キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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蚶満寺(かんまんじ)に行ってきました。   場所はここ。
ねむの花が、どうして西施なのかが分かりました。


下の地図は、昔の象潟。 赤い丸の中が蚶満寺。 黄色の所に、今、道の駅がある。
1804年の地震で2.4㍍程隆起した。 そのため、水が無くなった。
芭蕉が訪れたのは、そのずっと前の、1689年

9年9月21日

中尊寺、山刀伐峠、尾花沢、そして最上川を下り、少し北に上ってここ象潟に来た。
元禄2年(1689年)の、今の暦で、8月1日。

ここ蚶満寺に寄ったのは、2日目の8月2日の午前中。 (証拠はこの後)

9年9月21日 (2)

芭蕉像。 古い物ではないようだ。

9年9月21日 (3)

芭蕉の顔は、どこの像も面長。

9年9月21日 (4)

西施像。 新しい。 (ある人が、ここに寄付したそう)

9年9月21日 (5)

表情は、ねむの丘のよりはいい。 ただ、仏像の顔ですね。
※ 芸術家が作ったのを見たいかな。

9年9月21日 (6)

西施については、先日のブログでもふれましたが、簡単にまとめるとこうですね。

昔中国に、という国とという国があった。
二つの国が戦って、越は負けた。
越の王は、西施を呉に献上した。
目的は、呉王の心を乱し、政治を怠らせるためだった。
それが実を結び、越は呉を滅ぼすことが出来た。  

      12no2      127no2.jpg

以後、越国では西施を、愛国精神を具えた天下一の美女として讃え、現在まで広く伝えられている。
また、敵国に身を捧げたことで、悲劇的な女性とも見られている。
中国四大美女の一人。 紀元前502年~470年頃まで生きた人。

こんな感じでしょうか。
芭蕉は、このことを知っていた。

芭蕉の句碑。 これは古い。 芭蕉70年忌を記念して作られた。
芭蕉は、ここに来た5年後に亡くなる。 200年以上前の物。

9年9月21日 (7)

象潟の雨や西施がねぶの花」と書いてある。
最初は、こうだったんですね。 奥の細道の中のと違う。
※ 最上川のも、「あつめて早し」が、最初は「あつめて涼し」だった。 

9年9月21日 (8)

ねむの花は見たことが無いと、受付の人に言ったら、下のハガキをくれた。
普通の花とは、違う。

9年9月21日 (9)

ここから、本題にはいりますね。

上にも書いたが、最上川を下り、ここ象潟に入った。
元禄2年(1689年)、8月1日(新暦)の昼頃だった。 雨の中だった。
そして、次の日の、8月2日の午前中に蚶満寺に寄った。

その時のことが、奥の細道に、下のようにある。 (昔は干満珠寺と言った)

寺を干満珠寺といふ。~~~
この寺の方丈に座して簾(すだれ)を捲けば、風景一眼の中に尽きて、南に鳥海、天をささへ、その影映りて江にあり。~~~ 
江の縦横一里ばかり、俤(おもかげ)松島に通ひて、また異なり。松島は笑ふがごとく、象潟は憾(うら)むがごとし。寂しさに悲し
みを加へて、地勢魂を悩ますに似たり。


  象潟や雨に西施がねぶの花

どういう意味かを、文献を参考に、まとめてみると。

この寺の座敷に坐って、すだれを巻き上げると、象潟の風景は一望のうちに見わたされた。南には鳥海山が天を支えるようにそびえ立ち、
その影が映って水上にある。~~~ 
入江の縦横は各一里ばかり、そのおもかげは松島に似通っていているが、また違ったところがある。松島は笑っているような明るさがあり
象潟は憂いに沈んでいるかのようだ。 象潟は寂しさの上に悲しみの感を加えて、そのたたずまいは傷心の美女のおもかげに似ている
(最後の文は、俳句との兼ね合いでこうなる。 ある文献にあった)

芭蕉は、象潟の風景(たたずまい)が、西施のおもかげに似ていると感じた。
じゃあ、ねむの花は何なのだということです。

ねむの花は、象潟の風景の象徴だったと思います。
雨にそぼ濡れたねむの花の姿は、傷心の西施と重なった

この花は、ナデシコと同じように繊細で色が鮮やかだ。
美女に例えても、おかしくない。
また、蚶満寺の受付の人が、こう言った。
ねむの花は、女性のまつ毛に似ている。
芭蕉も、きっとそう見えた、という説もあるんですよ、って。


これで、何とか分かったかなと思います。

芭蕉が見た雨にうちけぶる象潟の風景は、西施を思い出させるものであり、
そこに咲いていたねむの花は、傷心の西施のように濡れて咲いていた。


こんな感じでまとめてみましたが、どうでしょう。


芭蕉です。 初めて見ました。 

9年9月21日 (10)

大きな葉っぱです。

9年9月21日 (11)

昔の島。 春、田んぼに水が張られると、昔がよみがえるそうだ。

IMG_7681の2

芭蕉は、ここが風光明媚な地であることは知っていた。
でも、西行がここに来ていたことも、芭蕉がここに寄った大きな理由。

9年9月21日 (13)

昔、笛をつないだ石。 芭蕉もここに船で来た。

9年9月21日 (14)

本堂。

9年9月21日 (15)

1804年の象潟地震で、多くの人が死んだ。 その人達をここに埋めて供養した。

9年9月21日 (16)

彼岸花が咲いていた。 地面に咲いてるのは初めて見る。
真っ赤な感じがした。

9年9月21日 (19)no2

ここの受付の人にお世話になった。 説明していただき、沢山資料もいただいた。

9年9月21日 (20)

この俳句について、やっと分かりました。
今までより、好きになったでしょうか。


【道の駅】   昨日と同じ。  温泉も同じ。


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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
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