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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

太宰治斜陽館は、五所川原市の金木町にある。   場所はここ
また、斜陽館の近くの寺に、地獄絵があることが分かった。

斜陽館では、太宰治が、なぜ死を急いだのか、そんなことが知れたらいいなと思って。

途中、津軽中里駅に寄った。
ストーブ列車で知られる、津軽鉄道の終点。  場所はここ

09年9月4日 (2)

こんなふうに、車内にだるまストーブがある。
定期的に、車掌が火の調節をする。(写真は、津軽鉄道のHPから)

sutobu.jpg

ストーブ列車は、津軽五所川原駅から終点津軽中里(なかさと)駅までを1日2往復走る。
ストーブが付くのは、11月の中頃から3月まで。  動画はここ

スルメや餅が、その上で焼かれることがあり、乗客同士分け合って食べるという。
体だけでなく、も温まりそうです。

駅のプラットホーム。 向こうから列車は来る。
草取りすればいいのにと思った。
「一つの花」に出てくるコスモスは、こんな感じの所に咲いていたのか。

09年9月4日 (3)

ここにふるさとがある、って書いてある。  「津軽のふるさと」の歌は、最後に。
本州最北の民鉄。 
(みんな、何かで一番になっていないかを、熱心にさがす)

09年9月4日 (4)

斜陽館のそばの駐車場は、混んでて停めれなかった。
少し離れた、病院の駐車場に置いた。(個人の病院ではなかったので。 空いてたし)

斜陽館の駐車場の奥で、ラジオ放送のリハーサルをしていた。
本番は、12時30分から50分まで。 NHKの全国放送。 今日あった。
この人は、スコップ三味線
栓抜きで、カチャカチャやってた。 上手だった。 地元の人。

YouTubeにこの人の演奏がありました。 ここ

09年9月4日 (5)

これが、斜陽館。 太宰治の生家。
明治40年に建てられた。 この2年後の明治42年、太宰治は生まれる。
復元修復工事が、平成9年に終わっている。

IMG_2121no11.jpg

大きい。 御殿だ。 広さは、1300㎡。 普通の家の、10軒分くらいある。
この家について、太宰はこう言っている。
「この父は、ひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もない、ただ大きいのである」と。
住んだことがなかったら、こういうことは言えないかな。

入ったらすぐ土間があり、右に広い和室がいっぱいあった。

09年9月4日 (7)

14才で青森中学に入るまで、ここで暮らす。
太宰治の本名は、津島修治。 
兄に、津島文治という人がいる。 青森県知事になる。国家議員にも。
この人が、以前ブログにも書いたが、十和田湖の乙女の像を建てる。

立派な仏壇。

09年9月4日 (8)

奥の方から、入り口の方を見たら、こう。
広い土間。 小作人は、米俵をかついで、ここに入ってきたそうだ。

09年9月4日 (9)

階段は洋風。

09年9月4日 (10)

2階は、半分が洋風。

09年9月4日 (11)

資料館は、撮影禁止だった。 そこに長くいた。
いろんな本の内容も紹介していた。
その中で、光ることばを、いくつか書いてきました。 紹介します。

「笑われて 笑われて つよくなる」

「憎まれて 憎まれて 強くなる」

「人間365日、何の心配もない日が、一日、いや半日あったら、それは幸せな人間です」

「弱いおどおどした人を、みんなでやさしく、いたわらなければならないと存じます」

「女の二十七・八は、男の四十、いやそれ以上老成している一面を持っている」


最後の、面白いです。
二十歳くらいの女性でも、それを感じる人はいますね。 女性の方が大人だなって。


ここの資料館で感じたのは、太宰治は二つのことで悩んでいたように思った。
※ 資料館だから、マイナスのイメージになる資料は、展示していなかった。 Wikipediaに書いてある内容とは、少し違った。

小説を書くことでは、誰からも認められたいし、芥川賞とか大きな賞も欲しかった。自分の生きる目的は、そこにしかないと考えていたようだ。
※ これについては、勝ち続けなければならないと歌った、尾崎豊に似ている。

上に書いた言葉からも分かるが、どう生きたらいいか悩んでいたように思う。プロレタリア文学やキリスト教に関心を持つこともあった。純粋に生きようとすればするほど、この壁に突き当たるのかな。

このことについて、手仕事屋きち兵衛さんは、時の流れにという歌の中で、こう言ってますね。
「生きていることの理由が欲しくて、いろいろ探してみるけど、時の流れに任せているだけ」って。

きち兵衛さんは、ないと考えているようです。 私も、ないと思っています。 だから、宗教とかが生まれるのかな。

太宰治の最初の自殺未遂は、20才の時。
その後、何回かあり、38歳の時、玉川上水に入水する。

Wikipediaを読むと、精神面・健康面の不安定が書いてある。実際に喀血している。

結論ですが、このことについては、深くは分かりませんでした。
何となく、と言う程度でしょうか。
今日考えたことは、難しすぎました。

別の話ですが、太宰の次女は作家です。 津島佑子さん。
別の女性との間に生まれた人も作家です。 太田治子さん。(治子の治は、太宰治の治)


斜陽館を出て、雲祥寺に向かった。
本堂の、左の壁に、地獄絵はあった。
この寺も、自由見学。

09年9月4日 (12)

この寺の地獄絵は、太宰治によって有名になった。

09年9月4日 (13)

下の写真は、賽の河原。
実は、斜陽館に向かう途中、今泉賽の河原に寄った。
恐山のような雰囲気とはまったく違ったので、写真は載せませんでした。
恐山の賽の河原の写真は、ここにあります。 なぜ石を積むかも。

石を積んでいる。 崩されて泣いて、また積む。

09年9月4日 (14)

江戸時代前期の作品。 作者、不詳。

09年9月4日 (15)

詳しい解説はなかった。(簡単な、パンフレットはあったが)

09年9月4日 (16)

どれも、地獄の責め。

09年9月4日 (17)

太宰治もこの寺で遊び、この絵を見た。
子供が見たら、寝れなくなるのではないかな。
そう言えば、太宰治は、子供の頃から不眠症の傾向があったそうだ。

09年9月4日 (18)

今、この絵は有名になったそうだが、文化的価値はどこにも載ってない。

09年9月4日 (19)

鏡で、罪を明らかにされてるのかな。

09年9月4日


【道の駅】         もりた   場所はここ

【明日の予定】      亀ヶ岡遺跡は、行って面白いか調べてからに。 五能線に乗るのも検討中。


《今日の歌》       五能線(YouTube)   ここの道の駅のそばを、五能線が通っています。 

               津軽のふるさと(YouTube)  全部聞いてみました。美空ひばりには、だれもかなわないですね。

               津軽のふるさと(エムズの片割れ)  若いときに歌ったのがあります。 いいですよ。


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コメント

太宰

ここ行きたいところです。
すてきな写真、ありがとうございます。

思ったのですが、国道を多く通られているようですので、国道の看板標識をとっていくのも、面白いかも!と思いました。
すいません、余計な御世話な話でした。

Re: 太宰

こんばんは。

> ここ行きたいところです。
> すてきな写真、ありがとうございます。

何人かの作家の記念館に行きましたが、斜陽館が一番人がいました。
太宰治は人気がありますね。

> 思ったのですが、国道を多く通られているようですので、国道の看板標識をとっていくのも、面白いかも!と思いました。
> すいません、余計な御世話な話でした。

その標識で、私がどこを走っているかが、見当つきますね。

私のは、見た所のの写真が多いです。
そこの地域の特徴的な風景なんかは少ない感じがします。

色々考えて見ますね。ありがとうございました。
また気づいたことがあったら、お願いします。






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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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