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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

久しぶりの天気。 うれしい。
鏡山の里と言われる、道の駅の前の、大きな谷を歩いた。
そこは、古代太宰府道で、田河道と呼ばれていた。 1400年も前からある道だ。

万葉集は、読んだこともないし、関心を持ったこともない。
今日は、その世界に、少しだけ入ってみた。


国道201。 行橋(ゆくはし)市で海に出る。 行く時は、ここを通った。
この道は、昔は秋月街道。 秋月藩の存在は、大きなものだったことが分かる。
秋月の殿様も、江戸に行く時、ここを通った。 今は、交通量がはげしい。

10年4月25日 (1)

谷が細くなり、国道がトンネルに入る所に、石橋があった。 その袂(たもと)に、万葉の歌碑も。
呉川(くれかわ)眼鏡橋。 秋月で見た石橋と、この石橋は、花崗岩で出来ている。 珍しいそう。
    場所はここ。             ※ 花崗岩・・・御影石とも呼ばれ、火山の活動で出来た石。

10年4月25日 (2)

「斯(か)くのみし 戀(こ)いし渡れば たまきはる  命もわれは 惜しけくもなし」

作者は、抜気大首(ぬきけのおほひと)  詳しい情報は、分からない。 役人だったよう。
これだけ恋しく思い続けているので、苦しくてならない。 こんな苦しい想いをするくらいなら、私は命も惜しいことはない。
  ※ 解釈は、香春町で作った資料より。(先日いただいた)

前半、どうして、そういう意味になるのかが、難しい。 
九州には、朝鮮からの渡来人が多かったというが、その人達の発想の匂いを感じるかな。
後半の表現は、今の時代も、日本人より朝鮮の人の方が、よく使う。

10年4月25日 (3)

畑の中に、昔の道はあった。 戻っている。

10年4月25日 (4)

北海道は、カッコウが鳴いたら種まきだ、とか言う。 九州は、そういう季節感って、どうなっているのかな。

10年4月25日 (5)

香春岳(かわらだけ)が見える。 左が一ノ岳。 真ん中、二ノ岳。 右、三ノ岳。

10年4月25日 (6)

道は、左に曲がって行くが、正面の山に鏡石があるというので、細い道を行ってみた。

10年4月25日 (7)

山の入り口に、歌碑が。

10年4月25日 (8)

「石上布留の 早稲田の穂には いでず  心のうちに 戀ふる この頃」
(いそのかみふるの わせだのほには いでず  こころのうちに こうる このころ) 

あなたへの想いは 顔色には表わさないが 心のうちで 恋しく想っている この頃である。
これも、作者は、抜気大首(ぬきけのおほひと)

この人は、出張でここに来たようだ。 (この人の歌は、もう一つあって、その歌から)
万葉集の歌は、松尾芭蕉や山頭火ではない。

10年4月25日 (9)

こんな道を行った時、人に会った。 山への道は今は無いと聞いて、戻った。

10年4月25日 (10)

呉川が流れており、魚がいた。 ただ、排水を流していることもあり、水の状態はよくない。
だから、魚は、イワナとかヤマメではない。
※ この辺りの山奥の渓流には、オオサンショウウオが棲むという。 一日いっぱい、探してみたい。
  道で会った人に、この辺にいるかいと聞いたが、首を横に振った。

10年4月25日 (11)

歌碑が、見えてきた。

10年4月25日 (12)

「豊国の 鏡の山の石戸(いわと)立て 隠(こも)りにけらし 待てど来まさず」 ※ 昨日の歌を、間違ってこれにした。(申し訳ない。 直しました)
作者は、手持女王(てもちの ひめみこ)
   ※ ネットで、この人は稗田阿礼でないかと言ってる人がいる。 稗田阿礼は女性という説があるようだ。
河内王は、豊国の鏡山のお墓に石戸を立てて、こもってしまわれたらしい。
いくら待っても、もう帰っては来られない。

恋の歌ばっかりですね。 他に考えることがないのか、と言いたくなるが、それは言い過ぎか。

10年4月25日 (13)

今、葉を広げたばかり。 まさに、新緑。

10年4月25日 (14)

石の庭があった。 個人で作っている。

10年4月25日 (15)

池は、正面の家の庭に。

10年4月25日 (16)

これは、別府でも見た。 ランだと思っているが、それでいいのかな。

10年4月25日 (17)

ここのお家に。

10年4月25日 (20)

ここが、鏡ヶ池。

10年4月25日 (18)

ここが、池だと思ったけど、間違ったかもしれない。 上の写真で、手前の、竹の簾がある所のようだ。

10年4月25日 (19)

説明は、こう。

IMG_8520ddssaae.jpg

1000年以上前から、ずっとあったら、すごい。
※ こういう可能性もある。
  後世になって、上の歌があることを、この土地の人が知った(知らされた)。 
  その歌に合うように、伝説の池を作った。 
  こういうことは、日本中どこにでもある。 小町伝説もそう。

木と花に囲まれて、小さな寺があった。 道で会った人の話では、今は寺をやめたと言った。

10年4月25日 (21)

この碑に、豊前國風土記に、鏡山のことが載ってるとあった。 奈良時代に書かれたものだ。

10年4月25日 (22)

遠くに、工場。 右の小さな山に、昨日の鏡山大神社がある。 歌碑も見えた。

10年4月25日 (23)

「王(おほきみ)の 親魄(むつたま)逢へや豊国の 鏡の山を宮と定むる」

これも、手持女王。 意味は、
なつかしいあなたへの御心に、よほど叶ったのだろうか。 あの遠い豊国の鏡の山を墓所と定めなさったのは。

10年4月25日 (24)

シラサギだが、目の下がブルーなことは、初めて知った。 いつも忍び足。

10年4月25日 (25)

この谷の、奥へ行ってきた。

10年4月25日 (27)

万葉集でない歌もあった。

10年4月25日 (26)

昨日は山の上に行かなかったが、鏡山大神社。

10年4月25日 (28)

話しかけたら、寄って来た。

10年4月25日 (29)

この花も咲きだした。 最後の最後まで、咲いていてくれる。

10年4月25日 (30)

万葉集って、こういう物なんだって、少しだけ分かったように思うかな。
また、はるか昔に作られた、その歌の風景を歩くのは、ただ本を読むより面白い。

恋の歌ばかりなので、少し退屈。 すべての歌が、内容が深いとは限らない。
そんなことも感じたでしょうか。


【道の駅】      香春

【明日の予定】    迷ってる。

【今日の歌】     大連の街から(YouTube)
             北の岬(YouTube)


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コメント

吉祥時、伊馬春部など

 万葉人の優雅さが漂ってきそうな散歩でしたね。河内王陵は知りませんでした。しかも現在も宮内庁の管理。香春町のひとつの歴史を知りました。ありがとうございました。三浦綾子と五木寛之の比較も面白かった。時折、三浦綾子の話を聞かせてください。夫の方が縁の下の力持ちであったような憶えがあります。
 迷っているなら、近くの糸田町にお寄りください。
炭坑医・木村緑平のゆかりの地です。そして歌手・井上揚水のふるさとです。「傘がない」でデビューした時は衝撃を受けました。あの頃も難しい時代で、学生運動の影響が残っていました。彼の青春もふさがっていたのでしょう。歯医者の息子に生まれ、何度か歯学部を受験しましたが合格できず、ビートルズの影響で歌の道に進み、「アンドレ・カンドレ」でデビュー。しかしなかなか大衆に受け入れられず、絶望時、「傘がない」を作ったのではないでしょうか。実名の井上揚水でデビュー。
若干読み方がちがいますが。「いのうえあきみ」。これが本当の読み方。「傘がない」、「心もよう」、「夢の中へ」と、つぎつぎに感動の歌が生まれ、流行歌歌手として成功しました。あとは皆さん、ご存知の通りです。
これは隠れた名曲ですが、「能古島の片思い」という歌があり、これが私が一番好きな歌です。
 「人生が二度あれば」は父・井上若水と母のことを歌った歌です。渋い名曲。父親は歌人でもあります。糸田町に行ったとき、役場の臨時展示場で父親の短冊を見ました。彼は父親の文才を受け継いだのでしょう。父親は四国のある町出身で、炭坑で栄えていた糸田町で歯科医院を開業し、成功し、晩年四国のふるさとからお呼びがかかり、歯科医としてふるさとに帰る決意をした。しかし、自分の思いと裏腹に、病に倒れ、ふるさとに帰らぬまま人生を終えた。それを書いたのが、揚水の歌「帰郷」かなんかではなかったでしょうか。すこしうろ覚え。♪~血へどを吐くホトトギス♪~ そんな文句があったような気がします。糸田町の伝統行事・田植え唄、金村神社なんかも、揚水の唄に出てきます。売れない時、純粋な気持ちが歌詞になり、それが聴衆を惹きつけます。作り歌でも「こころ」がないと、聴衆は受け付けません。アッカムイ21さんの「北の岬」もいい歌です。
北海道のさいはての厳しさを感じます。九州にないものが存在し、そこに未知なるものの素晴らしさが聴衆を惹きつけます。異文化の表現に感動します。仲のいい友達と一緒に作った歌「北の岬」に乾杯!
 
 今は藤の季節。九州でも指折りの藤名所ー「吉祥寺」
(きっしょうじ)の紹介。北九州市八幡西区(?)だったかな、そこの藤は大層有名です。柳川市の「中山の大藤」も有名ですが、「吉祥寺」の名はこの時期必ず出る名前です。今年は寒いから、藤花もこれからです。「中山の大藤」もまだ5分咲きでした。折角だから、藤見も一見あり。近くに伊馬春部の生家があったような。木屋瀬の宿の一角にありました。木屋瀬の宿も昔の宿場町。
 伊馬春部は檀一雄や太宰治となかよしこよしでした。
柳川高校の校歌の作者。
 まあ、旅の参考にしてください。


Re: 吉祥時、伊馬春部など

あのコメントでは、糸田町を素通りできなくなった。
山頭火が見たであろう風景を、私も見た。
山頭火が、坑長坂を登る時に吸った空気を、私も吸ってみた。
糸田町は、山頭火と緑平さんの面影を、大事に残していた。

糸田は、井上陽水の故郷でもあった。
陽水が育った近所の人達は、陽水に温かかった。
陽水自身も、陽水の父親も、みんなから好かれていた。

25日のブログの歌は、陽水のオンパレードだ、
奥さんの石川セリも一緒に。

コメント、ありがとう。








>  万葉人の優雅さが漂ってきそうな散歩でしたね。河内王陵は知りませんでした。しかも現在も宮内庁の管理。香春町のひとつの歴史を知りました。ありがとうございました。三浦綾子と五木寛之の比較も面白かった。時折、三浦綾子の話を聞かせてください。夫の方が縁の下の力持ちであったような憶えがあります。
>  迷っているなら、近くの糸田町にお寄りください。
> 炭坑医・木村緑平のゆかりの地です。そして歌手・井上揚水のふるさとです。「傘がない」でデビューした時は衝撃を受けました。あの頃も難しい時代で、学生運動の影響が残っていました。彼の青春もふさがっていたのでしょう。歯医者の息子に生まれ、何度か歯学部を受験しましたが合格できず、ビートルズの影響で歌の道に進み、「アンドレ・カンドレ」でデビュー。しかしなかなか大衆に受け入れられず、絶望時、「傘がない」を作ったのではないでしょうか。実名の井上揚水でデビュー。
> 若干読み方がちがいますが。「いのうえあきみ」。これが本当の読み方。「傘がない」、「心もよう」、「夢の中へ」と、つぎつぎに感動の歌が生まれ、流行歌歌手として成功しました。あとは皆さん、ご存知の通りです。
> これは隠れた名曲ですが、「能古島の片思い」という歌があり、これが私が一番好きな歌です。
>  「人生が二度あれば」は父・井上若水と母のことを歌った歌です。渋い名曲。父親は歌人でもあります。糸田町に行ったとき、役場の臨時展示場で父親の短冊を見ました。彼は父親の文才を受け継いだのでしょう。父親は四国のある町出身で、炭坑で栄えていた糸田町で歯科医院を開業し、成功し、晩年四国のふるさとからお呼びがかかり、歯科医としてふるさとに帰る決意をした。しかし、自分の思いと裏腹に、病に倒れ、ふるさとに帰らぬまま人生を終えた。それを書いたのが、揚水の歌「帰郷」かなんかではなかったでしょうか。すこしうろ覚え。♪~血へどを吐くホトトギス♪~ そんな文句があったような気がします。糸田町の伝統行事・田植え唄、金村神社なんかも、揚水の唄に出てきます。売れない時、純粋な気持ちが歌詞になり、それが聴衆を惹きつけます。作り歌でも「こころ」がないと、聴衆は受け付けません。アッカムイ21さんの「北の岬」もいい歌です。
> 北海道のさいはての厳しさを感じます。九州にないものが存在し、そこに未知なるものの素晴らしさが聴衆を惹きつけます。異文化の表現に感動します。仲のいい友達と一緒に作った歌「北の岬」に乾杯!
>  
>  今は藤の季節。九州でも指折りの藤名所ー「吉祥寺」
> (きっしょうじ)の紹介。北九州市八幡西区(?)だったかな、そこの藤は大層有名です。柳川市の「中山の大藤」も有名ですが、「吉祥寺」の名はこの時期必ず出る名前です。今年は寒いから、藤花もこれからです。「中山の大藤」もまだ5分咲きでした。折角だから、藤見も一見あり。近くに伊馬春部の生家があったような。木屋瀬の宿の一角にありました。木屋瀬の宿も昔の宿場町。
>  伊馬春部は檀一雄や太宰治となかよしこよしでした。
> 柳川高校の校歌の作者。
>  まあ、旅の参考にしてください。

土日は快晴でしたね

シャガはラン科ではなくアヤメ科です。ちょっとケバいけど綺麗ですよね。
最後のアザミは日本だけでも60種類もあるそうです。
神功皇后は実在したかどうかも議論になってますね。
懐良親王の歌碑が建ってる(というか香春を謳ってる)のにビックリしました。

そういえば昨日の日記を読んで… 父が「旅の情報は観光課に行くのが一番手っ取り早い」って言ってたのを忘れてるんですね…(笑)

Re: 土日は快晴でしたね

しうさん、昔のことに詳しい。
私は、全部、初めて聞く名前。 聞いてても、どこかでちょっとの程度。
他も、いろいろありがとう。

山小屋出来ましたね。 
よかった。 お父さんこれで、一安心。
毎日、いい空気を吸って暮らせる。

この後は、落ち着いたら、旅の出発の準備ですね。
どんな旅をするか楽しみです。





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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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