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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

雨は止まないので、知恩院の広いお堂で、のんびりすることにした。
法然の力なのか、雨は止んだ。

千姫のお墓にお参り。
 ※ ここに、千姫のお墓があることは、情報誌には載っていない。
        (寺でも、宣伝しないと言っていた。 お寺の人とお話し)
千姫は、昨日のブログの、お江(ごう)の娘。 父は秀忠。 
豊臣秀頼と結婚する。 大阪城炎上の中、助け出される。 
母も、娘も、同じような経験をする。

ラッシャー木村は、昔相撲取り。
小学生の頃、夢中で応援していた。 理由は、後ほど。 

車を、お昼に京都トヨタの亀岡店に持って行った。
大井駅まで、会社の人が送ってくれた。

知恩院は、山門(三文)もお堂も、とにかく大きい。 それが、知恩院の特徴。  場所はここ

これは、三門。 日本最大。 人が小さい。  まだ、雨は強い。

10年5月24日 (1)

門から、この階段を登ると、本堂などが見える。

10年5月24日 (2)

これが本堂。 法然上人の像があるので、御影堂(みえいどう)とも呼ばれる。

10年5月24日 (3)

本堂でのんびりした。 一人のお坊さんが、お経を唱えていた。
広い堂内に響いた。 聞いてて心地いい。  声の響きは、ホーミーに似ている。  ※ ホーミー(YouTube)

そのうちに、雨が止んだ。 30時間以上降り続いた。 うれしい。

本堂右前の天井に、傘があった。 左甚五郎が、置き忘れたという。
知恩院を火災から守っていると、信じられている。

10年5月24日 (4)

日光東照宮の、眠り猫が、左甚五郎作。

nnbbhhg.jpg

これが、傘。

10年5月24日 (5)

この場所の真上に、傘があった。

10年5月24日 (6)

今日は、工事で歩けなかったが、うぐいす張りの廊下もある。
歩いたら、キュッ・キュッっと鳴る。

こんなのを含めて、この寺には、7不思議がある。
ここだけでなく、寺や神社は、参拝者が退屈しないように、いろんな伝説を作っている。

この床は、人が歩いて、木の柔らかい所が減った。 でこぼこになった。

10年5月24日 (7)

そう言えば、本堂の中に、法然の子どもの時の像があった。 良かったですよ。
撮影はできない。 ネットで探したが、写真は無かった。
目の表情が、誰かに似ていた。 どこかで見た、天草四郎の像だったか。(確認できたら追記)

ここを登って、千姫の墓に。

10年5月24日 (8)

見える建物は、勢至堂。 この辺りに、法然は住んでいたとされる。
千姫の墓は、この建物の向こう。

10年5月24日 (9)

ここを通って行く。 去年も来た。

10年5月24日 (10)

これが、千姫の墓。 墓は他にもあるが、分骨してここに。
※ 宙太さんのコメントで知ったんですが、来年の大河ドラマは、お江なんですね。 
  主役を調べてみたら、上野樹里だった。 そう言えば、ネットのニュースで、一度見た。

千姫は、祖母のお市の方(信長の妹)に似ており、美人だったと言われていますね。

10年5月24日 (11)

ここを登って行くと、法然上人のお墓がある。 法然上人御廟。

10年5月24日 (12)

奥に見える建物が、御廟。  知恩院で、最も大事な所。 祈りの空間の雰囲気。
若い男の人が、数珠を持って座っていた。

10年5月24日 (13)

こんな所に、目が行く。

10年5月24日 (14)

これらは、どういう意味があるんだろう。

10年5月24日 (15)

奥の雰囲気。

10年5月24日 (16)

小さなお堂の前を、右下に下りていく。

10年5月24日 (17)

上の所を下りたら、お寺の人に会った。 挨拶して、少しお話し。
その方は、私と同じカメラを使っていた。 レンズも、ほぼ同じ。

秋の紅葉の時期は、みなさんこの辺りから撮影するんですよ、と教えて頂いた場所から撮影。

10年5月24日 (18)

下に行く、石段。 見える屋根は、本堂。

10年5月24日 (19)

線香を立てる所から、本堂を撮影。
知恩院は、本堂や境内の散歩は無料。 心が広い感じがする。 ※ 庭園とかを見るのは、お金がかかるが。

10年5月24日 (20)

三門を、雨でちゃんと撮ってなかったので、撮影。

10年5月24日 (21)

門の前が閉まったので、だれも歩いていない。 さみしい。

10年5月24日 (22)

この門の2階には、釈迦如来像と十六羅漢像を安置している。

10年5月24日 (23)

バス停に戻る途中、こんな看板が。 
どんなバランス感覚で、赤の部分を決めたのかな、と考えていた。
良く見たら、そうではなかった。 な~んだ、となった。

10年5月24日 (24)


プロレスラーの、ラッシャー木村と言う人が、亡くなった。
この人は、ずっと昔、相撲取りだった。 こんな人。

佐久中学校を経て天塩高等学校を卒業後、夢であるプロレスラーになるための基礎体力作りとして、
大相撲の宮城野部屋に入門し、1958年3月場所初土俵。
四股名は木ノ村(きのむら)、最高位は幕下20枚目。幕下上位まで昇進したが、
「十両に上がったら辞められなくなる」という理由で、
1964年9月場所限りに親方の慰留を振り切り脱走して廃業した。(Wikipediaより)

この人は、北海道の北の方の、中川町の出身。 生まれは、歌内と聞いていた。  歌内は、ここです
私は、初土俵の1958年頃、歌内から少し離れた、国府に住んでいた。   ※ 関連ブログ  忘れられない別れの思い出

四股名は、荒馬だった。 37年に改名して、木ノ村。
昭和37年の、番付表の一部。


昭和37年秋場所場所  東京、蔵前国技館

幕内

東横綱1   大鵬     北海道    二所ノ関 29.05.1940    187   124
西横綱1   柏戸     山形県    伊勢ノ海 29.11.1938    188   139
東大関1   栃光     熊本県    春日野  29.08.1933    176   128
西大関1   琴ヶ濱    香川県    佐渡ヶ嶽 10.10.1927    177   117
東大関2張出 佐田の山   長崎県    出羽海  18.02.1938    182   129
西大関2張出 北葉山    北海道    時津風  17.05.1935    173   119
東大関3張出 栃ノ海    青森県    春日野  13.03.1938    177   110
東関脇1   出羽錦    東京都    出羽海  15.07.1925    181   143
西関脇1   鶴ヶ嶺    鹿児島県   井筒   26.04.1929    177   114
東小結1   若秩父    埼玉県    花籠   16.03.1939    175   150
 

東三9    北の海    -      -    ー             NaN   NaN
西三9    川上     -      -    ー             NaN   NaN
東三10   木ノ村    -      -    30.06.1941    NaN   NaN
西三10   龍昇     -      -    ー             NaN   NaN
東三11   漆原     -      -    ー             NaN   NaN


改名力士一覧

東三10   木ノ村、荒馬改名


毎日、新聞の星取表を眺めていた。 
改名したのは、6年生の時かな。 
木ノ村になった時、分からなくなって、応援はできなくなった。

ラッシャー木村が、昔、相撲取りと知ったのは、大人になってからだった。


【道の駅】     同じ。 ガレリアかめおか

【明日の予定】   東寺の五重塔を見るかも。 大きいと言うので。


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コメント

知恩院

知恩院の山門は大きいですね。時代劇にでてくる山門みたい。来年の大河ドラマは「お江」です。信長の妹・お市の方の娘。お江と千姫の人生模様のドラマかも知れません。知恩院の本堂と東本願寺の本堂はどちらが大きいですか。

Re: 知恩院

3姉妹の中で、お江が、一番面白そうですね。
上野樹里の演技が楽しみですが、見れないだろうな。
東本願寺は、最近行ってません。





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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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