キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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芭蕉は、最上川のどこからどこまで下ったのか。
何を見たのか。
五月雨をあつめて早し最上川」が生まれた背景は、何なのか。
そんなことが、知りたいことでした。

芭蕉が船に乗った地点は、大石田と思っていたが違った。
本合海という、新庄の近くだった。 右の赤い丸の所。
下りたのは、清川だった。 左の赤い丸の所。

なぜ、そこにしたのか。
分かってる人もいると思うが、義経の乗ったコースだった。 方向は反対だが。
芭蕉は、義経、西行、西施など、人に興味を持っていたことが分かる。

IMG_8776no99.jpg

今回の船下りは、戸沢藩船番所という所から乗った。 12㎞のコース。 黄色い印の間。
ここは昔、川舟荷物の出入りを監視する所だった。

9年9月29日 (2)

最上川は、大きな川だった。 山形県の水の80㌫は、ここに集まるそうだ。
上流から河口まで、山形県内を流れる。
船の案内の人が、浮気をしない川だと言った。

9年9月29日 (3)no9

芭蕉と楚良が乗った船には、他に二人の禅僧がいた。

今の最上川の水量は少なく、芭蕉が乗った時は、水面はこれより、3㍍以上高かったと言われてる。
川幅が狭くなると、深さは7~8㍍になる。
日本三大急流の一つだ。
芭蕉は、流れの速さを知っていたし、感じていた。

9年9月29日 (4)

芭蕉は、船に乗る前の大石田で、五月雨をあつめてすゞし最上川、を作っていた。
この流れを見て、すゞしが、早しに、後に変わる。

義経は、この川を上った。
下の写真は、上流方向。
芭蕉は、義経が見た同じ風景を見るため、きっと振り返って見た。

9年9月29日 (6)

途中、川の岸辺に店があり、そこに船は付けた。

9年9月29日 (5)

船の客は、鮎の塩焼きや、甘酒・串・お酒などを一斉に買った。
案内人は、気をつかわないで金つかってくれ、って言っていた。
船の中は、景色どころでなく、宴会になった。 

9年9月29日 (7)

この人が案内人。 ガイド。
ここで働けるのも、芭蕉さんのおかげ、みんなのおかげと言った。
最上川舟歌だったか、そんなのを歌った。 歌い慣れているから、上手。
英語でも、中国語でも、韓国語でも、少しずつ歌った。

9年9月29日 (8)

流れがゆっくりになったとき、ある客がこう言った。 川はどっちに流れてるんだ、って。 
私は、こう言いたくなった。 今、川下りしてるんでないか、って。
酒を飲んでるから、しかたない。

客を降ろした船が、上ってきた。
昔は、大きな帆を張って、風の力で上った。 風がなかったら、待つことになった。

9年9月29日 (9)

これも、義経が見た上流方向。 道はいつも右に。
左に家が見えるが、以前は、おじいちゃんが一人で住んでいたそう。

9年9月29日 (10)

仙人堂が見えてきた。 義経も芭蕉もこれを見た。

9年9月29日 (11)

別のコースで、ここに渡ることができる。(実は、昔、渡ったことがある)
昔、源義経に付き従った常陸坊海尊という人が、この地でみんなと別れ、山に篭り、修験道の学び、仙人になったと言われている。  

9年9月29日 (11)no7

水量は少なくても、流れは速い。
波が、船底を、ドーンと突き上げてくる。

9年9月29日 (12)

下流になると、最上川は悠然とした流れになってきた。

見えてきたのは、白糸の滝。 高さは124mで日本で6位。
この滝も見ている。 歌は作っていない。

9年9月29日 (13)

リバーポートという、船着き場。 ここで下りた。
芭蕉が下船した清川は、もう少し下流。 

芭蕉の見た風景の全てではなかったが、景色のいい変化のあるところの、ほとんどは見ることが出来た。
ほぼ1時間の、船下りだった。

9年9月29日 (14)

船着き場は、水が増えても大丈夫なように作られていた。

9年9月29日 (15)

芭蕉が乗ったのは、もっと大きいと、船の船頭さんが言った。
これと同じなのが、船に乗った戸沢藩舟番所にもあった。
それは、「おしん」の撮影で使ったのを再現した物だった。(本物は古くなって壊れたそう)
おしんは、銀山温泉からこんな船で、酒田に奉公に行った。

9年9月29日 (16)

バスで戻った。

9年9月29日 (17)

お店のあったところが見えた。

9年9月29日 (18)

まとめは、最後に。


雄勝に向かった。
どこも、稲刈りが始まっていた。

下の写真の様子を見て、車を止めた。 こういうのは初めて見る。
写真の撮影をお願いした。 快く了解してくれた。
向こうの機械に、お父さん。 車に乗ってるのが、息子さんかな。

9年9月29日 (19)

実は、この写真が、最初に撮った写真。
初めは、もっと下がっていた。
私が写真を撮ろうとしたら、写しやすいように少し上げてくれた。

9年9月29日 (20)

この機械で刈り、籾(もみ)を取った稲ワラは、切り刻んで畑に撒いていた。
息子さんが運転している。

9年9月29日 (21)

広い畑だ。 
場所だけど、はっきりメモしなかった。 
まだ、新庄市を走っていたときかな。そうでなかったら、鮭川村。(申し訳ない)

9年9月29日 (24)

稲が、並んで、後の方に行ってる。

9年9月29日 (22)

こんな感じで刈る。 機械だから、速い。

9年9月29日 (23)

この後、名刺を渡して分かれた。 気を付けてねって、声をかけてくれた。
また、いい人に出会った。 

車で走っていると、庭月観音の標示が何回も出てくる。 (県道35号線を走っていた)
行ってみた。
お堂の中の観音様は、見られなかった。

ただ、石段の上り口に、下の石碑があった。

9年9月29日 (25)

この石碑のいわれが書いてあった。
昔、こんなことがあって、さらに、そんなことがあった。
ここに埋められるところを・・・、の文です。
強烈なお話しですね。

9年9月29日 (26)

トンネルを抜けたら、ふたたび、秋田です。

9年9月29日


芭蕉は、1689年(元禄2年)の7月19日(新暦)に最上川を下った。
その3日前までの3日間、大石田というところにいた。
山形の夏は暑い。
最上川を見て、流れる水に、涼しさを感じた。
そうして、五月雨を あつめてすゞし 最上川 が生まれた。

ところが、最上川を船で下ったときは、恐ろしいほどの流れに、涼しさよりも、水の流れの速さ(早さ)を感じた。
それがあって、奥の細道に載せるときは、五月雨を あつめて早し 最上川 となった。

調べ尽くせてはいませんが、こんな感じでまとめてみました。


【道の駅】    おがち     春に来ています。

【明日の予定】    小町の、ゆかりの地を歩きます。

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コメント

9月30日

最上川の川下りは、いかがでしたか? 結構、水面が荒れているように感じましたが……。コスモスも咲いているようで、すっかり秋景色ですね。
この辺りで芭蕉は、あの有名な句を作ったのでしょうかね? 「五月雨を あつめて早し 最上川」芭蕉

いい旅が続くようにーーー。また書きます。
               2009.9.30 銀河宙太                  
                 

Re: 9月30日

乗った船は、観光船でした。
だから船の中は、宴会ムード。
水は少ないといっても、他の川と比べて、そうは感じませんでした。
大河でした。
川がカーブするとき、驚くほど川幅が狭くなりました。
水量がもっと多かったら、船が飲み込まれる感じがするでしょうね。

五月雨を・・の俳句は、すらっと言えて、覚えやすいです。
あつめるとういうのが、いいのでしょうか。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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