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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

もし木村緑平さんがいなかったら、山頭火はどうなっていたんだろう。
今の山頭火は、無かったかも知れない。
そんなことを考えながら、糸田の町を歩いた。

また、井上陽水は、この町で音楽に対する感性を磨いた。
陽水の家は、歯科医だった。 
昔、そこで働いていた人に、たまたま出会った。 話を聞くことができた。


※ 写真の掲載は、12時頃には終わる。
  最近は、その後、ネットで調べ物をしている。 それが面白い。
  早ければ、1時頃まで。 遅ければ、4時頃まで。

  昨夜は、陽水の音楽を聞いたり、山頭火について調べた。
  2時頃から酒を飲みながら。 3時過ぎに寝た。
  いつもは、何時に寝ても7時頃起きるが、今日は気づいたら9時半。 
  
  今日は、午後から、門司に向かう。 九州最後かな。 九州に4カ月いた。
  私の知らない魅力がありそう。 夜景も綺麗という。 (この部分、削除の予定だったが、そのまま)


糸田町は、田川市の北西にある、小さな町。 香春から、10分ほどで着いた。
車は、皆添橋の近くの空き地に停めた。

ここが、皆添橋。 欄干に、レリーフがあった。  地図。    ※ 皆添橋は、かいぞえばし、と読む。

10年4月25日 (17)

こんな句が。 この町での代表作でないかな。
この町には、生涯の恩人である、木村緑平がいた。 句で、緑平に逢いたいとは表現できない。

10年4月25日 (3)

下の地図を歩く。

IMG_8746ccxxdds.jpg

橋を渡らないで、線路を渡って、貴船神社に向かった。 木村緑平旧居がある。

石垣に、ツツジが。

10年4月25日 (4)

貴船神社が見えてきた。 神社の向こうは高台で、炭坑の管理職が住んだ職員住宅があった。
緑平は、炭坑の医者だから、ここに住んだ。 

10年4月25日 (5)

神社の右に、坑長坂があった。 坑長は、炭坑長の意味。 上は、管理職の住宅だから。
この道の上に、句碑がある。 後でこの坂を下りてくる。

10年4月25日 (6)

神社の右を行った。 ゆるい坂。 写真の真ん中辺りに、句碑が見えてきた。

10年4月25日 (7)

「聴診器 耳からはづし 風の音きいてゐる」 緑平。

10年4月25日 (8)

反対側に、「逢うて別れて さくらのつぼみ」。 これは、山頭火。
好きなように、読み取ってくださいという感じかな。

今年も逢えたとか、あと何回逢えるだろうとか、いい季節がくるとか。

10年4月25日 (16)

上の句碑は、旧居の下にあった。 登り口にこんなのが。

10年4月25日 (9)

これが、木村緑平旧居。  昭和2年から13年まで住んだ。 
山頭火の、昭和4、5年の九州の旅も、この期間に入る。

10年4月25日 (10)

ここから見える、南の風景。 「逢いたいボタ山」と詠んだボタ山があった。 

10年4月25日 (11)

山頭火は、頼れる人もなく、放浪の果てに、ここに来た。
二人の関係や、山頭火の気持ちは、下の文で読み取れる。 
   ※ 皆添橋のたもとにあった。 写真を撮った時、全部は読まなかった。

10年4月25日 (2)

10年4月25日 (1)

別の方から。

10年4月25日 (12)

坑長坂を下りている。 句碑が見えた。

10年4月25日 (13)

上の文で、枝は緑平の手だって、山頭火自身が言っている。

10年4月25日 (14)

この坂を下りてきた。 この坂を山頭火が歩いたことは、きっと分かっていますね。

10年4月25日 (15)

戻って、橋を渡って、小学校に行った。 そばに、句碑があった。

10年4月25日 (18)

これは、緑平。

10年4月25日 (19)

最後の所は、ふりしきる、ですね。

10年4月25日 (20)

緑平さんがいなかったら、山頭火の旅は、どうなったんだろう。
放浪の旅は、無理だったでしょうね。
山頭火の才能も、表に出ないで、埋もれた可能性があった。

考えてみたら、埋もれてしまった人って、いっぱいいるんでしょうね。
私も埋もれてる。 いや、埋もれるものが無いか。 何言ってんだってね。

次は、陽水だ。 そっちに向かった。

10年4月25日 (21)

いい道だ。

10年4月25日 (22)

伯林寺境内。 ここにも、句碑があった。 ※ なぜここにあるかは、分からない。

10年4月25日 (23)

橋にあったのと、同じ句だ。

10年4月25日 (24)

この空き地に、昔、糸田町の役場があった。 
道を少し行った所に、陽水の家はあった。  歯科医院だった。

10年4月25日 (25)

上の写真の、左手前に、小さな公園があった。 (昔の公民館の跡地)
陽水の歌碑があった。

10年4月25日 (26)

夏祭りの、自筆の歌碑。  夏まつり(YouTube)

10年4月25日 (27)

上の歌碑を見ようとした時、二人の女性の方に会った。 私より年上。
一人は、若い時、陽水の家で働いていたという。 昔のことを教えてくれた。

○ 陽水は、「あきみ」と読む。 だから、みんな、あきみちゃんと呼んでいた。
○ 高校卒業まで、ここで暮らす。 高校は田川市で、通う。
○ 高校生になると、ギターを抱えていることがあった。 家には、ピアノが。
○ お父さんは、歌の上手な人だった。 
○ 陽水は、子供のころから、優しい子だった。 少し、てれ屋さん。 3人兄弟。 男は、陽水だけ。
○ 去年60歳になった。 12月に福岡でコンサートがあった。 行って来たという。
○ 昭和30年過ぎには、陽水の家にはテレビがあった。
  他に家にはないので、いつも誰かが、陽水の家にはいた。 ※ 台所で、食べ物を作る人もいたそう。  
  陽水の家は、このような雰囲気だった。
○ 陽水の父は、子供会などの世話もし、地域のためにも動いた。 悪く言う人は、いなかった。
○ 糸田町は、夕方5時になったら、スピーカーから、「少年時代」が流れる。   少年時代(YouTube)

他にも、たくさん、話してくれた。

陽水は、温かい家庭・地域に恵まれ、そこで育った。 
そのことが、音楽に対する優れた感性を作りだすのに、大きく影響したと思う。

煉瓦(れんが)の家の所に、陽水の家はあった。

10年4月25日 (28)

もう一か所句碑があるので、行ってみた。

10年4月25日 (29)

「ボタ山ならんでゐる 陽がぬくい 」

10年4月25日 (30)

歩いていたら、店から出てきた。 遊んでほしいって、鳴いた。

10年4月25日 (31)

山頭火については、最近、こう思っている。
この人の評価は、100年後、芭蕉と並んでいるかもしれない、と。

陽水という人は、年をとっても、歌が上手。 
タモリとのおしゃべりが、YouTubeにあったが、じつに面白い。


【道の駅】      香春

【明日の予定】  門司

【今日の歌】   リバーサイドホテル(YouTube)
          能古島の片思い(YouTube)
          心もよう(YouTube)                  
          井上陽水・タモリ、ギター漫才、コーヒールンバ(YouTube)
          八月の濡れた砂(YouTybe)  石川セリ(奥様) 出だしが好き。 忘れられない歌。


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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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