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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

気が変わって、予定を変更した。  ※ 高台寺を調べていたが、大きな魅力が見つからなかった。
龍馬を、少しだけ追うことにした。

※ 建物の中は、どこも写真が撮れない。
  魅力が、建物の中に集中していない所を、探した方がいいなか。

※ 忘れていたことがあった。 京都に来たら、行かなければならない所があった。
  夕方、急にに思いだした。
  過去のブログと関係ある。 もし当てる人がいたら、すごい。
   (住所を教えていただけたら、何か送りますと、言いたいくらい)
  今日のブログの最後で、以前書いた文を紹介する。 
  そこに書いた所に、明日行く。 息子と。


龍馬がなぜ人気があるのか。 それが、むずかしい。
NHKの大河ドラマは見てない。


ここが、二条城。 寺に比べたら、がっしりした建物だ。

10年5月22日 (2)

二条城があるからって、京都は、城下町ではないですね。
もともと、京都の町は、京の都としてあった。 
そこに、江戸時代の初めに、家康が京都の宿泊所として造った。

二の丸御殿。 国宝。  全体が、世界遺産。

10年5月22日 (3)

安全面が大事だから、城になった。

10年5月22日 (1)

二の丸御殿の中を見た。  ※ 写真は撮れないので、写真を3枚買った。

大広間での、大政奉還の様子。 前にいるのは、徳川慶喜。 こっちにいるのは、各藩の殿様。
1867年のこと。 265年間続いた江戸幕府に、幕が下りた。
政権は、朝廷(天皇)に渡った。

10年5月22日 (25)

この大政奉還の、下準備をしたのが、坂本龍馬だと言う。
龍馬は、何をしたのか。

船中八策(せんちゅうはっさく)というものを、幕府に示した。
それには、新国家体制の基本方針が書いてあった。
それを、幕府が了解し、大政奉還となった。

勅使の間(来客用の間)

10年5月22日 (23)

龍馬の考えの特徴は、武力に頼らない政権交代だった。
国内で戦って、国が消耗した時に、外国に攻められると考えたそうだ。

昔の、二条城。 

10年5月22日 (24)

龍馬は、薩長同盟を結ばせるなど、調整役として動く。
そして、倒幕派を、ひとつにまとめていく。
もし、龍馬がいなかったら、別の幕末になったと思われる。

にわか勉強でまとめてみたのですが、こんな感じでしょうか。

広い庭があった。

10年5月22日 (4)

大政奉還の日、龍馬は、
「慶喜公の今日の心中、深く察します」と、涙を流したそう。

石の多い庭。

10年5月22日 (5)

上に書いた、薩長同盟は、大政奉還前年の1月22日に成立した。
次の日の23日、龍馬と三吉(長州藩士)は、伏見の寺田屋で祝杯を上げた。
明け方2時頃、外の異常を、風呂に入っていたお龍が察した。
すぐに、2階の龍馬たちに知らせた。 戦う準備が間に合った。

龍馬は拳銃、三吉は槍で戦った。 相手の人数が多いので逃げた。 龍馬は、左手の指を切られた。
龍馬は材木場に潜み、三吉は、薩摩藩に助けを求めた。 そうして、龍馬は助かった。

3月になって、龍馬とお龍は、薩摩に行く。 そして、霧島温泉で、傷の療養をする。
この二人の旅が、日本で最初の新婚旅行と言われている。

城だから、石垣がある。

10年5月22日 (6)

今年1月に、二人の新婚旅行の跡を追った。  1日いっぱい歩いた日も。

※ 関連ブログ
   ○ 霧島神宮 ~龍馬とおりょうは、高千穂に登り、ここに~             (2010/1/16)
   ○ 龍馬とおりょうが歩いた道                                (2010/1/17)       
   ○ 龍馬とおりょうが歩いた道(その2) ~隼人塚から日当山温泉まで~  (2010/1/18)
   ○ 龍馬とおりょうが歩いた道(その3)~塩浸温泉・犬飼の滝~            (2010/1/19)

10年5月22日 (7)

城が大きいことが分かる。

10年5月22日 (8)

天守への道。

10年5月22日 (9)

龍馬は、大政奉還の後なのに、なぜ狙われたのでしょう。

これについて調べてみたが、分からない。
定説はなく、分かっていないんですね。

もし、黒幕がいるとすれば、明治になって活躍した人間。
龍馬がいないために活躍でき、得をした人間です。
恨みより、こっちの可能性が大きいと思うかな。

 高知新聞  龍馬暗殺諸説

庭は、広い。

10年5月22日 (10)

二条城から、天皇が住んでいた御所は、割と近い。

本丸御殿には、入れない。

10年5月22日 (11)

本丸から出る。

10年5月22日 (12)

舞妓さんがいた。

10年5月22日 (13)

幕府は、当然、ここを二条城と呼んだ。 でも、朝廷側は、二条亭と呼んだそう。

10年5月22日 (14)

この石垣に相応する建物は、大きい。

10年5月22日 (15)

神社の建物ではない。

10年5月22日 (16)

こんな庭に変わった。

10年5月22日 (17)

私は、二条城を見るのは、4回目くらいかな。
でも、龍馬のことを考えながら見たのは、初めて。

10年5月22日 (18)

お寺の庭のように、石の並び方とかに、宗教的考えはあるのでしょうか。

10年5月22日 (19)

江戸幕府は、江戸にあった。 
でも、終わりを告げる大政奉還は、御所のある京都で行われた。

10年5月22日 (20)

広さが分かる。 ただ、御所の広さは、はるかに上。

10年5月22日 (21)

修学旅行生が多い。

10年5月22日 (22) 


龍馬の行動には、夢があるのでしょうか。
多くの人と関わり、信頼されていく。
人脈が出来上がり、政治に大きな影響を与えた。

生き方に、ずるさを見い出せない。
そんな辺りに、龍馬の魅力があるのでしょうか。


【道の駅】    同じです。

【明日の予定】  以前、ブログに、こう書きました。  このブログに。

         「元になる伝説は、どこにあるかと言うことだが、
          有力なのは、京都の山科の小野にある随心院のように思う。 
          小町が住んでいたとされる寺だ。」

         ということで、髄心院に行ってきます。  山科区です。  戻るのは、遅くなります。

※ 追記  嵐です。 困りました。 (23日午前)         

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車検の関係で、動けたのは、夕方からだった。
今日は、坂本龍馬と、大石内蔵助について、少しだけ歩いた。

龍馬の墓に向かった。
途中、八坂の塔が見えた。 時間がないので、後で行くことに。    場所はここ

10年5月21日 (1)

ここは、維新の道と言われる。 左に、高台寺。   この辺りから、撮影

10年5月21日 (2)

龍馬の墓は、京都霊山護国神社にある。
※ この神社には、幕末から第2次大戦までの戦没者が祀られている。
※ 龍馬たち、幕末の志士を祀るために、明治の初めに作られた。

ノボリには、「龍馬 長崎で待つ」とある。

10年5月21日 (3)

墓の隣に像があった。 右側は、一緒に襲撃され亡くなった、中岡慎太郎。 
襲撃されたのは、河原町通りにあった、近江屋で。 
1867年11月15日の午後8時~9時頃。  この後行く。

10年5月21日 (4)

写真中央が、龍馬の墓。 右は、中岡慎太郎。

10年5月21日 (5)

市内が一望できた。 塔は、八坂の塔。

10年5月21日 (6)

直ぐ近くに、高杉晋作の墓が。

10年5月21日 (7)

桂小五郎(木戸孝允)の墓も。  この人は、西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」。 

10年5月21日 (8)

下の方に、龍馬の墓。

10年5月21日 (9)

龍馬の道を、下りて行った。 もう少し行って、左に行って、八坂の塔。

10年5月21日 (10)

八坂の塔。  室町時代の物。  ※ 中心の柱を支える礎石は、奈良時代とか古い。
高さ49㍍。 重要文化財。

10年5月21日 (11)

この辺り一帯の地図。  込み入ってて、少し見ずらい。

10年5月21日 (12)

高台寺の下の道を通って、円山公園に。

10年5月21日 (13)

高台寺の敷地内。 階段を下りたら、小さな公園。

10年5月21日 (14)

高台寺の地図。

10年5月21日 (15)

ねねの道。

10年5月21日 (16)

こんな道を通って。

10年5月21日 (17)

円山公園は、自然が豊か。

10年5月21日 (18)

この公園は、疲れた人たちが、休んでいる。 市の公園。   ここです

10年5月21日 (19)

八坂神社の本殿。  円山公園の西隣。

10年5月21日 (20)

舞殿。

10年5月21日 (21)

ここは、祇園さんの愛称、親しまれている。 7月の祇園祭は、八坂神社のお祭り。
南の楼門。

10年5月21日 (22)

西の楼門から来る人が多い。

10年5月21日 (23)

左に曲がったら、西の楼門が。 

10年5月21日 (24)

西の楼門から見た、祇園。 通りは、4条通り。  祇園と八坂神社は、密接な関係。

10年5月21日 (25)

4条通りを少し行くと、左に、花見小路がある。 角にある建物が、一力茶屋。
大内内蔵助が、豪遊したと伝えられている。
※ 実際の場所は、別という考えもあった。 確認できていない。

10年5月21日 (26)

一力茶屋。    ここです

10年5月21日 (28)

花見小路の中。 艶っぽい風情。 舞妓さんには会わなかった。

10年5月21日 (27)

こんなお店も。

10年5月21日 (29)

提灯は、どこの店にも。

10年5月21日 (30)

裏小路に入ってみた。 これはこれでいい。 少ないが、歩く人はいる。

10年5月21日 (31)

龍馬が暗殺された場所に向かった。
4条大橋の袂。 音楽の演奏。 南米のペルーの感じ。 天空の城、マチュピチュを思い出すメロディー。

10年5月21日 (32)

鴨川。 夕涼みをしている人が。 料理屋さんも並ぶ。

10年5月21日 (33)

遊びで一句。

「鴨川に 夜の帳(とばり)が下りるころ 下駄のあし音 古都古都古都」

10年5月21日 (34)

川を渡って、河原町。 

10年5月21日 (35)

龍馬たちが暗殺された場所は通ったが、標示に気付かなかった。
この辺りと思って写真を撮った。 右端に写っていた。    場所はここです

IMG_4195mmnnbbcz.jpg

戻る時は、もう暗くなった。 他に見たい所もあったが、この次。

10年5月21日 (37)

バス乗場が分からなかったので、八坂神社に戻った。 10分ほど。

10年5月21日 (38)

道の向こうのお店のガラスに、こっちが写っていた。 私もいる。 バスを待っている。

10年5月21日 (39)


今日は、見学も調べる時間も十分に取れなかった。
龍馬が、なぜあそこにいたのか。 
暗殺されたということは、何かミスしている。 それは、何なのか。

大石内蔵助の遊んだのは、一力屋でいいのか。
どういう目的で、何日くらいいたのか。

この辺については、いつか調べてみます。
※ 情報があれば、お願いします。


【道の駅】     同じです。

【明日の予定】   午後から、動けると思います。 
          時間があれば、高台寺と知恩院。

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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
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