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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

この詩が、金子みすゞの代表作。

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                                     ※ 地面は、じべた、と読む。
平成8年から、国語の教科書を中心に、この詩が載った。(ほぼ、全社)
このことの価値は、あまりにも大きかった。

この詩が、どれだけ多くの子どもに安心感を与え、心を救ったか。
この詩が、どれだけ多くの教師の、子供の見る目を変えたか。

たった一つの詩が、教育の世界に、大きな影響を与えた。
子どもにとっても、親や教師にとっても、ありがたい詩だった。

※ このことについては、後ほども。


途中、棚田があるので寄った。 
規模は、大きくはないが、海を含めた全体の風景がいいのかな。

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田植えが終わって、漁火も一緒に撮れたら、きっといい写真。

10年4月29日 (1)

熟女3人組(?)という人達と、しばらくおしゃべり。
その結果、ここは、全部まとめたら、とってもいい風景となった。

10年4月29日 (3)

竜宮の潮吹があるというので行ってみた。 ここの辺りのどこか。

10年4月29日 (6)

この人達が知っているようなので、ついて行った。

10年4月29日 (4)

写真の真ん中辺りに穴がある。 
そこから吹き上がるようだが、波が大きいとか、条件がそろわないと、見られないようだ。
※ 上の写真の二人が、教えてくれた。 広島から来ていた。             

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下の写真のように、横から入った波が、上に吹き出すことがある。 これは、そのミニ版。 津軽の千畳敷で。

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遠くて見えにくいが、山の斜面には、棚田がどこにでもある。

10年4月29日 (7)

仙崎に着いた。 青海島の遊覧船の発着場がある。 車は、ここに。

10年4月29日 (9)

町のいたるところに、「金子みすゞ」はあった。

10年4月29日 (8)

この人は、26歳で、自分で自分の命を断つ。 昭和5年のことだった。 
山頭火が、九州をふらふらと歩いていた時代だ。 ※ 山頭火は、山口県の防府市の出身。
同じ時代に生きていた。

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仙崎駅。 

10年4月29日 (11)

この通りが、仙崎のメインストリート。 みすゞ通りと、名前が付いていた。

10年4月29日 (12)

金子みすゞ記念館が出来ていた。

10年4月29日 (13)

生家を復元した。 金子家は、この場所で、金子文英堂という名前で書店を営んでいた。

10年4月29日 (14)   10年4月29日 (15)  

記念館の前に、男の人がギターを持って立っていた。
父さん何してるの、って聞いた。
この人は、向かいにあるお土産屋の主人だった。
金子みすゞの詩に、曲を付けて歌っていた。

10年4月29日 (16)

リクエストしたら、歌ってくれた。 箱庭という詩だった。

    私のこさへた箱庭を  誰も見てはくれないの。
    お空は青いに母さんは  いつもお店でせはしさう。
    祭りはすんだにかあさんは  いつまであんなに忙しい。
    蝉のなく聲(こえ)ききながら  私はお庭をこはします。

みすゞの部屋。
よくこの窓から、通りを眺めていたそう。

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これも、「わたしと 小鳥と すずと」。

10年4月29日 (18)

子供は、何でもは、得意になれない。
足の遅い子は、そのことをずっと思って生きている。
でも、上の詩を読むと、みんなと違っていいことに気づき、元気が出てくる。 ほっとする。
心に余裕が生まれた時だけ、子供は、自分の良さ(個性)を伸ばそうとする。
また、自分の欠点だって、見つめることが出来るようになる。

「どうして、あんただけ出来ないのさ。 みんなちゃんとやってるでしょ」
このように、子供を比べて、それを武器に指導するやり方は、昔から続いた。(学校でも、家庭でも)
親や教師が、この詩を読むと、そのことの間違に気づく。

だから、この詩は、子供にとっても、親や教師にとっても、ありがたい詩になる。

ギターを弾いた、父さんの店。

10年4月29日 (19)

極楽寺の桜の木。

10年4月29日 (20)

こんな詩が。

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偏照寺。 みすゞの墓がある。

10年4月29日 (23)

ここ。 家族と一緒に。

10年4月29日 (22)

昭和5年3月10日、とあった。

10年4月29日 (21)

通りを歩いていると、下のようなのを、よく見かけた。

10年4月29日 (25)

このお店にも、あった。

10年4月29日 (26)

こんな詩。

10年4月29日 (27)

仙崎小学校に、「わたしと 小鳥と すずと」の碑があった。 
ブログの最初の写真は、この詩碑。

10年4月29日 (28)

仙崎の市街の目の前に、青海島があった。

10年4月29日 (30)

金子みすゞは、動物も植物も、いきもの全体を、やさしい目で見つめた。
共に生きるという、共生の視点で物を見た。
今は、ブームのように、人気がある。
この人の、ちゃんとした評価は、これからだと思う。

この人のは、詩でなくて、童謡。
だから、童謡詩人と呼んでいる。

内容の深さは、香々地の江口章子の方が上と思う。
でも、みすゞの詩は、社会にいい影響を与えてくれたので、あまり悪くは言えない。
感謝しなければ、ならない。
              ※ 関連ブログ 幸せの青い鳥  こにに、みすゞについて少し書いてあります。

これは、おまけ。


金子みすゞ詩の世界みすゞこれくしょん©HeartFactory


【停泊場所】     仙崎の港の駐車場

【明日の予定】    青海島を見ようかなって。 船で。

【今日の歌】     私と小鳥と鈴と(YouTube)


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コメント

金子みすゞの仙崎

私が金子みすゞの故郷・仙崎を訪ねた時は、まだ正式な記念館はなく、仙崎駅の横に仮の記念館がある頃でした。それ以来、再び仙崎に行ったことはありません。鯨塚や、金子みすゞの墓などを見て回ったことがありました。仙崎の商店街の軒先には、蒲鉾板に書いた、金子みすゞの詩がいくつもぶら下がっていました。これに感動したことがあります。素朴な詩の愛好心に心を打たれました。まだブームになる前でした。それからしばらくして、金子みすゞブームがやってきました。市民が金子みすゞの詩の優しさを求めていたのでしょう。

Re: 金子みすゞの仙崎

金子みすゞの詩を発掘したのは、矢崎という人。
記念館の館長をしている。

この人の動き方が、少し気になった。(調べたら)
金子みすゞを大事にしているのか、自分を大事にしているのか。
大ざっぱな言い方をすれば、私物化はダメということでしょうか。

そのことがあって、みすゞの研究や評価が遅れている。




> 私が金子みすゞの故郷・仙崎を訪ねた時は、まだ正式な記念館はなく、仙崎駅の横に仮の記念館がある頃でした。それ以来、再び仙崎に行ったことはありません。鯨塚や、金子みすゞの墓などを見て回ったことがありました。仙崎の商店街の軒先には、蒲鉾板に書いた、金子みすゞの詩がいくつもぶら下がっていました。これに感動したことがあります。素朴な詩の愛好心に心を打たれました。まだブームになる前でした。それからしばらくして、金子みすゞブームがやってきました。市民が金子みすゞの詩の優しさを求めていたのでしょう。

ギターを持つお父さん

ギターを持つお父さんの話、とてもいいですね。
自分で作曲し、旅人に披露する。大道芸ですね。
しあわせです。あたたかさを感じます。仙崎の人々の生活に、金子みすゞの詩は溶け込んでいるのですね。

Re: ギターを持つお父さん

仙崎の人達は、金子みすゞが世に出るまで、みんな知らなかったようです。
今は、みんな大好き。
金子みすゞで、町を盛り上げようとしています。

あの父さんは、金子みすゞで生きている。
そんな人。

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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