キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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     ※

道の駅しりうち、のそばを鉄道が通っている。
その脇で、何やら作業をしている。
線路をつないでいた。新幹線に使うレール。

線路の山。1本、25㍍。
※ 通りがかった責任者のような人が、くわしく説明してくれた。

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右側には、25㍍置きにテントが。

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線路の山からクレーンで降ろした、25㍍の線路の両端を、グラインダーでまず磨いてる。
線路は,ローラーの上に乗っている。 人の力で動く。

_MG_3765.jpg

ここは、最初のテント。作業の中心。
ここに移動した2本の線路の両端を、もう一度磨いている。

_MG_3754.jpg

2本を近づけ、つなぐ部分に機械をかぶせた。
バーナーの炎が見えた。
接着している。

_MG_3761no2.jpg

接着した部分の周りを磨いている。

_MG_3756.jpg

次のテントでも、その次でも、別の作業があるようだ。
25㍍のを8本つないで、まず、200㍍のを作る。
それを、4本つないで、800㍍にする。
それを、トンネルに運んで、全部つなぐ。

こうするから、新幹線は走っていて、ゴトンゴトンしない。

聞くのを忘れたことがある。
今日つないだのは、みんな真っ直ぐ。カーブしている所は、どうするんだろう。
きっと、現場で曲げますね。ギュッて。(そんな、単純でないか)
また、800㍍のを、どうやって運ぶのかな。運ぶ線路は、曲がっているだろうし。
ちゃんと、考えながら聞けば良かった。

ここは、近くにある、青函トンネルの出入り口

_MG_3771.jpg

北島三郎の実家は、道の駅の地図を見たら、確かに知内町の市街地だった。
銅像を造るとか、派手なことはしていなかった。
1年に1回は、地元に戻ってきて歌うそうだ。
北島三郎らしいと、思った。
※ 道南のある場所に、現役の歌手の銅像がありますからね。

私が美瑛にいた中学生の頃だったかな、映画館から出てくるのを見たことがある。
まだ、北島三郎の若いときだ。

松前に向かった。
ここは、渡島半島。
この半島の日本海側は、崖が崩れやすい。
雨が強く降ったら、行かないと決めていた。
昔、豊浜トンネル事故があった。(積丹 古平町 1996年2月10日)
バスと乗用車が埋まった。20名全員が亡くなった。

道路は、鉄道と平行して走っているが、海岸の崖が急になると、鉄道はトンネルの中。羨ましかった。
道路に覆道はあるが、こんなの信用できない。

そう言えば、富士山のキャンピングカーの事故、テレビで見たと思います。
私は、フェリーの中で見ました。
あの車は、アウトドア・ジュニア。
私が、当初買おうと思っていた物。
小さいのと、電気を発電機に頼っていたので、やめた。(今のは、ソーラー)
あれを見るために、4年前、東京まで行ってきた。

今日、キャンピングカーステーションで、本社(ビッグフット)の社長さんにお会いした。(この方が、昨年春、札幌のキャンピングカー・フェスティバルでこの車を詳しく説明してくれた方の旦那様)
こう言っていた。私の車もそうだが、ここの会社の車や名の知れた会社の車は、フレームが入っているため、あの大きな石でも、突き抜けることはないんですよと。あの会社は、キャンピングカーの協会に入っていないと言った。

こんな感じの道でした。雨は降っていません。

_MG_3774.jpg

白神岬。北海道最南端。大間岬より南にある。   ここ

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海は、大荒れ。
この海だったら、船が座礁したとき、助けるのは大変。(昨日のブログとの関係)

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波しぶきが、霧のように飛び散るから、遠くが霞む。

_MG_3784.jpg

松前の町に入ったら、道の駅があった。
今年の春に出来たという。

_MG_3786.jpg

松前城。写真ならまあまあに見えるが、鉄板屋根なので、少し物足りない。

_MG_3787.jpg

上の道の駅に停泊するつもりだった。
ところが、車のことで気になることがあったので、函館に引き返した。
問題は解決。(ガスと、温水ボイラーの関係)

正面に見える山は、大千軒岳。   ここ
悲しい歴史があることを知った。行ってみたかった。
Wikipediaにはこうあった。

『寛永16年(1639年)、松前藩による隠れキリシタン処刑によって106人が殉教した地でもあり、金山番所跡(知内川コースの5合目付近)と、千軒平の尾根には十字架が建てられており、毎年7月の最終日曜日には千軒岳殉教記念ミサが行われる。 』

島原の乱は、1637年から1738年。同じ時代だ。
調べてみると、ここでは、砂金掘りが行われており、その人達に混ざって、取り締まりの厳しくなった土地から、ここに来たようだ。

カトリック情報ハンドブックというのに、こう書いてある。

『この時代、全国で迫害が激化する中、松前藩では、地理的に江戸から遠く離れていたことが幸いして、鉱夫として働くキリシタンに対してそれほど厳しくはなかった。しかし、寛永14(1637)年に起きた「島原の乱」を境に、幕府のキリシタン禁制が強化されることによって、同16(1639)年、松前藩内にいたキリシタン106名は捕らえられ殉教した。この殉教の史実は、昭和29(1954)年に新史料として発見された松前家の正史「福山秘府・福山年暦部巻之四」で公となった。史料によれば、大沢で50人、そこから逃げた6人が日市(現上ノ国町石崎)でそれぞれ処刑され、後日さらに金山で50人が捕らえられ殉教した。
  この106人は、城下町に住む者ではなく、鉱夫としてえぞ地へ渡り砂金場近くに住んでいたキリシタンだったようだ。 』


天草四郎の島原の乱が、影響していた。
こんな北方の地にまで。   島原の乱についてのブログは、ここに

キリスト教を信じるのと、仏教を信じるのとでは、何が違ったのかな。
仏教は、時の権力者にとって、不都合は少ないと言うことか。もしかしたら、都合がよかったと言うこともあるのか。

_MG_3792.jpg

林は、松でなく、青森ヒバでした。
大間は、本州でなく、北海道。
松前は、北海道でなく、本州と言うことか。

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ここにいます。あすも、会社に行くので。
ただの、駐車場。そばに、コンビニと交番があるので、治安は大丈夫と考えて。
正面に函館山

_MG_3797.jpg

暗くなってから、三脚を立てて撮影。

_MG_3803.jpg


【今日の道の駅】    道の駅でなく、駐車場。  場所は、ここ

【温泉】        昨日に同じ。 しんわ温泉。 370円。

【明日の予定】   立待岬に行ってきます。


《今日の歌》      立待岬(YouTube) いいのが見つかりました。 昨日、大間から来るとき、見えました。今いるとこからは、少し山の陰で見えない。  立待岬の石になるまで待つと言っている。 立待岬に、伝説があるなら、それを調べてみましょうか。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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