キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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イタコに会うのが目的だったが、いなかった。

薬研温泉から十数㌔走ったら、ここに。  地図では、ここ

太鼓橋。 三途の川にかかっている。 
ここから向こうは、地獄だ。 罪人にとっては、針の山。
湖は、宇曽利湖(うそりこ) 。  ※ 宇曽利山湖とも。
橋の向こうに、霊場が見えている。

10年9月24日 (1)

ここから有料。 500円。

10年9月24日 (2)  10年9月24日 (3)

イタコの控室が、この写真の左のほうにある建物にある。
真っ先に行ってみたが、いなかった。 土日しかいないと、後で聞いた。
録音機とか、用意していたんだが。

仕方ないので、YouTubeのイタコの様子を載せます。 ここに。 イタコの雰囲気が、伝わります。
ただ、この中に出てくるイタコの言ってることなら、私だって誰だって話せる。
優れたイタコは、瞬時にその人間を鋭く観察し、少しでも内面を見抜いて話すはず。
もし、迷いが多そうであれば、その内容で話すなど。

山門。 古くはない。

10年9月24日 (4)

この地方では、人は死んだら、その霊は恐山に行くと信じられている。
風車は、子供の霊を慰めている。

10年9月24日 (5)

恐山は、霊場。 
ここには、たくさんの霊が集まっており、神や仏の御利益が強い所。 だから、霊場。

10年9月24日 (6)

山門の仁王像。

10年9月24日 (7)

建物は開山堂。 恐山の中心。 円空作の聖観音十一面観音が安置されている。
なお、この寺の開山は貞観4年(862年)。
開祖は天台宗を開いた最澄の弟子である、慈覚大師円仁。
円仁開祖の寺は何百とある。 山形の立石寺(山寺)も円仁。

左手奥に、地獄が広がる。

10年9月24日 (9)

開山堂。

10年9月24日 (8)

こんな温泉がある。 入場者は、無料。 硫黄の成分が強い。 入った。 10分ほどで、体はポカポカ。

10年9月24日 (10)

賽の河原の雰囲気か。

10年9月24日 (11)

下を振り返って。

10年9月24日 (12)

何で、小石を積むのか。 こんな説明がある。

死んだ子供が行く所といわれる、冥途(めいど)の三途(さんず)の川の河原。
ここで子供は、父母の供養のために小石を積み上げて、塔を作ろうとする。
しかし、絶えず鬼にくずされる。 そこへ地蔵菩薩が現れて子供を救う。

10年9月24日 (13)

ここは、外輪山に囲まれている。 その山は、ハスの花びら。 ここは、花の真ん中。

10年9月24日 (14)

宇曽利湖は、下のように、何となく心の形。

009978966543.jpg

こんな風景が続く。

10年9月24日 (15)

地蔵さんも多い。

10年9月24日 (16)  10年9月24日 (17)

宇曽利湖は、極楽を表している。 浜は、極楽浜。

10年9月24日 (18)

西の端、八角円堂。

10年9月24日 (19)

全体は、北海道の川湯の硫黄山などに、自然の面では似ている。

一番北の部分。

10年9月24日 (20) 10年9月24日 (21) 10年9月24日 (22)

蒸気(ガス)が噴き出している所には、~~地獄と名前があった。
いろんな地獄のイメージがあるが、その一つがこれ。  ※ 関連ブログ  雲祥寺の地獄絵(ブログの後半に)

10年9月24日 (23)

向こうが北の端。 向こうから来た。

10年9月24日 (24)

右は、八角円堂。

10年9月24日 (25)

死ぬのが怖いから、死んだら極楽に行けるという考えが、生まれたのか。

10年9月24日 (26)  10年9月24日 (27)

坊さんが説教しても、言うことを聞かない人間がいる。
言うことを聞かすために、悪いことをしたら地獄、という考えを作ったのか。

10年9月24日 (28)

血の池地獄の清掃。 昔は水に鉄分が多かったので、赤かったそう。 今は普通だと。

「拾ったお金が自分の物になるなら、もっと一生懸命拾うね」と、私は言った。
「これは、仏さんのお金だからね」と言った。

500円玉があることに、みんな気付いていなかった。
どこにって、みんな探した。 最後に教えてあげた。 地蔵さんの手の上だよって。

10年9月24日 (29)  10年9月24日 (30)

宇曽利湖。 極楽のように、美しい。

10年9月24日 (31)

地蔵さんの家族のようだ。 どこを眺めているのか。

10年9月24日 (32)

戻る方向。 賽の河原が続く。

10年9月24日 (33)

この地蔵さんの表情が、一番気に入った。 生きた人間の目をしている。

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地獄と極楽、両方。

10年9月24日 (35)

亡くなった人の霊を慰めている。 
このように、道の斜面にあると、あそこを思い出す。 
御巣鷹の尾根。 今でも霊を慰めるため、多くの人が山に登る。 ※ 関連ブログ 24年目の御巣鷹の尾根

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山の上。

10年9月24日 (38)

10年9月24日 (39)  10年9月24日 (40)

五智山という小さな山の上に。 五智如来。

10年9月24日 (41)

この風景を見て、戻る。

10年9月24日 (42)

地面の上の賽銭は、すぐに錆びる。 硫黄のため。

10年9月24日 (43)

恐山の後、八戸に向かった。 途中のパーキングから見た、陸奥湾。

10年9月24日 (44)

平沼の近く。 間もなく、日が沈む。   この辺り

10年9月24日 (45)

恐山は、高野山・比叡山と並ぶ、日本三大霊場の一つ。  
  ※ 比叡山延暦寺の総本堂、根本中堂の写真(3年前に撮影)

     P1000028000.jpg

恐山の荒涼とした風景が、この世のものとは思えない、別の世界を感じさせた。
日帰りの観光客がほとんどだが、宿坊に泊まり、法話を聞くことも出来るそうだ。

今日は、イタコに会えなかったので、写真を撮り直した感じになった。
去年も来ているので、よかったら見てください。  ※ 関連ブログ   霊場恐山


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コメント

恐山・イタコ

恐山や、イタコのことは太宰治の作品で知りました。独特の雰囲気を持つ霊場ですね。青森地方の、代表的風習の一つがイタコ(口寄せ)でしょうか。太宰のふるさとー青森県金木町を歩いたとき、賽の河原に行きました。金木地方の「賽の河原」です。金木町の芦野公園からそこまで歩いて行きましたので時間的に大分掛かりました。1時間半くらいかかったでしょうか。子供の霊を慰める風車が幾つも回っていました。平常と違う時間が流れていました。
 恐山は行っていません。画面からも不気味さはなんとなく感じます。イタコの口寄せは、青森県の伝承文化でしょう。聞けるなら、私の祖父母の声も聞きたいものです。

Re: 恐山・イタコ

今晩は。 本州に渡りました。
金木町に、賽の河原があったのは知っています。

こういう風習は、どうして起きたんでしょうね。
亡くなった人を思う気持か、また、自分の気持ちを整理するためなのか。
何かがあって、生まれたんですね。

プロのイタコの声を聞いてみたいです。
私が聞きたいのは、親父の声かな。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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