キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

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今から72年前の、昭和13年5月21日。
一人の若い男が、地域に住む人たち30名を、猟銃や日本刀で殺した。
自分も、自殺した。
津山事件と呼ばれ、津山市の貝尾と言う所で起きた。

その地域を、歩いてみた。
話を聞くことが出来た。
※ 現地では事件について話すことはタブー、と聞いていたが。

貝尾は、津山市北部の山の中。 それも、一番奥だった。
話してくれたのは、80才をとうに過ぎた、おばあちゃんだった。
※ おばあちゃんの旦那さんの、母親と兄弟3人が殺されている。

享年日が、昭和13年5月21日の墓が、たくさんあった。


津山市を調べていたら、津山事件が小さくあった。
何だろうと調べてみたら、大変な事件だった。
露天風呂の湯原温泉か、津山城を考えていたが、変更した。

基本の情報は、Wikipediaで。
事件の概要は、こう。

津山事件、または津山三十人殺と言われる。 大量殺人事件。
1938年(昭和13年)5月21日未明に起きた。
場所は、岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両部落。
※ 犯人が、自殺する前、別の場所でも殺したので、坂元も入っている。
  基本は、貝尾。

2時間足らずで30名(自殺した犯人を含めると31名)が死亡し、3名が重軽傷を負う。
日本の犯罪史上前代未聞の殺戮事件。
犯人の姓名を取って、都井睦雄事件ともいう。都井は事件当時21歳だった。


貝尾まで、あと2㌔。 左の谷に入って行く。

10年5月14日 (1)

この事件を知った時、三毛別の熊の事件に似てると思った。  ※ 関連ブログ  三毛別羆(ひぐま)事件。 
人間のやることじゃない。

電柱から、右に入る道がある。 そこを行ったら、地域の中心。 後で行く。
車は真っ直ぐ。 あと200㍍。

10年5月14日 (2)

現地の道については、Wikipediaで調べてあった。

着いた。 ここは、集会所。 住民の家は、左手の方にある。 右の道を上がってきた。   車の場所は、地図ではここ

10年5月14日 (4)

犯人の都井には、両親はいなく、祖母に育てられていた。 姉が一人。(嫁に行って、ここにはいない)
事件の前年に徴兵検査を受けるが、結核のため、合格できなかった。

山の下の地域が見える。

10年5月14日 (3)

それまで、女の人との付き合いがあったが、結核のためか相手に断わられるようになる。
将来の夢はなくなる。

集会所と、車を停めた場所。 最初の分かれ道に戻っている。

10年5月14日 (5)

都井は、親しい友人に、下記のことを口にするようになる。
「結核で死亡するくらいなら、阿部定事件以上の、どでかいことをしてやる」

上の写真の右の方は、家が集まっている。 事件の中心になる場所。

10年5月14日 (6)

彼は、1938年に入って、5連発ブローニング猟銃を購入した。
毎日山にこもって射撃練習に励むようになった。  
その猟銃を手に、毎夜、村を徘徊したため、近隣に不安を与えるようになる。

都井が使用した猟銃を調べたが、分からない。 一応、下のは、ブローニング社の猟銃。(年代は分からない)

猟銃mmnbhkk

ここまで下りてきて、右の道を上がった。 人を探しながら。

10年5月14日 (7)

5月20日午後5時頃、都井は電柱によじ登り、送電線を切断した。
貝尾部落は停電になるが、大騒ぎにはならない。

中心部が見えてきた。

10年5月14日 (8)

5月21日、御前1時40分頃、行動を開始。
詰襟の学生服に、軍用のゲートルと地下足袋を身に着けた。
頭には鉢巻を締め、小型懐中電灯を両側に1本ずつ結わえ付けた。(鬼の角の感じで)
首からは自転車用のランプを下げた。
腰には日本刀一振りと短刀を二振り、手には改造した9連発の猟銃を持った。

Wikipediaの説明にあった、T字路に来た。 左に100㍍ほど行くと、最初の集会所。

10年5月14日 (9)

都井は最初に、自宅で就寝中の祖母の首を斧で刎(は)ねて即死させた。
その後、近隣の住人を約1時間半のうちに、次々と猟銃と日本刀で殺していった。
※ この事件は、「八つ墓村」で使われている。  ここに、出てくる。(YouTube)
 
集会所への道。

10年5月14日 (10)

こんなことがあった。
ある家の老人は、返り血に染まった都井の姿に脅え、茫然としていたところ、
「お前はわしの悪口を言わんじゃったから、堪(こら)えてやるけんの」と言われ、見逃されたという。

真っ直ぐの道を行った。 誰にも会わない。

10年5月14日 (11)

最終的な被害者は、死者30名(即死28名、重傷のち死亡2名)。  重軽傷者は、3名。
死者のうち5名が16歳未満。
計11軒の家が押し入られ、そのうち3軒が一家全員が殺害された。 4軒の家が生存者1名のみ。

見晴らしのいい所に、貝尾地区はある。
ここまで来て、戻った。 道はなかった。

10年5月14日 (12)

その後、3.5㌔離れた荒坂峠の山頂で、猟銃で自殺した。 荒坂峠は、上の写真の正面の方にある。
猟銃で自らの心臓を撃ち抜いており、即死した。

10年5月14日 (13)

突き当たりを右に行くと、集会所。

10年5月14日 (14)

10年5月14日 (15)

集会所への道を下りて行った。 車の後ろが見える。

10年5月14日 (16)

上の道を下りた所で、人に会った。 畑仕事をしている、おばあちゃんがいた。 やっと、人に会えた。 うれしかった。
細心の注意を払って、話しかけた。

10年5月14日 (17)

挨拶した後、今日の天気や、この土地の良さなどを伝えた。
そうして、切りだした。
「あばあちゃん、貝尾はとってもいいとこだけど、昔、大変なことがあったんだってね」って。

それを聞いたおばあちゃんは、話しだした。
最初に言ったのは、

おばあちゃんの旦那さんの、お母さんが殺されたこと。
旦那さんの兄弟3人が、殺されたこと。
おばあちゃんの旦那さんは、陸軍に入ってて、ここにはいなかった。 だから、助かったこと。

都井睦夫の家は、下の写真の○の所にあった。 今は、空き地。
おばあちゃんの家は、道の右だから、道路を挟んだ隣になる。

一段上の左の家は当時もあったが、屋根が見える右の家はなかった。

10年5月14日 (18)

当時、旦那さんの家には、お母さんと子供たちがいた。 父親は、亡くなっていなかった。
おばあちゃんに、何番目に襲われたかは聞かなかったが、「八つ墓村」の話の中では、
最初に襲われた家で殺されたのは、未亡人と子供たちとある。

都井が、道に出て、すぐの家は、おばあちゃんの旦那さんの家だ。
きっと、最初に襲われている。  
その場面は、ここにある。 この映像では、子供の人数がはっきりしないが、未亡人とある。  2分過ぎに出てくる。
     ※ 八つ墓村 異談・横溝正史と津山30人殺し 3/4 (YouTube) 

Wiipediaに、最初にも書いたが、事件の現場は、貝尾・坂本とある。
犯人の都井は、最後は自殺するが、おばあちゃんは、その場所をこう説明してくれた。
青山から横野に行く途中の山の頂上。(峠の頂上)

そこに行く途中に、坂本はある。 
最後に一人殺したのは、坂本と、おばあちゃんは教えてくれた。    
     ※ 坂本、青山、横野(上横野)の位置は、この地図に。  都井が自殺した場所が、見当つく。

おばあちゃんは、お墓の場所を教えてくれた。 何カ所もあった。
他にも、お話しはたくさん聞いて、別れた。 丁寧にお礼を言って。

最初に行ったお墓。 

10年5月14日 (19)

おばあちゃんは、戦後結婚してここに住んだ。 でも、昭和30年に旦那さんは病気で亡くなる。(結核)
それから、もう55年経った。 二人の男の子を育て上げた。 今は、ひ孫もいる。

昭和13年5月21日とあるお墓が、すぐに見つかった。

10年5月14日 (20)

昔は25戸の家があったが、今は10戸と、教えてくれた。
※ 襲われたのは、11戸。

この道を上がってきた。 下りたら、車がある。
昔は、もっと木がたくさんあったという。
事件の後、夜は不気味なので、おばあちゃんたちも地域の人もみんな、出歩かなかったそう。

10年5月14日 (21)

事件の後、ここに住めなくて、出た人も多いと言った。 思い出すのがつらいから。

別の墓地にもあった。

10年5月14日 (22)

アジサイでいいですね。 早い感じがする。

10年5月14日 (23)

下の風景。

10年5月14日 (24)

事件の時に、ここに住んでた人は、今は一人もいないという。
出てしまったり、亡くなったり。 72年経った。
私はおばあちゃんに、「ずっと墓を守れてよかったねと」言った。

10年5月14日 (25)

おばあちゃんは、私は現場を見てないから、ここに住めたかもしれない、と言った。

ここの墓地には、2つ並んであった。

10年5月14日 (26)

こう。

10年5月14日 (29)

離れた所にも、あった。

10年5月14日 (27)

昔のことが分かる物は、墓の他には無かった。

ここにも2つ。

10年5月14日 (28)

道が左に曲がる辺りで、おばあちゃんと話した。

10年5月14日 (30)

どうして、都井睦夫が、このような人間に育ち、大変な事件を起こしたのか。
ネットの情報や、おばあちゃんの話、私が今まで教育の世界で見てきたことから考えたら、こんな感じでしょうか。

① 最大の問題は、育てたおばあちゃんが、睦夫を大事にしすぎたこと。
  外に出す不安があったため、家に閉じ込めた。 極端な過保護。
  学校に入学させるのが1年遅れたのも、それが原因。

② 上のことで、睦夫に、ほとんど社会性が身に付かなかった。
  引きこもりになったのは、それが原因。

③ 自分に対する、周りの人間の関わり方に、不満を持つようになる。
  睦夫は頭が良かったので、繊細にそれを感じるようになった。

④ 強い人間にあこがれるが、そうはなれない。
  それを実現してくれたのが、銃だった。
  銃の力が、自分の力と、錯覚するようになる。

⑤ 最後のとどめは、睦夫が結核になったことだった。
  この時、自分の人生から夢は消えた。
  当時、結核は、死を宣告されたようなものだった。

⑥ 好きだった人が、自分から離れて行った。 
  そこに恨みが生まれ、事件への引き金になった。

こんな流れかなと思う。

※ 追記  真実は、分かりません。 
      私は、こう思うと言うことです。      

この事件から何を学ぶかは、難しい。
人間どんなに不満があっても、都井睦夫までのことはしない。

※ こんなことも思った。
  都井睦夫の罪の大きさは、計り知れない。
  それでも、戦争を起こした人間の罪の大きさは、比べられないほど、都井の罪より大きい。
  長崎と広島で、このことを学んだかな。

おばあちゃんに会えてよかった。
現場での生の情報の価値は、ネットの情報と全く違う。
おばあちゃんに、感謝します。


【道の駅】      彩菜茶屋     だいたいこの辺り

【明日の予定】    たくさん時間がない。 この近くか、津山城だけでも。 

【今日の歌】     歌ではないが。
           八つ墓村 異談・横溝正史と津山30人殺し   1/4 (YouTube)
                                        2/4 (YouTube)
                                        4/4 (YouTube)      ※ 3/4は上に。


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コメント

津山

津山に行くと書いていましたがまさかここに行くとは思いませんでした。
津山事件についてはウィキペディアで詳しく読んだ事があります。

津山事件

すごいところに来ましたね。記者魂で「裏」を取って、記事にして下さい。生の情報を載せてください。面白そう。事実は小説より奇なり。

Re: 津山

こんな事件があったなんて、知らなかった。
こういうのが面白いですよ。


Re: 津山事件

何を聞くのか、整理しておいたらいいですね。
後で、これを聞けばよかったとか、いろいろ出てくる。

ネットの記事は、誰かのをコピーしたように、同じようなのが出回っている。
そればっかり。

現場の声はいい。 新鮮。
今回は、およそ30分でした。
おばあちゃん、疲れるから、途中でやめた。

もし、地元のお年寄り数人が集まって、一晩話が聞けたら、完璧ですね。



やっぱ こちらに

津山城・湯原温泉より
やっぱり こちらに 行かれましたか

Re: やっぱ こちらに

面白そうだったので、行ってしまいました。
1ヶ月に1回くらい、こんなのがいいですね。
伝説でも何でもいい。
ただ見て終わりより、いい。


津山事件

確かこの事件は「丑三つの村」という映画の元になったと記憶してます。
元の事件のことは、全く知りませんでしたが今回のブログを見て、映画のことを思い出しました。

今日は、若干暖かかったですがまだまだ寒い日が続いています。桜もまだですね。

Re: 津山事件

調べてみました。 そうですね。
YouTubeにもありました。
私は何も知らなかったけれど、結構有名な事件だったんですね。

桜は、札幌から旭川に向かっているでしょうか。
この時期は、天気が悪いと寒いですね。
こっちはもう、上着はいりません。


津山事件

記事見ました。私は、岡山県北に住んでいますが この事件の内容は 八束村なんだと思っていましたが 知り合いに津山市加茂だと聞いて 色々調べましたが中々なくて 現場に行った方に話を聞いたら もう、荒れ地や雑草で車では行けないって言われました
しかし、この写真みたら現場に行けるのですね?
知り合いに聞くと、集落付近に鳥居がありそこを抜けた所って聞きました
実際はどうなんでしょうか?
実際の現場には行けるのですか?

Re: 津山事件

事件県場は、集落の中にありますね。
都井の家があった場所なども、分かってます。

都井は、数㌔離れた場所で自殺しますが、その場所には行っていません。
場所は、地元の人に聞きましたが、その時、車で行けるとは思わなかったですね。

事件現場は、車で行けますし、停める場所もありますよ。

現場

先ほど ブログ記載の内容と写真を地元の人に見せましたが、写真は現場までに行く道で 実際の現場は 誰も住居人はいなく 荒れ地、廃墟だそうです
写真の場所よりさらに奥に行くと そこからは徒歩で行き 鳥居がありその先の集落だそうです
その方は実際に鳥居までいったそうです
どれが真実かわかりません

Re: 現場

事件が起きた場所は、歴史的史実として確定しています。
住所は、行重の貝尾です。 広い地域ではありません。
もし、違うことを言っていれば、事件のことを知らないということです。
勘違いしているかもしれません。
事件の現場検証も行われていて、都井の別の現場での遺体写真も残されています。



度々すみません
私の友人が(3名)現場に行ったみたいで 皆は全て 途中まで車で行き途中から徒歩で 雑草をかき分けていくと 腐れた鳥居が見えて鳥居のそばに 大きな岩があり
そこに お婆さんの霊が見えて手招きをするそうです
事件の集落は鳥居を超えた場所にあります
今は 加茂ですがか
行重/貝尾なっていますが 現在は地図から抹消されているみたいで
当時は 行重/貝尾とは言わなかったみたいです
別の地名にて地図にあったみたいです。
鳥居超えて集落に入り更に奥に進と滝があり
滝にて犯人は自殺したそうです
また、犯人姉は加茂から津山市の 駅付近に在住しているみたいです
※現在はわかりません



最後にブログの写真は以上ですか?他にもありますか?

Re: ?

それは、津山事件とは関係のない、別の事件と思います。
私の記事は、津山事件です。
都井は、猟銃で自殺しています。

なお。津山事件についての場所の確認は、津山市の教育委員会か図書館で出来ると思います。
津山市史にも、必ず書かさっています。

あきかんさんの話は、何の話でしょうね。


津山事件

地元付近の人に聞いても皆、犯人は 集落奥の滝にて猟銃で自殺したと
昔だから 資料が無く色々な噂がながれているから 地元の方は 行重/貝尾ではなく 八束と言っていました 行重/貝尾はわからないそうです

昔の事件だから 誰も記憶が乏しくてわかりませんが

でも、地元の年配者の方々は皆、鳥居の先に集落がありそこが現場と云っています。

当時の資料も曖昧でその資料か現在にあるから
更に複雑にしているのではないかと 年配者の方は言っていました
結論
現在と違い、事件捜査と当時の資料も曖昧で 現在に至っている 当時の事を知っている人もあまりいなく 色々な話や噂があり 本当の所は誰にもわかりません
憶測に振り回されているだけですね

色々ありがとうございました。
さようなら
お元気で

最近この事件をWikipediaで知りまして、検索していたらこちらのブログが見つかりました。
現場へ行かれたのですね@@;すごい。

今は平和そうでよかったです。

Re: タイトルなし


そこに住む人たちの心の傷は、長い間ずっと残ったようです。
現場で話を聞くことができたわけですが、それができて良かったですね。
難しいと思っていましたから。


「津山三十人殺し 最後の真相」という本が一月に出ました。
GHQが戦後収集した「津山事件報告書」をアメリカで閲覧し、噂話や想像でない真相を明らかにしています。
一読を。

Re: タイトルなし

ありがとうございます。


津山30人殺し

こんにちは、私は津山30人殺しのあった現場近くに住んでいます。
亡くなった祖父は犯人と話をした事があると言っていました。友人の祖父は修学旅行中に家族全員殺されたそうです。
今では事件当時を知る方はほとんどいません。
私たちの家にも何度か事件の場所などを聞きに来る方がいました。
私の家族は事件に巻き込まれていませんが、事件に巻き込まれた遺族を思うとよく知らないと答えました。事件が忘れられるのも悲しい事ですが...。
なんだか複雑な気持ちです。

上の方が書かれていた八束村とは、横溝正史が津山事件をモデルに八墓村を書いた際に引用した村の名前なので、同じ岡山ということで勘違いをされる方がいるそうです。
八墓村で調べて頂ければわかります。
八束の方は迷惑な話でしょうね・・・。

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町民として

丁寧な文章やわかりやすい説明、怖いもの見たさではないという感じが伝わってきて地元民としてうれしいです。やっぱり悲惨な事件ということで肝試し目的の若い人や、その部落に住んでる人を馬鹿にしていく県外や町外の人が多いので、あなたのような人もいるのかと驚きました。憶測やうわさ話も多いですが、あなたの言っていることは正しいとおもいます。実際、事件は地元の警察も現場検証に行ったし、けが人が運び込まれた病院もいまだにあります。すべて伝説などの類ではなく史実です。ちなみに加茂町にはきれいな川とキャンプ場があるので、夏になったら一度訪れてみてください。

Re: 町民として

返事が遅れました。
ありがとうございます。
あの事件から、学ぶことはたくさんあるんですね。
学ばなければならないし。

いつか、またおじゃましますね。
事件から離れて、賀茂町の良さを取材したいです。



山岸涼子の「パイド・パイパー」という単行本に収録されている「負の暗示」という漫画がこの事件を題材にしています。
事件を基にした物語ということで主人公の名前の漢字をあえて変えたりはしていますが。
ブログ主が想像された都井睦雄の犯行動機や殺戮を実行するまでの経緯などが当時の数少ない資料から作家の緻密な取材により詳細まで描かれています。
もし機会がありましたらご一読されては。
以上、失礼致しました。

Re: タイトルなし

ありがとうございます。
機会があれば、読んでみますね。
旅が終わってからでしょうか。

鳥居うんぬんのコメントは・・

すみません、通りすがりのものです。
「鳥居があって、廃墟が・・」っていうコメントが何件か見られますが、
それは有名な都市伝説の「杉沢村伝説」と混同しているものと思われます。杉沢村伝説自体が、この津山30人殺しを元ネタとしています。

私も以前ここに行きましたよ
埼玉から18切符を使い、駅から徒歩で
駐在さんから色々と気をつけるようにと諭されました
なお、現地の人は全く見かけませんでしたが、
関西から来た志の同じ人とばったり出会って意気投合しました

Wikiで津山事件のことを知って事件現場の地名で検索したらここについたんですが、さみしいところですね
家があるのに人が見えないのがとてもさみしい。夜は不気味と書いてますがたしかに夜になるとなにも見えなくなりそうです
犯行は夜に行われたんでしたっけ。事件当時はさらに暗かっただろうからさぞかし犯人は動きやすかったでしょうね
この事件をタブー扱いするのもよくわかります。だってこんなことできる人間がいることを想像するだけでおぞましいですもんね
おばあちゃんには強く生きて欲しいです

始めまして。
日本のどこの山間部にもある、のどかな風景の集落ですね。
現在の様子がこんなに何枚もの写真で拝見出来るとは思いませんでした。
ひとつ質問させてください。
都井睦雄の墓はどこにあるのでしょう?
この土地には葬ってもらえなかったのでしょうね・・・


先程、書き込みしましたtentenです。

すみません、陸雄の墓の場所わかりました。
貝尾には葬ってもらえず、加茂町倉見という貝尾から15Km程離れた場所にあるようです。
祖母が貝尾生まれで、倉見の都井家に嫁いだ。
そこで陸雄も生まれたそうですね。
事件後、都井家の人が祖母と陸雄を引き取って埋葬した。
陸雄の墓はそれとわからないように、小さな川石が置かれています・・・

キャンピングカーでのひとり旅、憧れです!
お気に入りに追加させて頂きました。
私の故郷の三重県編を少し見せて頂きましたが、写真が多くて素敵です。
他の記事もゆっくり拝見します。

風化させない記事と写真が有意義

初めまして、大分県のトマトと申します。
私も、津山事件には以前から興味を持っていました。
筑波、松本清張、岩井志麻子、横溝、根岸、ほとんどの
書籍を読んでみましたが、彼の両親が早くなくなって
祖母と姉との暮らしぶりを考えるとん暗澹たる気分に
なります。
事件そのものは、凄惨、陰鬱な物ですが
唯、一つの救いは、気だての良い姉の美奈子が居た事で
しょうか、
豊富な写真と説明が有って充分堪能出来ました。
事件を風化させずに取り上げてくれて、うれしいです

この事件から人々の人生は大きく変ったのですから
貴方が、この事件を取り上げた事は有意義のな事
だと思います。

今の時代も人間の心境は変わらない気がしますね、
連続通り魔事件なども、同じような心境で起きた場合が多々見受けられます、

同じ境遇にある人、それより酷い境遇にある人はいっぱい居ますし・・・
すべては彼の生まれ持った才能の成せる業でしょう。

>「お前はわしの悪口を言わんじゃったから、堪(こら)えてやるけんの」と言われ、見逃されたという。
無理ゲーではなさそうなとこがこの事件の救いですね。

通りすがりの者です
松本清張の大ファンで、小説「闇に駆ける猟銃」でこの事件を知り衝撃を受けました
画像を見る限り、今はとてもあんな恐ろしい事があった場所とは思えないほど、美しい町ですね
原住民の皆様におかれましては、いつまでも平和で穏やかな環境であらんことを祈ります

良い記事なのにフォントの色が見えづらくてもったいないです

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また津山事件のような悲しい事件が起こって調べていたらここに行きつきました。
憶測ではなく真実の話をアップしてくださりありがとうございます。

この事件はあくまでも「加茂の三十人殺し」です。当時警察の管轄が津山署であったことから津山事件と呼ばれますが、ある意味嫌な名称です。
公式に津山事件なので仕方ないと思ってはいますが、何かあるたびにこの事件が表に出てくるので正直気分の良いものではありません。
外部の方々は興味本位でこのようなことをされるのですが、もうやめていただきたいものです。出来るなら事件当時のことを知っておられる方々をそっとしておいてください。風化してしまえるならどれだけよいか・・・多分外の方々にはわからないでしょうね。

大丈夫かな 県外人

昭和13年当時事件の起きた西加茂村の南には(西から東へ)高田村 高倉村 神庭(かんば)村の三村が西加茂村と境を接して存在した。更にその南には(西から東へ)一宮村 東一宮村 東苫田村 高野村が在りその南にやっと旧津山市が姿を現す。これをみただけでも「津山30人殺し」などという事件の命名がいかに無責任でデタラメであるかがお分かりになるだろう。昭和29年(1954)の「昭和の大合併」で西加茂村は加茂町 東加茂村 上加茂村と合併し「加茂町」となる。同じ年に南の高田村以下が津山市に編入された。従って昭和29年(1954)の段階でも津山市と加茂町は全く別の自治体であり この二つが合併するのは「平成の大合併」(2005)である。津山市史第7巻(大正・昭和編)の
刊行は昭和60年(1985)であり この段階では加茂町と津山市
は別の自治体であるから当然この事件は津山市史には書かれていない。(尚 加茂町史の刊行は昭和50年) 津山署が取調べに関与していても 「津山30人殺し」という言説は誤りである。
私ら近郷の者は幼少のころから「加茂・・」と正確に大人から教わってきた。このキャンピングカー氏は それが正確かどうかは別にして 「津山事件」と控えめな態度を心がけておられるご様子。

写真を沢山載せてくれて感謝です。すごく興味があったので。恐いもの見たさで…。
人間は悪魔になりうるんですね…。

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あなたの考えおかしい

興味深いレポートありがとうございました。ただし、以下の言葉だけ納得できませんでした。

>戦争を起こした人間の罪の大きさ は、比べられないほど、都井の罪より大きい。 長崎と広島で、このことを学んだかな。

殺人事件と戦争の罪を比べてどちらが大きいなどと言えない。
老衰でない限り死んだほぼ全ての人には無念がある。この事件で殺された人がどれだけ無念に感じたことか、あなたは現場を訪問して気づかなかったのか?
尊い命が失われたのだから殺人事件も戦争も悲惨なものだ。
加えて、戦争を起こした罪と広島・長崎の原爆をどう結びつけようとしてるのか?
日本が戦争起こしたから原爆落とされたのは仕方ない。悪いのは日本だ、みたいな論理だね。そういう論理よくないです。


おはようございます

コメント中に現地の方でしょうか、優しい言葉で投稿ありました。

不幸に満ちた場所であるからこそ、こういうところだからこそ教育や文化が栄える地にしたいですよね。

そういえば不幸にまみれた犯人になってしまったこの者は、生前子供達が大好きで小説を児童向けに作り直して読み聞かせた、とあります。

この者は結核という当時の最悪の死神に囚われ、人の救済を非常に強く与えねばならなかった。
更に、本来ならば戦争という殺しをあろうことか正当化する地獄に赴かねばならないところ、死神が憑いているからお前は殺し屋の集団に来るな、と言われたことを村では集中的に批判の的にされた。

最終的に最愛の人物にも支持されず、強い愛が最悪の憎悪に化けてこの者を覆う。

生きることに希望を見出だせず自らが信じた愛に結果的に裏切られ、病による死の恐怖、村人からの筋に反する害意でこの者は居場所を失なった。
この者が愛した人はまだ若かったのでしょう、死の病や村の意向をどうしてよいか分からなかったのでしょう……。

この地での児童などの教育や音楽や文化のおおきな躍進が、亡くなった人の鎮魂になるはずである。










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疑問

犯人は9連発の散弾銃を使用したとありますが
ブローニング・オート5を9連発にするには相当な工作技術を要すると思いますけど事実なんでしょうか? ?

銃身より管弾倉のほうが長くなってしまうと思いますけど? ?

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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