キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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坂の町 尾道を歩きました。   ここ
どこまでも、折れ曲った階段は続きました。
階段と、急な斜面に建つ家と、遠くの風景が、尾道の魅力でした。


駅の近くの市営駐車場は、立体駐車場だった。 入れない。
バスの所に停めた。  

尾道駅の前。 坂の上が見える。 坂は、ここから右の方に続く。
城が見えた。 尾道の風景に少し似合わなかった。(形がよくないのかな)
※ 上に行って分かったんだが、城は廃墟だった。

9年12月8日 (3)

赤い所に行った。 

9年12月8日 (6)

9年12月8日 (5)

11時を過ぎていたので、ラーメン屋に行った。
どこにするかは、調べてあった。

喰海という店。 食べるのではなく、喰うことになるのか。

9年12月8日 (7)

結果は、まあまあの合格でした。 少し説明。

面は、細麺で、加水率の少ない低加水面。 水っぽくない。
チャーシューもメンマも問題なし。 背油が大きくて、少し邪魔。

スープが80点。 あっさり系。 こくが足りない。
魚だしと思うが、はっきりしない。

それでも、ここまでのラーメンには、滅多に出会わない。
旭川の蜂屋をのぞいて、旅に出てから2番目の美味しさ。
1番は、高山。 喜多方よりはいい。   高山ラーメンはここに

味は発展途上と書いてあった。

9年12月8日 (1)

芸能人が多数来ていた。 

9年12月8日 (4)

午後から、一番人気の店に行った。 美味しくなかった。 

坂の下には、長いアーケード街があった。 その入り口に、林芙美子の像があった。 

9年12月8日 (8)

この人は、多感な時期、尾道にいた。 この町に親しみを持っていたことが、Wikipediaで分かる。

※ 1916年(大正5年)(13歳)、尾道市に暫く落ち着き、翌年、市立尾道小学校を2年遅れで卒業した。
  1918年(大正9年)(15歳)、文才を認めた訓導の勧めで尾道市立高等女学校へ進学した。
  図書室の本を読み耽り、夜や休日は働いた。
  女学校の教諭も文才を育んだ。
  18歳のときから『秋沼陽子』の筆名で、地方新聞に詩や短歌を載せた。
  尾道では親友たちに恵まれ、後年もしばしば「帰郷」した。

この人は、放浪記を書いた。 親しみを感じるかな。(読んだことはないが)
森光子が演じている、あの放浪記だ。

9年12月8日 (9)

※ 多感な時期に過ごした所が、自分の故郷になる。 そう思うかな。 私は、美瑛。

この表情を発見した時、ドキッとしましたね。 
こんな経験は、仙台での、佐藤忠良以来。  それは、ここに

この人に、常識的な生き方のアドバイスでもしようものなら、こう言いますね。
それが何さ、私は、私の生きたいように生きるわ」って。

きっとそう強く言うだろう、口と目をしている。
苦労したが、自由奔放な生き方をした。

9年12月8日 (10)

上の像に近い写真があるのか探してみた。 ありました。(Wikipediaから借用)
31歳のとき。

9年12月8日 (2)

この人は、小説『浮雲』の中でこう言っている。
屋久島は月のうち35日は雨というくらいですからね」と。
林芙美子の言葉だと、今日知った。

こんな文があった。 ※ これの詳しいのが、山の上にあった。

IMG_2104nmj.jpg

ここから、坂を上り始めた。 陽が当たると温かい。

9年12月8日 (11)

車の通れない道が、ほとんど。

9年12月8日 (12)

屋根に、時々、猫がいた。 日向ぼっこだ。 逃げない。

9年12月8日 (13)

西の方。

9年12月8日 (14)

東の方。 目の前は、細く海。 向こうの島は、向島
フェリーが、行ったり来たり。

9年12月8日 (15)

この場所から。何人もの画家が絵を描いたとあった。

9年12月8日 (16)

石に、このような跡が。 割るための準備ですね。
この山も、石の山だった。

9年12月8日 (17)

山の上にあった、お茶屋。

9年12月8日 (18)

上の近くで、案内板を見ていたら、男の人も一緒に見た。
話していたら、産経新聞の記者だった。
尾道の観光について考えるために来ていた。

一度別れたが、後で街の中で偶然にまた会った。
この街の状態について、しばらく話した。

こんなのがあった。 東北でも見た。      ここに。(このブログにある座敷わらしの宿は、今年焼けてしまった)

9年12月8日 (19) 


文学のこみちを歩いていたら、林芙美子の石碑があった。

9年12月8日 (21)

最初の文が、詳しく書いてあった。
たくさんの作家の俳句や文があったが、この人のが一番良かった。
この街に対する、思いの深さが違うように感じた。

9年12月8日 (22)

上から、斜面の家並み全体は見えない。

9年12月8日 (23) 

新尾道大橋。 この橋を皮切りに、いくつかの橋を渡って、四国に行く。

9年12月8日 (25)

このような家並みは少なく、空き家が目立った。

9年12月8日 (24) 

千光寺

9年12月8日 (26) 

磨崖仏があった。 岩に直接彫った石仏。   これについては、ここに

9年12月8日 (27)

中村憲吉という作家の家だった。

9年12月8日 (28)

こんな坂を下った。 写真の人に、カメラのことをたくさん学んだ。

9年12月8日 (29)

こんな家があった。 空き家になったら、こんな使い方もある。
※ 空き家を壊したくても、車が入れないそうだ。

9年12月8日 (30)

寺の境内にあった、大きなクスノキ。 
全部が写真に入らなかった。

9年12月8日 (31)

尾道の魅力はありましたが、壊れかけた家も目立ちました。
新聞社の記者さんも言っていましたが、再生が必要でした。
市も動いているようでした。

いつの日か、夕日でセピア色に染まる魅力的な尾道に、きっと戻ります。

今日は、林芙美子に出会えたことが、よかったかなと思います。
どんな放浪だったのか、放浪記を一度読んでみたいと思いました。


今は、生口島にいます。
 
平山郁夫美術館の近くです。 
平山郁夫さんは今月2日に亡くなりました。 
明日まで、無料開放されています。

※ 今日から、小さな写真(サムネイル)を、少し大きくしてみました。
  (クリックしたら、大きくなる写真です)


【停泊場所】  上に書いた生口島のサンセットビーチです。   ここ

【明日の予定】  美術館に行ってきます。 そして、この辺りを。

【今日の歌】         太陽がいっぱい(YouTube)  

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コメント

尾道

尾道ですか。
いいですねー。

この土地の名前をきくと
小沢健二という歌手のブルーの構図のブルース
という曲を思い出します。

ぜひ、聴いてみてください。
http://quazweb.blog115.fc2.com/blog-entry-349.html

Re: 尾道

こんばんは。
尾道は、昔の方が良かったでしょうね。
でも、きっと元に戻しますよ。

歌聞いてみました。 
いいですね。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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