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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

国宝指定の城は、4つ。 そのうちの1つが、松本城。    ※ 他は、姫路城彦根城、犬山城。
松本城は、黒く鎧(よろい)を着てるようだった。

川島芳子は、松本にいたことがあった。 この町に来て、思い出した。
本当に生き延びたのか?    ※ 関連ブログ 川島芳子 処刑「替玉」説


城自体を、いかに美しく見せるか。 この橋は、いい役割をしてますね。      ここです。

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松本城は、烏城(からすじょう)と地元の人は呼ぶそう。 黒いからか。 ※ 岡山城は、烏城(うじょう)。

熊本の加藤清正が、この木に馬をつないだ、と伝えられている。

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清正は、馬を2頭もらった。 こんな話が。

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城の中。 昔のままの城は、中の雰囲気が全く違う。 柱には、削った跡が。

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石を落とす場所。 鉄砲を撃つ窓で、壁の厚さが分かる。 厚い壁が、この城の特徴。

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階段は、急。 どこもそうかな。

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この城は、鉄砲の展示が多かった。
この図は、島原の乱。 戦いに参加している。 
写真の上の方を見ると、石垣に人がよじ登っているのが分かる。  ※ 明日を信じた人々の戦い「島原の乱」

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城の周りは、お濠。

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山は見えない。 北アルプスは、まだ見ていない。

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乗鞍岳は、○の下辺り。 ※ 説明の図の家並みが、古かった。

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この城は、1600年頃にできた。 ※ 年代に、いくつかの説がある。

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明治と、戦争の空襲を乗り切って、今があった。

城は、武士の時代の産物だから、明治時代にとっては、無用のものだった。
多くの城が破壊された。 
この城は、市川という人が、人手に渡っていたのを、保存のために買い戻した。
その後、小林という人間を中心に、大修理がなされた。

松本市民は、この二人に、いつまでも感謝を忘れない。

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月見櫓。 昔の人は、風流を楽しんだ。 二十三夜待ちもできる。
※ 一度、月を見ながら、酒を飲んでみるか。 
  月が見えるように車を停めて。 ろうそくの灯りで。

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武田信玄の頃、この城は、深志城と呼ばれた。 大河ドラマの中で、どのように出てきたかが思い出せない。

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どこから見ても、形がいい。

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松本市立博物館があったので、少しだけ見た。 川島芳子の写真があった。

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鳩山春子。 この町の人。 鳩山元首相の、そう祖母。(ひいおばあちゃん) 似てる?
※ 由紀夫の父は、威一郎。 その父は、一郎。 その父は、鳩山和夫。 この人(春子)は、和夫の妻。

10年6月23日 (17)  はとやま

鎧をまとっている感じ。 いいですね。

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ここは、松本市歴史の里。 川島芳子の資料があるというので。

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旧松本少年刑務所の独居舎房。 移築復元したもの。
刑務所には、看守がいた。 看守のことを「やば」と言った。
看守がやってきたら、「やば、やば」と、囚人はお互いささやいた。
これが、「やばい」という言葉のルーツ。 ※ 今日買った本に載っていた。

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いい色です。  立ち姿もいい。

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製糸場の中の様子。  下諏訪町にあった、旧昭和興業製糸場を移築。

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「あゝ野麦峠」を書いた山本茂実の若い頃。

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遺品。

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こうやって、たくさんの人から聞いた。
この人の証言もそうだが、働いている女工さんは、悲惨な思いでは、なかったそう。
働いたお金で家族には喜んでもらえた。
髪も、ちゃんと結えた。 工場は芝居を見せてくれたとも。

野麦峠でみねは死んだ。 お助け小屋のばあちゃんが、死化粧をしてくれた。
まさか、その化粧が、最初で最後の化粧ではないだろうな、と思ったが、もちろんそうではなかった。

「人生で、最初で最後の化粧」については、このブログの最後に。 
泥流地帯についてです。 三浦綾子は、登場人物に、いいことを言わせます。  ※ 泥流地帯の舞台に

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川島芳子の、よく見る写真はこれ。

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この人は、清朝の皇族粛親王(しゅくしんのう)の第十四王女。
本名は、愛新覚羅 善耆(あいしんかくら ぜんき)。

粛親王の顧問だった川島浪速の養女となり、日本で教育を受けた。
川島は、松本の人間なので、松本の浅間温泉に後に住んだ。 そこから馬で、松本高等女学校に通学する。

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清朝は、辛亥革命で崩壊するが、清朝は復興を目指す。
その過程で、川島芳子は、スパイとして活躍する。

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どんな活躍があったかだが、例えば、
満州事変の時、芳子は、溥儀の皇后である婉容を天津から連れ出すことを関東軍から依頼された。
無事に、旅順に皇后を送っている。
このように、歴史の大きな舞台の裏で、幾つかの活躍がある。

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この人は、17歳で自殺未遂事件を起こしている。(原因は分からない) その後、断髪し男装するようになった。
芳子の断髪・男装はマスコミに広く取り上げられた。

この足は、男の足ではありません。

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川島芳子は、時の政権中華民国に捕まり、銃殺された。
ところが、1昨年、死んだのは「替玉」だったとの報道がなされた。 ※ これについては、上の関連ブログを。

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工女宿宝来屋。 野麦峠の近くから、移築した。

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入りきれない時もあったそう。 それだけ、多くの女工さんが、野麦峠を越えた。

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松本城は、引き締まって見える城だった。
城でも何でも、いい物を見ると、必ずその陰で、それを支えた人間がいる。
この城もそうだった。

川島芳子には、清朝の血が流れていたのでしょうか。
命をかけて、危険な橋を渡った。


【道の駅】      小坂田公園    ここです

【明日の予定】    近くの湿原を考えています。

【今日の歌】     大連の町から(YouTube)   大連は、満州の玄関。 芳子は何度も行ってるはず。

             夜来香_山口淑子(李香蘭) (YouTube)  生き延びたと言われる家に、遺品としてこの曲のレコードがあったという。

            アムールのさざ波(YouTube)   満州とロシアの国境を、アムール川は流れている。


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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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