キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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小野小町は、いったいどこで生まれたのか。
客観的に書かれている物で、雄勝が優位としているものはあるのか。
識者と言われる人達は、どう考えているのか。

また、雄勝に残る伝説は、他にある伝説と似ている。
深草少将が小町を慕ったというのは、ここだけの伝説ではない。
どうして似たのか
そんな辺りを、最後にまとめてみたいと思います。

今日は、下の地図の国道の上(東)を歩いた。

09年10月1日 (9)

こっちの方です。 10㎞ほど歩くことになりそうだ。

09年10月1日 (10)

今日歩いた所は、十分に整備されていなかった。
それで、写真は小さめ。
湯沢市になってから、不景気もあって予算は付きにくくなった。(雄勝だけのものだから、お金は出しづらい)

小町が、産湯をつかったとされる井戸。 平安初期の物と分かっている。
※ 説明は簡単に。 詳しく知りたい方は、下を読んでください。

09年10月1日 (11)

深さが分からないので、子石を投げてみた。 少し下で、ポトって音がした。
真っ暗で、見えない。

09年10月1日 (12)

写真には、写った。 深さ、2~3㍍か。 5角形。

09年10月1日 (13)

芍薬園。 深草少将が、毎日1本ずつ、100本植えようとしたのが芍薬。
向こうの山から、こっちに通った。 100本目で、川に流された。

09年10月1日 (14)

この辺りに、ずっと昔、桐木田城があった。
小町は、ここで生まれたという。 母親の墓が上の井戸の近くに。

09年10月1日 (15)

場所はここ。 (写真がおかしい)

09年10月1日 (16)

字は、読めなかった。(井戸の中を写した時の設定で、撮ったようだ)
もし伝説が本当でなかったら、これは誰の墓なんだろう。分からないから、小町の母にしたのか。

09年10月1日 (17)

御返事(おっぺじ)に向かった。
こんなのがあったので、何しているか聞いた。燻炭(くんたん)を作っていた。
表面を触ったら熱かった。 イモを入れたら、焼き芋ができるそう。

09年10月1日 (18)

籾殻の炭。 肥料にする。 

09年10月1日 (19)

御返事という地域。
深草少将が、ここで小町に出した恋文の返事を待っていた。
ここからは、ここに住んでいたおばあさんに頼んで、持って行ってもらった。

09年10月1日 (20)

ひらじょう、とよむ。 昔、そこの平地に城があった。

09年10月1日 (21)

サギがいた。 いい姿だった。

09年10月1日 (22)

いい目つきをしている。(いつか、もっと近くから、画素数を大きくして撮ってみます。そうしたら、拡大
しても目玉がはっきりします)

09年10月1日 (23)

小町の父の菩提寺。 。

09年10月1日 (24)

深草少将がいた長鮮寺は、この寺の右奥の沢にあった

09年10月1日 (25)

このあと、写真の正面奥に向かった。

09年10月1日 (26)

一番奥の家に聞いた。 家のすぐ上だった。
このように、平らになっているだけだった。(広く写真を撮ればよかった)

09年10月1日 (27)

このクモ、色がいい。

09年10月1日

小町がここにある泉で顔を洗った。 疱瘡を治すため。

09年10月1日 (2)

井戸の標示はなかった。 手前の石碑の向こうに、コンクリートのフタがあった。それか。

09年10月1日 (3)

二十三夜塔を、久しぶりに見た。 

09年10月1日 (4)

国道に出て、しばらく歩いた。 ここから道の駅まで、まだ2㎞ある。

09年10月1日 (5)

奥羽本線。 線路は真っ直ぐだった。

09年10月1日 (6)

もう終わったが、小町まつりのポスター。 
この写真の子の、頬(ほほ)から顎(あご)にかけてのラインが、秋田美人の典型でしょうか。
きっと、モデルでしょうね。

09年10月1日 (7)

昨日、今日と、伝説を紹介してきた。
予算が無いためと思うが、十分に整備されてはいなかった。

どこで生まれたかについて、考えてみたいと思う。
まず、雄勝が優位と考えられる物はあるのか。 探してみた。 
※ いろんな人の、小町に関するホームページで探した。 リンクフリーのから、資料だけもらった。
  それを、整理した。

平凡社の世界大百科事典には、こう書いてある。(関係部分だけ)

9世紀中ごろ(平安前期)の歌人。生没年は不明。文屋康秀、僧正遍昭、在原業平、安倍清行、小
野貞樹らと歌を贈答している。出羽の国の郡司小野良真の子で姉がひとりある。采女であったという
が、たしかではない。
『古今集』に18首の歌が見え、家集『小野小町集』もある。~~~ 作品を実際鑑賞してみると、しっ
とりとした趣はなくて、むしろ、奔放であり、情熱的であり、弱いというところはない。美人であったと
言われ、全国各地に数々の小町伝説が伝えられている。(西下経一)
                  ※ 上の文で、采女(うねめ)とは、天皇や皇后の世話をする人。

雄勝は、出羽の国だ。 上の文では、言い切った表現をしている。
ところが、WikiPediaでは、これを否定している。

系図集『尊卑分脈』によれば出羽郡司小野良真(小野篁の息子とされる人物。他の史記には全く
見当たらない)の娘とされている。しかし小野篁の孫とするならば彼の生没年を考えると上記の年
代が合わない。よって詳しい系譜は不明である。

上の二つは、小町の出身は、雄勝かどうかのことを言っている。
WikiPediaに書いてあることだって、昔のことだから、はっきりしたものではない。

雄勝かどうかを論じると言うことは、雄勝は他の伝説が残る地域より、可能性が高いということになる。

次に、識者はどう考えているのか。

NHK「歴史発見」小野小町伝説より
(これは平成4年に放送された。 井沢元彦と里中満智子が司会進行役で、山村美紗が解説)
※ 里中満智子は、いつだか、ブログに書いた人ですよ。 

山村美紗は、こう言っています。

小野小町は仁明天皇の更衣で、小野市の出身の小野吉子であろう。
小野吉子は『続日本後記』に承和9年(842年)正月8日、正六位上に任じられたと記されている女
性で、正六以上は更衣に相当する位だそうだ。

これについては、根拠を知りたいかな。


また、鎌倉時代の終わり頃、徒然草を書いた兼好法師は、その中でこう言っている。

第173段
 小野小町が事、きはめて定かならず。衰えたるさまは、玉造と云う文にみえたり。この文、清行が
書けりという説あれど、高野大師の御作の目録に入れり。大師は承和のはじめにかくれ給えり。
小町がさかりなる事、その後の事にや、なお覚束なし。 
                        ※ 高野大師は、弘法大師のこと。      

最初と最後で、はっきりしないと言っている。
小町の時代から、500年ほど経っているから、分からなくなっているようだ。


最後に、各地の伝説がなぜ似ているか、について。
平凡社の世界大百科事典には、下のように書いてあった。

中世以来、信仰を伝えて諸国を遊業した女性の一群があって、その人々がこういう伝説を運搬し歩い
たものと考えられる。たまたま小野とよばれる土地があり、由来ありげな古塚があり、清い水のかれ
ることのない井があったりすると、伝説はそこに土着し根をおろして、小町の墓、化粧の井というふう
に後代に伝えられたのであろう。

元になる伝説は、どこにあるかと言うことだが、有力なのは、京都の山科の小野にある随心院のように思う。 
小町が住んでいたとされる寺だ。


まとめになりますが、伝説の残る地域の中では、雄勝は優位かも知れない。
伝説が似ている部分が、気になりますが。
 ※小町の伝説は、能の世界に原型があるようなんですね。

優位をはっきりさせることは難しいが、完璧に否定されることも、簡単にはない
そう言うことでしょうか。

雄勝(湯沢)が、小町の伝説をだいじにするなら、伝説の場所もだいじにして欲しい。
そう思いました。       関連ブログ  小野小町はどんな顔?  小野小町と秋田美人   小野小町~美しさをどのように

  (※ 道の駅おがちの案内所にはお世話になりました)

小野小町についは、これで一段落です。


最後に小町の歌を。

『思いつつ寝(ぬ)ればや 人の見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを』(古今集等)



【道の駅】    おがち   昨日に同じ。  温泉も同じ。

【明日の予定】     遠野に行きます。 時間は少ないが、どこかで何かを見ます。


《今日の歌》      手紙(You Tube)   雄勝中の、4人の子とみんなにプレゼント。

                栄光の架橋(You Tube)    これも。

                ほうき星(You Tube)      これも。

 

 

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何を 調べますか な 楽しみ❤ 

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
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