キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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24日の夕方走ったコースを、載せます。

御巣鷹の尾根を出発して、山梨県に向かった。
道は細いが、近いので、ぶどう峠を通った。 
御巣鷹山は隣の山。  

やっと頂上に着いた。 ここから長野県。    場所は、ここ

_MG_597111.jpg
_MG_5971yy.jpg

道は細いが、対向車は来る。
車は、向こうも用心するから、特に心配なことはない。
危険なのは、オートバイ。 車よりスピードを出している。
カーブの向こうの状況が確認できなくても、スピードを落とさない車がある。

あるカーブの手前では、急に現れて、私の車の右側の幅2㍍も無いところをすり抜けていった。
私は左に寄って走っていたが、もし真ん中を走っていたら、ぶつかった。(細くて寄れない道もある) 
これがあってから、カーブの手前では、クラクションを鳴らして走った。

そんなことがあって、頂上の手前約5㎞の地点にさしかかった時だった。
左カーブを曲がったとき、事故が起きていた。
バイクと乗用車だ。 
私は、少し過ぎてから、左に車を停めて、困ってるかも知れないから行ってみた。

状況は、バイクが上って来て、乗用は下ってた。 
バイクがカーブを曲がったところで、ぶつかった。
バイクは大破はしなかったが、部品が少し散らばっていた。 動かない。
乗用は、運転席から後ろにかけて、凹んでいた。

バイクの人に、大丈夫ですかと聞いた。 大丈夫のようだと、答えた。
体全体が痛そうだったが、立つことは出来ていた。
顎のあたりから血が出ていたが、タオルで押さえていた。
救急車を呼ぶまではないと思った。(頼まれることもなかった)

何か私に出来ることはなかと聞いた。 警察を呼んでほしいと頼まれた。
すぐに、スタートして、上の写真の場所を通って、長野県側に下りていった。
携帯は、なかなか繫がらない。 繫がったのは30分後だった。

110番した。 何年かぶりの110番だ。
長野県警に繫がった。
事件ですか、事故ですかと、すぐに聞かれた。
事故ですと答えたら、当事者かどうかと、状況を聞いてきた。

事故現場が、群馬県警の範囲なので、そちらに回すと言った。
群馬県警にも、場所と事故の状況を説明した。
警察はマニュアルにそって聞いてくるので、簡潔だ。 無駄がない。
私の考えを聞いてきたのは、救急車がいるかどうかだけ。
いらないと答えた。
最後に、お礼を言われた。

数分走っていたら、電話が来た。 藤岡警察署からだった。
再び、状況を説明した。
警察は、情報は直接本人から聞くのを基本にしていた。
この後は、上野村の警察が現場に向かうことになる。

事故を見たのが、3時20分。 警察に連絡したのが、3時50分。
パトカーが現場に着くのは、4時半を過ぎるなと思った。

こんなことがあって、少し遠回りをしてもいいから、太い道を通った方がいいかなと思った。
どうしても通るときは、用心深く。


ここは、野辺山高原。 珍しいところを通っている。
野辺山駅がすぐそばだが、日本の鉄道の駅で、最高所にある駅。 1345㍍。

_MG_5974bb.jpg
_MG_5974ss.jpg 

上の写真から、少し走ったら、この地点。 長野と山梨の県境
左の方に、JRの鉄道が走っている。 ここが、鉄道で一番高いところ。 1375㍍。

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_MG_5978tt.jpg


道の駅、南きよさとに来た。   場所はここ
ここは、北杜市(ほくとし)高根町。  NHKの風林火山のロケ地は、北杜市にある。(今は、公開されていない)

山本勘助の墓が、この高根町にあるが、今は公開していない。
それでも、行ってみることにした。 
道の駅では買った。 由布姫と同じに。
※ 勘助の墓は、長野県松城町などにもある言われている。

途中ガソリンスタンドに寄った。 
目的は、紹介してるれる人を見つけるため。 でも、若い人ばかりだった。

山本勘助の墓は、山本さんの敷地内にある。
近づいた時に、畑に人がいた。 その人とも話したが、山本さんと親しくしている感じではなかった。

直接、伺うことにした

後で知るが、黄色が山本さんの家。 右の杉の木の根元に勘助の墓はある。
※ 一般公開してないので、地図は付けません。

9年10月25日 (11)

少し行った左手に、小さな駐車場がある。

9年10月25日 (12)

山本さんでは、旦那さんが対応してくれた。 
来た目的を話すと、墓は公開していないと言った。
でも、せっかく来たからと、勘助の位牌がある仏壇の部屋に案内してくれた。

250年は経つという、黒光りのする大きな立派な仏壇だった。
その中に、勘助の位牌はあった。
お花を渡し、少しだけの物を仏壇に供えた。(車に積んであった、カニとホタテの缶詰)

旦那さんが、線香に火を付けてくれた。
位牌に向かって手を合わせた。

二人の、男の子と女の子も、そばに来ていた。
旦那さんが18代目で、男の子は19代目。

平成元年に建てたという家は、今の作りとはまったく違っていた。
柱や梁(はり)の太さは、数倍もある。 
元の家の材料と、自分の家の山の木を使ったそうだ。
とにかく、立派な家だ。

勘助について、たくさん話してくれた。 (その内容は、下の方で)

お礼を言って帰ろうとしたとき、お墓の方もどうぞと言ってくれた。
急に訪ねたのに、ありがたいと思った。
家の裏手の方に案内してくれた。 
子供達もいっしょに。 (男の子も女の子も、可愛くいい表情だった)

これが、勘助の墓

9年10月25日

卵形のが、勘助の墓と言われている。

9年10月25日 (2)

標示があった。

9年10月25日 (3)

卵形のが墓で、無縫塔(むほうとう)。 一つの石で出来ていて、縫い目が無いという意味で、無縫塔。
主に、出家した人の墓に使われるそう。 勘助は出家している。
五輪塔は、この写真では一番右、5つ重なっている塔。(右隣も、1個足りないが五輪塔かも。上の方の写真に)
宝きょう印塔は、背の高い塔。 中に、お経とかを納めたそう。
他のも、供養塔。

9年10月25日 (4)

位牌と同じ戒名が刻まれている。

9年10月25日 (5)

読みにくいので、加工してみた。

右には、永禄四が読めます。 四は小さいが、何とか分かりますね。
その下の字ですが、9月だから、でないかなと思います。
中央は、天徳院武山道鬼まで読めますね。 その下は、居士のの上が見える。
左は、九月十日。 読めますね。

9年10月25日 (6)

山本勘助は架空の人物と言われていたが、最近は、新たな資料が発見され、実在の人物と見られている。
(釧路で発見された資料のことは、以前書いたような気もするが)
NHKはこれがあって、勘助の大河ドラマの作成に入ったと、旦那さんは説明してくれた。

問題は、この墓がどのくらい信頼出来るかです。 (勿論山本家は100㌫確信しています)
私は、他と比較して、信頼は高いかなと思っている。 
その理由は、この墓は、NHK大河ドラマ第4回1月28日放送の最後の紀行コーナーで紹介されてい
ること。また、ドラマ放映前に、NHKのプロデューサーがここに挨拶に来たこと。また、後に墓参りにも
来ていること。
つまり、勘助について調べ尽くしているはずの、NHKの信頼が高いことが、大きな理由でしょうか。

9年10月25日 (7)

旦那さんの話しでは、ここは勘助の知行地だったそう。

私は、大河ドラマの中の勘助と由布姫が好き。 それを通して、勘助が好きになった。
ドラマ以外の勘助については、分からないことが多い。
これからの旅の中でも、ゆかりの地があったら、寄ってみたいと思う。

9年10月25日 (8)

ここは、鎧堂。  勘助の墓から、そんなに遠くない。
武田信玄が、戦勝祈願に訪れたそう。 当然、勘助も来ている。

9年10月25日 (9)

由緒が書いてあった。

9年10月25日 (10)

9年10月25日 (10)pp


山本さんのご厚意によって、勘助のお墓にお参りすることが出来ました。
勘助に会えるとは思っていませんでした。
だから、今日はうれしい一日になりました。


【道の駅】    にらさき     場所はここ

【明日の予定】   天気が悪いので動かない。


《今日の歌》    風林火山(You Tube)  いろんな場面があります。勘助が由布姫を助ける場面も(短いが)。  その場面はここにも。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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