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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

本州には、渡れなくて、香春(かわら)町に戻った。
昨日、田川市から、頭がなくなった山を見た。
あの山の麓に、香春町はあった。
新しい道の駅が、町外れに出来ていた。

動き出したのは、5時頃だった。
夕闇が迫る街を1時間ほど歩き、外で食事をした。 ビール、日本酒を飲んで、最後は、黒霧島のお湯割り。 極楽。
山沿いの夜道を、2㌔ほど歩いて、帰った。
田んぼのカエルは、ゲコゲコと、濁った声で鳴いた。 通り過ぎる時、そっと鳴きやんで。


カルスト台地の平尾台に、停泊していた。
昼頃、雨は弱まった。 視界が少しだけ、開けてきた。
遊歩道を歩いた。

10年4月22日 (1)

柵があった。 穴があるようだ。 のぞいてみたら、深さ3㍍ほどだった。

10年4月22日 (2)

霧雨なら、小鳥はなく。 時々、鳥でない動物の鳴き声がした。
昨夜は、こんな所に車を停めた。

10年4月22日 (3)

宙太さんが情報をくれた、香春町を調べていたら、道の駅が昨年の暮れに出来ていた。
これで決まった。 香春町に戻った。  ※ どうして、香春が、かわらと読めるのかが、不思議。
写真の左に、頭のない山はある。

10年4月22日 (4)

出来たての道の駅。 コンビニも入っていた。 便利だ。 
温泉に入ったりしてたので、着いたのは、4時ころ。

10年4月22日 (5)

工夫している。

10年4月22日 (6)

知らない町を歩く感じで、散歩。 市街地は低い所にあり、そちらに向かった。
線路沿いの、車の少ない、裏道を通った。 
線路は、日田彦山線。 小倉(北九州市)と日田市を結んでいる。 石炭や石灰岩を運んだ。
頭のない香春岳が見えた。(一の岳)

10年4月22日 (7)

道の駅に地図はなかったので、どこに何があるかは、分からない。

市街地から離れたら、田んぼ。 山里の感じ。

10年4月22日 (8)

宙太さんがくれたこの町の情報は、山頭火と、青春の門。

この道を、向こうから来た。 帰りも、ここを通る。

10年4月22日 (9)

山の方に脇道があった。 川があって、川の中に人がいた。
流れを悪くしている草などを、除けていた。 その人と、10分ほど話した。 ※写真の人。
香春岳の写真を、ずっと昔から撮っていると言った。 同じ場所から。

※ 香春岳~3つの山の総称。 頭のない山が、一の岳。 他に、二の岳と、三の岳。

10年4月22日 (10)

一の岳の中腹に、石灰岩の工場があった。 ※ 工場は、山の下にもある。(日本セメント香春工場)

10年4月22日 (11)

この町から数㌔の所に、糸田町がある。 そこに、山頭火が世話になった、木村緑平という医者がいた。
それで、山頭火は、この町にもよく来ていた。

車が見える道は、国道201。

10年4月22日 (12)

「香春岳は異様な山である。けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ」
五木寛之が書いた「青春の門」は、この文で始まった。
福岡県の筑豊炭田で育った少年、伊吹信介の成長を描く長編小説だ。 ※ 私は読んでないし、映画も見ていない。

大竹しのぶは、この映画が最初の映画。 試写会では、声を上げて泣きながら見たという。 

10年4月22日 (13)

列車がやってきた。 ※ 私は、小さい時から、汽車に乗るのが大好き。

10年4月22日 (14)

香春岳の、一の岳。

10年4月22日 (15)

街に入ってきた時、山頭火の歌碑があった。  ※ 他にもたくさんあるようだ。

10年4月22日 (17)

「香春 晴れざまへ 鳥がとぶ」

10年4月22日 (18)ppp

香春町との関わりは、下に。

10年4月22日 (16)

山の下にある、セメント工場。 

10年4月22日 (19)

大きい。 ※ 私は、大きな工場の近くで暮した事はない。

10年4月22日 (20)

6時を過ぎて、食事をした。  昨日、晩酌の写真を撮った。 近々酒を飲むと決めていた。
黒霧島のお湯割りが、メニューにあった。
それを頼んだら、黒霧のお湯割りですねと、店の女の子は言った。 黒霧島でなく、黒霧だった。

九州の南の焼酎が、ここ北でも、親しみを持って、そう呼ばれていた。
美味しいので、いつも、飲みすぎる。 

10年4月22日 (21)

香春岳。 一の岳。 上が平らだ。 (19時10分)

10年4月22日 (22)

夜の寺。 障子に何かが映れば、もっといい。

10年4月22日 (23)

心も体も温まって、もと来た道を、戻った。

10年4月22日 (24)

まだまだ街は、眠らない。

10年4月22日 (25)

もう少し行ったら、右に道の駅。
山小屋というラーメン屋を、時々みかける。 ここが本店のようだ。 一度食べてみるか。

10年4月22日 (26)

今日は、特に調べないで歩いた。
いつもは昼間に歩くが、夕方と夜も、いいもんだ。
明日は、行く所をきめて、もう一度歩く。 何か必ず発見する。


【道の駅】       香春

【明日の予定】     香春町を、再度散策 。

【今日の歌】      こころの花(エムズの片割れ)   作詞は五木寛之、作曲と歌は山崎ハコ。   白い花もある。 これもいい。
              こころの花(YouTube)        林あさ美という人が、歌ってる。 ギター1本で。 動画あり。 まあまあか。


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鍾乳洞の中に、川があった。 そこを、ジャブジャブと歩いて行った。

大分県から離れたら、どこを見るか探すのがたいへん。
国東半島のように、芋づる式に見つからない。
福岡県の情報誌だけ、いいのが手に入らない。(食べ物と、お土産屋の紹介が多い)

今は、平尾台というカルスト地形の山の上にいる。(ネットがつながる。 ドコモすごい)
墓石のように、白い石が、所狭しと並んでいる。 奇妙な光景。 賽ノ河原。   ここです

明日雨が止んだら、山を歩く。
でも、雨は、また降り出した。

この後、壇ノ浦とか行ってみたいが、まだ調べていない。
情報を探す時間が、限られている。
詳しい情報誌を、見つけなければならない。 県ごとの。
※ 情報は、道の駅で見つかる時もあるが、道の駅は、どこにもはない。

今日は、宙太さんから情報をいただいたが、調べきれなく、行けなかった。
ただ、昨日のブログの秋月に関わって、面白いことを教えてもらった。 最後に少し書く予定。
人間の執念には、驚く。


田川市石炭・歴史博物館に、寄った。

10年4月21日 (4)

この地図は、九州の北部で、筑豊と呼ばれる地域。 中央を遠賀川が流れている。

昔、筑豊炭田があり、戦前から昭和30年代の半ばまで、産出量日本一が続いた。
その中の中心地が、ここ田川市だった。

赤○の所が、今いる場所で、高い煙突が2本立っている。
「あんまり煙突が高いので~~」と、炭坑節で歌われた煙突だ。

つまり、ここは、日本の石炭生産の中心地だった。

10年4月21日 (3)

日本が大きく経済成長する前の時代を支えたのは、石炭だった。 繁栄の基礎を作った言ってもいい。
石炭の時代は、およそ、100年だった。 100年の嵐。

こうやって掘る時代から始まった。

10年4月21日 (5)

室内、室外とも、炭坑で使われたものが展示されていた。
炭鉱は、水と空気との戦いだから、それに関わる物も。

10年4月21日 (6)

炭鉱住宅。 
酒を飲んでるのを見て、うらやましいと思った。 これを見たら、私の頭は、他のことを考えなくなった。

炭鉱住宅での生活は、人とのつながりが豊かで、楽しいものだったと、あった。
私は、夕張の炭鉱住宅に、一度入ったことがある。 生活している所に。

※ 夕張へ行ったのは、私が勤めて間もなくの頃。 カレーライスを御馳走になった。 
  でも、友人のお母さんは、カレーに肉を入れ忘れた。 途中で気づいて、みんなで笑った。
  その後、何年経っても、あの時の肉無しカレーは美味しかったと、私は言った。 

10年4月21日 (7)

玄関から入って、振り向いたら、この人がいたので驚いた。 そういう時に、もし人形が動いたら大変だ。  でも、動いてほしい。

10年4月21日 (8)

エンジンがなかった時代、動力源は、蒸気機関だった。 煙突は、それの煙突。

10年4月21日 (9)

初めて、ボタ山を見た。 石炭を掘り出した時の、カスですね。
黄色の丸の中。

その向こうは、石灰岩の山。 削り取って、上が平らになった。

10年4月21日 (24)

庭に、炭坑節発祥の碑があった。 調べたら、間違いなくここだった。
「あんまり、煙突が高いので~~」という歌詞があるが、それは、上の2本の煙突のことだった。

10年4月21日 (10)

 炭坑節(YouTube)  踊りもいいですよ。

田川市について調べてみたら、ここは、五木寛之の青春の門の舞台になっていた。
※ また、チロルチョコは、この町で作られていた。

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平尾台に向かった。 石灰岩の山があった。 近くに、セメント工場が。

10年4月21日 (11)

こんな場所に来た。 秋吉台で見た風景に似ている。      関連ブログ  秋吉台、秋芳洞 他

10年4月21日 (26)

石灰岩は、水に溶けるとはいうが、どうしてこの風景になるかが、不思議。

10年4月21日 (12)

駐車場に車を置いて、谷底に下りて行った。

10年4月21日 (22)

上の方に、入り口が見えた。

10年4月21日 (13)

途中から、川の中を歩く。 サンダルを借りた。 ※ 赤の○まで、行くことになる。

10年4月21日 (21)

入り口。

10年4月21日 (14)

普通の鍾乳洞より、広い感じ。

10年4月21日 (28)

サンダル履きで歩いた。 水は、冷たい。
それでも、不思議なことに、10分ほどしたら、慣れてきた。
冷たさって、慣れるもんだなって、思った。 
この時、人間の冷たさにも、人は慣れるのかなって、そんなことも。

10年4月21日 (15)

途中から、歩道はなくなった。  工事費を節約したのではと、少し思った。 ※ 私は、意地悪。

10年4月21日 (16)

こんな所も。 

10年4月21日 (17)

転んだら、大変。 カメラは濡らせない。

10年4月21日 (27)

こんなところも行ったが、途中で、ひざより深くなった。 そこで戻った。 ※ 雨の日が続いたからか。

10年4月21日 (18)

10年4月21日 (19)

きれいな鍾乳石があるわけではなく、見所がはっきりしない。 川の中を歩くのがいいのか。

10年4月21日 (20)

出口の手前は、広い。

10年4月21日 (29)

鍾乳洞の方は、特に何がってことはなかったが、炭坑の方は良かったですね。
筑豊炭田について、初めて知ったことが多かった。

どこかの鍾乳洞が、人が集まる鍾乳洞の見本をつくればいいのに。
そんなことを思いますね。

近くに道の駅はない。 山の中にいることにした。

※ 追記の記事。 

昨日行った最後のお寺。 古心寺。 黒田家の菩提寺。 (小さな写真を1枚、最後にのせた)

10年4月21日 (1)   10年4月21日 (2)

この写真の、寺の手前で、左に行くと墓地がある。
そこに、宙太さんが情報をくれた、日本最後の仇討をした、臼井六郎の墓がある。

10年4月21日 (23)

私は、宙太さんから頂いた、柳川文芸「ほりかわ」の23号を読んだ。
その中で、19ページにわたって、詳しく書いてあった。

まとめる時間がないので、ネットにあった記事を紹介します。

臼井六郎 日本最後の仇討 (青春の城下町より)


【停泊場所】    上に書いた通り。 平尾台の山の中。

【明日の予定】   はっきりしません。

【今日の歌】    織江の唄(YouTube)   山崎ハコです。 青春の門の主題歌。  田川も、ぼた山も出てくる。


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秋月。 書いてみての文字の感じや、発音しての響きが、いい名前だ。
その魅力に惹かれて、行ってみた。 

降り続けた雨は、夕方4時半にやっと上がった。
1日が終わりかけ、静かな佇まいになった秋月を、歩いてみた。    ここです

下が、地図。 山の方には、行ってない。

IMG_7979mmnnjkh.jpg

この秋月という所は、筑後川の流域にある。  ※ 筑後川は、柳川で有明海に。
たまたま、4~5本の川が、ここに集まったため、山の中に平地ができた。
だから、平地と言っても、流れる川は、みな急流だ。 

平地の北に、秋月城はあった。 ここは、城の南側の道。

10年4月20日 (6)

道の、西の端。 向こうから来た。

10年4月20日 (1)

武家屋敷が、美術館になっていた。 少しだけ見た。

10年4月20日 (5)

壺とかが多かったが、これが良かった。

10年4月20日 (2)

何気ない表情だが。

10年4月20日 (3)

いいですね。    ※ 佐藤忠良は、深い表情が多いかな。

10年4月20日 (4)

山の方に道があったので、10分ほど歩いてみた。 寺や古い家があった。

10年4月20日 (7)

城だから、石垣があって濠がある。 城跡には、中学校。

10年4月20日 (8)

秋月氏が、この地を治めたのは、鎌倉時代から。
秀吉の時に、秀吉の力の大きさを読み間違い、つぶされる。

瓦門。 秋月氏時代の正門とあった。

10年4月20日 (9)

関ヶ原の後、肥前福岡藩は、黒田長政が治める。
そして、3男の長興(ながおき)が、秋月を治めることになり、秋月藩が出来る。

坂の下に向かう道。 いい。

10年4月20日 (10)

長屋門。 細長い家の真ん中が、門になっている。  ※ 今まで、何度か登場。

10年4月20日 (11)

石段は、昔のまま。 更に登って行くと、神社がある。

10年4月20日 (13)

城のそばの、料亭。 こういうのが時々あるので、小京都と呼ぶのか。

10年4月20日 (12)

町の下の方に向かった。 地図では、右の方。

10年4月20日 (14)

雨が止んで30分は経つのに、花は濡れている。

10年4月20日 (15)

秋月藩の黒田氏は、明治へと変わる時に、時代の波に乗り遅れる。
この町から、多くの人が去り、昔の面影はなくなる。
※ 時代の変化を読み間違うのは、秋月氏も黒田氏も同じ。

西の方を撮影。

10年4月20日 (16)

左の建物は、武家屋敷。 秋月の武家屋敷は、見た感じ、柔らかい。 この屋敷が目立ちすぎると、小京都とは言えないかな。

10年4月20日 (17)

上の写真の、左の建物の屋根。

10年4月20日 (18)

小さな町だけど、神社やお寺は、いっぱい。
※ この家の数なら、2つあれば十分なのに、10以上ある。

10年4月20日 (19)

道の横を流れる川に、カニがいた。

10年4月20日 (20)

上のカニを、向こうから来る親子と一緒に見た。

10年4月20日 (21)

石橋があった。 目鏡橋。 ※ 眼鏡橋ではない。

10年4月20日 (22)

1810年に出来た。 ちょうど、200年前。 長崎の石橋を見て、この橋にした。 木の橋は流される。

10年4月20日 (23)

西の方の町外れをあるいた。 小さな石段が、左にあった。

10年4月20日 (25)

田中天満宮とあった。 

明治の初めに、秋月の乱というのがあった。 明治政府に対する、反乱。
その集結地点が、ここだと書いてあった。   

※ 秋月藩が、時代をうまく乗り切っていなかったため、明治政府に不満をもった。
  そのことによる反乱。   秋月の乱(WikiPedia)

10年4月20日 (24)

こんな石垣が。 武者返しの石垣とあった。 熊本城で聞く名前。

10年4月20日 (26)

旅館。 ここの町は、伝建地区になっている。
ここの建物も、とても雰囲気がいい。

秋月の特徴は、ところどころいい感じの所がある。 
全体ではない。 廃屋のままや、写真に撮れない所がいっぱいある。
つぶれたお土産屋さんも、たくさんあった。
※ 組織が弱いと、こうなるのかな。

10年4月20日 (27)

遊びの写真です。 実際は、もっと明るい。 
※ カメラで、夜の雰囲気に出来ないか試してみた。 シャッター速度を決めて、ISOの数値を下げてみた。

10年4月20日 (28)

こんな所を通って。

10年4月20日 (29)

小さな寺を見て戻った。

10年4月20日 (30)


小京都って時々聞くけど、どこの町がピッタリでしょうね。
京都の東山、嵐山、大原、そして市街地の町並み、このうち3つ位雰囲気が似ていれば、小京都でしょうか。
秋月は、大原に似ている、そんな感じかな。
※ 観光地として栄えるには、温泉がないと、弱い。 そんなことも。


【道の駅】        うすい    ここです

【明日の予定】      ボタ山を見て、平尾台という所かな。 カルスト台地。 でも、情報が入ってきた。

【今日の歌】   この地も、黒田氏になって、キリシタン信仰があった。
          初代藩主黒田長興は、島原の乱の鎮圧に参加した。
          その後、長興は、別の場所にあった田中天満宮を、今の所に移した。
          その時、社殿を島原に向けた。
          後の世の人が、秋月の乱の集結地点をここにしたのは、島原の乱を意識したからかな、と思った。

         ミュージカル天草四郎(YouTube)  ショートバージョン。    関連ブログ (1) (2)


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柳川市については、「水の町」くらいしか、知らなかった。
今日は、いい一日でしたよ。

コメントを書いていただいた、宙太さんが案内してくれた。
この町に詳しかった。 歴史も。 
※ 柳川市には、柳川文芸クラブというのがあり、そこの編集長さんだった。

※ 昨日のブログで、書き忘れたことがある。
  昨日、立花町にいたが、すぐそばは黒木町だった。(両方とも、八女市の中)
  黒木町です。 黒木瞳の出身地。 この名前を考えたのは、五木寛之。 
  歳をとるほど、魅力が増す俳優。 そんな感じ。
  (この記事は、後に、昨日のブログに移動)


車は、からたち文人の足湯の駐車場に。 (かんぽの宿柳川のそば)    今日歩くのは、この辺り一帯
そこで、宙太さんと待ち合わせて、掘りのある方に向かった。

河津桜です。 咲いていた。 初めて見た。  
伊豆の河津に、早咲きの桜の木があった。 たった1本。 その桜が、全国に広まった。 接ぎ木で。
天城峠に行って、下田に下る途中、河津の町はあった。

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御花・松濤園。 入らなかったが、ここは資料館。 

10年3月7日 (2)

10年3月7日 (3)

向こうに歩いて行く。

10年3月7日 (5)  10年3月7日 (6)

有明海の魚。 魚の他にも、いろいろ。
左下は、クツゾコ。 もっといい名前を、付けてやればいいのに。

10年3月7日 (7)

観光案内所の2階。 柳川雛祭りが始まっている。
他と違うのは、「さげもん」といわれる飾り。 天井から、ぶら下がっている。 雰囲気が、華やかだ。

10年3月7日 (9)

2階から、下を見た。 人でいっぱい。 ここで、餅の入った汁粉をごちそうになった。(無料)

10年3月7日 (8)

柳川は、水郷の町だった。 このような水路が、どこまでもある。

10年3月7日 (45)

柳川は、北原白秋の出身地だった。 初めて知る。 ここが生家で、今は資料館(白秋記念館)。

IMG_0380bbvcxxc  10年3月7日 (10)

こんな歌もありますね。

10年3月7日 (11)

帰去来。

10年3月7日 (12)

依頼され、出来上がったら、こうやって書いて送った。

10年3月7日 (13)

私は、この歌がすき。   この道(YouTube)
北原白秋は、たくさんの作品を残している。 詳しくはここに。  北原白秋(Wikipedia)

ひな人形は、ここにもあった。 さげもんも、いっぱい。 

10年3月7日 (14)

北原白秋の詩碑。 小さな公園になっていた。 白秋詩碑苑。

10年3月7日 (15)

北原白秋は、5足の靴の一人。
1907年の夏、与謝野寛(鉄幹)が、まだ学生だった太田正雄、北原白秋、平野万里、吉井勇の4人を連れて、天草を旅した。
その旅の記録は、「五足の靴」という題で、その年の秋に発表された。

故郷を懐かしく思った。

10年3月7日 (16)

意味はこう。

10年3月7日 (17)

旧戸島家住宅。 江戸時代の建物で、武家住宅。

10年3月7日 (18)

10年3月7日 (19)  10年3月7日 (20)

桃の花が咲いていた。 初めて見る。

10年3月7日 (21)

檀一雄の歌碑。 この人も、柳川の出身だった。  壇ふみは、もう50を過ぎたな。

10年3月7日 (22)

有明潟睦五郎の歌、でいいかな。

10年3月7日 (23)

ある建物の跡があった。

10年3月7日 (25)

問題です。 小野って誰?  ある女の人の、お爺ちゃん。 有名。 世界中で。

10年3月7日 (24)

こたえは、オノ・ヨーコ。

橋の所で、このように狭くなる。 流れが良くなるそう。

10年3月7日 (26)

木村緑平という人の歌碑。 山頭火の面倒を見た。 この人がいなかたら、旅は出来なかった。

10年3月7日 (27)

ここは、緑平が住んでいた家。
山頭火は、書いた作品は、この人に送った。

10年3月7日 (28)

何て読むか、宙太さんに聞いたんだが、忘れた。
出だしは柿。 それと落ちる。 山頭火の命日と読める。 命日は、10月11日。
なんとなく、意味は分かりますね。

10年3月7日 (29)

韓国の人達が、通り過ぎた。 
宙太さんが、橋の上から、キム・ヨナおめでとうと、言った。  みんな、キャッキャと、喜んだ。
宙太さんは、私が、キム・ヨナを好きなことは、もちろん知っている。

10年3月7日 (30)

静かに、船はすすむ。

10年3月7日 (46)

畑の向こうを船が。

10年3月7日 (31)

橋が低いので、船に屋根はない。

10年3月7日 (32)

昔の蔵。                      福厳寺。 檀一雄の墓があった。           柳川城跡。

10年3月7日 (34)  10年3月7日 (35)  10年3月7日 (36)

たくさん歩いたので、一休み。 ウナギのせいろ蒸し。 初めて食べた。 美味しい。
食べながらも、宙太さんに、柳川のことを教えていただいた。
山頭火についても、白秋についても、詳しかった。

10年3月7日 (37)

木下家という、旧家にお邪魔した。  玄関の隅に、これ。

10年3月7日 (41)

250年経った家。 米寿になると言う、ここのおばあちゃんが説明してくれた。
ガラスの向こうが、ゆらゆら揺れた。 古いガラスだ。

10年3月7日 (47)

家の中の蔵。

10年3月7日 (38)

居間に、タバコ入れが転がっていた。 いや、置いてあった。 宙太さんがひっくり返したら、文久3年と書いてあった。 1863年。 薩英戦争があった年だ。

10年3月7日 (40)  10年3月7日 (39)

戻ってきて、簡保の宿で、コーヒーを飲んだ。 
ロビーに、またあった。 これでもかというくらい、さげもんが、下がっていた。 豪華絢爛。

10年3月7日 (42)

夜の水郷。 暗くなって、見に行った。

仮37bbんmkjh (6)

今日は、宙太さんのおかげで、たくさんのことを知った。
面白かった。

柳川の観光は、いい形で発展していくように感じた。
物を作るだけでなく、いろんなイベントを仕掛けている。
人材に恵まれていないと、出来ない。
そういう意味で、柳川市は、人という財産も、持っていますね。

柳川市を歩いての楽しさは、九州の他の大きな市に負けない。 
そう感じました。


最近、月日のことは書いていなかったが、冬が過ぎ、3月も7日になっていた。
春は、探さなくても、もうある。


【停泊場所】      からたち文人の足湯の駐車場。

【明日の予定】     海岸線を、長崎の方に向かう。


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八女には白壁の町並みがあった。 伝建地区だった。
昔を大事にしたいと考える町が、多くなっている。


ここは、小栗峠。 (下の写真では、向こうが熊本方向)
この峠に、五木寛之が十代の頃、住んでいた。
昨日コメントで、銀河宙太さんに教えていただき、調べてみた。

私が立っている所は、旧道。 国道3号線は、すぐ左。 峠の頂上で合流。
その峠の頂上は、昔はもっと高く、写真で見たら、突き当たった辺りに、家はあった。

昔のドライブインの感じ。 
ここを通る人や、馬で行き来する人達の、休憩場所だった。

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反対方向。 お店があって、そこで教えてもらった。

10年3月6日 (5)

福岡方面。

10年3月6日 (1)

ここが、そのお店。 八媛園芸。 ミカンを買った。 

10年3月6日 (3)

五木寛之の父の弟が、ここに来て、この歌を詠んだ。

10年3月6日 (2)

店の中いっぱいに、ランの鉢植えがあった。

10年3月6日 (6)

10年3月6日 (7)

八女市の市街地に近い、兼松。 五木寛之は、ここで暮したそうだが、詳しくは分からなかった。
※ 土地の人、何人かに聞いた。
※ 五木寛之の旧姓は、松延だが、立派な松延家の家があった。(重要文化財)
  でも、この建物とは、関係なかった。

10年3月6日 (8)

八女市を見学しようと、市街地に入った。

八女人形会館の展示室。 江戸・明治時代の人形が展示してあった。

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これが、珍しかった。 同じ絵の貝を、合わせるのかな。 遊びだ。

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こんな絵。

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販売コーナーで、これが展示してあった。 現代風なセンスを感じる。

10年3月6日 (12)

自分の物を見る目は、未熟なことが分かった。 それは、値段が高いと、よく見えてくること。 これは、高い。

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気に入った表情は、なかなかないが、これなんかはいいほうかな。

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10年3月6日 (17)  10年3月6日 (18)

人形会館の入り口に展示してあった。 卑弥呼の像。 表情が良かった。
もし、九州に邪馬台国があったとすれば、ここ八女か、昨日いた山鹿辺りと、考えられている。

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卑弥呼の思想まで、ちゃんと勉強して作ったんだろうか。 そうでないと、作れないと思うが。

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10年3月6日 (20)

これも、よかった。

10年3月6日 (19)

ここは、伝統工芸館。 ここの駐車場に車を置いた。 

仏壇の作り方を、少し学んだ。 これを完成させるのに、2週間。

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これは、幅90㌢ほどの仏壇の上の方。 金箔を貼るときは、バラバラにして、一つずつ。
御先祖様がいて、今の自分がいるから、仏壇にお金をかけてもいいんでないかなと思う、と言った。

10年3月6日 (22)

白壁の町並み。 古くからではないが、伝建地区。
自由に入って見られる施設(お店)が、たくさんある。 それがいい。

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神社。  ※ 引きつけるように、撮って見た。

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横町町屋交流館。

10年3月6日 (25)

ぼんぼりまつりなので、ひな人形はどこにでもあった。

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美しく撮るのが、むずかしい。 どう撮っても、だいたいは綺麗なんだが。

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外がきれいだ。

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このように、時々、家の中に道がある。 中から外を撮影。

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弓矢のお店。 製作も。 この時は、お土産の小さいのを作っていた。

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さらに歩いた。 街並みの美しさは、まあまあでしょうか。

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感じが良かったので、入った。

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小さな中庭から撮影。 3月3日は過ぎたのに、ぼんぼりまつり。 いいのかな。

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この絵は、誰が描いた絵でしょう。 子供が描かれています。
すぐに分かったらすごい。 私は、疑って確認した。
本物を目の前で見たのは、初めてかな。

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竹久夢二ですね。 夢二の雰囲気がある。 顔の表情にも。 最後に、いいものを見た。

10年3月6日 (37)pp

しだれ柳。 新緑です。

10年3月6日 (38)

散策と言う感じで、八女市を歩いてみました。 (今年の2月に、周りと合併して、新しい八女市になっていた)

実は、福岡県の情報誌だけ、持っていなかった。 
不便を感じました。 探さないとダメです。


【道の駅】    たちばな

【明日の予定】  柳川市です。

【今日の歌】   白い花(エムズの片割れ)  五木寛之の作詞なので。


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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
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