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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

私の友人には、島出身の人は一人だけ。 その人は福江島。
高校までそこで育ち、長崎に出る。 一昨日歩いた近くに、大学はあった。
日帰りの旅で時間は少ないが、その街を歩いてみることにした。

朝6時30分の始発に載った。 茂木港のバス停。

10年3月15日 (1)

長崎の街を、港へ歩いていたら、こんな標示が。
そこの交差点で、国道324は終わりだという。 この国道は変わっている。
ここをスタートと考えたら、少し行ってアーケードの中を通る。 車は、朝しか通れない。
そうして茂木に行って、国道は海になる。 天草の苓北町にフェリーで着いて、熊本市に近い宇城市まで。

アーケードと、海が面白い。

10年3月15日 (2)

長崎港のフェリー乗り場。 右の建物は、ターミナル。

10年3月15日 (3)

8時発、11時30分着。 3時間半かかる。 片道、2700円。

10年3月15日 (4)

左の船は、高速船。 料金が高い。
右の船は、珍しいですよ。 EUROPA(オイローパ)という豪華客船。 
調べてみました。 今朝長崎港に入って、晩に釜山に向かう。 世界のトップクラス。 詳しくは、ここを

10年3月15日 (5)

グラバー園が見える。 長崎の1日目に行った。 写真を撮り終わって、少し寝た。 寝不足なので、ぐっすり。

10年3月15日 (6)

11時を過ぎたら、見えてきた。 福江島。

10年3月15日 (7)

思っていたより、港は立派で、町は大きかった。

10年3月15日 (8)

フェリーターミナル。              今日歩く地図。

10年3月15日 (9)  10年3月15日 (10)

地図の上の方に歩き始めた。  常灯鼻。  160年以上前に出来ている。 防波堤と灯台の役割かな。 

10年3月15日 (11)

右に、福江川が流れている。  明人堂が見えてきた。

10年3月15日 (12)

16世紀、明の貿易商人が、この辺り一帯に住んでいた。 長崎の出島の感じか。 今は、ここは唐人町と呼ばれている。
航海の安全を願って建てた明人堂が、昔ここにあった。
中国から取り寄せた材料で、中国の大工さんが作った。(再現した)

10年3月15日 (13)

近くに、六角井(戸)があった。 中国式だから、6角形。 今も、水はあった。

10年3月15日 (14)

10年3月15日 (15)

ナタオレノキとあった。 固いそうだ。  鉈(なた)が折れる意味か。

10年3月15日 (16)

宗念寺を少し見学。 昔、この島で活躍した人たちの、お墓があった。
これは、六地蔵と、ろく地蔵の塔。  少し前にも、この塔は2度見た。

10年3月15日 (17)  10年3月15日 (18)

五島市役所の方に、向かっている。 アーケード街。 いい感じ。

10年3月15日 (19)

五島市役所。 ここを通り過ぎて、U先生の家の方に行く。 

10年3月15日 (20)

突き当たりに、そば屋があって、その手前右といった。

10年3月15日 (21)

そば屋の方から撮影。 道は整備されたそうだ。 小高い、丘の上だった。
ここを拠点に、この島で18年間暮らしたということだ。

10年3月15日 (22)

10年3月15日 (23)  10年3月15日 (24)  10年3月15日 (25)

犬が寝ていた。 シャッターの音で、目を覚ました。 道路の向こうなのに。

10年3月15日 (26)

来た道を戻って、真っ直ぐ行くと、福江城の石垣が見えてきた。 

10年3月15日 (27)

先に、上の写真の右手の方にある、武家屋敷通りへ。 
どれだけ、こんな風景を見てきたことか。 どうして、九州には多いんだろう。 石が多いだけではないように思う。

10年3月15日 (28)

古い武家屋敷を利用した休憩所。 喫茶店も。  石垣の上に、丸い石が積んである。 初めて見る。 

10年3月15日 (30)

中に入ったら、更に門をくぐって庭へ。

10年3月15日 (31)

向かい側の家にも、入った。

10年3月15日 (29)

石の流し台があった。  

10年3月15日 (32)

向こうから来た。 ここは、伝建地区には指定されていないようだ。

10年3月15日 (33)

福江城に向かった。 ここは、石垣の外側。

10年3月15日 (34)

城跡に何が建っていたかというと、高校だった。 五島高校。 
今の時代なら、公園にするんでないかな。 土地がせまい島ではない。

10年3月15日 (35)

福江城も大きな城だ。 
ここの住む殿様と、武家屋敷の武士たちを、この島の農民が、養った訳だ。
石垣や建物が立派であればあるほど、庶民は大変だったんだろうなって、思えてくる。

10年3月15日 (36)

城山神社。 五島家の氏神を祀っている。

10年3月15日 (37)

ここの石垣には、こんなのがある。 直線で、隙間がない。

10年3月15日 (38)

4時間ほど歩いて、ターミナルに戻った。  長崎からのフェリーがやってきた。

10年3月15日 (39)  10年3月15日 (40)

豚がいた。 トラックは、特攻隊の飛行機に似ている。 これに乗ったら、あと少しの命だ。 

10年3月15日 (41)

この船です。 大きいから、前と後ろが違う。

10年3月15日 (42)

ここを通って乗る。

10年3月15日 (43)  10年3月15日 (44) 

私の近くの人が、弁当とビールを買ってきた。 眺めているのは地獄だ。
私も同じものを買った。 ビール2缶目も真似して買った。 ワンカップの酒は、真似しなかった。

10年3月15日 (45)

福江港を、4時40分に出た。 もう一度来ることは、あるだろうか。

10年3月15日 (46)

午後8時に、長崎港に着いた。

10年3月15日 (47)

長崎の夜は、これからだ。 私は、バスで茂木に戻った。

10年3月15日 (48)

今日歩いた所は、福江島の一部。
でも、歩いた所は、記憶に残る。
観光地に行きたいと、強く思っているわけではないので、今日の旅で不満なし。

夜、芋焼酎を、いつものように飲んだ。 ビールとのちゃんぽんになった。 二日酔い。
ビールが悪いのか、それとも焼酎が悪いのか。
まさか、飲んだ私が悪いということは・・・。


【停泊場所】   茂木の港。

【明日の予定】  時間がなくなって、こまった。


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昨日のブログを書き終わったのは、今日の昼頃だった。
調べるのに、時間がかかった。

大村へ行くつもりだった。
でも、ずっと考えていたことが、あった。
それは、福江島だった。

私は紋別市内の小学校にいたことがある。
先日のブログにも書いたが、40人学級だから、先生方は大変だ。
どうしても、何人かは、勉強に遅れる。
そういう中で、特別支援教育との関わりで、放課後教室がつくれないかとなった。
学ぶことに苦労している子供たちを、みんなで支えるという考えだ。

設置には、先生方の協力がいるし、新しいことだから、提案の方法が難しい。
この時、一緒になって考え、知恵を出してくれたのが、U先生だった。 30代前半。
特別支援教育のエキスパートという存在だった。
職場から離れても、一緒に酒を飲み、マージャンをし、楽しく過ごした。

その先生の出身地が、長崎県五島列島福江島だった。
いつか行ってみたいと思っていた。

数日前から、検討に入っていた。 ぜいたくな旅はできない。
日帰りなら、往復5000円ほどだ。 福江島での時間は、5時間ほどある。
これでいいかとなった。
車は、茂木港に置いておく。 これが、一番安上がり。 出発は、明日。


そんなことで、今日は、大村に行くのはやめて、近くの長崎ペンギン水族館に行くことにした。

昨夜いた所は、長崎市の宿町だった。 停泊した近くから、市街地を撮影。

10年3月13日 (1)

駐車料金も、別にかかった。

10年3月13日 (2)

ペンギンの他にも、魚はたくさんいた。 これは、イワシ。  
※ イワシの刺身は、美味しい。 これを食べたくて、釧路の研究会に参加したことがある。
  他には、野球を見たくて札幌の研究会。 いつもこうだった。  札幌の研究会については、このブログの後半に。(若い時)

10年3月13日 (3)

ペンギンの巨大水槽。

10年3月13日 (4)

ペンギンは、水の中でのほうが、いきいきしている。

10年3月13日 (5)

魚もいっぱい。

10年3月13日 (6)

魚の顔は、人間の顔に似ている。

10年3月13日 (7)

オオウナギ。 大ウナギではない。  ※ 関連ブログ   池田湖の大うなぎ

10年3月13日 (10)

熱帯魚。 サンゴがあるから、カラフルなのかな。

10年3月13日 (9)

北の海で赤い魚といえば、キンキくらいだ。

10年3月13日 (8)

キンキは、深い海に住んでいる。 ある日、キンキの子供が言った。「お母さん、青い海が見たいよ」って。
お母さんは、言った。「青い海を見ることは、けっして出来ないんですよ」って。

深い海にすんでる魚は、青空を見た時、目が飛び出してしまう。
だから、見ることはできない。 これは、「キンキの夢」というお話し。  かなわぬ夢の話し。

外国の、1㍍くらいの魚がいた。

10年3月13日 (11)

タツノオトシゴ。

10年3月13日 (12)

手や足は、どうなっているんだ。

10年3月13日 (13)

オトヒメエビ。 魚の汚れや寄生虫をとる、魚の掃除屋さんだそう。

10年3月13日 (14)

ヒシガ二。

10年3月13日 (15)

ヘコアユ。

10年3月13日 (16)

イシサンゴ。 イソギンチャクに似ている。

10年3月13日 (17)

何を撮ったという訳ではない。

10年3月13日 (18)

カブトガニ。

10年3月13日 (19)

ペンギンは、そんなにめんこくはない。 表情に問題があるのか。

10年3月13日 (20)

海の中にもいた。

10年3月13日 (21)

戻るとき、道の横にいた。 動かないから、置き物かと思った。

10年3月13日 (22)

今までの中で、一番鮮明。

10年3月13日 (23)

海沿いの道を、茂木に戻った。 こういう所ばかり。

10年3月13日 (24)

そうして、どこの山にもビワが。 必ず、袋をかぶっていた。
長崎県は、ビワの生産日本一。 茂木辺りで、一番作っている。

10年3月13日 (25)

県道34だが、両側1車線に、時々なる。

10年3月13日 (26)

茂木の港に戻ってきて、街を散歩。 港から撮影。

10年3月13日 (27)

山の上は、ビワ。

10年3月13日 (28)

道を猫が歩いていた。 のんびりした町。

10年3月13日 (29)

ここのバス停から乗る。 港は、左の方。

10年3月13日 (30)

こう言う通りがよくある。 私道だとか、うるさいことは言わないんでしょうね。

10年3月13日 (31)

中通は、こんな雰囲気。

10年3月13日 (32)

絵になる風景が、時々ある。

10年3月13日 (33)


今日は、のんびりと過ごしました。 気温は、20度以上ありました。
明日は、6時半のバスで、長崎に行きます。 

フェリーは、8時出発。 11時30分、福江港着。
16時40分、福江港発。  20時00分に、長崎港着。
茂木の港に戻るのは、9時を過ぎると思います。


【停泊場所】   茂木の港の駐車場。

【明日の予定】  福江島        ここです

【今日の歌】   パピヨン(YouTube)  もう一度見たい。


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原爆資料館では、許可をいただいて、写真を撮った。
火傷をした子供の写真が、たくさんあった。

名前が分かっている子の、その後をネットで調べてみた。
2名について、分かった。 健在だった。

また、長崎市の取り組みが素晴らしかった。 そのことが分かった。


昭和20年8月9日。

サイパンのそばのテニアンを出た爆撃機ボックスカーは、屋久島上空を通った。 7時45分。
9時40分、小倉市上空に来た。 爆弾投下の、第一目標の町だ。

薄い朝霧の中、爆撃手は目視による投下目標地点の確認をした。 しかし、失敗。
この後、2度するが、それも失敗。 
天候も悪化してきた。

そうして、目標は、長崎市に変わった。 10時30分、小倉を離れる。

20分後の、10時50分頃、長崎市上空に入った。
しかし、高度2000㍍の辺りに、雲があった。 80~90%。

爆撃機は、長崎市街中心部へ、レーダーでの接近を試みた。
そして、命令違反のレーダー爆撃の準備に入った。 (目視での爆撃が出来ない場合は、太平洋での予定)
その時だった。
本来の投下予定地点より北寄りだったが、雲の切れ間から、長崎市街が見えた。
投下地点を変更した。 爆撃機を、手動に切り替えた。 その時が、来てしまった。

高度9000㍍から、核爆弾ファットマンは投下された。 
1分後、松山町上空500㍍で炸裂した。
午前、11時2分だった。


今日も茂木からバスで行き、松山町で降りた。

ここは、原爆資料館。      場所はここ。 平和公園、浦上天主堂も見える。
この建物の裏に、追悼平和記念館があったので、そっちに行った。

10年3月12日 (1)

追悼平和祈念館の中。 
原爆死没者への追悼と、永遠の平和を祈念するとあった。 国立。
よく分からない建物だった。 

10年3月12日 (2)

原爆資料館は、隣だった。 ここは、良かった。 広かった。

10年3月12日 (11)

10年3月12日 (25)

10年3月12日 (26)

原爆落下中心地は、資料館のすぐ近く。 500㍍の高さで爆発した。

10年3月12日 (3)

長崎に落とされた原爆は、ファットマン。 実物大の大きさ。 
高性能火薬、21000トン分の威力。 (4トントラック、5200台分)
イメージするのが大変だ。       ※ 核爆発と熱を出す仕組みは、ここの最後に。 分かりやすいですよ。

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大量の被爆資料が展示されていた。

一瞬に、こうなった。

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一人ぼっちになった子供も、たくさんいたんだろうな。

10年3月12日 (4)

悲惨な写真も、たくさんあった。 子供たちにも、見せた方がいい。

10年3月12日 (5)

全てが、一瞬だった。

10年3月12日 (6)

「かなしみに限りがなかった」は、初めて見る表現。

10年3月12日 (7)

救護を舞っている。

10年3月12日 (8)

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10年3月12日 (9)

燃え残った木を集めて、こうしたんでしょうね。

10年3月12日 (12)

爆風で、木は折れた。

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馬。 動物も死んだ。

10年3月12日 (14)

山王神社の鳥居。 今もこの状態である。 爆心地から、800㍍。

10年3月12日 (15)

線路も曲がった。

10年3月12日 (16)

女の人の後ろに、亡くなった人がいる。

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ここが、自宅だったんだろうか。

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写真は、アメリカの提供の物も多かった。 山端庸介という人のも。 他に個人のが。

10年3月12日 (18)

爆心地から北へ、3.6キロの地点。 臨時救護所。
母子ともに負傷。 子供は、生後4カ月。 乳を吸う力はない。 10日後になくなる。
※ このことは、きっとお母さんの証言ですね。 お母さんは生き延びた。
※ また、戦後、写真の調査を、長崎市はやった。 

10年3月12日 (20)

兄が、弟をおぶっている。
長崎大学付属病院で被災。 お父さんは亡くなる。 お母さんは重傷。 長崎駅前。

10年3月12日 (21)

この人は、わが子を胸に、救護所を探している。

10年3月12日 (22)

この写真は、どこかで見たことがあると思う。
少年の名前は、谷口稜曄(すみてる)さん。 当時16歳。 現在80歳。 長崎原爆被災者協議会会長をしている。

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現在の谷口さん。
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吉田勝二さん。 当時14歳。 現在78歳。 今も講演で、戦争体験を語り継いでいる。

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この動画に、吉田さんが出てくる

永井隆さんの文。 長崎の人達のために尽くした。 自分も後遺症に苦しんだ。  この人の記念館がある。

10年3月12日 (23)

いい内容で、まとめていると思う。
でも、この内容に、この表現に、不満を持つ人は、日本にまだいっぱいいる。
少しずつ、減ってはきたが。

10年3月12日 (24)

私が一番憎むのは、日本人を戦争に導いた人間だな。 そいつらは、戦後も大きな顔をして生きた。

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こんな文があった。 似たような話は、他にもある。

10年3月12日 (27)

こんなのも。

10年3月12日 (28)

原爆資料館を出て、坂を下ったら、原爆落下中心地。

10年3月12日 (30)

上空500㍍は、写真の真ん中。 あの日も、ここだけ雲はなかった。

10年3月12日 (29)

修学旅行生がいた。

10年3月12日 (31)

10年3月12日 (32)

この辺りは、少し掘ったら、こんな地層が出て来る。

10年3月12日 (33)

平和公園は、少し離れた、小さな丘の上。

10年3月12日 (34)

みんな熱い思いをして死んだから、公園には、水が多かった。

10年3月12日 (35)

それでも、この人は助かったんだな。

10年3月12日 (36)

平和祈念像。
右手は、爆弾がさく裂した、500㍍上空を指差している。 横に伸ばした左手は、平和を表している。
軽く閉じた目は、亡くなった人の冥福を祈っている。

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10年3月12日 (38)

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腰かけてる岩に、作者の言葉があった。

10年3月12日 (37)

浦上天主堂。 被ばくを受けたマリア像は、頭だけ発見される。  平和公園から撮影。

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行ってみたが、中は撮影できない。      これが、そのマリア像。

10年3月12日 (39)  10年3月12日 (40)


人々の記憶から消えた時、同じことが繰り返される。
だから、長崎市は、長崎原爆資料館を作った。
※ 国は、作らなかった。 県は、作れなかった。 ということかな。

長崎市は、長崎市民をはじめ、知識人の知恵も総結集して、この資料館を作った。
そのように感じた。
だれもが、一度は見たらいい施設に、思った。

長崎を目指してやってきましたが、これを見るのが、中心でした。


【停泊場所】  茂木の少し北。 この辺りかな。 

【明日の予定】  大村方面か。


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長崎の南の方を歩いてみた。 異国情緒漂う、坂の多い街でした。
昨日は雪が降った。 
もし今日も降ったら、「長崎は、今日も雪だった」と書こうと思っていた。
グラバー園を中心に、今日は歩く。


茂木のバス停に行った。
年配の婦人に、行き先を告げ、降りる場所とか聞いた。
その人は、親切だった。 長崎の浜の町でバスを降り、電車の乗り場まで案内してくれた。

電車が、いっぱい走っている。 1回、120円。 1日500円の券もあるそう。

10年3月11日 (1)

電車を石橋駅で降りる。 
誰も降りるブザーを押さないから、私が押した。
降りてみたら、終点だった。 だから、誰も押さなかった。

グラバー園は、山の上。 斜めに上る、エレベーターがあった。 住民の足でもある。

10年3月11日 (2)  10年3月11日 (3)

エレベータを降りて撮影。 右が港の奥。 長崎駅がある。

10年3月11日 (4)

上の写真の、右側。 オランダ坂とかある。

10年3月11日 (5)

受付して入ると、展望広場に出た。 旧三菱第2ドックハウスという建物の中。 

10年3月11日 (6) 

建物の撮影を忘れた。 下から見たら、こう。

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グラバー園は、グラバー邸があるので、こう呼ばれる。 他にも建物はある。

下に見えるのが、展望広場。 何かやってる。

10年3月11日 (7)

長崎湾の出口の方。

10年3月11日 (8)

カメラは回ってなかったので、リハーサルかな。 
芝居は短く、突然始まる。 役者は、一瞬に、ドラマの世界に入った。

10年3月11日 (9)

見たことのある俳優が何人かいた。 左の人の名前は?

10年3月11日 (10)

後で調べたら、浅見光彦シリーズ「長崎殺人事件」のロケだった。 
中村俊介と小野武彦。   ※ サッカーの選手は、中村俊輔。

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旧長崎地方裁判所長官舎。 中村俊介の背中が見える。

10年3月11日 (12)

レストランがあって、西洋料理発祥の地とあった。

10年3月11日 (13)

旧グラバー住宅が見えてきた。

10年3月11日 (14)

お洒落な建物。  陽の光に輝く感じ。 建てられたのは、1863年。
グラバーはスコットランドからやってきた。 商人であり、キリンビールの創始者の一人。

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10年3月11日 (15)   10年3月11日 (17)

中は、当時の様子が再現されていた。

10年3月11日 (18)

長崎は、山の上にも家があった。

10年3月11日 (19)

グラバー園の出口に、伝統芸能館があった。 こんなのが展示。 お祭りで使うのか。

10年3月11日 (21)

10年3月11日 (20)

お土産屋が並ぶ坂を下って、大浦天主堂へ。

10年3月11日 (22)

大浦天主堂の正式名は、二十六聖人殉教聖堂。 日本最古の木造ゴシック様式の教会。 国宝。

10年3月11日 (23)

マリア像。 フランスから寄付されたそう。

10年3月11日 (24)

外から撮影。  国宝だというのに、管理人がいなかった。 受付は、階段の下に。

教会の中は、空気が違う。 そう感じるように、作られている。

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ステンドグラス。 昼間は、中から外が綺麗。

10年3月11日 (25)

坂道を下って、孔子廟へ。 観光客が多い。 熊本は城に集まっているが、この街は散らばっている。

10年3月11日 (27)

全体の雰囲気がいい。 全体をデザインする職業は、何という職業だろう。 
これからの時代、活躍できる仕事でないかな。

10年3月11日 (28)

向こうの坂を下りてきた。

10年3月11日 (29)

運河が入り込んでいる。

10年3月11日 (30)

孔子廟。 建物全体を呼ぶ名前。

10年3月11日 (31)

大成殿。 孔子の像があり、霊を祭っている。 
   ※ 霊を祭るって、具体的にどういうことだ。 骨とかなくても、お墓に近いか。

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中央に孔子像。 

10年3月11日 (33)

麒麟の像があった。 想像上の動物。 目は、人間の目だ。

10年3月11日 (34)

途中で見た建物。 デザインされた建物が多い。 長崎の街並みの特徴でもある。

10年3月11日 (35)

オランダ坂。 ここだけでなく、広い。

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こんな坂も。 
※ オランダ坂は、日本3代がっかり名所といわれている。 他の二つは、時計台とはりまや橋。  関連ブログ、はりまや橋

10年3月11日 (36)

向こうに行ったら、下る。 後ろに行っても、下る。 

10年3月11日 (37)

中華街の入り口。

10年3月11日 (39)

浜市アーケード街。 坂本龍馬一色。

10年3月11日 (40)

ここにあった店で、トルコライスというのを食べた。 名物だと言うので。
肉は、普通はトンカツ。 チャーシューのにした。 根室のあの料理のように、脂っこい。 何でしたっけ。 

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私はこの後、大丸のデパートに入った。
実は、私の娘はこの春大学を卒業して、就職する。 そのお祝いの品を探した。
優れたデザインの小物を置いてる所があった。
娘と同じような年齢の店員さんのアドバイスも良かった。
気に入ったものが見つかった。 4点を買った。(ブランド名は、MONO COMME CA )
明日他のものと一緒に、札幌に送る。

娘は、きっと私の旅に賛成はしていない。 つらいところだ。

バスで戻った。 200円。

10年3月11日 (41)

自転車の後ろの買い物かごに、子供が。 あぶない。

10年3月11日 (42)

茂木の港。 こんなのが、3か所ほど。

10年3月11日 (43)

夕方、この街を散歩した。 細い道や家並みから、古い歴史があると分かる。
小さな居酒屋があった。 生ビール2杯と、焼き鳥7本を食べた。 1800円。 こういう所は、今年初めてかな。
他の客と話した。 昔札幌に数年いたと言った。 
サロマ湖の氷に穴をあけ、チカを釣ったとともあったと。
私も釣ったことがある。 なつかしい思い出。

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【停泊場所】   茂木港の駐車場

【明日の予定】  平和公園かな。


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長崎市の中心街に入ってきました。
今は、近くの茂木港にいます。
一日、雪が舞いました。 気温は、5度くらい。
暖かいのに慣れていたから、寒かった。

諫早(いさはや)湾干拓堤防道路を走ってみた。 直線で7㌔の堤防だ。
作ってほしいと、みんなが言っても、出来ないものがある。
いらないという人間がいても、できてしまうものがある。

そこに住む人間の意見で決まっているように見えても、実際は、そうではない。
利権に群がる、陰の人間の力で決まった時代があった。
それを引きずってる人間が少しいるから、まだ苦労する。
でも、がっかりすることはない。

この続きは、今日の最後に書きますね。


朝いる道の駅太良は、太良町にある。 佐賀県の一番南。
長崎県との県境に、竹崎城址展望公園があった。
見晴らしがいいかなと思って、寄った。

城の形をした、展望台。     ここです

10年3月10日 (6)

この辺り一帯が、竹崎城だったのか。
この場所には、竹崎観世音寺という寺があったという。 (寺の跡に城か?)

京都に仁和寺があるが、そこの末寺だった。
建物が33あって、隆盛を極めた時代があった。
そのように栄えたのは、この地方が、仁和寺の荘園だったからだ。(年貢を払わなくていい)

太良町の港(大浦港)。 土の浜を見てきたので、こんな港は久しぶり。 
海の色が青くなって来た。 ノリの養殖の支柱はない。 

10年3月10日 (7)

雲仙岳かなと思って撮影。 

10年3月10日 (8)

浜に下りた。 砂浜だった。

10年3月10日 (9)

紐とかがあったら、このように海藻がからむ。 海苔は、この仕組みで採るのかな。

10年3月10日 (10)

「月の引力が見える町」とある。 潮の満ち引きが見える、ということでしょうね。
調べてみたら、有明海で、太良町が最も、干満の差が大きかった。 平均で5㍍。 最大、6㍍。

10年3月10日 (11)

諫早市に向かったが、こうです。 雪。

10年3月10日 (1)

諫早湾干拓堤防道路。 水門のある所は、左のようになっている。    ここです

10年3月10日 (2)

直線の道は、8㌔以上。 このくらいの直線は、北海道にはよくある。
※ 日本で一番長い直線道路は、北海道の国道12号線にある。 美唄から滝川にかけて。 29㌔。
※ 直線にすると眠くなるから、わざとカーブを作った所があった。

10年3月10日 (3)

途中のパーキングから撮影。 向こうから来た。

10年3月10日 (4)

諫早市内に向かっている。

10年3月10日 (5)

車を、上山公園の駐車場に。 諫早公園の眼鏡橋を見る。 市役所の方に歩いている。

10年3月10日 (12)

高城神社。 諫早公園の中。 この辺りは、高城町。 

10年3月10日 (13)

小野用水。 200年前に出来ている。  手前の階段は、何だろう。

10年3月10日 (14)

眼鏡橋。 いい形だ。 1839年に出来ている。     ここです
別の場所にあったが、道路の拡幅などの工事のため、ここに移築した。 重要文化財。

10年3月10日 (15)

そばに、小さな石碑があった。 蛍の石碑。 市内の小中学校の生徒会がつくった。
その中に、こんな一文が。 蛍は、こうだと。
「平和な楽しい夢を描いてくれる」と。

10年3月10日 (16)

渡ってみた。

10年3月10日 (17)

右前方すぐ近くに、諫早高校。

10年3月10日 (18)

遊びの問題です。 私は、何を撮りたかったのでしょう。

10年3月10日 (19)

答えは、噴水です。 

伊藤静雄。 初めて聞く名前。

10年3月10日 (20)

詩碑の名前が、「階段を上がる」かと思った。 周りに、詩碑はない。
やっと意味が分かって、上に行った。

10年3月10日 (21)

読み方は、説明にあった。

「手にふるる野花は それをつみ  花とみづからを ささへつヽ  歩みをはこべ」
どういう意味でしょう。 野花は、何かに例えているのか。

10年3月10日 (22)

公園の山の上は、諫早城の跡だった。  大きなクスノキ。 幹の周り、11.6㍍。

10年3月10日 (23)

諫早市の市街地。

10年3月10日 (24)

上山公園にも行こうと思ったが、寒いので、写真を撮って行ったつもり。

10年3月10日 (25)

歌碑があった。 左から2番目。
「曼殊沙華 一揆この地に 亡びたる」
島原の乱のことを言っているのかと思ったら、違った。 昔ここで、諫早一揆があった。

10年3月10日 (26)

長崎市内。 通ってみた。

10年3月10日 (27)


諫早市は、干拓で知られていたので、行ってみた。

このように堤防が出来たとして、その問題点を指摘するのは、大変なこと。
証明するのが難しい。
作る目的は、表向きはここに住む人たちの幸せだったが、実際は作ること。
目的は、達成されていた。

これからの時代、このようなことは、簡単には起きない。
このようなのに関わっていた政治家は、みんな引退した。
同じことをやっても、それを見抜く人間が多くなった。 マスコミも、声を上げるようになった。

この堤防は、いつの日か、無駄だったと誰もが思う時代が来る。
その時は、水門が閉じられることはない。

※ お金がこういう工事に消えていくから、学校はいつまでたっても、40人学級。
  日本より貧しかったヨーロッパの国々は、30年前から、25人学級。
  子供に選挙権はなくても、将来国を支える子供達のためにお金は使った。

今日は、少しきついことを書きましたが、たまには書かないとダメかなと思っています。

長崎は見る所がいっぱい。 整理するのが大変です。


【停泊場所】       茂木港の駐車場。    ここです

【明日の予定】      長崎市内か、この辺り。


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akkamui21

Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
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