FC2ブログ

キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

「 大江山 いく野の道は遠ければ まだふみもみず 天の橋立 」

百人一首にある歌。  作者は、小式部内侍(こしきぶ の ないし)。

小式部内侍は、和泉式部の娘。

本人は、京都にいて、母親の和泉式部は、丹後の天橋立にいる。 
そういう状況の中で、うたった歌。

大江山は、京都から亀山に行く途中の、老ノ坂のこと。
※ 本能寺の変の時、光秀は、亀山城から老ノ坂を通って、本能寺へ行った。   そのブログ

生野の道は、亀山と福知山の間にある道。 
今日歩いたのは、その中にある、細野峠。

その道は、天橋立への道であり、母親の和泉式部が歩いた道でもあった。

この歌は、どうして作られたのか。 また、どんな意味なのか。
その辺りを、調べてみた。 ※ 何も知らない中で、スタート。

この人が、小式部内侍。 (Wikipediaから)

Hyakuninisshuookklll.jpg

これが、細野峠。  この地図は、地元の中学生が作った。 
右の方から左に行く。 

10年5月18日 (1)

私は、峠の入り口が分からなかった。 畑にいる人に聞いた。 旦那さんを呼びに行った。
その人は、上の案内板まで連れて行ってくれた。

後で分かるのだが、この峠を大事にしている人だった。

この道が、山陰道。 昔の街道。 

10年5月18日 (2)

黒いトンボがいた。 初めて見る。

10年5月18日 (3)

この道は、国道9号線に沿っている。 京都から、亀山を通って、細野峠を通って、ここに来る。
ここから反対側に行くと、福知山に着く。
そこから、北に行くと、天橋立。 西に行くと、竹田城のある朝来市。

道は、舗装でなくなった。 上り始めた。
昔の広さも、こんなものでしょうか。 もっと狭いかもしれない。

10年5月18日 (4)

この人は、999年ころから、1025年までの人。  平安時代の女流歌人。
藤原道長が、966年から1028年だから、同じ時代の人。

道が細くなった。 昔はこんなもんでしょうね。 但馬や丹後の殿様も、ここを通った。

10年5月18日 (5)

しばらく行ったら、上の方が、こんな風に見えた。 家があるように。

10年5月18日 (7)

上に行ったら、何もなかった。 錯覚だった。 戻って確認した。

10年5月18日 (6)

昔ここに、円通庵という建物があった。 この水は、その井戸から湧き出る水。
ここを通る人は、この水で喉を潤した。

10年5月18日 (8)

上り切った辺りが、頂上。

10年5月18日 (9)

下ったら、何か見えてきた。

10年5月18日 (10)

大身騒動晒場跡(おおみそうどう さらしばあと)とあった。
※ 1860年に、大身村の百姓を中心にした一揆があった。 細野峠が、集結場所だった。
  中心人物の茂助は、打ち首になった。 その首は、細野峠のここに、晒(さら)された。

10年5月18日 (11)

「 大江山 いく野の道は遠ければ まだふみもみず 天の橋立 」
意味は、こう。

大江山を越え、生野を通る丹後への道は遠すぎて、まだ天橋立の地を踏んだこともありませんし、
母からの手紙も見てはいません。

解釈について。

いく野は、「生野」と「野を行く」の、両方の意味。
ふみもみずは、「文も見ず」と「踏みもみず」の両方の意味。
「道」と「ふみ」と「橋」は、縁語だそう。 関係あるという意味でしょうか。

峠を下りて行ったが、この辺りで戻った。

10年5月18日 (12)

何で、こんな歌を作るかです。 この説明は、色んなところにあった。 

当時、小式部内侍は、年少ながら非常に歌が上手いと評判だった。
あまりに上手なので、母の和泉式部が代作しているのではないかと噂が出るほどだった。
             
ある日、彼女は、歌会(歌を詠み合う会)に招かれた。
その頃、母の和泉式部は、夫とともに天橋立のある丹後に行ってて、不在だった。

その歌会に、藤原定頼がいた。 意地悪なことを言った。

「歌は如何せさせ給ふ。 丹後へ人は遣しけむや。 使、未だまうで来ずや」と尋ねた。
つまり
「歌会で詠む歌はどうするんです? お母様のいらっしゃる丹後の国へ、使いは出されましたか? 
 まだ、使いは帰って来ないのですか」と、代作疑惑のことを皮肉ったのです。

その時、小式部内侍が即興で歌ったのがこの歌だった。

行ったことも、手紙を見たこともありませんよと、その瞬間に歌った。

「生野」と「野を行く」を掛け、さらに「踏みもみず」と「文も見ず」を掛けた。
華麗な歌になった。

小式部内侍は、これまでの歌が全部自分の作品であることを証明した。
同時に、噂はデタラメであることも。
皮肉を言った藤原定頼は、その場には居られなかったそうだ。

元来た道を戻っている。

10年5月18日 (13)

この人は、20代の後半に、3人目の子供を産んだ時、亡くなっている。 
3人の子供の父親はみんな違う。 恋多き女性。

間もなく、頂上。

10年5月18日 (14)

この峠は、一度整備されている。 今は、いい状態ではない。
石垣など、ずっと昔のものを探し続けたが、発見できなかった。
この道が、昔の街道であることは、間違いないが。  ※ 後で、地図を見せてもらう。

10年5月18日 (15)

小式部内侍が亡くなった時、母親の和泉式部は、下の歌を詠んだ。
「とどめおきて 誰をあはれと思ふらむ  子はまさるらむ 子はまさりけり」

このような解釈があった。 (筑波大 石塚修)

娘である小式部内侍は、亡くなってあの世に行った。
その彼女は今、この世に残していった母親である私と、子どもである孫たちとどちらを、
深く愛惜の思いを持って、あの世から見つめていることであろうか。
それは、きっと孫たちであるに違いない。
なぜならば、私も親を失ったときの悲しみより、今こうしてわが子を失った悲しみに出会って、
はじめて親が子を思う思いの深さに、気がついたからである。

山の頂上まで、2㌔程だったかな。

10年5月18日 (16)

峠から下りてきた。

10年5月18日 (17)

町の方の、昔の街道を歩いた。 こんな茅葺の家。

10年5月18日 (18)

感じのいい道だ。

10年5月18日 (19)

両橋。 1938年に出来ている。 土木遺産だそう。
少しデザインがいいかな、って言う感じですね。 そろそろ、コンクリートはダメになる。

10年5月18日 (20)

龍源寺に、ちょっと行ってみた。 宝篋印塔(ほうきょういんとう)があるというので。
峠に昔あった、円通庵の観音像は、この寺にあるそう。

10年5月18日 (21)

手前が、宝篋印塔

10年5月18日 (22)

こんなのが。 小さな世界だ。 

10年5月18日 (23)

この辺り全体は、福知山市の三和。 写真の右の方に行くと、生野地区がある。
それで、この辺の道全体が、生野の道と呼ばれる。

10年5月18日 (24)

こんな感じ。

10年5月18日 (25)

最初に、道を案内していただいた方に、呼ばれていた。 帰りに寄った。
細野峠の資料をたくさん頂いた。 飲み物も御馳走になって。

この地域には、細野峠物語と言うのがある。
その作者が、この方だった。
このお話は、地元の劇団によって演じられている。

向こうに行ったら、福知山。 左に行ったら、細野峠。

10年5月18日 (26)

庭には、たくさんのツツジがあった。  白が終わったら、赤が咲くと言う。

10年5月18日 (27)

今日は、一つの歌に関わって、動いてみた。
歌を、さらっと読んでも、何も感じないが、裏に隠れている事を調べたら、面白い。
今日は、いい歌に出会った。 母親の歌も良かった。

出会った人が、この峠に、惚れ込んでいる人だった。
この町に来て、道を間違って、その方の家に真っ直ぐ向かっていた。
偶然とはいえ、不思議だ。


少し時間がかかったが、道の駅、ガレリアかめおか、まで走った。
すぐに、バラを見に行った。 咲き始めていた。

10年5月18日 (28)

ここの道の駅に、何日いることになるだろう。 ここを拠点に京都を見る。 車では行かない。


【道の駅】    ガレリアかめおか

【明日の予定】  どこかを、少し。

【今日の歌】   昨日の歌ですが、関口泰子のは、ピアノが少し歌の邪魔をしているように感じるんだが、どうでしょう。 
           綺麗な声なんだから、歌ってない時にさらっと聞こえる程度でいいんでは。

         テネシーワルツ(YouTube)      パティ・ペイジは今83歳。 歌っていますよ。


【ブログランキング】  国内旅行3位、旅行全体で9位です。  
             クリックするバナーは、左の一番下にあります。気に入った所がありましたら、よろしく。
スポンサーサイト



コメント

小式部内侍

小式部内侍は、全然知りませんでした。母と娘。いい歌を残しました。天の橋立はまだ実際には見ていません。やはり股を広げてみた方がいいですか。

Re: 小式部内侍

天橋立は、大したことないんでないかと思って、通り過ぎた。
こんど、寄ってみますね。

今日の歌は、2つともいいですよね。
自分でも作れたらいい。

何がいいかな。 俳句。 和歌。 詩。 山頭火のような句。
どんな才能がいるのか。
手順はあるのか。
材料を見つけてから、ああだこうだ、ひねくりまわすのかな。

ブログに、今日の歌(詩・句)って載せれたら最高。





> 小式部内侍は、全然知りませんでした。母と娘。いい歌を残しました。天の橋立はまだ実際には見ていません。やはり股を広げてみた方がいいですか。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://akkamui21.blog39.fc2.com/tb.php/936-ef4b9f90

akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

名前:
メール:
件名:
本文:


-天気予報コム- -FC2-

この人とブロともになる

QRコード

気にいったところがありましたら、クリックをお願いしますね。

FC2Blog Ranking

ありがとうございます。