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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

六地蔵は別の場所ですが、昔の姿でありました。
また、南吉が遊んだであろう生家とその周りは、昔の俤(おもかげ)を残していました。

ごんぎつねを通して表現しようとした「心」は、この土地の人たちの心の中に生きていました。
そのことを、今日歩いて感じました。


新美南吉記念館から見た、権現山。
ごんぎつねの物語は、山とここの間で展開される。
六地蔵と墓地は、私の立っている、右の方。 ここには、中山様のお城があった。

9年11月18日s (1)

この地図を、時計の反対まわりに行く。 今の墓地や、養家は、地図からはみ出ている。

9年11月18日s (40)

9年11月18日s (40)oiu

南吉が通った岩滑(やなべ)小学校に寄った。 教頭(?)が対応してくれた。
ここの木は、南吉が小学生の時植えたそう。 80年近く経った。

9年11月18日s (2)

こんなのが木に。 子供の字はいいですね。
ほんとうの手を出したのですが、売ってくれたのかな。 
「通い合う心」 そんなのを感じるお話です。

9年11月18日s (3)

誰もいないグランドの、ピッチャーマウンド辺りに、ボールが1個、ころがっていた。
少し前まで、ここで子供たちが遊んでいた空気が残っていた。

9年11月18日s (4)

グランドの反対側にも石碑があった。

9年11月18日s (5)

南吉を大事にしていることが、分かる。 母校でもあり、勤めたことも。

9年11月18日s (6)

南吉の生家に向かった。
郵便局の前に、こんなのが。 他でも見た。

9年11月18日s (7)

昔は、ここに墓地があった。 六地蔵も。 

9年11月18日s (8)

このような、昔のままの細い道が、多く残っていた。
駅に来る時、南吉は、この道を通った。

9年11月18日s (9)

標識があった。

9年11月18日s (10)

ここが、南吉の生家。 昔のまま復元した。

9年11月18日s (13)

昨日のブログに書いた、狐の話に、下駄屋が出てきます。
※ 下駄は、夜取り替えたらダメだと、書いてあったような気がする。(自信はないが)

9年11月18日s (16)

ここにいて、4歳の時、お母さんは亡くなる。(昔は、若くして亡くなる人が多い)

9年11月18日s (14)

お父さんが、畳屋の仕事。

9年11月18日s (15)

この写真が、やさしそうで、南吉らしさがある。

9年11月18日s (17)

右の写真は、18歳の時。 岩滑小の代用教員。 ごんぎつねを書いたのは、この年。

9年11月18日s (19)

何を考えるのでも、浅くない。

9年11月18日s (18)

南吉は、次の年には、東京の学校に行く。 また戻って来るが。

家の近くに、常夜灯があった。 お話にも登場するそうだ。
左下に、秋葉(あきは)が読める。 これは、秋葉山のこと。

9年11月18日s (12)

秋葉講とは、宗教的な互助組織だそう。 詳しくは、ここに。  秋葉山のブログはここに

9年11月18日s (20)

上に書いてある穴は、これ。

IMG_9669bbb.jpg

八幡神社。 いろんな話に出てくる。 ここも近い。 家から100mほど。
南吉が、最初に書いた権狐には、この話は茂助爺から聞いた話しとして出てくる。
※教科書の文にはない。(このことについては、最後に)

9年11月18日s (21)

ここで、きっと友達と遊んだ。

9年11月18日s (22)

ででむし広場に行こうとしたが、地図を見ても分かりずらい。 
立ち止まっていたら、婦人の方が近づいてきた。
困っているんですかって、聞いてきた。
こういう経験は、2度目。 1度目は、中尊寺で。 相手は、1年生の女の子。 
この時、ごんぎつねの心は、ここの人たちに、浸みているように感じたんですよ。

道を教えていただいて、ここに着いた。 ででむし広場。 ここで堤防に出た。

9年11月18日s (23)

右の川は、兵十がウナギを捕る、矢勝川。 この堤防に、秋には、100万本の彼岸花が咲く。

IMG_9687bmn

歩いていたら、お地蔵さんがあった。

9年11月18日s (27)

かすかな笑顔が、陽をあびて輝いて見えた。

9年11月18日s (28)

南吉の養家に向かった。(地図の左の端から、さらに歩く)
橋にも、いた。

9年11月18日s (29)

太い車道から離れると、こういう細い道が多い。

9年11月18日s (30)

昔のまま残っていた。 改修はしているが。 ここにいた期間は短い。

9年11月18日s (31)

9年11月18日s (32)

お母さんの実家だが、さびしくて戻った。(この時、お母さんは亡くなっている)

9年11月18日s (33)

珍しいものがあった。 常夜灯に灯をともす順番だ。 常夜灯は、毎晩使用していたんだ。

9年11月18日s (34)

地図では、小学校のずっと後ろにある、今の墓地に行ってみた。
六地蔵が、他の地蔵と一緒にあった。 どれが、六地蔵かは分からない。
古いので、表情も分からない。

9年11月18日s (36)

これだけ、少し。

9年11月18日s (37)

昔の場所は、地図にある。 ここ移った。

9年11月18日s (35)

これが、南吉の墓。 この墓も、犬を散歩している人が、教えてくれた。

9年11月18日s (39)

本名の、正八がある。

9年11月18日s (38)

記念館に戻ってきた。

9年11月18日s (41)

南吉の字だが、原稿用紙に書いたものなのかは、確認できない。

9年11月18日s (42)

まとめとして、教科書に載り続ける理由と、ごんぎつねの魅力について書きます。

記念館の説明では、昭和31年からとあった。 そして全社に載るようになる。 今も、全社に。
その根本の原因は何かと言うと、子供たちは、ごんぎつねのお話が大好きだったことにある。
そうなると、教師は、授業がとってもやりやすい。
また、教師は、この話の主題(作者が伝えたいこと)が、子供たちの関わりに大きなプラスがあるとも考えた。

こうして、ごんぎつねは、教師の支持を得ることになった。
では、教師の支持が、教科書の内容にどうして影響するかです。

その町や地域で、子供たちが使う教科書はどのようにして決まるかですが、
それは、教科書選定委員会の様な名前の会議がある。(北海道は管内別に)
委員の中には、教師が委嘱されて参加する。
教科別に、検討委員会が開かれる。 20名くらい。 ほとんどが教師。
1日かけて、全社の中身を検討・比較する。 最後に1社を選ぶ。

国語の場合だったら、こういうことが起きる。
ごんぎつねが、参加した教師の支持が高い場合、採用していない教科書は、外される可能性が高い。
多くの面から検討し、1社が決まったら、それは案として上部に上がる。 でも、その案が基本的には通る。

載せないで、外された教科書会社は、外された理由を考える。
どういう形かで、理由はつかみ取ることができる。(選考委員でない教師からでも。 選考委員になったことは、秘密になっている)

※ 選考委員会の中身については、これ以上は書けないかな。
※ 昔、算数で参加したことがある。
  算数の場合なら、どのページでも、一目見て、くどいと感じたら、それでダメですね。
  また、今の教科書は、遊びっぽいページが多い傾向にある。
  でも、それには、振り回されることはない。
※ ある教科書会社の、算数の教科書の印刷前の原本を見せてもらったことがある。
  意見を求められたので、上の様なことを言ったのかな。


次に、ごんぎつねの魅力ですが、
人の関わりについて考えされられることが、大きな魅力になっていますね。

ごんは、友達がいない。
兵十がいるので、いたずらしてしまう。

読者は思う。 友達になりたいって、兵十に言えばいいのにって。
でも、これは、無理なんですね。 
それは、ごんと兵十は、そういう関係(人間関係)になっていなかったんですね。

これと同じです。
学級に、友達からいじめられている子がいたとする。
教師がそのことに気づき、どうしてもっと早く、先生に言ってくれなかったの、って。
その子は、「言えたら、とっくに言っている」と、心の中で思います。
子供と教師の人間関係が出来ていなかったら、何も言えないんですね。

ごんはきつねで、兵十は人間だから、その関係をつくるのはたいへんだった。

鉄砲で撃たれて初めて、ごんと兵十は、心が通い合い、関係ができた。
命と引き換えにやっとつくれた。

南吉は、心が通い合うこと、確かな人間関係の値打ちの大きさを、描きたかったんですね。
南吉の生きた時代も、社会の中に、それが十分ではないと、南吉は強く感じていた。
それ以上大事なものはないとも、思っていた。
だから、南吉は、すべての作品で、これを追うことになった。

花の木村と盗人たち、という話がある。
盗人たちが、花に木村に、どろぼうに入った。
でも、村の人たちは、あなた方はいい人たちだと迎えた。
盗人は、うれしくなって、改心してしまった。

この話で、人との関わりは、自分の出方次第で決まりますよ、ということが分かる。
南吉は教訓的に表現しないから、人の心に入っていく。

昨日のブログの狐の話もそうですが、小狐は、今お母さんと一緒にいるだけで、それ以上の幸せはないとさえ思う。
これを読んだ子供たちも、同じように感じる。
子供たちが、ごんぎつねを読んだら、今いる自分の友達をもっと大事にしようと思う。
教師は、上に書いた、子供との関係の重要性に気づくかもしれない。

こう考えたら、一つのお話が、世の中を変える力を持っていることにもなる。

記念館の人たちは、誰もが来客に対してやわらかな対応だった。
私が2日目の朝、車で駐車場に入った時、外で掃除をしていた人は、手を振って迎えてくれた。
前の日、話はしていたが。

道で、交通整理の人に会った。 少しだけ話した。 
2度目にあった時、お疲れさまと声をかけてくれた。

上に書いたが、道を教えてくれた人もいた。

この町が南吉を大事にすることは、南吉が描き続けた、「通い合う心」を大事にすることになる。
そいうい意味で、記念館の果たす役割は大きい。
この町に来て、その役割が果たされているように感じた。

まとまっていないですが、ごんぎつねの魅力は、こんなとこでしょうか。
※上の文は、あす以降も不十分なところは、直したいと思います。(今日は、とりあえず、これで)


【道の駅】   デンパーク安城

【明日の予定】   車の修理で、豊田市へ。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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