キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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今日の天気は、回復する予報だった。
その予報が信用できないほどのが、朝まで降り続いた。

10時過ぎだったか、外は濃い霧だった。
写真を撮った。
ところが、下の写真の後、3分もしないうちに霧は消えていった。
一気に天気は回復していった。

9年11月14日 (1)

午後からやっと動けた。(天気でなく、自分の都合) 
この地図と同じものが、道の駅にあった。
歴史の小径(こみち)を全部行くことにした。

9年11月14日 (19)

この地域は、元は作手村(つくでむら)だった。 合併で、新城市作手になった。
作手とは変わった名前だ。 由来は後で分かった。

まず、石橋城址に行った。 
その場所には、今は寺が建っていた。  寺の名前は、慈昌禅刹となっていた。

9年11月14日 (2)

昔はここに城があった。 弾正繁昌という人がいた。 主君に謀反を起こした。
でも、この城で討ち死にした。 家来40人ほどと共に。 城の一角に埋められたまなになっていた。
後年、ある和尚が、それを哀れに思って、寺を建てた。
寺の名前に、繁昌のが入った。

善福寺に向かった。
里山の感じの道を歩いた。

9年11月14日 (3)

こんな所が。 どれも古い。

9年11月14日 (4)

善福寺の仁王門。 1595年に建てられている。

9年11月14日 (5)

この仁王像は、鎌倉時代のもの。 運慶作かもしれないと言われている。
※ 運慶作の可能性が高かったら、もっと大事に保管するかな。

9年11月14日 (6)

ずっと昔(天長時代)、この寺に、真済僧正という、偉い人がいた。
この人が、仏像の手を修理した。 つまり、手を作った。
それで、この地域が、作手(つくで)と言われるようになった。

このように、伝説でも何でも、何かあった方が面白い。
なお、この寺は、武田勝頼によって焼かれていた。

この後、文殊山城址に行った。 特に何もなかった。 小さながあっただけ。
昔は信仰の山だったようだ。

9年11月14日 (7)

木の隙間から、やっと下が見えた。 作手にある、手作り村だ。   
写真の手前に道の駅がある。

9年11月14日 (8)

葉っぱが小さく、可愛かった。  子供の手だ。

9年11月14日 (9)

葉のギザギザの数を、イロハニホへ・・・と数えたために、この名前になったそう。

9年11月14日 (10)

塞之神(さいのかみ)城址にも行ったが、山の上が少し平らだっただけ。
運動にはなったが。

作手の中心街に向かった。 途中に小さな池があった。
イモリがいた。 自然のは初めて見る。

IMG_9273ppp.jpg

イモリは、井守。 井戸を守る。 だから、水の中。(両生類) 
ヤモリは、家守。 家を守る。  だから、家の中。(爬虫類)
このように、ネットで説明があった。

何匹もいたが、隠れてしまった。

IMG_9273mmm.jpg

山を降りて少し歩いたら、役場が見えてきた。(今は、支所か)
石の置物がたくさん飾ってあった。 と思ったら、石屋があった。

9年11月14日 (12)

こんな表情です。

9年11月14日 (13)

私は歩いてても、しょっちゅう立ち止まるから、前に進まない。
この時、もう3時を過ぎていた。 
城跡も期待できないし、買い物をして戻ることにした。
スタンドの向こうに、農協の店があった。

買い物をしているうちに、自分は歩いていることを忘れた。
野菜や果物を山ほど買ってしまった。
リュックに詰めるだけ詰め込んで、袋を一つ持って歩く羽目になった。

9年11月14日 (14)

こんな道を歩いた。

9年11月14日 (15)

平らなところは、田んぼが多い。
人が歩いている。 ひょんなことで、後で、あの道を通ることになる。

9年11月14日 (16)

亀山城址だ。 行こうとは思っていない。

9年11月14日 (17)

やっと道の駅に着いた。 影が長くなってきていた。

9年11月14日 (18)

車に戻って、今日は豚汁を作ろうと思って準備を始めた。
その時、車のドアを、ノックする人がいた。 年配の人だった。
外で話した。 どこから来たとか。 
今日は半分見てやめたと言ったら、甘泉寺に連れて行ってやると言う。

軽トラの助手席に乗ってスタートした。
細い道を5分ほど走ったら、見えてきた。

9年11月14日 (20)

寺の下にある、大きな杉を見せてくれた。
写真を撮っていたら、はやくこっちに来て、そばで見れと言った。  人が小さく見える。
昨日見た、鳳来寺山の大杉に負けない太さだ。

9年11月14日 (21)

木が天まで届くとは、このことか。

9年11月14日 (22)

次へ連れて行ってくれた。

9年11月14日 (23) 

コウヤマキという、珍しい木だ。 どこかで見たが、思い出せない。
※ ネットに、こういう文があった。
   わが町のコウヤマキは、日本一と言われる甘泉寺のコウヤマキに勝るとも劣らない立派なものだ。

この文から、ここのは、日本最大級のものだと分かる。

9年11月14日 (25)

説明はこうです。

9年11月14日 (24) 

鳥居強右衛門(とりい すねえもん)という人の墓だ。 初めて聞く名前。

9年11月14日 (26)
 
ここは、家康の生まれた岡崎に近いが、この人に対する人々の思いは、家康以上だと言う。
全文読んで聞かせてくれた。
敵の包囲網を突破する時の文では、その様子を演じて説明してくれた。

9年11月14日 (27)

※ この人について調べてみた。 なかなかの人だ。
  この墓は、信長が作った可能性がある。
  1942年に、映画が作られている。
  JR飯田線の長篠城の近くに、この人の名前を付けた、鳥居駅がある。  鳥居駅の地図

甘泉寺の駐車場が、バスが何台も停まれる広さだった。 この人の大きさが、やっと分かった。  鳥居強右衛門(Wikipedia)  

開山堂。 享保4年に建立。

9年11月14日 (29)

天井には、こんな絵があった。 

9年11月14日 (28)

案内してくれた人は、この寺の檀家なので、勝手に本堂にも入って行った。
寺の猫も寄ってきた。 
本堂も見せてもらった。 昔の駕籠があった。

見える家が、案内してくれた人の家。(下の右。 左上は息子さん) 寺に行くとき、少しだけ寄っていた。

9年11月14日 (30)

珍しい所に案内してくれた。
ここの川の水は、橋の向こうは、向こうに流れる。 こっちは、こっちに流れる。
平地にある、分水点だった。 こういうのは、山の上にあるものだと思っていた。   

9年11月14日 (31)

向こうは、豊川。 こっちは、矢作(やはぎ)川

9年11月14日 (32)

詳しく説明してくれた。

9年11月14日 (33)ppp

読みにくかったら、こっち。

9年11月14日 (33)

この後、道の駅まで送ってくれた。


説明してくれた人は、もうすぐ80才だ。 若く見えた。
お寺で、来年はおれもここに来る、と言った。
それだけしゃべれたら、そんなことないよって、私は言った。

鳥居強右衛門について調べ始めたら、面白くなってきた。
ブログが進まなく、終わったら、朝方になっていた。
明日どうなるか心配だ。 10時ころには起きないと、明日がなくなる。

別の話です。
フィギュアスケート・アメリカ大会のショートの結果が間もなく分かる。
どうなるでしょう。 キム・ヨナがですよ。 分かったら、追記で書きますね。
追記  点数が分かりました。 76.28。



【道の駅】     昨日に同じ。

【明日の予定】  時間があれば、勘助が生まれたと言われる所に。 まだ調べていない。

【今日の歌】    忘れ雪(YouTube)

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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