支えたと言われるが、何でそれが分かるのか。 客観的に、そう見て大丈夫なのか。
② 彼女は、恋多き人生を歩む。 女性として、どんな魅力を兼ね備えていたのか。
③ 彼女は多くの作品を残したが、それは、どのレベルにあるのか。

この3つだが、どれも大変だ。

長崎鼻に、彼女の歌碑があった。
その後、香々地の公民館に行った。 係りの人に資料をいただき、説明していただいた。
不十分だが、分かった部分、まとめてみたいと思う。

※ 結論を少しだけ書くと、江口章子と言う詩人は、今後大きく評価される可能性を、秘めているように感じた。
  少なくとも、金子みゞよりは、上に。


香々地は、道の駅くにみから、10㌔ほどだった。
真っ直ぐ、長崎鼻に向かった。  
※ 長崎鼻は、指宿にもある。 そこに行った時、国東半島にもあることを知った。   その時のブログ

長崎鼻が見えてきた。

10年4月15日 (1)

ここは、リゾートキャンプ場となっていた。

10年4月15日 (6)

江口章子の歌碑があるので、ここに来た。 駐車場のそばにあった。

10年4月15日 (5)

彼女は、白秋の2番目の妻。 白秋の「帰去来」詩碑と、同じような形の石。

10年4月15日 (2)

遠くで香々地を想い、作った。(長野県蓼科にいて)
生まれ育った海岸の砂に顔をつけて、思い切り泣いてみたいと、歌った。 それが許されるなら。

10年4月15日 (3)

詳しくは、ここに。

10年4月15日 (4)

小さな半島の、東側。 海水浴場。

10年4月15日 (7)

昨日行った、姫島が見えた。
※「追分の心」という詩集に、「姫島」と「姫島のやど」という詩が載っていた。(この後行く、図書館で)

10年4月15日 (8)

岬の先端、長崎鼻。 ※ 実際は、この小さな岬全体を、長崎鼻と呼んでいるよう。
左に、石橋のようなのが見えるが、危険なので渡らなかった。

10年4月15日 (9)

行者洞窟。 
国東半島の岩は、凝灰礫岩と言われる。 石と火山灰が固まった感じ。 崩れやすいから、洞窟が出来る。

10年4月15日 (11)

こんな所に、地蔵さんが。

10年4月15日 (12)

目がこうなので、撮っただけ。 口紅もしてるか。

10年4月15日 (13)

奥は、こう。

10年4月15日 (14)

香々地の市街地。 今は、豊後高田市香々地。 2005年3月までは、単独で香々地町。

10年4月15日 (15)

10年4月15日 (16)

こんなお話しが伝わっている。
※ お話は、子供に質問されて、矛盾なく、分かりやすく、答えることが出来る内容がいい。
  お年寄りに聞いて、完成させたらいいと思う。 

10年4月15日 (17)

長崎鼻から、香々地の公民館に行った。 ここでは、お世話になった。
係りの人に、来た理由を話すと、本や資料を、机の上に並べてくれた。
香々地町で作製した、江口章子の資料集の本は、全文コピーしてくれた。 他にも、色々。

この人が、江口章子。 大まかには、こんな人。

1888年、大分県国東半島・香々地町の酒造業を営む家に生まれる。
大分高女で学び、卒業後上京、平塚雷鳥の紹介で北原白秋と知り合い結婚する。 2番目の妻。
下積み時代の白秋を支えるが、数年後離婚。 その後再婚するが、離婚。
放浪に近い生活を送る。
最後は、心も体も病んで、生家の土蔵で一人死んでいく。 1946年。

「追分の心」「女人山居」の作品集がある。

10年4月15日 (18)

大正2年か3年。 26歳頃。 この頃は、安藤と言う人と、結婚している。 1~2年後離婚。
※ 上の写真と、この写真には、林芙美子のような雰囲気を感じる。 意志の強さと言うか、そんなの。

10年4月15日 (19)

大正5年、南葛飾群小岩村。 貧しくとも幸せな時代。 白秋は、まだ売れていない。

10年4月15日 (22)

小田原にいる時。 大正7年。 中央が、章子。 31歳。 右が白秋。 左は、鈴木三重吉。
          ※ 鈴木三重吉は、新美南吉の「ごんぎつね」を、今の形に直した人。 そのブログに、登場。
この時期、白秋は、「みち」などの童謡を書く。 これについては、後で。
この写真の時は、体は丈夫でない。 この写真以降、頭が右に少し傾く。(写真では、向かって左に)

10年4月15日 (20)

10年4月15日 (21)

36歳の頃。 京都にいる。 この人の、女性としての魅力が、よく表れている写真。

10年4月15日 (26)

昭和12年夏。 50歳。 この年脳溢血で倒れ、半身不随となる。 数年前から、心を病んでいる。

10年4月15日 (23)

10年4月15日 (24)

これは、上にあった写真と、直筆の文を合わせたものですね。 直筆の文は、ハガキに書いてあったもの。

10年4月15日 (25)

これは、詩集「追分の心」。 序の文は、生田春月とある。
私のブログに、この人の名前は、1度だけ登場している。 
小豆島で、坪井栄の墓に行った。 その時、生田春月の詩碑が、すぐ近くにあった。  そのブログ

どうしてそこに詩碑があるかというと、生田春月は、小豆島沖で船から飛び降りて自殺した。
遺体は、小豆島の坂手の浜に上がった。 それで、坂手港の丘の上にある墓地に、碑を作った。  場所はここ
江口章子は、剃髪して悲しむ。 遺体に会っている。

IMG_7042hhggfgh

なぜ、今この人を登場させてるかと言うと、
冒頭の②③の江口章子の魅力と作品については、生田春月が深く理解している。 そう感じるから。
その中の文を、紹介する。

○ 江口章子さんをおもうと、私は不思議に、平安朝の才媛を想起する。
○ 初めて会った時の、ろうたけき若姿を、忘れることはできない。  
                          ※ろうたけき~洗練された美しさと気品があるということ。
○ 章子さんは、趣味と情熱の詩人であった。
○ 昔の京の美となまめきを、そっくり持っている人。 (章子は、自分の祖先は京都だと思っている)
○ 平安朝の宮廷の貴夫人であったなら、その才とかたちとは、いかに多くの公達の心を奪ったであろう。
○ 和泉式部などが、もっとも近いように思われる。
○ 章子は、散文より詩の人である。
○ 「白魚のなげき」は、特に高く評価している。
      
    嘆きの海の底ふかく
    われは沈める白魚の
    嘆きの海におぼれ死ぬ
    われははかなき白魚の

    人なき磯の秋ふけて
    夕もやけぶる紫の
    渚によせん吾がうれひ
    玉藻よつつめ吾がいのち

    掬はば掬くへなさけ知る
    君がましろき双掌より
    その白魚の指先きに
    したたり落つるわが涙


最後に、①の白秋を支えたかについて。
江口章子に、こんな詩がある。

       【丘の春】

    こゝはふるさと 丘の春
    玉虫とびて   わかき日の
    夢青々と    光るなり

    吾が父母の   眠ります
    丘もつづくに  玉虫の
    虹の色して   とび去るを
    草笛さみし   春の丘

この詩も、その上の詩も、流れるように読める。 つまり、童謡だ。
江口章子は、童謡も書くことが出来た。

白秋が、童謡を書き始める時に、一緒にいたのが、江口章子。
白秋の童謡をつくる才能を開花させたのは、きっと彼女だと思う。

白秋は、彼女への信頼が分かる手紙を、人に送っている。
そのことから、彼女が、白秋の生活や精神面を支えていたことは、まず分かる。

でも、白秋を支え大成させた、最も大きな部分は、彼女の詩(童謡)を書く才能だった。
白秋は、彼女の詩を読み、彼女の感性を学んだ。
そのことで、白秋は、多くの作品を書きあげることが出来た。
そして、世に出て行った。


今日のブログでは、江口章子については、ここまでにします。
彼女の作品を、もっと、読んでみたいと思います。


図書館の方に、夷谷温泉を教えてもらった。 近い。
そっちに向かったら、山の中に、立派なお寺。

10年4月15日 (27)

少ない檀家で支えていると思うが。

10年4月15日 (28)

仁王様は、もちろん石像。

10年4月15日 (29)

両脇が、普通の大きさ。

10年4月15日 (30)

10年4月15日 (31)

こういう所も。

10年4月15日 (32)

10年4月15日 (33)

岩に、大きなくぼみ。

10年4月15日 (34)

磨崖仏。

10年4月15日 (35)

山の上に道がある。 修行でも使う道。  ※ 望遠で撮影。 

10年4月15日 (37)

石の橋がある。 危険そう。 橋まで、1時間とあった。

10年4月15日 (36)



【停泊場所】   香々地(かかぢ)の山の中。(トイレ付、駐車場) 直ぐ近くに、夷谷(えびすたに)温泉。
         ここに1週間いたくなるような、場所。

【明日の予定】  動かない。 戻るまで2時間コースの、山に上るか。

【今日の歌】   愛しのナポリタン(YouTube)  森田が、ネットのニュースに。 彼女がいるとかで。


【ブログランキング】  国内旅行2位、旅行全体で7位です。
              クリックするバナーは、左の一番下にあります。気に入った所がありましたら、よろしく。                                   

スポンサーサイト



akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

名前:
メール:
件名:
本文:


-天気予報コム- -FC2-

この人とブロともになる

QRコード

気にいったところがありましたら、クリックをお願いしますね。

FC2Blog Ranking

ありがとうございます。