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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

天草・島原の乱って、何だったんでしょう。
今日、天草切支丹館で説明を聞き、分かってきたように感じています。

乱の本質は、領主松倉に追いつめられた農民の反乱。
それも、見通しのはっきりしない絶望的と言ってもいいほどのもの。

戦いを主導したのは、小西行長の残党(牢人)。
農民や牢人の気持ちを一つにまとめ上げたのは、天草四郎。

殉教の戦いではなかった。
幕府はそのことを知っており、松倉氏の圧政(失政)と押さえ、乱の後、松倉氏を斬首する。
ただ、表向きはこの乱を、禁教に利用していく。

大きな流れは、こんな感じでいいでしょうか。(勉強が浅いので、不十分かもしれないが)


こういう中で、天草四郎の魅力は何だったのか。
実際は、追いつめられての一揆だったとしても、何が、農民を惹きつけたのか。
この部分を描いたのが、わらび座の「天草四郎」と思う。

実際に乱の後、この天草・島原の地に住む人たちの生活は改善された。
戦いは、後の世に、活きた。

それで、何のために戦ったかを、今日のタイトルにしました。

「戦うしか生きる道はない」と考え、戦った。

生きるとは、人間らしく生きること。
現実には、高いレベルのものではなかったと思う。
でも、クリスチャンであったから、理想の世界も知っていた。

わらび座の「天草四郎」は、「理想の世界の夢」を遠くに見て戦ったとした。
その夢は、自由、平和、平等、愛 だった。



ここが、天草切支丹館。(キリシタン館)
※ 本渡(ほんど)歴史民俗資料館内にあった。 確認していないが、仮住まいかな。  場所はここ。

10年2月4日 (1)

撮影許可書を書いて、撮影ができた。 ありがたかった。  

※一つだけ、撮影禁止のものがあった。 それは、天草四郎陣中旗。 国指定の重要文化財。
 天草・島原の乱で、原城本丸にひるがえっていた旗。 正面奥のガラス棚にあった。

10年2月4日 (15)

館長さんに、30分ほど説明していただいた。 この説明で、多くのことを初めて知る。
※ 撮影は、その後に。

天草四郎像。 肖像画とかは、全くない。 
たくさんの四郎像があるが、すべて、想像で作られいるそう。

10年2月4日 (16)

かなりの美少年だったようだ。 館長さんも言っていた。 16歳。 慎重155㌢。 大きくはない。
少し、女性っぽく描いている。

10年2月4日 (11)

これは、鶴田一郎という人の作。 平和の祈りを表現したそう。
この絵は、完全に女性でないかな。 指先を見たって。

10年2月4日 (12)

わらび座の天草四郎も女性だ。 どうしてこうなるんだろう。

ここは資料館なので、たくさんの物が展示されていた。
マリア観音などは、すべて小さく、持ち運びの出来るものだった。

10年2月4日 (2)

普段は、観音像と分からないものもある。

10年2月4日 (3)

背中は、このように。

10年2月4日 (4)

仏像が、変身する。

10年2月4日 (6)

10年2月4日 (7)

ロザリオ。

10年2月4日 (9)

戦いの動き。 ここは、本渡。 ここでも、多くの人が死んだ。 その場所へ、後で行く。

10年2月4日 (43)

原城の図。

10年2月4日 (13)

これは、原城だが、この絵にある旗が、天草四郎陣中旗。

10年2月4日 (14)

天草での最後の殉教者を描いたものとあった。 この後切られる。
館長さんの話では、実際は、この絵のように美しくはない。
ロザリオは引き千切られて、服は、ボロボロにさえてるだろうと。

10年2月4日 (10)

天草・島原の乱については、多くの書物に記録されている。 こういうのから、この乱の性格が分かる。

10年2月4日 (8)

踏み絵。 中学校の時の教科書にもああった。

10年2月4日 (5)

当時の人達の心の中が、何かで知りたかったが、それは難しい。
少しでも分かるかと思って、小さな像の表情を、撮影した。 最後のが、いいかな。

10年2月4日 (17)  10年2月4日 (18)  10年2月4日 (19)

10年2月4日 (20)  10年2月4日 (21)  10年2月4日 (22)

10年2月4日 (23)  10年2月4日 (24)  10年2月4日 (25)

切支丹館には、本物がたくさん展示してあり、撮影もできたので、ほんとうに良かった。
説明していただいたことにより、戦いの本質が見えてきた。

館長さんが、行くなら、祇園橋がいいと言ったので、向かった。
※ 車は、近くのショッピングセンターに置いて。 後で、たくさん買い物をしましたよ。

10年2月4日 (26)  10年2月4日 (27)

祇園橋。 

10年2月4日 (28)

この場所が、本渡での戦いの場所。 川の水は真っ赤に染まったという。

10年2月4日 (29)

10年2月4日 (30)

橋と戦いの説明は、ここに。

IMG_7703sssda.jpg

珍しい石橋だ。 国指定重要文化財。 

10年2月4日 (31)

渡るの少し不安だが、大丈夫のよう。

10年2月4日 (32)

10年2月4日 (33)

川は、よく戦場になる。 どうしてでしょう。


天草いるかワールドがあったので、少しだけ見た。
待合室の水槽に、こんなのが。

10年2月4日 (34)

鬼虎魚(オニオコゼ)。 「おこ」とは、醜いという意味だそう。
「かってに、変な名前、付けんでくれよな~」って、きっと言ってる。

10年2月4日 (35)

フラフープ。

10年2月4日 (36)

撮影距離は、あらかじめ、適当に合わせておく。

10年2月4日 (37)

息がぴったり。

10年2月4日 (38)

難しいそう。

10年2月4日 (39)

イルカは賢い。 信頼関係が大事なのか。

10年2月4日 (40)

この橋は、切支丹館に行くときに渡った。 天草瀬戸大橋。 一回りしてから橋。

10年2月4日 (44)

10年2月4日 (45)

イルカを見た後、牛深方面に走っている。

10年2月4日 (46)

亀川ダム。

10年2月4日 (41)

10年2月4日 (42)


天草・島原の乱をどう考えるかが、まとまらないでいた。
でも、切支丹館のおかげで、分かってきました。

戦った人たちのためにも、史実とはずれないで、いい形で、戦いの意義を押さえたいと思う。
戦いは、殉教ではなく、一揆。 
でも、わらび座が描いたように、遠くに夢は見ていた。
それでいいかなと思う。

戦いの後、夢のずっと手前だが、天草・島原は少し変わった。 
以前の、地獄からは抜け出た。
これがあるから、今でも、ここに住む人たちは、戦った人達のことを忘れない。


島原の乱をどう考えるかは、これで一段落にします。
関係する場所は、この後も、訪れると思います。



【停泊場所】  亀川ダムの駐車場。  ここです

【明日の予定】 天草コレジヨ館に行ってみたい。 
        これも、館長さんお勧め。(この先のコースも、アドバイスいただいた。)

【今日の歌】   ミュージカル天草四郎(YouTube)     9分39秒。 主演は、鶴姫の碓井涼子さん
            これを見て、今日のタイトルを決めました。
            このことについては、上で書きます。
            いい歌ですよ。
           ミュージカル天草四郎(YouTube)  1分45秒。    ※ 音が大きい。


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コメント

天草に来てくれてありがとうございました

Re: タイトルなし

天草は、いいところでしたね。 自然も、そして人も。
数日で通り抜ける予定が、10日くらいいたでしょうか。
情報誌に載っていない、いいところが、いっぱいありました。

コメント、ありがとうございました。




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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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