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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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今から72年前の、昭和13年5月21日。
一人の若い男が、地域に住む人たち30名を、猟銃や日本刀で殺した。
自分も、自殺した。
津山事件と呼ばれ、津山市の貝尾と言う所で起きた。

その地域を、歩いてみた。
話を聞くことが出来た。
※ 現地では事件について話すことはタブー、と聞いていたが。

貝尾は、津山市北部の山の中。 それも、一番奥だった。
話してくれたのは、80才をとうに過ぎた、おばあちゃんだった。
※ おばあちゃんの旦那さんの、母親と兄弟3人が殺されている。

享年日が、昭和13年5月21日の墓が、たくさんあった。


津山市を調べていたら、津山事件が小さくあった。
何だろうと調べてみたら、大変な事件だった。
露天風呂の湯原温泉か、津山城を考えていたが、変更した。

基本の情報は、Wikipediaで。
事件の概要は、こう。

津山事件、または津山三十人殺と言われる。 大量殺人事件。
1938年(昭和13年)5月21日未明に起きた。
場所は、岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両部落。
※ 犯人が、自殺する前、別の場所でも殺したので、坂元も入っている。
  基本は、貝尾。

2時間足らずで30名(自殺した犯人を含めると31名)が死亡し、3名が重軽傷を負う。
日本の犯罪史上前代未聞の殺戮事件。
犯人の姓名を取って、都井睦雄事件ともいう。都井は事件当時21歳だった。


貝尾まで、あと2㌔。 左の谷に入って行く。

10年5月14日 (1)

この事件を知った時、三毛別の熊の事件に似てると思った。  ※ 関連ブログ  三毛別羆(ひぐま)事件。 
人間のやることじゃない。

電柱から、右に入る道がある。 そこを行ったら、地域の中心。 後で行く。
車は真っ直ぐ。 あと200㍍。

10年5月14日 (2)

現地の道については、Wikipediaで調べてあった。

着いた。 ここは、集会所。 住民の家は、左手の方にある。 右の道を上がってきた。   車の場所は、地図ではここ

10年5月14日 (4)

犯人の都井には、両親はいなく、祖母に育てられていた。 姉が一人。(嫁に行って、ここにはいない)
事件の前年に徴兵検査を受けるが、結核のため、合格できなかった。

山の下の地域が見える。

10年5月14日 (3)

それまで、女の人との付き合いがあったが、結核のためか相手に断わられるようになる。
将来の夢はなくなる。

集会所と、車を停めた場所。 最初の分かれ道に戻っている。

10年5月14日 (5)

都井は、親しい友人に、下記のことを口にするようになる。
「結核で死亡するくらいなら、阿部定事件以上の、どでかいことをしてやる」

上の写真の右の方は、家が集まっている。 事件の中心になる場所。

10年5月14日 (6)

彼は、1938年に入って、5連発ブローニング猟銃を購入した。
毎日山にこもって射撃練習に励むようになった。  
その猟銃を手に、毎夜、村を徘徊したため、近隣に不安を与えるようになる。

都井が使用した猟銃を調べたが、分からない。 一応、下のは、ブローニング社の猟銃。(年代は分からない)

猟銃mmnbhkk

ここまで下りてきて、右の道を上がった。 人を探しながら。

10年5月14日 (7)

5月20日午後5時頃、都井は電柱によじ登り、送電線を切断した。
貝尾部落は停電になるが、大騒ぎにはならない。

中心部が見えてきた。

10年5月14日 (8)

5月21日、御前1時40分頃、行動を開始。
詰襟の学生服に、軍用のゲートルと地下足袋を身に着けた。
頭には鉢巻を締め、小型懐中電灯を両側に1本ずつ結わえ付けた。(鬼の角の感じで)
首からは自転車用のランプを下げた。
腰には日本刀一振りと短刀を二振り、手には改造した9連発の猟銃を持った。

Wikipediaの説明にあった、T字路に来た。 左に100㍍ほど行くと、最初の集会所。

10年5月14日 (9)

都井は最初に、自宅で就寝中の祖母の首を斧で刎(は)ねて即死させた。
その後、近隣の住人を約1時間半のうちに、次々と猟銃と日本刀で殺していった。
※ この事件は、「八つ墓村」で使われている。  ここに、出てくる。(YouTube)
 
集会所への道。

10年5月14日 (10)

こんなことがあった。
ある家の老人は、返り血に染まった都井の姿に脅え、茫然としていたところ、
「お前はわしの悪口を言わんじゃったから、堪(こら)えてやるけんの」と言われ、見逃されたという。

真っ直ぐの道を行った。 誰にも会わない。

10年5月14日 (11)

最終的な被害者は、死者30名(即死28名、重傷のち死亡2名)。  重軽傷者は、3名。
死者のうち5名が16歳未満。
計11軒の家が押し入られ、そのうち3軒が一家全員が殺害された。 4軒の家が生存者1名のみ。

見晴らしのいい所に、貝尾地区はある。
ここまで来て、戻った。 道はなかった。

10年5月14日 (12)

その後、3.5㌔離れた荒坂峠の山頂で、猟銃で自殺した。 荒坂峠は、上の写真の正面の方にある。
猟銃で自らの心臓を撃ち抜いており、即死した。

10年5月14日 (13)

突き当たりを右に行くと、集会所。

10年5月14日 (14)

10年5月14日 (15)

集会所への道を下りて行った。 車の後ろが見える。

10年5月14日 (16)

上の道を下りた所で、人に会った。 畑仕事をしている、おばあちゃんがいた。 やっと、人に会えた。 うれしかった。
細心の注意を払って、話しかけた。

10年5月14日 (17)

挨拶した後、今日の天気や、この土地の良さなどを伝えた。
そうして、切りだした。
「あばあちゃん、貝尾はとってもいいとこだけど、昔、大変なことがあったんだってね」って。

それを聞いたおばあちゃんは、話しだした。
最初に言ったのは、

おばあちゃんの旦那さんの、お母さんが殺されたこと。
旦那さんの兄弟3人が、殺されたこと。
おばあちゃんの旦那さんは、陸軍に入ってて、ここにはいなかった。 だから、助かったこと。

都井睦夫の家は、下の写真の○の所にあった。 今は、空き地。
おばあちゃんの家は、道の右だから、道路を挟んだ隣になる。

一段上の左の家は当時もあったが、屋根が見える右の家はなかった。

10年5月14日 (18)

当時、旦那さんの家には、お母さんと子供たちがいた。 父親は、亡くなっていなかった。
おばあちゃんに、何番目に襲われたかは聞かなかったが、「八つ墓村」の話の中では、
最初に襲われた家で殺されたのは、未亡人と子供たちとある。

都井が、道に出て、すぐの家は、おばあちゃんの旦那さんの家だ。
きっと、最初に襲われている。  
その場面は、ここにある。 この映像では、子供の人数がはっきりしないが、未亡人とある。  2分過ぎに出てくる。
     ※ 八つ墓村 異談・横溝正史と津山30人殺し 3/4 (YouTube) 

Wiipediaに、最初にも書いたが、事件の現場は、貝尾・坂本とある。
犯人の都井は、最後は自殺するが、おばあちゃんは、その場所をこう説明してくれた。
青山から横野に行く途中の山の頂上。(峠の頂上)

そこに行く途中に、坂本はある。 
最後に一人殺したのは、坂本と、おばあちゃんは教えてくれた。    
     ※ 坂本、青山、横野(上横野)の位置は、この地図に。  都井が自殺した場所が、見当つく。

おばあちゃんは、お墓の場所を教えてくれた。 何カ所もあった。
他にも、お話しはたくさん聞いて、別れた。 丁寧にお礼を言って。

最初に行ったお墓。 

10年5月14日 (19)

おばあちゃんは、戦後結婚してここに住んだ。 でも、昭和30年に旦那さんは病気で亡くなる。(結核)
それから、もう55年経った。 二人の男の子を育て上げた。 今は、ひ孫もいる。

昭和13年5月21日とあるお墓が、すぐに見つかった。

10年5月14日 (20)

昔は25戸の家があったが、今は10戸と、教えてくれた。
※ 襲われたのは、11戸。

この道を上がってきた。 下りたら、車がある。
昔は、もっと木がたくさんあったという。
事件の後、夜は不気味なので、おばあちゃんたちも地域の人もみんな、出歩かなかったそう。

10年5月14日 (21)

事件の後、ここに住めなくて、出た人も多いと言った。 思い出すのがつらいから。

別の墓地にもあった。

10年5月14日 (22)

アジサイでいいですね。 早い感じがする。

10年5月14日 (23)

下の風景。

10年5月14日 (24)

事件の時に、ここに住んでた人は、今は一人もいないという。
出てしまったり、亡くなったり。 72年経った。
私はおばあちゃんに、「ずっと墓を守れてよかったねと」言った。

10年5月14日 (25)

おばあちゃんは、私は現場を見てないから、ここに住めたかもしれない、と言った。

ここの墓地には、2つ並んであった。

10年5月14日 (26)

こう。

10年5月14日 (29)

離れた所にも、あった。

10年5月14日 (27)

昔のことが分かる物は、墓の他には無かった。

ここにも2つ。

10年5月14日 (28)

道が左に曲がる辺りで、おばあちゃんと話した。

10年5月14日 (30)

どうして、都井睦夫が、このような人間に育ち、大変な事件を起こしたのか。
ネットの情報や、おばあちゃんの話、私が今まで教育の世界で見てきたことから考えたら、こんな感じでしょうか。

① 最大の問題は、育てたおばあちゃんが、睦夫を大事にしすぎたこと。
  外に出す不安があったため、家に閉じ込めた。 極端な過保護。
  学校に入学させるのが1年遅れたのも、それが原因。

② 上のことで、睦夫に、ほとんど社会性が身に付かなかった。
  引きこもりになったのは、それが原因。

③ 自分に対する、周りの人間の関わり方に、不満を持つようになる。
  睦夫は頭が良かったので、繊細にそれを感じるようになった。

④ 強い人間にあこがれるが、そうはなれない。
  それを実現してくれたのが、銃だった。
  銃の力が、自分の力と、錯覚するようになる。

⑤ 最後のとどめは、睦夫が結核になったことだった。
  この時、自分の人生から夢は消えた。
  当時、結核は、死を宣告されたようなものだった。

⑥ 好きだった人が、自分から離れて行った。 
  そこに恨みが生まれ、事件への引き金になった。

こんな流れかなと思う。

※ 追記  真実は、分かりません。 
      私は、こう思うと言うことです。      

この事件から何を学ぶかは、難しい。
人間どんなに不満があっても、都井睦夫までのことはしない。

※ こんなことも思った。
  都井睦夫の罪の大きさは、計り知れない。
  それでも、戦争を起こした人間の罪の大きさは、比べられないほど、都井の罪より大きい。
  長崎と広島で、このことを学んだかな。

おばあちゃんに会えてよかった。
現場での生の情報の価値は、ネットの情報と全く違う。
おばあちゃんに、感謝します。


【道の駅】      彩菜茶屋     だいたいこの辺り

【明日の予定】    たくさん時間がない。 この近くか、津山城だけでも。 

【今日の歌】     歌ではないが。
           八つ墓村 異談・横溝正史と津山30人殺し   1/4 (YouTube)
                                        2/4 (YouTube)
                                        4/4 (YouTube)      ※ 3/4は上に。


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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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