キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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竹田市は、本当に瀧廉太郎の故郷と言っていいのか。
それが、まず、知りたいことだった。
結論は、大丈夫のようだった。

荒城の月を作曲する時、原城をイメージしたと考えるのも、無理な話ではないと分かった。

車は、歴史資料館の駐車場に停めることが出来た。
無料の駐車場を用意してくれてることは、有難い。 この町の、この町へ来る人への優しさを感じるかな。

坂を下って、桜の木のところが、瀧廉太郎記念館。    ここです。 原城阯も右の方に。

10年3月25日 (1)

少し、通り過ぎたところから撮影。
ここで、12歳から14歳まで暮らした。

IMG_2224nnmmkkk.jpg

父は、内務官僚の地方官として、各地を回った。 転勤族だった。 それで、この地に来た。
※ 瀧家は、江戸時代、日出藩(ひじはん)の家老だった。
  日出藩は、別府市の辺りにあり、豊後の一部だった。 竹田市の岡藩も、豊後。
  瀧家は、元々、こっちの方の出だった。

楽譜などが展示されていた。 撮影はできない。

廉太郎は、バイオリンが得意だった。 演奏が始まると、周りの空気が変わったという。(ビデオから)

10年3月25日 (2)

庭を挟んで、離れの建物があった。 岩にある穴は、馬小屋。

10年3月25日 (4)

何かに強く興味を持つということは、小さいころからあったんですね。

10年3月25日 (3)

この建物の2階が、廉太郎の部屋とあった。

10年3月25日 (5)

家系図があった。 筑紫哲也は、妹の孫だった。 以前、ここの名誉館長をしていた。
筑紫は、自分には音楽の才能がないので、親戚であることを戸惑っていると、語っている。(Wikipediaより)

10年3月25日 (6)

ここが、2階。

10年3月25日 (7)

荒城の月。

10年3月25日 (8)

記念館のメインの建物。 離れの方から撮影。

10年3月25日 (9)

愛染堂に向かった。 瀧廉太郎記念館の桜が、真ん中辺りに見える。

10年3月25日 (10)

愛染堂。 本尊は愛染明王で、左甚五郎と伝わる彫りものがあるとか、説明があった。。 370年程前の建物。
恋愛成就の願掛けで有名だそう。

10年3月25日 (11)

向こうから、下りてきた。 右に、十六羅漢があった。

10年3月25日 (18)

観音寺十六羅漢。 江戸時代初期のもの。

10年3月25日 (17)

ほとんど、鼻が破損していた。 
今の時代の方が、いたずらは多いんでないかな。

10年3月25日 (12)  10年3月25日 (13)  10年3月25日 (14)  

10年3月25日 (15)  10年3月25日 (16)

こんなのが。 中を歩いたら、音楽が流れる。  昔は、酒蔵だった。

10年3月25日 (20)

ここは殿町。 昔の武家屋敷の面影を残している。

10年3月25日 (21)

先日も出てきた、長屋門。

10年3月25日 (22)  10年3月25日 (23)

反対方向から撮影。

10年3月25日 (24)

山に向かう緩い坂を上ると、キリシタン洞窟礼拝堂があった。

10年3月25日 (25)

洞窟をくり抜いて作った。

10年3月25日 (26)

迫害された時代も、信仰は密かに続いた。     中の様子。(撮影の時は、何も見えない)

10年3月25日 (27)  10年3月25日 (28)

武家屋敷跡の近くに。 与謝野晶子。
「雲早し 洞門を入り 洞門を やがて出づべき 歴史の道 豊後の竹田」 とある。

10年3月25日 (29)

竹田市の繁華街。

10年3月25日 (33)

車で、原城阯に向かった。

石垣しか残っていない。 明治に入って壊した。 ※ 歴史的なものを壊すのは、犯罪でないのかな。

10年3月25日 (34)

広い。 本丸跡まで、20分という。

10年3月25日 (35)  

10年3月25日 (36)  10年3月25日 (37)  10年3月25日 (38)

谷底との高低差、96㍍とあった。

10年3月25日 (39)

10年3月25日 (40)

右上が、本丸跡かな。

10年3月25日 (41)

見晴らしがいい。

10年3月25日 (42)

向こうも城跡。 全体は、複雑。

10年3月25日 (43)

石垣は、どこも高い。 島津軍の猛攻も退けた。 石垣に柵はない。

10年3月25日 (44)

瀧廉太郎は、この城跡に、よく遊びに来たそうだ。

10年3月25日 (45)

瀧廉太郎は、土井晩翠の書いた詩に曲を付けた。 詩は知っていた。

10年3月25日 (46)

土井晩翠は、仙台の青葉城址と会津若松の鶴ヶ城址をイメージして詩を作った。
瀧廉太郎は、この城跡をイメージして、曲を作った。

10年3月25日 (47)

ここが、本丸跡。

10年3月25日 (48)

江戸時代には、こうだった。

10年3月25日 (49)

別の道を通って戻った。

10年3月25日 (50)

石垣の木や草を取ってる人がいた。

10年3月25日 (51)


やっと、竹田市に来ることができた。
※ 近くまで2度来たが、別の方に行っていた。

竹田市は、瀧廉太郎が多感な時代を過ごし、「荒城の月」のメロディーが生まれた町だった。


【道の駅】      原尻の滝     ここです

【明日の予定】    ここの近く。 変わった滝がある。

【今日の歌】     荒城の月(YouTube)  原曲を探したが、見つからない。
  

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コメント

竹田

懐かしいですね、12年前にほぼ同じコースを歩きました。岡城址の石垣は迫力がありますね。
GWに兵庫県の竹田城に行きます。この山城は本当にすごいですよ。

岡城址

岡城址の桜はまだ満開ではないですね。3月14日、私が仲間たちと行った時は、本丸近くの桜が1本だけ咲いていました。桜満開の岡城址は見事にきれいでしょうね。酒にも酔うて、桜にも酔うかな? 
豊後大野よりのところー旧朝地町の所にも、朝倉文夫彫刻記念館があった様な気がします。瀧錬太郎の後輩で、有名な彫刻家です。岡城址の瀧廉太郎像も彼の作品です。

Re: 竹田

こんなに大きな城だとは思いませんでした。
予想以上のものが、自分の知らないものが、たくさんある。
兵庫県に近づいた時、もう一度竹田城のことを教えてください。

Re: 岡城址

そろそろ、どこかで、満開の桜に出会いそうです。
1本の木でなく、山全体の満開に。
情報を全部つかまえきれなく、行き忘れる所があります。




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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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